194 初めて訪れる現場の空気はどのように感じるのだろうか
普段入るダンジョンとは違った準備に戸惑うことは当然あったが、会社のサポートも有り用意し終えることができた。
そして、終わってしまうとさらに普段との違いがわかる。
「宮川・アメリアの現在地は私の部下が監視し追尾している。戦場に入るまでには追いつけるように現地までは部下が案内するが、緊急時は自力で向かえ。やつはまっすぐ戦場に向かい北に進んでいる。途中いくつか街を経由し物資と装備の調達をしている」
装備の質、用意された消耗品、さらに運用する人員。
そのどれもが普段と段違いだ。
俺の普段使っている装備よりも上等な物の感触を確かめながら、最後のアメリアの情報を監督官から聞く。
ほかの面々も最終確認をしているが耳は監督官の言葉を聞いている。
監督官の怪我はこの数日で癒え、包帯こそ巻いていないがまだ体は万全でないらしい。
それでも、その状態を悟らせないように毅然と立ち、俺たちへ何をすればいいか指示している。
「次郎、貴様に託しているあれは言われた時以外には使用するな。実行不能な時は即座に撤退しろ」
「了解です。無理はしないように気をつけます」
その中で、今回与えられた装備の中で異質の存在の使用条件を再度確認される。
ヒミクを除き、俺たちパーティーに渡された特殊兵装。
俺は腰に三十センチほどの筒状のモノを装備し、南、海堂、北宮はそれぞれ背中に細い一メートルほどの筒を背負っている。
「……時間だ。作戦の成功を祈る」
最終チェックが終わり、監督官が腕時計で時間を確認し、部下に転移の準備を始めさせる。
今回の転移は拠点へのゲートを使うのではなく、あらかじめ用意されている合流ポイントへ転移する方式をとっている。
なので、俺がイスアルに渡った時に使った部屋に俺たちはいる。
「今度は、私が見送る側になりましたか」
「そういえば、あまりお前に見送られたことはなかったな」
「ええ、イスアルの時は同行しましたからね。見送るのは初めてかもしれませんね」
「そう、かもな」
そんな俺たちを見送るために、スエラ、メモリアが近寄ってくる。
その中でスエラのそばに立つメモリアがふと思ったように口を開く。
「スエラに、見送られるのは何度目かね」
「ふふ、イスアルに行く時と大陸に向かうときあとは研修の三度ですね。次郎さんは本当に心配ばかり私にかけますね」
「面目ない」
「いえ、あなたがこうやって仲間を見捨てない人だと知れて、私は良かったと思いますよ。ですので、どうか無事の帰還を、私はメモリアと一緒にここで待っています」
「ヒミク、次郎さんをお願いします」
「任せろ、主は私が絶対に守るぞ!」
うちの女性陣は強いなと思いつつ、ちらりと脇目に見えれば、勝が南たちと話しているのが見える。
少しぎこちないが、忘れ物はないかと心配している姿は普段の勝そのもの、どうやら峠は越えたと見ていいようだ。
そうこうしているうちに転移の準備は終わる。
「おし、お前ら仕事の時間だ」
掛け声はいつも通り。
変な気遣いをするよりも普段と一緒の方が気負わずに済む。
すっと表情が引き締まった面々を見てニカっと笑い。
「いつも通り、安全第一で迅速に仕事を終わらすぞ。残業はなしだ」
「うっす!」
「了解でござる!」
「わかってるわよ」
「それじゃ、行くぞ!」
海堂と南、北宮を引き連れ、後ろ手で手を振り用意された転移陣に足を踏み入れる。
スエラ、メモリア、勝、監督官に俺たちパーティーは見送られこの場に立った。
「これが、異世界?」
「夜っすよね」
「なんか変な感じでござるな」
キョロキョロと辺りを見回している海堂と南であったが、北宮は不安気に空に浮かぶ地球よりもだいぶ大きく見える青い月を見る。
