103 必要か必要でないか取捨選択は個人の自由
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
『さぁて!! 次の試合も目が離せないわよ!! 解説はダークエルフのケイリィがするわ!! 見るもよし、賭けるもよし!! みんな楽しんでいくわよ!!』
歓声が響く中馴染みの声を傍らに、今の俺の気持ちを代弁するならこの一言に尽きる。
眠い。
徹夜ではないにしろ、それに近いことを連日繰り返していれば自然と人間は寝不足になる。
白日の下、日光に照らされて白い屋根の運動会などで見られるテントの下で俺は用意したパイプ椅子に寄りかかる。
この一週間、ダンジョン攻略に加え別の仕事を自主的に抱え込んだ結果の末路。
魔紋で強化された肉体でもきつい。
体調管理は自己責任という言葉を社会人になってからよく聞くようになった。
イベントは始まったばかりでこれからが本番であるが、開会式も済ませ順調にイベントは進行しようやく一段落ついたのだ、少し目を閉じるくらい許してほしい。
傍らには俺と同じように椅子に座り、運営をしているメンバーがいる。
あいにくとスエラやメモリア、そして馴染みのパーティーメンバーはこのイベントを運営する側ではなく参加する側に回っているのでこの場にいない。
なので一人寂しく休日出勤だ。
「しかし、ポーションで気付けできても眠気は消えないもんだな」
目元を二、三回指先で揉みほぐし、すっと目を開けた先に見える光景を微妙に重い瞼の先に捉える。
巨大な投写幕に映る映像の周りに酒やツマミを片手に鑑賞するファンタジー社員たち。
その周辺では様々な地下施設の従業員たちが営む飲食屋台が立ち並ぶ。
運営と書かれたテントの下で遠目で俺も見るが雰囲気的に中々の盛況ぶり。
画像の向こうにいる最初に難色を示したテスターたちも今は存分に楽しんでいるようだ。
「上手くいっているようだな」
「監督官」
自分のやった成果に満足して眺めていると運営にすっと気配なく背後に現れる。
昔の俺なら慌てているが、今では慣れたもの。
現れたエヴィア監督官に慌てることなく、席を立ち面と向かう。
「貴様が計画した宴は順調のようだな」
「それも教官たちや監督官の援助があったからです」
「まとめたのは貴様だ。それを誇れ」
「はい」
始まりは一ヶ月ほど前の話だ。
アメリアにイベントというアドバイスをもらった俺は内容を吟味し企画書にまとめあげ、その話をまず研究室に持ち込んだ。
言うところの根回しというやつだ。
テスターの俺が研究室に行ったときは怪訝な目で見られたが、俺の企画書の内容を確認した途端に目の色が変わった。
そこからは狂気も相まって研究室での話はトントン拍子で進み、さらに改善が加わった企画書は完成した。
「なかなか面白いことを考える。改築予定のダンジョンの一部を使用して魔物のテストを兼ねた宴か。それを盛り上げるためのテスターには会社から供出させた武具の数々を報酬にして報いる。我らは試作モンスターの実戦データという情報を得られる」
それを片手に監督官のところに足を運んだのは記憶に残る。
感心したように視線をスクリーンに向けた監督官を追う形で俺もスクリーンに向ける。
画面の先にあるのはコロシアムだ。
ローマにあるような円形の石造りの舞台でテスターが戦っている。
一対一の舞台もあれば一対複数の舞台もある。
勝てば得点といつもより高い報酬が支払われるようになっている。
ただし相手にするのは研究室が考案した新種の魔物に教官たち将軍が保持する軍から選出された魔物たちだ。
倒すにも一筋縄にはいかない。
一戦一戦を慎重に考え時には大胆に行動し戦い抜かなければ、簡単に敗北してしまうし怪我もする。
しかし、これはあくまで宴だ。
シラケさせないために医療体制は万全にしてある。
しかし、思った以上に盛況だ。
内容としてはどこぞの竜を狩るゲーム方式にしてある分、テスターたちにも馴染みやすいというのが本音だろう。
こちらとしてもテスターたちの訓練になり、アトラクション感覚で楽しめてもらえて、社員たちの息抜きになる一石三鳥だ。
