159 どんな相手でも偉い人に会うのは緊張する。
テスターたちと別れ、一人ムイルさんに引き連れられて里の奥を突き進む。
木々の間を繋げる連絡通路のような通りにはダークエルフたちが闊歩し、その高低差を生かし様々な角度から人間である俺を見てくる。
事前に俺たちテスターが来ることは周知されているので騒ぎにはならないが、それでもその表情に映る感情の色は芳しくない。
好意的な感情は物珍しさで見ているダークエルフだけで、大抵のダークエルフは俺たちの来訪を歓迎していないのが見て取れる。
そんな中を表情を変えず胸を張って歩く。
「ついたぞ、婿殿」
「ここですか」
気を張ってまで里の中を歩いたのには目的がある。
この里の統治者への挨拶。
本来であれば責任者であるケイリィさんが来る必要があったが、今回は理由があって俺がその代理を務めることとなっている。
ムイルさんが案内した場所はそこまで仰々しい建物ではないが、それでも周囲の家と比べればかなり大きな屋敷だ。
だからといってこの屋敷はだれかの所有物というわけではなく、長老会と呼ばれるダークエルフの中でも高齢の面々が集まる場所として里ごとで管理されている。
いわば公民館的な建物だと聞く。
しかし平和な日本とは違い、門前には当然のように武装した兵士がおり、それ以外にも何人か木々の間に潜みこちらを窺っている気配を感じる。
「武器をこちらに」
そんな歓迎は手慣れたもので、黙って前に進みムイルさんが二、三言用件を告げれば兵士はこちらへの指示を出す。
門前でボディチェックを受け、武器の持ち込みはできないので背中に背負った鉱樹をダークエルフの門番に渡すが
「うっ」
彼の予想より思ったよりも重かったのか、少しよろめく。
だが、そこは精鋭の兵士なのだろう転ばずしっかりと支えてみせた。
その動きに表情は動かさないが内心で感心していると、もう一人のダークエルフがそっと門を開けて中に入れてくれる。
中には別の兵士がおり、彼が道案内役ということだ。
社内とは違った厳粛な雰囲気は自然と俺の口を閉じさせ道中に会話を起こさせない。
ムイルさんも黙ってしまっては俺も口を開くわけにはいかない。
お偉いさんと会うのは戦闘とは違った緊張感があるから必要だと分かっていても好きにはなれない。
緊張感に違いがあるかといえば、戦闘の緊張感は体を縛るような圧迫感といえばいいのか身が引き締まるといった感覚に近い。
対してこういった対話の緊張感は具体的に言えば胃が重くなるような感覚だ。
きっと、こういった場を主戦場にしている方々にすればこれはこれで楽しめる緊張感なのだろうが、俺にはまだ到達できていない領域だ。
もう少し神経が太くなるべきかと悩んでいる間も、右に左に、階段を下りたりと建物内にしてはかなりの距離を歩かされようやく目的地につく。
テレビ局はテロリストに占拠されにくいように構造がわざと複雑になっていると聞いたことがあるが、それと同じなのだろうか?
「ヘンデルバーグが一族、ムイルが客人を連れて参った。広間への入室を許されたし!」
格が違う扉の構え、その前に立つ守衛に向けてムイルさんが堂々と名乗りを上げ、ゆっくりとその扉は開かれる。
ムイルさんは迷うことなく扉をくぐり、俺もそのあとに続く。
「よく来た、異世界の人間よ」
「っ」
扉をくぐった俺を出迎えたのは、魔力が乗った声であった。
その魔力量は、齢を重ねた重みが有り、不意打ちもあってかつい体が反応してしまった。
現れた警戒心をそっとしまいこみ、声のした方向に目を向ければ、五人の老齢のダークエルフが立っていた。
その脇には、テスターたちについていったはずのケイリィさんが元気そうに手を振っている。
「お疲れ様~無事についてお姉さんは安心したよ」
「……」
「あら、いつもより硬い反応」
厳粛な雰囲気なのにもかかわらずいつもの態度のケイリィさんに思わず肩の力が抜けそうになるが、今は抜くわけにもいかないと気を引き締め会釈だけで済ませる。
むしろこの場でそんな口調を使える彼女の方が俺としては驚きなんだが……
「気を楽にせよ客人、貴殿は魔王様よりの使い。そこの同族のようにすごせとまでは言わぬが、過度にかしこまる必要はない」
「お気遣い感謝します」
そんな俺の態度を察してか、五人の中で一番のトップであろうダークエルフの老人が少し表情を緩め微笑むことで、俺も少しばかり張っていた緊張を緩めることができた。
