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暗闇ヲ駆ケル花嫁  作者: 喜多見一哉
話之末 〈二心封印 (ニシンフウイン)〉
34/35

side:Hime 其の終

 七日間に渡ってあたしたち神滅課を悩ませた元凶、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は浄化された。

 明さんは無事に八岐大蛇の支配を逃れ、神力の一部を己の身に宿した。

 その最後の戦いに立ち会ったあたしと八雲、関西支部から研修生として出張してきた弥生さん、もう一組の神滅メンバーである大庭さんと蜂須賀さんは、歓喜のあまりに異様な盛り上がりを見せ、塔京スカイツリーの地下に秘密裏に建造された内閣調査室特務部神滅課の事務所に、意気揚々と凱旋した…


 …はずだった。


 しかし、この世界はいつまでも、あたしたちに優しくはなかった。


 あたしの隣で、右足に包帯を巻いて松葉杖をついている陽子ちゃんが、涙を流して大声で泣きじゃくっている。その相棒(パートナー)である塚田くんは、左腕を三角巾で肩から吊り、そんな彼女に背を向けて肩を振るわせていた。

 八雲と明さんも、互いに顔を伏せて唇を噛みしめ、大庭さんと蜂須賀さんは拳を力一杯握りしめ、怒りで顔を真っ赤にしていた。

 そして、そんなあたしたちの目の前には、ベッドに横たわる一人の男性がいた。

 その男性の前には線香が焚かれ、一筋の煙をゆるやかに登らせている。何かに満たされたかのようなその優しい寝顔は、あたしたちの心から僅かながらも罪悪感を拭い取ってくれているように感じる。

『お前らなら、もう大丈夫だ』

これが、その人物の最後の言葉だった。

 その亡骸(なきがら)…おやっさんこと、木村庄司さんに、姪である陽子さんがすがりついた。流れる涙をそのままに、さらに大きな悲痛の声を上げた。

 あたしはそれを見て、ある意味虚無な、というか何も考えることも出来ずに、ただただ呆然と立ちつくすだけだった。


 ここは、塔京大学付属病院の霊安室。

 あたしたちは、殉職したおやっさんの最後に立ち会うために、ここを訪れていた。

 日付は変わり、病院内はすでに静まりかえっていたが、ただこの部屋のみが光を灯している。

 ここであたしたちは、傷の処置が終わった塚田くんたちと合流した。そして彼らの口からおやっさんの訃報を受け、そのいきさつも聞くことが出来た。

 こちらで八岐大蛇に苦戦する一方、同時出現した神憑(かみつき)を浄化するために出動した塚田くんと陽子ちゃんコンビ、そして応援に入っていたおやっさんも、その目標と激闘を繰り広げていたそうだ。浄化に成功したものの、その結果塚田くんは左腕を負傷し、接近戦(インファイト)を挑んでいた陽子ちゃんも、右足を痛めた。

 浄化の喜びも束の間、正体不明の巨大な神力を持つ神憑が彼らの前に現れる。

 それの神力はあたしたちが対峙していた八岐大蛇など比ではなく、神力がほとんど視えない陽子ちゃんでさえ、不気味な雰囲気に畏怖したそうだ。

 そして、為す術もない一方的な展開が始まる。遠距離からの、その神憑の攻撃は鋭く、陽子ちゃんは避け続けることしか出来なかった。そして足の痛みが限界に達し、転倒したところを、おやっさんが庇い護ったらしい。

 陽子ちゃんはその様子を語りながら、何度も「自分のせいだ」と己を呪った。あたしは慰めの言葉の代わりに、彼女の身体を抱きしめる事しかできなかった。

 コンコンと、霊安室のドアをノックする音が室内にこだました。ドアが開き、塔大病院の医師が顔を覗かせる。

「申し訳ありませんが、お時間です」

 あたしは未だにおやっさんの遺体にすがる陽子ちゃんに声をかける。

「陽子ちゃん、おやっさんを、もうゆっくりさせてあげよう?」

陽子ちゃんはあたしの顔を見上げると、袖で涙を拭って頷いた。

 その後ろでは、八雲、明さん、大庭さんと蜂須賀さんの四人が真横一列に並び、足並みをそろえて気をつけの姿勢を取る。

「我らを導き、鍛えてくださった神滅課課長、木村庄司の英霊に対し、敬礼!」

明さんが叫ぶと、全員が一斉に右手を挙げ、敬礼を行う。陽子ちゃんも力なく震える右手を挙げ、あたしはその光景を静かに見守った。

 全員が霊安室を出ると、医師の先生がそのドアにカードでロックを掛けた。この後おやっさんの遺体は、おそらく司法解剖の末、荼毘に臥されるだろう。あたしはそのドアを最後に一瞥すると、八雲とたちと一緒に照明の消えた廊下を歩き始めた。