「さらにやる気を出す餌までチラつかせる。よく思いついた」
「あくまでこれは宴、楽しむのが本懐ですので」
「クク、違いない」
景品たる武具は当然豪華にしてあるが、報酬はそれだけではない。
地球人であるテスターたちには武具だけでは乗り気にならないと踏んだ。
なのでここは餌を吊るす。
「しかし、本当に揃えてもらえるとは思いませんでしたよ」
「魔剣や神の薬に比べれば安いものだ」
運営と書かれたテントのとなりに赤い敷カーペットの壇上が出来上がっている。
その上に並ぶ景品の数々の中には、高いものは高級車、安いものでもブランドものバッグ、すべてテスターたちの今現在欲しいものをアンケートをとって俺が提出した。
テスターたちからすれば魔剣などの武具よりもこっちのほうが本命かもしれない。
なにせ金銭上限を一切設けず、ほしいものを記入して提出しろと書かれたアンケート用紙を会社から配布してもらったのだ。
当時のテスターたちは半信半疑であったが、現物を目の前に山積みにされた時の光景をみた面々の顔は見ものだった。
しかしこの会社の資金源はいったいどこからでているのやら、この景品の山だけでいったいいくらになるか考えるだけでも貧乏性を発症させそうだ。
いささか大盤振る舞いしすぎではと現実の値段を知る身からすれば思わずにはいられない。
それくらい、安易にほいと出すにはいささか高すぎるものが揃っているのだ。
「それに何もこの全てが奴らの手に渡るわけではあるまい」
「そうですけどね」
物事には裏がある。
監督官の言葉と態度を見聞きしなるほどと内心で納得する。
物欲しそうと言うより、既にこれは私のものだと物語るように高級車のボンネットを撫でる監督官の姿を見ながら、この景品の山の中のいくつかはテスターたちの手には渡らない、そういった内容の仕掛けが入っているのかと納得する。
この会社のファンタジー社員からすれば地球産の代物はどれもが未知の代物だ。
ケーキ一つでもかなり喜ばれる代物、買うことにためらうことの方が少ない。
「中々の余興だ。我々としても楽しむこともできている」
「それは何より」
加えて、今回のイベントで胴元が会社の公式ギャンブルも出ている。
戦わず観戦している社員たちの片手にあるタブレットでテスターが勝つか魔物が勝つかで賭けが行われる。
それ以外にも何分で倒すか予想する賭けも行われている。
「俺としては目論見通り動いてくれている方が助かりますがね」
「ふん、腑抜けた輩を心配するか」
「そう言わないでくださいよ、見捨てるまでのラインに奴らが立っていないだけです」
テスターや社員が楽しむ傍らで俺の目的も達成させられている。
俺の中でのイベントの目的は、テスターの能力を向上させるという意味合いもあるがそれだけではない。
このイベントは何よりもテスター同士の交流を目的にしている。
いわゆる飲み二ケーションならぬバトニケーション。
戦いの中で生まれる連帯感というやつだ。
この闘技場に設けたルールはいくつかあるが、その中に固定パーティーを禁ずるという項目がある。
これは賭けの予想をかく乱させる目的と交流させるという目的がある。
「うまくいくかは賭けでしたが、うまく機能したようで」
「そのようだな」
その目論見はいい方向で予想を裏切ってくれている。
スクリーン越しに映る闘技場の上では、海堂と別のパーティーの男が全力で巨大な牡牛から逃げ回っていた。
その男は先日海堂と喧嘩になったパーティーの一人だ。
どういった因果でそうなったかまではわからないが、いがみ合っている様子はない。
代わりに
『『助けてぇ!!』』
「おい!逃げ回ってんじゃねぇ!! 俺はてめぇたちが勝つことに賭けてんだからな!!」
「逃げろ逃げろ!! お前らの勝利に今月の生活費かけてんだからな!!」
「やめろー!! このままいくと研究室に泊まり込みが確定する!!」
全力で阿鼻叫喚を奏でている。
最初は険悪であった空気も、海堂が男を助けたことが幸をなし、徐々にいがみ合いはなくなった。
互いにピンチになったら互いを助ける。
そして今では仲良く?逃走する姿は、相手を蹴落とすようなことはせず全力で逃げ出している。