「まずは道中襲撃のなかったことを喜ぼう。そして異世界の人間である貴殿に囮役という危険な役目を押し付けたことにまずは謝罪を」
そう言って頭を下げるダークエルフの老人に向けて俺はゆっくりと首を横に振る。
「今回の仕事は確かに指示された話ですが、最終的には私自身が必要だと思い志願しました」
「その働きにより我らは魔王様からの言葉の仔細をこの者から聞くことができた」
今回のダークエルフの里を使った研修の目的、どうやらそれをケイリィさんは無事伝えることができたようだ。
「魔王様の計画を邪魔立てするような輩を釣り上げる場所に選ばれたのは名誉なこと、我らダークエルフ一同、力を貸しましょうぞ」
今回の研修は表の目的ではテスターの実力の向上ということになっている。
だが、あの監督官がこんな危険極まりない時期にいくら利益があるからといって、いやむしろ利益があるからこそ、その程度の内容で収めるわけがなかった。
表向きは引率役はケイリィさん、ノスタルフェル、俺ということになっているが、その裏で某スパイも顔を真っ青にするレベルで現地には監督官の手のものが大勢潜んでいるという話だ。
「土地を貸してくれただけでも十分だと思います。あとは自分たちが釣り針の餌になるだけ、それに獲物が引っかかればよし。仮に身内にいるなら」
「この好機を逃すわけがない、ということか」
「はい」
包囲網はすでに完成している。
テスターたちを厳重に管理し社内では手を出せない状況を作り出しておいて、そのあとに生まれる明確な隙。
相手からしたらまさに絶好の機会に映るだろう。
だが
「しかしこの策、おそらくだが相手も気づいておるのだろう?」
「ええ、監督官はそう言ってました」
この策の内容は相手側も承知だろう。
檻の中にある極上の霜降り肉を、肉食獣の前に設置した。
その檻の周りには、肉にかぶりつく前に射殺できるよう見えない猟師が待機している。
よほど冷静でないか、よほどのうつけで無ければ気づかないわけがない配置。
「そして、それを承知で挑発しているんですよ。あの人は」
さんざん逃げ隠れされ、監督官の怒りも溢れ始めている。
だからといって激昂するような熱い怒りで我を忘れることなく、むしろその怒りを冷気に変え淡々と、事務処理を終わらせるように策を巡らす。
それが監督官だ。
食い付けるものなら食いついて見せろと挑発しつつ、監督官は今回の研修を相手を映し出す鏡とした。
倒す必要は必ずしもない、相手に痛手のみを与えることを重点を置いた策。
襲いかかるにしろ引くにしろ相手の思考を映し出す場を監督官は整えた。
「この娘から詳細を聞いたときは、耳を疑った。しかしそのような出来事が魔王様の膝下で行われたと聞いては我らが一族も黙っているわけにはいかんだろう。よって協力することは先程も言ったとおりそれ自体に否はない。だが」
ケイリィさんから今回の計画の概要を説明された長老集の反応は冷静だった。
今回のリスクと、得られる信頼を天秤にかけ、しっかりと話を吟味してみせた態度だ。
しかし一点、見逃せない部分があるという視線が俺を貫いた。
「聞けば、今回の計画の要は」
そして、このダークエルフに説明した計画で一番の危険を背負うのは。
「貴殿だろう?」
「そういう段取りになっていますね」
この計画で一番危険なのは推測の中ではあるが敵の最終標的になっている俺だろう。
そして一番危険ということは、この計画で一番の要になれることと同義である。
だからこその抜擢であったが、その大任を人間である俺に務まるのかという疑問がよぎったのだろう。
「必要だから、適任だから、理由だけならいくらでも挙げられるでしょうが、あなた方はそういった理由を求めていないのでしょうね」
「そうだ。我らは伝でしか貴殿を知らぬ。その程度で信用を得られるなど虫のいい話だ。加えてこのあと貴殿は特級精霊との契約を控えている。そんな貴殿が囮となり、犯人をおびき寄せ万が一、その精霊を失うようなことがあれば取り返しがつかん。その点貴殿はどう思うか?」
暗にリスクが高く信用が置けないので代役を用意しろと言う長老にめがけ、それでは意味がないという意味を込めて首を左右に振る。
監督官の読みでは、おそらく今までのテスターの襲撃は前準備と確認作業だろうということ。
テスターという存在を傷つけるための魔力体を解除する方法が正常に稼働するかの確認。
そして、そうやって本体を傷つけることができて命の危険があるという情報を流布することで、テスターの動きを制限し本命であろう俺の動きを縛る。
