135 初対面に対して猫を被って損はないとは、知り合いの話だ
冒険者ギルドのギルドマスターと聞いて、俺の中で想像した人物像は三パターンある。
一つ目はいかにも厳つい現場上がりの武闘派ギルドマスター、こういった支部なら人望はあるが本部との折り合いが微妙だったりするタイプ。
二つ目は何か裏がありそうな美女だったり美少女だったりだ。ダークエルフだったり吸血鬼だったりあるいは獣人だったりと様々なパターンがあるが、物語でそういったパターンはだいたい美人だ。
こういったパターンは頭脳派だ。
三つ目は
「はじめましてにゃ、拙僧がこのギルドを預かるギルドマスター、ミケにゃ。ちなみに猫の獣人ではなく、猫妖精にゃ。そこら辺は間違えないでほしいにゃ」
小動物がギルドマスターを務めているといったパターンだ。
だが、その姿だろうと侮ることはできない。
見た目に反して、その瞳の力強さは歴戦の凄みを感じる。
すぐに並じゃないと判断した俺は負けないように気を張り直し自己紹介を返す。
「よろしく頼む、俺は田中次郎、こっちで言うなら次郎が名前で田中が家名だ。人間だが一応魔王軍に所属しているダンジョンテスターだ」
アミリシアに案内され建物内三階の奥にある一室、ギルドマスターの執務室で出迎えてくれたのは、猫だった。
有り体に言えば長ぐつをはいたネコとでも言えばいいのだろうか?
ワイシャツに赤いネクタイを締め、きちんと背筋を伸ばし後ろ足二本で直立していた。
俺たちが入室したのを確認するとミケと名乗った猫は二足歩行で歩き、とてとてと見た目通りの軽い体重を表すように近寄ってくるとアミリシアの用意した踏み台に飛び乗り手を差し出してくる。
見事な肉球を差し出され、一瞬触れということかと思ったがすぐに握手を求めているものだと理解しその手を軽く握る。
「話は聞いているにゃ、魔王様直属のダンジョン実験部隊と。場所も人員も秘匿されていて一ギルドマスターの拙僧じゃ本当にあるかわからないと思うくらい眉唾物の存在だにゃ」
「俺は幽霊か何かか」
「ゴーストはいるから信じられるけど、君のような存在は実際に見ないとわからないからある意味じゃそれ以上だにゃ」
二股に分かれたしっぽをゆらりと揺らした猫はその顔でニヤリと笑った。
暗に幽霊以上の珍生物扱いされたが、俺の職場はいわゆる勇者の原産地に当たるんだ。
それくらいの情報封鎖をやっていてもおかしくはないか。
「それで、アミリシアに聞いたけど、ギルドの将来に関わる拙僧に報告したいこととは何にゃ?」
握手を終えたギルドマスターは再びその軽い足取りを見せて執務机にもどる。
その机はその小さな体に合わず俺が使っても大きいと言えるほどの代物だ。
その上には色々と書類が積み込まれているところを見て、仕事が溜まっているのだと思わされる。
だからだろうか、面倒な話し合いは後回しにして早々に本題を切り出してきた。
「単刀直入に言えば、ここのダンジョンが枯れるって報告に来た。それも近日中にだ」
「え!?」
その対応に俺も乗る形で軽く言うと、踏み台を片付けようとしたアミリシアが驚き振り返っているが、俺はギルドマスターから視線をそらさない。
「拙僧、冗談は好きだけどそういう冗談は好きじゃないにゃ。拙僧と話を楽しみたいならもう少し冗談のセンスを磨くといいにゃ」
「俺としても冗談であってほしかったんだがな、あいにくと冗談で済ませられない状況なんだよこれが」
正直魔王が直々に管理する人員、ダンジョンテスターという肩書きがなければこのギルドで新参者でしかない俺に対してギルドマスターが直接応対するということはなかっただろう。
そして、その肩書きもダンジョンテスターという存在が実在するかしないか確認するための情報源程度の価値しかなく、見極めれば即座にこの猫はこの応対を終わらすだろう。
要は物珍しさで俺はこのギルドマスターと会話する機会を与えられているというわけだ。
「その人間の女性がなんだにゃ?」
正直、この対応は腹が立つがこちらも爆弾を抱える身だ。
