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暗闇ヲ駆ケル花嫁  作者: 喜多見一哉
話之終 〈二ツ紋 (フタツモン)〉
30/35

side:Hime 其の弐

 話が終わると、神滅メンバーの各々が二柱(ふたばしら)(やしろ)を後にした。

 話し合いの様子に満足したのか、あたしの目の前では凪くんと那美ちゃんがその話題に華を咲かせており、あたしと八雲は、その光景を微笑ましく見つめた。こうしてはしゃぐ二人を見る限り、神様の生まれ変わりだとは到底思えず、年相応の少年少女だ。

 あたしと初めて会った時から仲の良い双子だったけど、やはり、その仲の良さは神話時代に夫婦だったっていう記憶に引きずられているからなのかもしれないと思う時がある。彼らはまだ一〇歳だけど、まだ自我が成長しきってない時期に大人としての記憶を呼び覚まされたというのは、ある意味惨いのかもしれないが、それを感じさせないほどに明るく素直でいい子たちだ。

 せっかくの二人の時間を邪魔したくなかったので、あたしも早々にこの場所を去ることにした。

 あたしが立ち上がると、八雲があたしの制服の袖をちょいと引っ張った。

「ん、どうしたの?」

あたしが尋ねると、八雲は小声で、ちょっとだけ目を泳がせながら言った。

「えっと…メ、メシ、食っていかないか。お前と知り合ってからずっと、外食の機会がなかっただろ」

 目を泳がせながら言う台詞かねぇ。昨日今日と、さんざんあたしに歯の浮く台詞を並べまくってたクセに。ちょっとよそよそしいのは、女性とのそういう経験が少ないからなのか、それとも、あたしと昨日の晩……。

 思い出して、自分の顔が真っ赤に染まるのを感じた。それを見て八雲もそれを思い出したのか、さらに目を泳がせる。

「デートのお誘いなら、喜んで…」

あたしがしどろもどろに答えると、八雲が「お、おう」とどもりながら頷いた。

 やっぱり、勢いっていうのは大切なのかも。あたしも八雲も、あれだけ愛の台詞をささやき合ったのに、いざ冷静になってしまうと、これだけの言葉を交わすだけでも緊張してしまう。あたしと八雲は、ぎこちなく手を繋いで二柱の社を後にした。後ろで、凪くんと那美ちゃんの含み笑いが聞こえた。


 塔京スカイツリーを出て、いつもの駐車場までやってくると、ちょうど時計台の針が午後七時を指し、オルゴールの音楽を奏で始めた。なんだかんだ言って、二柱の社に二時間ほどいたことになる。

 あたしはサイドカーからヘルメットを取り出すと、頭に被った。精神体(アストラルボディ)の時こそ、この手間は省けたが、やはり生身に戻ってしまうと、ルールは守らないといけない。

 八雲もヘルメットを被り、バイクに跨った。しかし、キーを挿すものの、一向にエンジンをかける様子がない。

「どうしたのよ、さっきから」

さすがにおかしかったので、疑問をぶつけてみた。すると、八雲があたしの顔を見ず、空を眺めたままに呟いた。

「ふ…服…」

 服?ああ、制服の事かな。一応洗ったんだけど、神憑だったときから変えてないから、汚れてるし、かなり見窄らしいかも。は、もしかして、まだ匂うとか!?

「そ、そんなに変かな…。変…だよね…」

「お、おう。いや、そうじゃない、違う。えっと、だから…」

だから?だから、なんだろう。買ってくれるとか言ってくれるなら、すっごく嬉しいんだけど…。あたしは、ちょっとだけ期待の眼差しで八雲を見つめた。八雲は暗闇でも見えるくらいに顔を赤くして、半ば怒鳴るように言った。

「み、みづきの好きだったブティックが原塾(はらじゅく)にある。メシの前にいくぞ!」

や…やったぁっ!男性からの初めてのプレゼント!それも服だとか!

 あたしは満面の笑みで「はい!」と返事をした。

 八雲のバイクは、新日本橋、新塔京駅、皇居、表参道と通過して、四〇分ほどで原塾までやってきた。途中ちょっとだけ渋滞に嵌ったが、この時間にしては車の数が少なかったような気がする。

 あたしたちはJR山之手線原塾駅の前にバイクを停め、平日とはいえ雑踏がひしめき合っているその中を歩き出した。原塾は、あの事件…あたしが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に憑かれた事件の前の日曜日に、祥子といっしょに来た。だから、ほぼ二週間ぶりということになる。バイトもしていない女子高生が、お小遣いの範囲でお買い物をするにはちょっとキツイけど、オシャカワショップを見たり冷やかしたりするだけでも心躍る街だ。

 八雲はあたしの手を引いたまま、するすると迷いなくその雑踏の中を歩いていく。結構場慣れしてる感じ。みづきさんと結構来ていたのだろうか。そして、ちょっと奥まった店の前で立ち止まる。

「ここが、みづきのお気に入りの店だ。何度も足に使われて、ここに来た…」

 あたしが表の大きなガラス窓から店舗の中を覗くと、そこにはピンクを基調とした色の服や雑貨が立ち並んでいた。フリル系が多いのは……可愛い服がいっぱいなんだけど、あたしに似合うかな。普段着とかも、ジャージとがが多いあたしのに。