三人が身につけている装備は普段身につけている物と比べれば、比べるのもおこがましいほど上等なものになっている。
「……」
そんな三人と比べて俺はといえば転移してからチリつく空気に嫌なものを感じていた。
「主」
「これが、戦場の空気か」
「ああ、やはりわかったか。だいぶ離れてはいるが、私からすれば戦場は目と鼻の先だ」
夜の世界だというのに、遠目に見える空間は非常に明るく見える。
まるで、あの場所だけが昼を表すかのように。
「あそこにいるのは確か竜王の軍勢、だったか」
「ああ、竜の気配を感じる。それと」
「天使か」
「ああ」
爆発音は聞こえないが、遠目でも何かが光っているのは見える。
それは空中から地面に降り注ぐような光であったり、地面から上空に放たれる光であったりとそれが魔法による撃ち合いであるのは明白だった。
「ったく、地平線の彼方だっていうのによくもまぁこんなはっきりと見えるように暴れているな」
そこにアメリアが向かっているとなれば、気が重くなる。
口調こそ軽く言っているつもりではあるが、気を緩めるような真似はしない。
いや、できない。
ダンジョンとは違う戦いの場という雰囲気。
俺の知らない空気が自然と俺の体を引き締めていた。
「……さてと、迎えが来るはずなんだが」
落ち着かない気持ちはしばらくすれば体が慣れて落ち着くだろうと踏んで、そっと気配を探りながらあたりを見回す。
監督官の言う通りなら迎えが来ているはず。
だが、その姿は影も形もない。
「……」
もしかして、万が一が初っ端から出たかと出鼻をくじかれたスケジュールを調整しようと頭を働かせようとしたが。
「主、なにか来るぞ。それも、かなり大きい」
「どうやら、足の心配はしないでいいみたいだな」
何かがこちらに近づく気配をヒミクが察知し、その方向を指差しそれを見れば大きな土煙がこっちに向かっている。
「せ、先輩!! なんかでっかいムカデがこっちに向かってくるっすけど!?」
「うわ、あんなにでかいとさすがの拙者でも気持ち悪いって思ってしまうでござる」
「うえ」
ド迫力の巨大ムカデ、一見敵かと思えるような風貌で海堂たちが警戒するのも理解できるのではあるが。
「ああ、迎えだ」
「迎えっすか!?」
あいにくとあれが今回の足だ。
「よう! 兄弟。また会ったな」
「あんたか、イスアルからこっちに来ていたんだな」
「俺の嫁もこっちにいるんでね。あんときは出張ってやつだったのよ。あんたをまた乗せる日が来るって聞いたときはとんだ奇縁だと思ったよ」
「全くだ」
俺たちに横付けするかのようにムカデはその巨体を止まらせ、その頭の部分から聞き覚えのある陽気な声が聞こえる。
イスアルの時脱出に手を貸してくれた巨大トンボ乗りの蟲人。
「それで? 今回は戦場の手前までの配達って聞いたが、あんたらいったい何をしでかしたんだ? 堕天使なんて俺、初めて見たぞ」
「あいにくと機密でな。互いに詮索しない方が身のためだ」
乗れよと運転席のように後ろに座れるスペースを親指で差す蟲人に従い、俺は迷わず巨大ムカデの体を足場に座席に座る。
ヒミクも翼を広げ俺の隣に着陸しそのまま座る。
海堂たちは恐る恐るという形であるが、登ってきている。
「違いねぇ。俺はあんたたちを送るのが仕事だ。深くは聞かねぇよ」
「そうしておけ」
ケタケタと戦場の近くなのに陽気に笑うやつだと思いつつ海堂たちが乗り込むのを待つ。
「さぁ兄弟! ここから先は地獄への片道だ! 覚悟はいいな? なくても進むけどな!」
そして乗り込んだ途端にこの蟲人は手綱を器用に使い巨大ムカデを走らせた。
意外と揺れないものだなと、走り始めた時に思いどんどんと加速していく光景を風と共に感じる。
「緊張してるか?」
「してないと思っているの?」
「いや、俺もしているから安心だと思ってな」
「気楽なものね」
