147 考えは交じり合い新しい何かを生み出す
Another side
次郎たちテスターや必死に走り回り撮影準備をする魔王軍の様子を見る存在がいる。
ここは仮想訓練施設、その空間を制御する部屋の中で見下ろすような形で眺める二つの影。
周囲の魔王軍の存在たちはその二人から一定の距離を取り作業に従事する。
言わずもがな、魔王とその側近のエヴィアだ。
その二人の視線の先にある撮影現場は和気あいあい活気あふれる光景になっていたが、それに対して二人は特段感情の色を見せない。
不満も満足も、過不足なくただその光景を眺めていた。
「予定は順調というわけかな?」
「はい、現在日本だけではなく魔具を持たせることで日本国外、海外までスカウトを派遣しテスターの収集に励み、現在だけで魔力適性が六を超える人材を多数確保することに成功しています」
「うん、さすが勇者の世界だね。優秀な人材が多い。文明も進んでいるおかげか私たちの世界と比べて国境がしっかりしている世界だ。おかげでスカウトを送るのにも色々と手続きがあって面倒だね。だが、この世界には魔力がない。それを越える術はいくらでもあるというわけだ。これなら、来年は今年以上の成果が期待できるというわけかな?」
そしてそんな二人が話している内容は現在の撮影現場とはなんら関わりのない話、視界に映る現在ではなくこの現在を足場にした未来の話だった。
魔王の耳には現在のテスターの状況が過不足なく伝わっている。
当然、一部を除くテスターたちのダンジョン攻略の低い効率も知っている。
弱肉強食。
それを是とするこの王は成果を出すものには褒賞をもって応えるが、それ以外に対しては利用することだけを考えるような人種だ。
たとえ勇者候補になり得るテスターたちも例外ではない。
そして使われている側はそれに気づかない。
魔王のお気に入りとは、使える人材ということ。
そして、その価値観の範囲に入っているのはダンジョンテスターだけではない。
うっすらと浮かぶ笑みを飾る魔王の瞳、見ている先にいるはずのエヴィアすら彼にとっては一つのことをなすための歯車でしかない。
違いは大きいか小さいか、よく回るか回らないかそれだけの違いでしかない。
それでも彼がトップとして他者から認められているのはその才能と結果を示し続けてきたからだ。
彼の強さに心酔し、憧れ、従う。
その流れが今の魔王軍にできている。
それに気づくものは確かに存在する。
「現状よりは間違いなく改善されるでしょう」
「ふむ、そうか。ま、遅れを取り戻してくれるならそれで構わないさ」
表情を変えることなく、淡々と魔王の質問に慣れた態度でエヴィアは用意していた言葉を紡ぐ。
彼女から見た魔王は人を惹きつける太陽のような存在だ。
月の神を主神とする魔王軍のトップである魔王を太陽と例えるのはおかしな話であるが、それ以外で適当な例えがない。
その光は万人を照らし温める。
そして、万人を乾かし盲目にする。
光が存在すれば闇があるように、益があれば害がある。
太陽とて万能ではない。
利益が多くあるだけで不利益がないわけではない。
魔王は誰よりも多くの存在をまとめ導くが、全てを導けるわけではない。
掬える手が多いだけで、取りこぼしていないわけではない。
だが、気づいていてもそれでいいと思えるからこそ口にはしない。
たとえ魔王のやり方が冷徹に見えても、それで救われた者がいる。
希望を見た者がいる。
憧れた者がいる。
そんな魔王の手に溢れるものはこちらで掬えばいい。
支えればいいと、魔王の奥を覗き込んだ者は口を揃えて言う。
「ふふ、彼みたいな拾い物が来ればいいのだけれどね」
「やつのような例は珍しいでしょう」
そんな存在がエヴィアから見ても珍しいくらい一人の人間に興味を持っている。
ある意味では例外。
巨刀を振り、どことなくとある鬼を幻想させる一人のテスター。
重そうな鎧を身にまとってもその体は羽根のように宙を舞い、岩場だろうがモンスターの頭だろうが足場にして見た目以上に鋭く重い一振りを繰り出しかと思えば、今度は派手に立ち回り始め敵の注意を自身に集める。
そんな立ち回りができる存在はテスターの中では彼一人、テスターの中でこの環境に一番順応しているからこそできる振る舞い。
その姿に魔王は満足そうに頷いた。
「わかっているよ、でも期待はしようじゃないか。なにせこの世界は勇者の原産地なんだからね。引き続き頼むよ」
