153 一度二度会ったからといって、全てを理解することはできない
火花散らす戦い。
よく漫画やアニメ、そしてドラマ、小説やゲームといった様々なジャンルで使われる表現であったりする。
少なくとも日常ではあまり使われない表現だろう。
「はは! 君もなんだかんだ言って、だんだん楽しんできたんじゃないかな!」
「うるせぇ!」
だが俺にとってそれは最早見慣れたものとなった。
目の前で甲高い音が響き、赤い火花が散る。
その言葉を表現するかのように俺は今その火花散らす戦いの真っ只中にいる。
俺の鉱樹と向こうの優男のレイピアがぶつかるたびに火花が散る。
「その細いレイピアでよく俺の鉱樹に対抗できるな! 折れないとは自信なくすぜ!」
「ははは! この剣は特別製でね! お抱えのジャイアントに丹念に鍛えてもらった一品だ! そんじょそこらの業物と一緒にされたら困るな!」
本当に何故折れないと内心で愚痴りながら、レイピアを鍛え上げたジャイアントと、被害を最小限に抑えている優男の技に感嘆する。
そんな内心とは裏腹に、表では軽口を叩きながらも俺たちの手は止まらない。
ヒュンという甲高い音とブンという何かを押しつぶしそうな重い音が金属のぶつかり合う音にまぎれ空間に響く。
向こうは機動戦を繰りひろげ縦横無尽に動き回りながら突進を軸に前後左右上下といった空間を大いに活用する戦法を取り、対して俺は相手の土俵に乗るのは不利だと悟り、後の先を取るべく一定箇所から極力動かないようにして見に回りつつ迎撃を主体とした戦いに身を費やす。
レイピアといったあまり戦ったことのない刺突武器に対して苦戦を強いられつつ、最初は目を慣らさせ、次に刺突に対して体の動きを順応させ、武器の関係上手数での負けを一撃という力でカバーする。
一合打ち合ったときは負けたが、二合目は一合目よりはマシだが負けて、三合打ち合う頃には引き分けに持ち込み、そしてそれ以降は勝ち負けを繰り返せるようになった。
その過程で、日本人という過去に戦国時代、外国人から狂った戦闘民族だと言われた血を呼び起こしたかのようにこの戦いを楽しみ始めている。
目の前の優男に指摘されているとおり、最初は問答無用の礼儀知らずに腹を立てていた自分がいたが、その感情は戦う時間が延びれば延びるほど別の感情に塗り替えられてきた。
「だが君は誇っていい! 鉱樹なんて鈍らをそこまでの名物に鍛え上げた魔力、人間でありながらこの僕の速度についてくる能力、賞賛に値するよ!」
「そいつはどうも! こっちも必死に仕事に励んだ甲斐があったよ!!」
喜び。
それは戦いの中では珍しい感情ではないだろうか。
それでも、この感情が生まれたのは仕方がないのかもしれない。
なにせこの会社、大半は俺より強いか弱いかの二者しかいなかったからだ。
弱いのはもちろん海堂たちを含めたテスターたちだ。
戦うというより、鍛え上げる、指導するといった面の色が強かった。
では逆に強いといえば、スエラをはじめとする魔王軍の面々だ。
着々と実力をつけてきた最近はわからないが、入社した当初から俺は長年戦いの場に身を置いていた魔王軍の面々にボコボコにされていた。
手も足も出ないときもあれば、必死に抗っていた時もあった。
それでも、力が及ばないことが多かった。
そして、俺にとって残念なのはこうやって力が均衡した相手にめぐり合うという機会はそんなに多くなかったということだろう。
強くなったことを後悔しているわけではない。
強い相手と戦うことを恐れているわけではない。
だが、だからこそこうやって実力が均衡した相手と戦うのを心のどこかで求めていたのだろう。
普段の訓練でも、教官から受ける指導では感じることのできない感覚。
目の前の優男との戦いは心が躍る何かがある。
超えられそうで超えられない。
けれど、絶対に無理だとは思えない。
そんな絶妙な実力同士の真剣勝負。
どっちが勝ってもどっちが負けてもおかしくはないという状況がとても喜ばしかった。
感覚的にこれ以上本気を出せば互いに殺し合いになるというのはわかるから、互いにもちろん切り札といった手の内は隠しているだろう。
俺も猿叫こそ使っているが、鉱樹との接続は使っていない。
実際、向こうも俺も殺気を纏ってはいるが、それは戦う時に出る闘気と一緒で本能的に溢れ漏れ出している表面程度の感覚だ。