「人生で苦労しないコツは開き直れるかどうかって学んでいるものでね」
到着までは時間がある。
背後を振り返れば、北宮が祈るように杖を握っていた。
いつもの強気の口調も些か覇気に欠ける。
「そう、いいことを聞いたわ」
「ああ、ここまで来たんだ。あとはできることをする、それだけだよ」
「失敗とか、考えないの?」
「今は、な」
「今は?」
ポケットからタバコを取り出し、最近覚えた火の魔法で火を点け吸い込み白煙を吐き出す。
「失敗しないように準備をした。だから失敗のことは失敗した時に考えればいい。もう準備期間は終わったんだ。あとは成功するように全力を投じるだけだ」
余計な雑念を混じらせないように、ただできることに全力を投じる。
俺も今回ばかりは精霊の力を借りる。
「ここまで来たんだ。迷うな。いつも通り真面目に仕事して、アメリアを助けて宴会。それでいいだろ」
「……そうね。今はそれに集中しないとね」
「そういうことだ」
紫煙を揺らし、視線を目の前に向ける。
北宮の不安はわからなくはない。
いくら準備をしても不安は残る。
だが、やる段階で不安を出してはいけないのだ。
手札は用意した。
ショウダウンは目の前。
もう、手札交換はできないんだ。
そう、予定は未定。
その道のりを手持ちの手札でどうにかするしかない。
「兄弟! 見えてきたぜ!!」
時間にして二十分も経っていない。
それなのにもうすぐ目的地のようだ。
魔法の光か、こっちに向けて合図するように光が見える。
「悪いな兄弟。これ以上はうちの相棒が怖がって進みたがらねぇ。俺にもわかるが、ここから先はヤベェぞ?」
ゆっくりと減速し、その光源に向かえば黒いマントを着た悪魔がいた。
監督官の言っていた監視役だろう。
そして、かなりの速度で走っていて距離を稼げたのはわかった。
あの場では感じ取れなかった何かを感じる。
「それを承知で、俺たちは来たんだよ。心配してくれるなら、無事を祈っておいてくれよ」
「OKだ。グッドラック! またのご利用待ってるぜ兄弟!」
ムカデから飛び降り、やかましい蟲人の声を背に目的地に降りる。
ヒミクもあとに続き、海堂たちも降りてくる。
サムズアップした蟲人は来た時と同じようにムカデを操作し、元来た道を戻っていった。
「待っていた。目標はこの先の渓谷を進んでいる。ついてこい」
「ああ」
時間が惜しいと言わんばかりに誘導を始める悪魔の男についていき、駆け足で荒い道のりを進む。
渓谷を下にのぞき込むような崖の上を俺たちは黙って走り、そして。
「連れてきたぞ。対象は」
「進路に変更はない」
五人ほどの悪魔のパーティーと合流する。
望遠鏡のような魔道具を使い監視をしていた悪魔がその顔から望遠鏡を離し、受け答えをする。
そして、俺を確認するとそっと望遠鏡を差し出してくる。
見てみろと言わんばかりに渡されたそれを受け取り、指差す方向を見れば。
「アメリア」
月明かりに照らされた渓谷の道を歩く彼女の姿が見えた。
会社に来た時の姿とは打って変わり、闇色系のローブに身を包んでいるが、後ろ姿を見て確信する。
「我々は継続して監視に当たる。予定通り撤退時に支援はするが、何かあるか?」
「いや、大丈夫だ。逃げるときはよろしく頼む」
そっと深呼吸し、心を落ち着け。
隊長格であろう、望遠鏡を持っていた悪魔の質問に答え。
俺は海堂たちを見て。
「行くぞ」
俺たちの戦場に飛び込むのであった。
今日の一言
正念場ってやつかね、根性入れて挑むぞ!!
今回は以上となります。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
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