「は」
見るものは見たと態度で示すように彼はゆっくりとその光景から視線を切りその場から陽炎のように消え去る。
魔法に長けたエヴィアをもってしても見事という言葉以外見つからないほど丁寧にかつ迅速に行われた転移魔法で魔王はその場から去っていった。
それを黙ってエヴィアは見送った。
魔王こそ魔王軍の希望。
遥か昔、大陸が分かたれた時から魔王軍の悲願である大陸統一、世界融合を成すための王。
その彼が必要だといった業務を進めるために眼下に広がる光景を見届けるために。
「……やつなら、あの方の見ている景色が理解できるだろうか」
そしてその魔王の奥を覗き込みながらも、同じ視点に立てない故に誰もが同じ悩みを持つ。
その悩みを持つからこそ、その魔王に一目置かれている人間に向けてエヴィアは言葉をこぼす。
エヴィアにしては珍しい憂いを帯びた言葉。
誰にも聞こえず、空気に溶け込んだその言葉を向けられた男。
召喚されたソウルのモンスターを屠る黒鉄の巨刀を振り回す人間。
入社してまだ一年も経たずして目を見開くほどの成長を見せた男。
仲間を率い、唯一成果を見せている例外。
尚且つ魔王軍の中にも交友を広めている。
そんな奴なら遠い背中に並べるのではとエヴィアは夢想する。
後ろから追随する我らと違ってと。
「……おかしなことを考えるな」
そんな考えが頭をよぎったが、すぐにその思考は失笑気味に口元を少し歪め、その思いを一瞬で霧散させる。
太陽とはその存在ゆえに孤独、そんな存在にポッと出の人間が並べるわけもないと自身の思考を理性で感情から出た言葉を否定する。
強大な力を持った鬼ですらその下についた。
命の限界を超えた不死者すらその下についた。
あらゆる大地の加護を受けた森人すらその下についた。
万物全てを加工できる巨人すらその下についた。
命を生み出しその命を自在に操る蟲もその下についた。
古代の力を体現する機人すらその下についた。
生命の頂きにつく天空の覇者たる龍すらその下についた。
そんな存在たちの才と比べれば輝きも大きさも何もかも足りない存在が、魔王と比肩できるとわずかでも考えたのは愚かなことであろうか。
むしろ、そんな魔王に比肩する存在が必要かという話になる。
「くだらない」
考えることすら無駄な時間だと断ち切ろうとするが、頭の片隅で本当にそうなのかと自問自答する思考がなかなか打ち消せない。
口にした言葉も自己暗示に近い言い方になったが、彼女の思考から夢想の欠片が離れない。
巨大な蛇、バジリスクの首を切り落としその巨刀を肩に担ぐ次郎の姿が珍しく悩むエヴィアの視線に入ってくる。
バジリスクを倒したことを契機に人間の仲間たちが彼のもとに集い、そのあとゆっくりとダークエルフの女性とそれにつきそう最近の新顔である堕天使が近づいていく。
その光景が、一瞬であるが彼女の過去の記憶とダブる。
魔王が魔王でなかった頃、そこに集った仲間たち。
その中で魔王でなかった男に唯一並んだ一人の。
「フン」
その結末を最後まで思い出すことなく。
彼女は思考を断ち切る。
その光景に残った『二人』の影を残しながらエヴィアは仕事に戻るのであった。
Another side end
「……」
誰かに見られている感覚はあった。
悪意はないからずっと放置していた感覚が途切れ、ふうと安堵のため息をこぼす。
見定めるような視線のおかげで緊張でこった体をほぐすように肩を回していると海堂がズンズンと俺に歩み寄ってきた。
「先輩! 何が普段通り戦えば余裕っすか!? 危うく石化されかけたっす!! 南ちゃんの援護がなければ今頃どうなってたことやら!!」
「石像が一つできてただろうな」
「あっさり言うっすね!!」
「たりめぇだ。なんとかなる自信があったからな」
開口一番で出てきた海堂の言葉はあっさりと流し、ざっと撮影状況を思い返す。
撮影は順調に進んだ。
最初に雑魚を蹴散らし、そのあとに大物であるバジリスクを倒す。
前衛をメインに画像を撮ってもらったため、その迫力はハリウッドにも並ぶほどのモノが完成しただろう。
そんな戦いの最中で無駄に目立とうとした海堂は、注意しろと言っていた相手の視界へ堂々と入っていったためその効果をもろに受けることになってしまった。
「海堂先輩、拙者言ったでござるよね。拙者のサポート範囲から離れないでほしいでござるって、おかげで拙者五十メートル走する羽目になったでござるよ」