この二点がダンジョン内での犯行の目的だろう。
そしてその動きから来る監督官の犯人像は。
「その点を議論する必要はないと思います。敵からすれば今回は前哨戦のようなもの、深追いできるほどの戦力はまず投入してこないでしょう。いえ、できないと言っていい。なぜならそんな戦力を投入して痕跡という名の情報を残す方を恐れている。おそらく犯人は今回の計画では主力とは違った当て馬を用意するでしょうね。ここが本番ではないというのを理解しているからだ。だが、油断はできない相手を俺にぶつけてくるでしょう。加えて、黒幕からすればここで俺が倒れれば嬉しい誤算。成功すれば儲けもの程度の考えでしかない」
「それがどうした? 危険なのには変わりはない」
狡猾。
その一言に尽きる。
魔剣事件の犯人の動き、そしてその魔剣の担い手の足取りを掴ませず情報を漏らさなかった手腕。
そして集めた情報から、監督官は相手を一言でそう評した。
「そんな相手に、疑似餌は通用しないということです。こちらも危険をかぶる必要がある。そしてその中で最小限に被害を抑える必要がある」
「それが貴殿だというのか?」
「相手の目的、それを推測し導かれた答えからくる監督官の判断です」
「エヴィア殿か」
監督官の名前を出しただけで、先ほどの疑惑の視線は薄れる。
あの悪魔なら何か予想のつかない思惑があるのではと思わせる何かが彼女にはある。
その影響を目の前の長老衆も受けていた。
「敵は狡猾、打てる手は打つべきです」
自分は手を汚さず、周りに手を汚させ、自分は高みの見物を決め込む、そのようなタイプだと監督官は言いきった。
幾重にも尻尾を持ち、掴まれれば即座に切り離し再生してみせる手腕。
見えない敵を相手にする中でも一番面倒だと言えるタイプだ。
そんな相手に人間だからという要素で計画を変更し手を抜くのは、相手に本当の好機を作る機会になってしまう。
「今回の相手で怖いのは、動機が見えないこと。今回の騒動、監督官は現魔王勢力に叛意を持つ勢力の犯行が最も有力だと言っていましたが、それにしては犯行がお粗末すぎるとも言っていました。現物の証拠はないにしても、状況証拠が揃いすぎていると。意図的にその勢力に罪科をなすりつけようとしている気配もあると言っていました」
前に俺がした予想、俺が将軍になることを阻止するための過激派の行動、その可能性を監督官も考慮に入れていたが、監督官はその可能性は低いと言う。
むしろそれを隠れ蓑にしていた何かがあるのではと、この企画を詰める段階の会議で口にしていた。
「今回の指示はその動機を探るためにあるということ、だったか」
「ええ、と言っても敵もそう簡単に尻尾を掴ませてはくれないでしょうが、影くらいは拝めるだろうと」
淡々と事情を説明し、理解と納得を得る作業はここで一旦の沈黙を得て、黙考すること数秒。
「……委細承知した。であれば、われらが協力を拒む必要はないと見た。皆の衆いかがかな?」
代案を提示しなかった長老衆は仕方なく、今回は監督官の言葉を信じたといった雰囲気を感じさせながら承諾の意を示した。
目的は達した。
ケイリィさんの情報と俺の情報、監督官から伝えられた情報を折半し持ち運び、伝えるべき相手に伝える。
その役割を終えた瞬間だ。
あからさまな囮である俺も実は本命で、囮の影で動いたケイリィさんも本命という些か強引な手であったが、こうやってダークエルフの協力を得ることができた。
危険は承知であるが、対応をすべきだろうという結論に至った長老はほかの面々にも確認を取り、その確認に周りのダークエルフも頷き同意した。
「ふぅ」
「ご苦労であったな、婿殿」
「ええ、これで俺は頭を使う作業は終了ですよ」
会社からここに来るまでの間、ずっと気を張っていたせいか疲れが思いのほか強く感じる。
監督官は道中襲われることはないと言っていたが、それでも緊張はした。
そして本命が始まる。
「うむ、ここからが本番だの」
ここまでは頭脳労働であったが、ここからは肉体労働だ。
「はい、気合入れていきますかね」
精霊との契約、そして監督官が見据えた先にいる影の動き。
表で気楽に動き回る海堂たちに被害を出さないようにここが踏ん張りどころだ。
今日一言
気を引き締めて、行くとしますか。
今回はこれで以上になります。
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これからも本作をよろしくお願いします。