 (ヒメお姉ちゃん、事務所に戻ったらちょっとだけお話いい?八雲お兄ちゃんにはナイショで)

 霊安室を出た矢先に、あたしの頭に声が響く。それは神滅課事務所に残っている那美ちゃんからの念話だ。

 あたしは八雲たちと歩きながら心の中で返事をする。

(あたしだけ…なのかな…?)

(うん、ヒメ姉ちゃんだけに話があるんだ)

今度は、凪くんの声だ。

(…うん、わかった。今から戻るから…)

力なく返事をすると、肩を落として歩く八雲に寄り添う。そしてようやく、あたしの目から涙がこぼれた。その涙は、おやっさんが亡くなったことに対して流れたのか、それとも、あたしの今後がわかっていたが為に流れたのか。


 神滅事務所に着くと、大庭さんがおやっさんのデスクの引き出しから、一本の(ボトル)を取り出した。

「おやっさん、まだ隠してたんだな」

ソファに腰掛けていた蜂須賀さんが、大庭さんが何をしようとしているのかを悟ったのか、給湯室に消えてゆく。

「これ、おやっさんの好きな(ウイスキー)なんだよ。夜の勤務が終わると、これをちびちび呑んでから仮眠室で眠っていたんだ。俺たちにバレてないとでも思ってたのかねぇ…」

言いながら、そのウイスキーをソファの前の机に置いた。

 給湯室から蜂須賀さんがグラスを四つ持って出てくる。そして八雲、明さん、大庭さん、蜂須賀さんの四人がソファに腰を下ろし、グラスに少しずつ注いでいく。

「お前らはダメだぞ、まだ未成年だからな」

あたしと塚田くん、陽子ちゃんを見て、八雲がにやりと笑った。無理してるのがバレバレだっつーの。

 グラスを掲げた四人は、それをカチンと打ちあわせ、一気に呷る。その後、全員が全員、大声で笑い、泣いた。これが、この人たちなりのおやっさんの送り方なのだろう。

 あたしは凪くんたちの話を思い出し、静かにゆっくりと、その風景を見ながら事務所奥の赤鳥居にむかった。

 もう見慣れてしまった長い階段を下り、二本の篝火が照らす二柱(ふたばしら)(やしろ)に入る。社の前には凪くんと那美ちゃんが赤絨毯の上に座っており、あたしの姿を確認すると微笑んだ。

「いらっしゃい、ヒメ姉ちゃん」

凪くんが言い、手であたしに座るように促す。あたしはその通りに腰を下ろした。

「…話って言うのは、あたしの今後の事…だよね」

凪くんと那美ちゃんが顔を見合わせ、あたしにむかって同時に頷く。

「ここでの記憶を、書き換えるつもりなんでしょ」

更に頷く二人。

「僕達の力が及ばなかったばかりに、ついに身内から犠牲者を出してしまった。これ以上、被害を出す訳にはいかないんだ」

「ヒメお姉ちゃんは、成り行きでこの件に関わっただけ。確かにイナダちゃんの力を受け継いだり、神刀を授かったりと、かなりわたしたちも助けられたけれど、本来ならこの場所にいるべき人じゃないんだよ」

 続けて、凪くんが語る。

「ヒメ姉ちゃんは神滅になりたいんだろうけど、もし次に犠牲者が出るとするならば、それは知識、技術共に拙い、ヒメ姉ちゃんである可能性が高い。これは僕らのワガママなんだよ。僕らは、ヒメ姉ちゃんを存在してないことにしたくはないんだ」