本気になれば殺気は魔力と一緒で圧力となり俺に襲い掛かってくるだろう。
鬼ヤクザと髑髏紳士という経験から殺気は物理的圧力になるということを知っている俺の感覚に基づけば、向こうもまだ様子見の手合わせ程度といった感覚なのだろう。
それでも。
「はぁ!」
「っし!」
俺は自分の使える力を全力で注いでいた。
俺の頬に赤い一筋の線が生まれ、向こうの衣服に切れ込みが走る。
度重なる剣閃は互いの体を傷つける程度には本気の攻撃を俺も優男も繰り出している。
一歩間違えれば大怪我どころか死ぬかもしれない。
それでもいいと、戦いの雰囲気に身を任せていた。
切り札という必ず殺すための技を封じる以外は互いに全力の戦い。
昔の俺なら、こんな状況を楽しんでいると知ったら頭の病院か精神の病院に行くこと真剣に悩んだろう。
「ふぅ」
「どうした、疲れたか?」
「いやぁ、思った以上に粘り強さを見せられてね。少し疲れてしまったよ」
「なんだ、お前の見立てだったら今頃俺は血まみれになって倒れていたってところか?」
「うん、聞いた話と実力から五分も持てばいいほうかなぁって」
「正直だな」
「うん、だけど君は僕の予想を裏切ってくれたね」
「良い方にか? それとも」
「さぁ、どっちだろう」
悪い方かと問いかけるまもなく、優男は笑顔で俺の言葉を遮る。
そんな戦いの空間も優男が一旦距離を取ることで停滞を見せる。
仕草がいちいち芝居がかっているせいで多少イラッとくることがあるが、その仕草の間にも隙がないことがなんとも皮肉だ。
おまけに、戦っている最中からキャアキャアうるさい女性テスターのせいで集中を妨げられることもしばしば。
今も、黄色い声援に向かって目の前の優男は笑顔で手を振っているから声援はさらに上がる。
男性テスターたちはもちろん面白くないと言わんばかりに表情を歪めているが、さっきの戦いをみてブーイングなどを上げることはなかった。
代わりに俺にイケメンを滅ぼせという、今までの関係はなんだったんだといえるくらい熱い視線を送ってくる。
「で? これ以上やるならさすがにシャレにならなくなるがどうするよ?」
「君がそれを言うのかい? 今にも僕に向かって切りかかってきそうな雰囲気を出しているのに」
「それは俺の感情的な部分だ。我慢しろ。今話しているのは理性的な部分だ。お前も戦ってわかっただろ。これ以上やれば間違いなくどっちかがやばい傷を負う。それ自体は否定もしない。だが、こっちも大事な仕事を抱えている身だ。余計なところでリスクを負うのは下策だというのは分かっている」
戦いを止めるのなら今以上に良いタイミングはないだろう。
これ以上は互いに被害を被ることになると確信を持てる。
それが小さな傷や、取り返しのつく傷ならまだいい。
だが、戦ったからこそわかる。
ここが分水路で、次に戦いが始めれば正真正銘の全力がでるだろう。
「う~ん、戦いたいけど状況が許してくれないなら引くのも兵法か……うん、ここで打ち止めにしておこう。後ろのダークエルフのお嬢さんやこわ~い堕天使のお姉さんがそろそろ痺れを切らしてきそうだし」
「物分かりがいいようで。その物分かりの良さを最初に出せなかったのか?」
「君が言っていた通り、感情と理性は別物だよ。あの時はまだ感情を優先できる状態だったからね、こうやって戦ってみたのさ。いい自己紹介になっただろう?」
「あ? どこがだ。わかったのはお前が戦い好きの快楽主義者ってところだ」
思わずドスの利かせた声が俺の口から出てしまったが、優男は気にせずニッコリと笑いそれで十分さと言い残してレイピアを鞘に収めた。
戦いはこれで終わりだという言葉を仕草で示すように両手には何も持っていないとアピールしてくる。
それに対してさすがに切り込むことはできず、また理性の方ではこれ以上の戦いは危険だというのを理解しているがゆえ不完全燃焼だと訴える感情を抑え、目の前の仕草に多少イラつきを見せるように舌打ち一つして鉱樹を背中に収める。
「僕の剣も見てくれただろう? 我ながらいい刺突が打てたと思う」
「食らうこっちの身にもなれ」
「それはお互い様さ、僕の手首も何度折れそうになったことやら」
「よく言う、綺麗に受け流していただろう」
皮肉を飛ばし合い、戦いの熱を冷まして、ようやくまともな会話ができるようになる。