道連れが増えるなら喜んでこの対応も我慢しよう。
ゲスイ黒い感情を腹に抱えニヤリと笑いながら親指でヒミクを指してやると、猫は疑問符を浮かべなんの冗談かと聞いてくる。
そんな猫めがけて。
「コイツが証拠の堕天使だ」
物的証拠を叩きつける。
『ヒミク、俺が合図を送るからその時になったら隠している翼を解放しろ』
『それに何の意味があるのだ主よ。どうせなら最初から見せたほうがいいのではないか? なんなら私が直接脅しても』
『その口より先に手を出す癖直そうな? な?』
あらかじめ打ち合わせしていた通りヒミクが翼を解放し黒い翼がバサリと広がる。
「にゃにゃにゃ!? にゃんと! 堕天使!?」
「ひぃ!?」
なぜ俺がこんな回りくどいことをしたかといえば、場の雰囲気を掌握したかったからだ。
交渉のテーブルは雰囲気を勝ち取った方が有利になる。
堕天使とは言っても元は天使だ。
魔王軍やその庇護下にいる存在からすれば災害のような存在を目の前でぽんと軽いノリで紹介されてしまえばそれは驚くだろう。
一般人で言えばいきなりカバンを渡されその中身は爆弾ですと言われたようなものだろう。
「こいつをダンジョンの中で見つけて、ダンジョンコアだという話を当人から聞いている。それが証拠にならないって言うなら残念だが話はここまでになるが?」
ああ、確かに爆弾だ。
正直、指示通りに動いてくれたヒミクを俺は褒めたい。
なんというか、こいつは間違いなく料理をさせたらなんとなく美味しそうだからという理由でレシピ通りに作らずアレンジするようなタイプだと俺は思っている。
実は、目の前のギルドマスターやアミリシアより先に俺の心臓の方がバクバク響いていたのは内緒だ。
こうなんというかこれが証拠だという合図に気づかなかったり、窮屈だという理由で勝手に翼を解放しないかとか、俺の予想のつかない理由で雰囲気を別の方向で壊す何かをしでかさないか気が気でなかった。
今もこうやって平常な表情を浮かべて話を進めているが、内心ではうまくいったと安堵の息をこぼしているところだ。
「その魔力、本物のようだにゃ」
「偽物がいるのか?」
「翼人種というのがいるにゃ、やつらは天使とよく似た姿をしているからたまに天使だと名乗って詐欺まがいなことをするから毎年うちで対処してるにゃ」
「失礼な猫だな。私をそんな存在と一緒にするとは、私は奴らよりも翼の数が多いぞ!! 間違えるな!」
「お前は黙ってろ」
「主、これは天使としての沽券に関わる問題だ! さすがの私もあの鳥もどきたちと一緒にされるのは腹が立つぞ」
「わかった、わかった。あとで聞いてやるから」
「なら良し」
ツッコミどころがずれているとヒミクに言いたくなったが話が進まなくなるので黙らせておく。
しっかりと確認しろと翼を見せたがるヒミクの頭を押さえ黙らせ、その姿をマイットさんとグレイさんは苦笑しながら見ている。
頭を押さえられたヒミクはむぅと頬を膨らませるが、俺はそれを無視する。
全く最初のクールな姿の第一印象はどこに行ったのか。
まぁ、その印象は会話して二秒で飛び去ったが。
「何やってるんだ?」
「ま、魔法は飛んでこないのかにゃ?」
「飛んでこねぇよ」
そんなやり取りをしている間にいったいギルドマスターたちに何が起きたのか。
俺がヒミクと掛け合いをしている間にアミリシアとギルドマスターは机とか本棚を駆使してバリケードを完成させていた。
その向こう側から恐る恐る顔を出すギルドマスターの表情はヒミクを怒らせ殲滅されるのではと思っているような表情だった。
「こっちでは天使っていったいどんな存在なんですか?」
「一言で言えば次郎君が想像しているよりも危ない存在と私たちの間では認識されていますね」
「奴らには血も涙もなく、戦えばその場は血で塗りつぶされる」
「地震か何かですか?」
「ある意味ではそれ以上ですよ」
あまりにも刺激が強すぎたと物語っている状況に、さすがに話のズレを感じてマイットさんたちに確認を取ってみれば、この堕天使は思った以上に危険な存在だと認識されているようだ。
