158 マニュアル通りという言葉は聞こえは悪いが、マニュアルは経験の結晶である。
ダークエルフの里に着いたテスター一行の反応は、年齢層が若いということと初めて見る光景に興奮を隠せずにいた。
少し変わった建物や、荷馬車を引く馬だけでも様々な反応を見せている。
有り体に言えば、修学旅行の学生のようだと言えた。
写真撮影は情報漏洩の関係上許可できず、ましてこんな場所に電波など届かないことからスマホやデジタルカメラといった撮影機器の持ち込みは原則禁止となっている。
そのことに対して不満の声が上がったが、観光ではなく仕事できたことの説明をし、万が一撮影した情報が漏れた時の危険性と罰則を説明すれば不満の色を消すことはできずとも納得をさせることはできる。
なのでその不満を解消するために軽い観光は認めている。
と言っても、あいにくとここは観光地ではなく普通の里。
景色自体は珍しいかもしれないが、酒場も少なく見られる場所は少ない。
そんな面々には資料を渡してあり、立ち入り禁止のエリアなどは周知済み、次の日からのスケジュールを伝え、今回のために用意してもらった空家に各班に分かれて宿泊してもらう。
そうして明けて翌日。
「ふぅ」
「先輩お疲れ様っす」
「おう、ったく修学旅行じゃないんだぞ」
今日の予定は、事件のせいで厳重に手荷物から身体検査を隔てた転移の移動だけで終了してしまった昨日とは違い、精霊契約本番だ。
それなのに精神的に疲れているのは、慣れない引率役をやっているからだろうか。
一晩寝て疲れは取れて体はまだまだ動くと思えるのに、昨晩のうちに問題を起こしたテスターたちをシメていたために少々気疲れしている。
ツリーハウスが珍しく、ずっと続く夜の世界が珍しく、地球より大きい月の光で照らされた里が珍しいのはわかるが、頼むから問題は起こさないでほしい。
高校時代に迷惑をかけた担任の気持ちが今になってわかってしまった。
この程度なら問題ないんじゃね?という安易な行動は謹んでほしいと切に願う。
おかげで初日から暗雲が立ち込めることになっている。
「ここは日本じゃないってのを理解してほしいところだな……」
これが平和ボケした日本人かと、愚痴をこぼすように口にすれば、海堂は苦笑しながら俺たちも日本人っすけどねと笑いながら相槌を打ってくる。
「ここは異世界っすもんね」
「ああ、まぁ、幸い今回は向こうも理解があって何もなかったから良かったが、最初でこれじゃ先が思いやられるって、そういえば勝のやつは? 朝にはいなかったが」
「勝くんっすか? 俺たちの朝食を用意したら南ちゃんを起こしに行ったみたいっすね。なんか、寝起きがスゲェ悪いらしいっす」
「深夜まで起きてそうな南らしいが、ここならゲームできる環境でもないし早く寝られるだろう? まぁ南の場合、小学生みたいに興奮して眠れなかったってことで寝不足ってパターンがありそうだな」
「ありえるっすね。かく言う俺も少し寝不足っすけど」
「おい、お前もか」
照れるように頭を掻く海堂を軽く睨みつけるが、諦め成分が入っている俺の睨みなど苦笑一つで海堂は受け止める。
その中に反省する色もあるので大して気にせず、目的地に向かう。
俺たちのパーティーは男女混合ということで宿泊施設は別々で現地集合ということになる。おまけに俺は引率ということで目印になるため誰よりも早く集合場所である広場に先に向かう必要があった。
なので、装備を整え先に集合場所に到着する。
「それにしても夜に動き回るのって何か違和感があるっすね。思ってたよりは明るいっすけど」
「こればっかりは慣れるしかないな。俺も前に来たときに違和感を覚えたが、その前にずっと昼間の世界を体験してたからか気にするってほどじゃなかったが」
魔法世界にも街灯みたいなものは存在するし、なにより月明かりのおかげでそこまで気にするほど暗くはない。
だが、少し影になっている部分を見れば、やはり夜だと思う程度には暗さを感じずにはいられない。
「これから精霊と契約するんっすよね? なんか、気分的には肝試しみたいに感じるっすけど」
「確かにな」
精霊と契約できる場所はダークエルフの中でも秘匿すべき場所で、詳細を知っているのは同じダークエルフであるケイリィさんだけだ。
そんなミステリーツアーに似た雰囲気を感じ取った海堂の感想は、夏の風物詩の行事だったので思わず笑いが漏れる。
そんな会話をしているうちにチラホラとテスターが集まり始め。
「おーい、婿殿」
「ムイルさん。今回はこのような場を作ってもらい、ありがとうございます」