出会い頭からわけのわからないことをしてくれたせいで第一印象は最悪であることに変わりはないが、それでも戦意のない相手と戦うつもりはない。
「それで? お前は名乗るつもりはあるのか?」
ないなら帰れと視線で促しながら、言えばポンと今思い出したと言わんばかりに優男は手を叩き。
「そういえば名乗っていなかったね」
「そうだな、どこぞのアホが自己紹介だと言っていきなり斬りかかってきたからな」
「うん、それに付き合ってくれた君も相当好きものだと思うよ?」
優男の言葉は些か不本意だが、否定するつもりはない。
どういった経緯があれ、俺はあの戦いを楽しんでいた。
その事実は揺るがない。
だから、俺は黙ることでそれを否定も肯定もしないと態度で示す。
そんな俺の態度にも表情一つ曇らせず、笑顔なまま優男は右手を胸に当てゆっくりと頭を下げた後名乗り始めた。
「僕の名前はカーター・イスペリオ、カリセトラ辺境伯の下で副騎士団長を拝命している者さ」
礼節をしっかりと身につけている貴族らしい仕草に俺もそれなりの対応で名乗り返す。
「田中次郎、この会社でダンジョンテスターをやっている」
よろしくとは口が裂けても言わない。
それくらい第一印象が最悪というのもあるが、ぶっきらぼうになる理由は別にある。
それ自体は俺個人の問題であるのでこの場では言わないが、態度を改める気にはならない。
「それで? その副騎士団長様が何を間違えて平社員に切りかかるって経緯になったかお聞きしても?」
我ながら初対面の相手にする態度ではないという自覚はあるが、油断できない相手であるとここまでの経緯でわかっていて、さらに素を出している相手に取り繕うのも何か違うと考えこのままで行くことにする。
「いやだなぁ、同じ将軍の地位を目指すライバルの腕がどれくらいか気になるのは当然じゃないか」
「何?」
「ふふふ、君はもう少し自分の存在の価値というのを理解したほうがいいよ。なにせ魔王軍の中で武闘派である鬼王様と不死王様に推薦を受けたんだ。そしてそれが人間だと分かれば気にしないというのは無理があるよ。僕みたいに正面からその存在を確認に来るのはまだ可愛い方さ」
敵情視察とこの優男改め、カーターと名乗った吸血鬼は言い。
さらには俺の態度に対して忠告までしてきた。
「気をつけなよ。ここは君が思っている以上に人間に対して好意的だ。だが、君が想像している以上に魔王軍の皆は人間という種族に好意的じゃない」
「……」
「そんな周りが君を素直に将軍にさせると思うかい?」
「……」
「さっきの君もそうだけど、沈黙は肯定だと受け取るね」
種族の壁は厚い。
それが長年戦ってきた存在なら尚のことか……
俺としては甘い考えをしていた部分を突かれた形となり、反論する気は起きない。
だが、どういうつもりで忠告をしてきたのか気にはなる。
どんな都合があるにしても、この吸血鬼からすれば敵に塩を送るような行為であるのは間違いないのだから。
「……どういうつもりだ? わざわざ俺に忠告するなんて、お前に何の得がある」
「善意と言ったら白々しいかな?」
「当たり前だ」
「僕の口から出る言葉が嘘だと分かるなら、僕は君にこれ以上情報をあげるつもりはないさ。なにせ僕と君の関係は将軍という地位を狙うライバル。これ以上君に利を与える前に僕は去るよ。これでもお忍びで来た身でね」
「ならもっと忍べ」
去るという言葉がカーターから出たあたりで不満の声が上がったが、それを笑顔でたしなめてみせる目の前の吸血鬼は大したものだ。
俺の皮肉も笑顔で流し、最後にスエラに頭を下げ。
「では、お邪魔しました。また会える日を楽しみにしてますよ」
悠然と軽い足取りでカーターは訓練所から去っていった。
「次郎さん、お怪我は」
「主!」
嵐にしては穏やかで癖のある嵐であったが、それが立ち去ると同時にスエラとヒミクが俺のもとに駆けてきた。
心配してくれるということに安堵しながら、あの吸血鬼カーター・イスペリオという存在がこの後どんな風に影響を出してくるか。
そんなことを考えながら、戦闘状態であった頭を切り替えるのであった。
今日の一言
人の本心を見抜くのは長い年月をかけても難しい。
それが初対面であれば尚のことだ。
今回は以上となります。
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