おかげで最後の最後に無駄な労力を使った南のご機嫌は斜め、咄嗟に間に合ったからいいとは言えない海堂の行動にジト目で南は訴えかけてきた。
いざとなれば、バジリスクの顔面を蹴り飛ばしてどうにかできたことは口にしないでおこう。
最近少し調子に乗ってきている海堂にはいい薬だ。
南の説教に対してうっと言葉を詰まらせる海堂を脇目に、仲間たちは思い思いに話し始める。
「まったく、予想通りNG集の場面を作ったわね」
「そうだね、でもカレンさんも少しミスしてたけどネ」
年下に説教されて何事かと呆れた表情で海堂を見る北宮、それに対してアメリアも同意するが、少し悪戯心が芽生えたのか、少しニヤリと三日月型になった口元を片手で隠しながらさっきの撮影時のことを話す。
「!? あ、あれは別に私のミスじゃないわよ!」
『そうかな? いかにモンスターの不意打ちが原因だとしても詠唱のミスによる魔法の不発、次郎君にサポートに入ってもらわなければ』
「ああ! もううっさいわね! それよりアミー、あんたも一発いいのもらってたじゃない大丈夫なの?」
それに便乗するようにアメリアの守護霊モドキとなったマイクもからかうように北宮に語りかけ、話の流れ的に分の悪さを感じ取った彼女は無理やり話題を変える。
「そんなに心配するほどじゃないヨ。あとで診てもらうシ」
「女の子なんだから、後回しにしない! 勝! こっちに来てアミーの治療お願い」
「わかりました。アメリアさん診せてください」
「わかったヨ」
そんな会話をきっかけに段々と俺の周りは騒がしくなってくる。
一言喋れば、それが呼び水になって話が広がる。
それがうちのパーティーだ。
「お疲れ様です次郎さん」
「主、お疲れ様だ。濡れタオルも準備万端だ。使うといい」
「助かる。かぁ~っ、気持ちいいな」
「主、少しおじさん臭いぞ」
「うっせ、自覚はある」
結局最後まで見学していた二人も近づいてくる。
スエラの歩くスピードに合わせ、ヒミクも浮いて近づき、その手に持った濡れタオルを俺に差し出してくる。
受け取り、顔を拭くだけで爽快感が顔全体を覆う。
汗もだいぶかいたということだろう。
体力的にもまだまだ動ける余力を感じつつも、やはり不快感というのは感じていた。
こういった細かい気配りは正直助かる。
「これで撮影は終わりですか?」
「あとで映像編集で打ち合わせをするから、まだやることはあるが、撮影自体はこれで終わりだ。何かあるのか?」
「ええ、祖父から手紙が届きまして、元々それを届けに来たのですが撮影前に渡すと気になるかと思い待っていました」
「祖父と言うとムイルさんからか。あの人から手紙って」
「ええ、おそらくは精霊との契約のことかと」
そう言ってスエラは手紙を差し出す。
篭手を外し、ヒミクに預けた俺はすっと受け取り、手紙の中身を確認する。
「……」
「祖父はなんと?」
「契約の準備が思ったよりも進まないらしい。仮に失敗するとしても人間である俺に最上位精霊を契約させる儀式を行うことを反対する意見が多いだと」
謝罪の文章から始まった手紙の内容には所々にムイルさんの怒りを感じ取れるような文面で、精霊との契約を先延ばしする旨の話が綴られている。
本当であれば直接謝罪したいとのことであったが、少しでも話を進めるための根回しをしたいとのことで手紙にしたと最後の締めくくりに書かれている。
「種族の壁って大きいねぇ」
「次郎さんが言いますと皮肉に聞こえますね」
「そうか?」
「ええ、ダークエルフに吸血鬼に堕天使、これだけ異種族が周りにいる次郎さんが種族の壁を気にするのはちょっと」
「言われると確かにな」
「私の主は器が大きいのだ!」
「お前はなんでそんな自信満々なんだよ」
年末にドタバタしている時期で、ひとつ行事が減ることはスケジュール的に助かるが、それが後々響かないかと微妙に不安の残る形となってしまったことについ愚痴がこぼれてしまう。
年末に近づく、それだけで何かが起こるかもしれないという俺の予感が。
「後に響かなければいいがな」
なんともないと振舞っていた俺の口に小さく誰にも聞こえぬように言葉をこぼれさせたのであった。
今日の一言
嵐のまえの静けさ、忙しさは重なる時がある。
今回はこれで以上となります。
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これからも本作をどうかよろしくお願いします。