集まり始めたタイミングにダークエルフ側の受け入れ態勢を作ってくれた立役者が現れた。
昨日は精霊と契約する場の最終点検ということで会うことができなかったが、態度を見る限り問題はなさそうだ。
「堅苦しいの。もっと気軽にしてくれても構わんぞ?」
「プライベートではともかく、今回は仕事としてきているので」
「公私の区別は付けると、ふむ、相分かった。今回は婿殿を見定めるという場でもある。婿殿の思うように動かれればいいだろう」
「それ、言っていいんですか?」
「問題ない。婿殿も感じておるだろうしの」
「ええ、まぁ」
先程から感じる視線はテスターであり人間である俺を警戒していると言うより、田中次郎という個人を見ているような視線だ。
昨日から感じる視線とムイルさんが言った言葉で、ただ精霊との契約の機会を作っただけではなく、この企画をしたのは部族内に俺を認めさせるという趣旨もあるのだと気づく。
なんとも手回しのいいことだと思いつつ、下手は打てないと昨日の精神的疲れを払拭するように気合を入れ直す。
「先輩、この人は誰っすか?」
「ふむ、ワシもこの男は知らんの」
「ああ、そういえば二人は初対面でしたね。こっちは海堂忠、俺のパーティーのメンバーで同僚、それでこのダークエルフはムイルさん。スエラの祖父だ」
「おおー、スエラさんのおじいさんだったっすか。先輩に紹介された海堂忠っす! やっぱりダークエルフの人たちってみんな若いっすねぇ」
「元気の良さそうな人間だ。スエラの祖父のムイル・ヘンデルバーグ。若さの秘訣は元気であり続けることだ。若いの、覚えておくといいぞ?」
互いに自己紹介し、波長が合うのか。
明るくも穏やかな雰囲気が場を包む。
「つまり俺は、いつまでも若いってことっすね!」
「うむ!元気こそ若さの秘訣、ワシもまだまだ現役だ!」
似た者同士とはこのことか、ノリが似ているとは思っていたがここまでとは思わなかった。
「おはよう、何やら騒がしいけど、何かあった? ってムイルさんじゃない。お久しぶり!」
「おはようございます皆さん」
そして集合時間が近づけば自ずと人員は集まる。
今回の引率役の二人も、少しと言うか一メートルほど互いに距離を離し集合した。
その二人の反応は各々違う。
顔見知りのケイリィさんは近所のおじいさんに挨拶するようなノリで挨拶をし、ノスタルフェルは初対面なので優雅に朝の挨拶を交わす。
「さぁ! 行くでござるよ勝! 精霊が拙者を待っているでござる!」
「……」
「カレン大丈夫?」
『昨夜随分と遅くまで南と騒いでいたみたいだけど』
「すみません北宮さん、うちの南が」
それに遅れる形で俺たちのパーティーメンバーも集まる。
子供のように興奮する南に、寝不足だと言わんばかりに目が開いていない北宮、そのとなりを心配そうに歩くアメリアと北宮の寝不足の原因を言うマイク。
そして、北宮と南の間で何があったか察した勝は申し訳なさそうに謝っていた。
「おはよう、って大丈夫か北宮」
「大丈夫じゃないわ、どっかのバカが興奮して眠れないって押しかけてきたせいでろくに眠れてないわ。おかげでこの有様よ。おまけに、そのバカは平気な顔をしてるし」
「だらしないでござるな北宮! 徹夜の一日や二日できて当たり前なのがゲーマーでござる!」
「ふん!」
「あいた!? 何するでござるかリーダー」
「俺、言ったよな? 体調をしっかり整えて今日に挑めって。それを仲間の足引っ張ってどうすんだアホ」
「う」
「はぁ、罰として今日の精霊契約はお前は北宮とアメリアのサポートだ。二人が契約終わるまでお前の契約は無しだ」
「お、横暴でござる!? レアな精霊は早いもの勝ちだと相場が決まっているでござるし!?」
「なら、全力で北宮たちのサポートをすればいいだろう。そうすればお前も契約できるし北宮も休める。一石二鳥だ」
「それ、拙者が苦労しているだけでござる!」
「問答無用だ。仮に二人が契約していないでお前が契約していたらムイルさんに頼んで、しばらく使えなくするからな」
「殺生でござる!?」
「ならやれ」
「う~了解でござる」
グリグリと拳骨を落とした場所をこすりながら目線を合わせた説教を終える。
「はぁ、勝と海堂。すまんが二人もサポートしてやってくれ、正直南だけに任せると効率重視の性能重視になっちまいそうだ」
「わかりました」
「了解っす!」
「アメリアは、まぁ、自由にとはいかないが楽しんでくれ。こんな機会めったにないからな。あと背後霊、精霊を脅したりするなよ」
「わかったヨ! 次郎さんも頑張ってネ!」