 あたしは、無言で彼らの話を聞いた。これについては、おやっさんが亡くなった時点でおおよそ見当が付いていた。凪くんと那美ちゃんなら、そうするだろうと。

「ここでのことは、全部忘れちゃうの?…八雲のことも?」

凪くんが俯く。

「ホントは、そうするつもりだった。僕らはお向かいさんの家の双子で、八雲さんとヒメ姉ちゃんは出会っていなかった。…そうするつもりだったんだ」

「だけど、ヒメお姉ちゃんは既に、八雲お兄ちゃんと契りを交わしてしまった。わたしたちは、愛する二人が引き裂かれる辛さを…悲しみを知っている。伊邪那岐(イザナギ)伊邪那美イザナミ…かつての、わたしと凪がそうだったから」

あたしは、俯いたまま答えた。

「八雲のことは、絶対に忘れたくない。アイツは、あたしの旦那様だもの…。八雲のことを忘れるくらいなら、いっそのこと消えてしまった方がいい…」

その言葉に、凪くんが頷いた。

「そこまで深い契りなんだね。だから、八雲さんの記憶は消さない。だけど、神滅であると言うことは封印する。ヒメ姉ちゃんから貰う記憶は、この七日間の記憶と、稲田姫であった記憶の二つだ」

「いい?ヒメお姉ちゃんは、イギリスへの一週間のホームステイから帰ってきた。ヒメお姉ちゃんには八雲お兄ちゃんという恋人がいて、仲良く、楽しく暮らす…。神滅なんて知らない、神憑の存在も知らない。今まで通り、超常現象(オカルト)なんて信じてない、女子高生として、毎日を生きるんだよ」

 おそらく、この話を反故にすることはできないだろう。もし、神憑との戦いであたしが命を落としたら、悲しむのは八雲であり、そして目の前のこの二人。それが痛いくらいにわかってるから…。

 あたしは、顔を上げて頷いた。

「八雲には、なんて説明を?」

「僕らが、悪者になるよ。最後までヒメ姉ちゃんは神滅になりたがっていたけど、無理矢理記憶を改竄しましたって言うさ。でも、きっと八雲さんならわかってくれる…と思う」

那美ちゃんが頷き、あたしの手をその小さな両手で握った。

「もし、万が一、ヒメお姉ちゃんがこの記憶を取り戻す事ができたのなら、その時は一緒に戦おうね。歓迎するよ。きっと、神滅課の人たち全員が!」

あたしはその手を両手で握り返し、強く頷く。絶対に取り戻してみせる。この七日間の記憶を、かけがえのない(えにし)を結んだ人々のことを。

「だ…だったら、早くやっちゃって。上の八雲が気が付く前にね!知れば、絶対にアイツはごねるからさ!」

そう無理に微笑んで、強がって見せた。


 凪くんと那美ちゃんが、あたしに両手をかざす。その手が金色の光を帯び、その神力に反応してあたしの身体も緑色に光る。

 あたしはゆっくりと目を閉じ、その成り行きに身を任せた。耐え難い眠気に似た感覚があたしの脳を襲う。それを抵抗することなく受け入れ、あたしは再び、暗闇の世界へと身を投じた。



話之末 <二心封印(ニシンフウイン)> 終話


 真っ暗な闇の中に、緑色の光をほのかに放つ一人の女性がたたずんでいた。

 その女性は色とりどりの美しい衣服を身に着け、きらびやかな勾玉で飾り、髪には見事な装飾の櫛を挿していた。両手で彩られた花束を抱え、まもなくやってくるであろう最愛の男性を心待ちにしていた。

 あたしはその光景を端から見つめ、心無しに微笑む。

 暗闇の中から浮かび上がる男性。腰には立派な直剣を帯び、彼も見事な刺繍の施された胴長を身につけ、その女性に微笑みながら歩み寄ってくる。

 そして二人は抱き合い、熱い口づけを交わし合うと、あたしに気がついて微笑んだ。そして背を向けると、手を取って暗闇を駆け出した。

 暗闇を駆ける花嫁…花婿…

 あたしは闇の中にその姿が紛れ、完全に見えなくなるまで、ただ立ちつくして見守った。

 素戔嗚尊と稲田姫、彼らの生に、大幸あらんことを…。


 ピピピッピピピッ…

 耳元で目覚まし時計の音が鳴る。

 あたしは布団の中からもぞもぞと腕を出すと、壊れるかと思うくらい思いっきり叩いてその音を止めた。そして、再び不思議な感じがした夢の世界に戻ろうとする。

「比女、起きなさーい!」

一階から、お母さんの叫び声が聞こえた。夢の中に足を半分踏み込んだところで、現実に戻される。あたしは無理矢理に頭を覚醒させ、ゆっくり上半身を起こした。寝ぼけ眼を手でこすり、大きくあくびをする。