首をかしげてギルドマスターたちに視線を向けるだけでビクリと反応しバリケードに隠れてしまうところを見る限りマイットさんの言うことは本当のようだ。
「大丈夫だから出てこいよ」
「ほ、本当かにゃ?」
「ああ」
「皮を剥いで剥製にしないかにゃ?」
「するのか? 天使って」
「確か、姉妹の部下に敵の首級を集める天使がいたな。部屋中に飾っていたぞ」
「ひぃ!」
天使のイメージからかけ離れた話が出てきたので、さすがにないだろうとヒミクに話を振るとまさかの肯定する返事が返ってきた。
なかなかの迫力だったぞと実際に見たというヒミクのせいで、少し顔を覗かしたギルドマスターは再びバリケードの向こうに消えてしまった。
これでは話が進まない。
「はぁ、ギルドマスターこれでさっきの話は信じてくれたか?」
「も、もちろんだにゃ! だから、命だけは!」
進まないのだが、進めるしかない。
形としては脅す形になってしまったが、仕方がない。
「それじゃぁダンジョンが枯れるっていう話を信じてもらえたことで、あとは組織運営の責任者の問題だ。次の話に移りたいのだが大丈夫か?」
「ま、まだあるのかにゃ?」
こっちとしては冒険者ギルドを含め、ダンジョンを主軸とした経営をする町がどうなるか事前に情報を与えられただけで目的の一つは達成したことになる。
これで何もしなかったらこの猫の責任になるわけだ。
俺は知らない。
俺からすればこれから話す方が本題だ。
これ以上問題があるのかと、小動物的な訴え掛けるような表情をされても止めるわけにはいかない。
「俺としてはこっちの方の問題がメインでね、そっちの解決したいからとりあえず魔王軍の本部と連絡取れる方法っていうのを教えてくれないかね?」
ヒミクを指差しながら話すと今度はホッと安堵するようにため息を吐いた後に少し待つにゃとバリケードの向こうから声が聞こえ、ゴソゴソと何やら漁るような物音が聞こえる。
「アミリシア、これを彼の下に持っていくにゃ」
「なんで私が!? マスターが持っていけばいいじゃない」
「うるさいにゃ、拙僧には拙僧の帰りを待つ嫁と十三の子供がいるにゃ。そのための礎になるにゃ」
「嫌よ! 私だって未来の旦那様のためにこの命残しておかないといけないのよ!?」
「ギルドマスター命令にゃ」
「自分が助かりたいからって卑怯よ!」
「拙僧猫だからわからんにゃ」
「このアホ猫がァ!!」
そのあとに聞こえてくるやり取りに苦笑を漏らすしかない。
最初あれだけ挑発的な態度を見せていたのに今ではそれが見る影もない。
「私が取りに行こう」
「すみませんグレイさんお願いします」
俺が近づけばさらに混乱が増すであろうとわかる雰囲気で、グレイさんが動いてくれたのは正直ありがたい。
喧騒が響くバリケードの向こうにゆっくりとグレイさんが向かうとピタリとその喧騒もやむ。
そして、二言三言会話をすませると。
グレイさんは緑色のガラスのような球体を片手に戻ってきた。
「これは?」
「ここはダンジョンのすぐそばにある場所だからにゃ、万が一の出来事があった用に国から与えられている通信宝珠にゃ。それがあれば魔王軍の本部に連絡が取れるにゃ」
バリケード越しの会話を気にすることなく説明するギルドマスターに、少し苦笑しつつ指示通り宝珠に魔力を流すと。
『はい、魔王軍です。何が起きましたかああああああああああああああああああ!! お前は!!』
何故か見覚えのある悪魔が出てきた。
そう、具体的に言えば、おそらくこいつは監督官の、
「久しぶりといえばいいですかね。ええと名前なんでしたっけ?」
昔訓練で調子に乗っていたからぶっ飛ばした名前も知らない弟だ。
今日の一言
猫をかぶるのは用法用量を守りましょう。
今回は以上となります。
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これからもどうか本作をよろしくお願いします。