その姿にやじが飛ぶ。
鬼が怒鳴り声をあげ、ダークエルフの男が興奮し、リザードマンの男が絶望の声を上げる。
「まったく、相手があの魔物ってことは、魔剣を手に入れようとしたな。オッズは……三百五十倍か。欲をかきやがったな海堂」
「そのようだな、あやつは深層領域を守護することを想定された魔獣だ。今のお前でも倒すことは厳しいだろうな」
「鉱樹を全力稼働させる直撃を数回当てて、動きを止めたところで急所に一撃でしょうね」
黒い光沢を放つ艶やかな毛皮は海堂の魔法を突進の勢いで弾き飛ばし、毛皮に反して白い汚れのない角はぶつかった壁一面に広がるに大きな罅を築く。
唯一の救いは突進の勢いが強すぎて小回りの利かないことだが、それも暴威に晒された海堂たちが態勢を整えるころには旋回を終わらせている。
それを見てキオ教官たちならともかく、今の俺では正面からぶつかるのは避けたいところだ。
「そこまで見抜くなら、倒す日も遠くはないだろう。私は行く。責任者になったのだ、精々気を抜くなよ」
「わかりました」
「もう一つの企みも楽しみにしているぞ」
様子を見に来てくれた監督官は来た時と同じようにすっとその姿を消す。
転移魔法の動きが見えないことはその熟練度の高さに繋がる。
去る際に見せてくれた笑みは純粋に俺がなぜ運営にいるかということに対して期待してくれていた。
「プレッシャーと期待は紙一重ってか……さてと、俺は見回りでも行くかね」
そんな存在に励めと言われたからには仕事をする他ない。
期待されている分は働くとしよう。
魔力を循環させ気怠さを振り切りながら席を立つ。
その際には近くの運営委員に声をかけるのは忘れない。
緊急事態となれば念話という手段がある。
今回使わせてもらっているエリア内なら五分以内に駆けつけることができる。
もっとも、俺は現場責任者であって総責任者は監督官だ。
俺が対応できない事柄でも監督官なら問題なく捌けるだろう。
鎧は着ず、鉱樹だけ背負いイベント会場を歩く。
「お~、北宮と南が組んでいるのか」
その途中で見えたスクリーンにアザラシのような魔物相手に挑む馴染みの顔が見える。
人数は四人、北宮と南以外に同じ魔法使いの女性が二人だ。
「確か、あの二人は」
「私のパーティーメンバーよ」
「? ああ、あんたか」
記憶を探るように顔と名前を一致させている最中に声をかけられ振り返ってみれば、紙コップ片手に立つ女性が見えた。
彼女は確か
「確か神崎だったか? 下の名前は」
「神崎恵よ。恵と書いてけい」
テスターの中で唯一の女性パーティーをまとめるリーダーだった。
彼女自身は魔法使いであったが、最近になって弓師に転換したと話を聞いた記憶がある。
そのリーダーが俺になんの用だろうかね。
「それで、その神崎さんが俺になんの用で? 試合スケジュールの確認とかなら俺ではなく受付の方に聞いてほしいのだが」
正直、俺と神崎の接点はほぼなかったはず。
ただでさえ二股疑惑をかけられている俺は女性の神崎からすれば近づきたくない男の部類に入るはずだ。
彼女たちを愛することに関して照れくさくはあるが恥じることはない。
別れろとかそんな話になれば面倒になる。
なので口調も事務的になるのは仕方ない。
「ちょっと聞きたいことがあるだけよ、そんなに警戒しなくてもいいわ」
「聞きたいこと?」
気が強い性格なのだろうか、つり目と短髪に高身長の組み合わせはさぞかし同性にモテたことだろう。
そんな彼女が俺に聞きたいこととは。
「……どうやったらあなたたちのパーティーみたいに仲良くできるのかしら」
「は?」
少し考えたあとに出てきた言葉は人生相談ならぬ、仕事の相談であった。
「今私たちのパーティーは解散しそうなの」
そして追加で出てきた言葉に思わぬ厄介事を持ちかけられたと俺は思った。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
人を参考にすることはいいことではあるが、直すのは意外と難しいよな。
今回は以上となります。
これからも本作をよろしくお願いします。