『う~ん、そんなことをするつもりはないんだけどねぇ。一応気をつけるよ』
「北宮は……無理そうなら仮眠とってからにするか?」
「大丈夫よ、ええ、遅れてなるものですか」
行動指針を指示しつつ、不安な部分を押さえればうちのパーティーは大丈夫だろう。
問題である他のテスターたちもここからはケイリィさんとノスタルフェル、そしてムイルさんが用意してくれたダークエルフたちが目を光らせるはずだ。
「うむ、なかなか良い仲間たちに恵まれているようだの婿殿は」
「そうですね、手はかかりますが」
「それを含めてだよ。大切にせい」
「はい」
「それでよし、さて、そろそろ時間だが揃ったかの?」
無駄な話はここまで、いよいよここに来た目的を達する時が来た。
先程まで気のいい人といった感じのムイルさんの雰囲気が変わる。
精霊と隣人関係を続けてきたダークエルフにとって今回の儀式はふざけてやっていい出来事ではない。
その分真剣になるのは当然だ。
その表情に応えるように、確認しますと俺は答え、騒がしいテスターたちの点呼を済ませる。
「ケイリィさん全員揃いました」
「うん、良し良し。それでは『全員注目!! これより精霊との契約の儀を始める。私語を続けるのなら会社に送り返すわよ!』」
拡声魔法でテスターたちの注意を集めたケイリィさんは静かになったテスターたちを見て満足げに頷く。
そうして、視線でムイルさんにその場を譲る。
「『うむ、ワシが今回の精霊の儀の発足者であるムイル・ヘンデルバーグである。まずはじめに精霊との契約にあたって注意事項を述べる。精霊とは意志を持った存在であり感情もある。その点に関しては事前に資料を送り周知してあるので、この場にはそのことを知らない者はいないと信じている』」
俺は今まで明るい好々爺であったムイルさんしかあまり見たことはなかったが、こうやって堂々と話をしているところを見るとやはり齢を重ねた分の貫禄があると思える。
そんな雰囲気に飲まれ、テスターたちも黙って集中し話に聞き入っている。
ムイルさんが話すことはダークエルフにとっては当たり前のこと、そして長年精霊と付き合ってきた種族としての経験だ。
「『精霊との契約は様々な形式がある。対話により友誼を結ぶ者、力を示し恭順させるもの、または供物を差し出し力を借りるもの。君たちがどのような方法で精霊と契約を結ぶかはそれぞれの意思に任せる。また、我が部族からこれから向かう場所の案内をするための者も同伴させよう。彼らは皆精霊との契約をなした者たち、きっと君たちの力になってくれるだろう』」
随伴してくれるダークエルフたちは見た目に反してかなりのベテランだと聞いている。
そんな人たちからノウハウを学べるというのはかなりいいことだ。
初心者である俺たちにとってはまさに命綱とも言える。
「『さて、長々と話したが、最後に、決して破ってはいけないことを伝えこの場は終わるとしよう。精霊を傷つけ無理やりその力を奪うものを我らは決して許しはしない。森を荒らすものを我らは決して許しはしない。そのことを胸に収め今回の契約、頑張ってくれたまえ』」
最後のは脅しのような言葉であり、ダークエルフ全体からの警告だ。
そしてムイルさんの言葉には重くのしかかるような圧力があった。
よほどの馬鹿ではない限り、その言葉が冗談だと思わないくらい、ムイルさんの言葉は迫力があった。
そっと、ケイリィさんに場を譲ったムイルさんがゆっくりと俺に向けて笑みを浮かべ、ようやくその場の空気が緩む。
そして、それぞれあらかじめ振られたダークエルフの人員、一班に二人から三人が配置されその先導に従い森の奥を目指すのだ。
「さて、婿殿はこっちじゃ、先に族長に挨拶をしておかないといけないからの」
そして、俺はここから別行動になる。
「先輩頑張るっす!」
「リーダー! 契約できたら見せてほしいでござるよ!」
「次郎さん、頑張ってください」
「まぁ、頑張りなさいよね」
「グッドラック! 次郎サン!」
その事情を知るパーティーメンバーに見送られ。
「おう、お前らもサボるなよ」
ムイルさんに連れられて、俺は別の場所に向かうのであった。
今日の一言
型にハマることは悪いことではない。
時にはそれが必要な時があるのは絶対にある。
遅れて申し訳ありません。
マウスが壊れて、投稿ができない状況でした。
今日買ってきて、遅れながらの投稿になります。
今回は以上となります。
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これからも本作をどうかよろしくお願いします。