「もう、八雲くんも迎えに来てるんだから、はやくしなさい!」

「はぁい…」

 寝ぼけて返事をすると、あたしはベッドから降りてオレンジ色のストライプ柄のカーテンを開けた。窓からまぶしい朝日の光が降り注ぎ、部屋を照らす。

 あたしはいそいそと制服に着替え、机の上に置いてあった、"おばあちゃんの形見"である半円型の竹櫛を髪に挿す。そして洗面所に駆け込むと、洗顔フォームで顔を洗い、タオルで拭き、寝癖の付いた髪をドライヤーとその竹櫛で梳かした。歯ブラシに歯磨き粉を付け、ごしごしと歯を磨きながら洗面所から顔を出し、玄関に座って待っている最愛の男性に声を掛けた。

「ほへん、もうひょいまっへへ」

その声に男性…八雲が振り返り、苦笑しながら言う。

「喋るか、歯ぁ磨くかどっちかにしろよ…。急がないと終業式に遅れるぞ」

口を水道水で濯ぐと、再び洗面所から顔を出す。

「大丈夫、八雲がバイクでトばしてくれるんでしょ?」

「無茶言うな。どんだけのスピードで走る計算だ。道路交通法は守りましょう、だぞ」

あたしはばたばたと二階の自分の部屋に駆け上がると、ドア脇に置いてあったバッグを手にとって、再び階段を忙しく駆け下りる。

「ちょっと比女、朝ご飯は!?」

キッチンからお母さんの声が聞こえる。

「いらない!お姉ちゃんは?」

「とっくの昔に出たわよ、お寝坊さん!」

「三年生になったら、きちんと起きるようにする~」

言うと、母親のため息が聞こえた。

 玄関に座る八雲の隣に腰掛け、ローファーを履く。立ち上がってつま先をとんとんとタイルに当てた。

「ほら、急ごう八雲!」

「お前なぁ…いや、まあいいや。イギリスから帰っても、相変わらずかよ…」

八雲が大きく息をついて立ち上がった。

「人間、そんな短期間で変わる訳ないじゃない。なに言ってんの、バカ?」

「はいはい…いくぞぉ…」

そして、二人して玄関のドアを開けた。

 玄関先に停めてあったサイドカーにあたしは飛び乗り、ヘルメットを被った。八雲もそれに習い、キーを挿してイグニッションスイッチを押した。聞き慣れた低い音の排気音が鳴り響く。

「ほら、トばすぞ。しっかりつかまってろよ」

「道路交通法は守りましょう、じゃなかったの?」

そう返すと、八雲がジト目であたしを見た。この馬鹿しあいが毎朝の、あたしたちのやりとり。お互いにお互いを貶しながらも、あたしたちは心から信頼しあってる。

 八雲がギアを入れ、サイドカーはゆっくりと朝日の中を走り始めた。

「そういえば、比女。お前今日は午前で終わるんだよな。昼から空いてるだろ」

「空いてるよ~。どっか連れてってくれる?」

「映画のチケが二枚あるぞ、この前封切りされたやつだ。行くだろ?」

「それ、聞くまでないんじゃない?アンタと一緒なら、どこまでも~」

「あいよっ!式終わる頃に迎えに来るわ!」

 八雲がスロットルを握り込む。

 春の柔らかい風に髪を吹かれながら、あたしはにこりと八雲に微笑んだ。


 こんな、幸せな日々が続くといいな…

 最愛の男性を横に、心から、あたしはそう願った。



暗闇ヲ駆ケル花嫁 第一部全話 完


改めまして、一ヶ月少々に渡ってお付き合いありがとうございました。

ここまで書き続けてこられたのも、読んでくださった皆様のおかげです。

勝手ながら、これにて一旦、比女と八雲のお話に区切りをつけさせて頂きます。

第二部の構想もできあがっておりますので、しばしの休養の後に書き始めたいと思います。その時はまた、是非ともお付き合い下さいませ。


本当に、ご愛読ありがとうございました。


2014年05月14日 wed 00:02 喜多見一哉 拝



追伸…

なお、御感想や評価を下さると、きっと僕が飛び上がる勢いで喜びます。

次の作品への励みにもなりますので、是非ともお寄せくださいませ!

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