 店の名前は…「fortissimo(フォルティッシモ)-ff」か。音楽用語のフォルティッシモ、非常に強くの意。でも、店舗内の品揃えは…ある意味、インパクトが非常に強いかも。

「…気に入らなかったか?」

その素振りを見て、八雲が声を掛けてくる。

「ううん、なんでもない。入ろ!」

あたしは、半ばスキップするようにして店の中に入っていった。その後ろを、八雲が続いた。

 店舗に入ると、黒い丸サングラスをかけて、短い顎髭を生やした色黒の店員さんが声を掛けてきた。かなりの長身で、ごつい体つきだ。あたしの後ろの八雲に気が付くと、手を挙げて挨拶する。

「久しぶりじゃない、八雲ちゃん。一年くらいかしら?」

なんか、オネエっぽい言葉遣いだ。

「ああ、久しぶりだな。コイツに似合いそうな服、見積もってやってくれないか」

言われて、あたしの顔を見る。そして、いやらしくニヤリと笑う。

「…なるほど、ついに八雲ちゃんにも春が来たのねぇ。おめでたいわ!しかもこんなに可愛い子捕まえてぇ。お嬢ちゃん、お名前は?」

か、可愛い…のか、あたしって。そんな自覚はないんだけれど。可愛さで言うなら、みづきさんとか、祥子の方がよっぽど…。名前を聞かれ、慌ててぺこりとお辞儀をする。

「な…名椎比女です…」 

「ヒメちゃんね、よろしく。アタシはジョージ。もちろん、本名じゃないわよぉ。みづきちゃんがホームステイに出る前からの、八雲の悪友」

…なるほど、ホームステイか。みづきさん関係の記憶は、ホームステイに行っているっていう風に捏造されてるんだ。

 ジョージさんは店の奥にいた女性店員を手招きする。

「この子に見積もってやって頂戴。そうねぇ…」

そして、あたしの足下から頭まで、順に眺めていく。

「スポーティなイメージの服が似合いそうだから、それ系でね。アタシは八雲ちゃんの相手をするから」

 …やるな、ジョージ。相当な眼力を持っていると見たよ!あたしは自分の趣味を見抜かれて、感嘆の声を心の中で上げた。でも、こういう人を見るといつも思う。あたしの身体のどこで、そういったことを判断しているのだろうと。

 あたしは店員さんの後を付いて、ショーケースを回る。ピンク系パステルカラーの服が多いけど、中には青とか、黒とかの服も取り扱っているみたい。ピンクと黒、意外と相性いいんだなぁ。 何度かあたしに服を当てて、店員さんが数種類を腕に抱えていく。その選択肢の中に、フリル付きが少なかったのが救いだった。フリルなんて…似合うわけがない。

 その数種類の服を店員さんから渡され、あたしは試着室に入る。カーテンを閉めると、外でジョージさんと八雲の笑い声が聞こえた。なんだ、元気じゃない。ここまでの道中、あたしとはほとんど喋んなかったくせにさ。ちょっとふて腐れながらも、あたしは鏡の前に立ってその服を身につけていく。

 頭に薄い紫のベレー帽、ピンクと白の縦ストライプ柄の、裾のちょっと長い長袖シャツ、その上に帽子と同色のベスト。濃いピンク、フリル付きのワンポイントアップリケのショートスカートに、黒色のショートスパッツ、黒のニーソックスと、足下には足首よりちょっと上まであるブーツ。一体、どこがスポーティなのかと思いたくなるけど、この店の中でチョイスすると、こんな選択になるのか…。お値段がちょっと気になるけれど、でも凄く可愛い。鏡に映る自分をまじまじと見つめ、こんな服もいいかもと思い始めた頃、外から八雲の声が聞こえた。

「どうだ、着替えたか?」

ここに来たときとは違う、ずいぶん明るい声だった。あたしはシャッとカーテンを開いて、八雲の前でポーズを取って見せた。

「どう、似合う?」

それを見て、八雲が顔を赤くする。って、なんかシャイすぎるだろ!みづきさんで、こんなの見慣れてるんじゃないの?

「お、おう、似合ってる。その服でいいのか?」

あたしは、頷いて見せた。

「よし、おい、ジョージ!」

八雲は振り返り、お尻のポケットから財布を取り出し、更にその中からカードを出してジョージさんに投げた。

「はい、毎度」

ジョージさんはそのカードを器用にキャッチすると、レジの奥へ消えてゆく。さっきの女性店員さんがどこからともなく現れ、あたしの脱いだ制服を畳んで、大きめの鞄に丁寧に入れて手渡してくれた。

 ジョージさんがレシートとカードを持って、八雲の所まで戻ってくる。

「また来なさいよ、彼女(ヒメちゃん)とね。ああ、次はみづきも連れてきなさいよ、試したい服、ヤマほど溜まってるんだから」

言いつつ、八雲のお尻をぽんと叩く。

「わかってるよ、サンキュ。」

手渡されたカードを財布に仕舞い、ジョージさんとハイタッチ。そして、あたしに"いくぞ"と目で合図を送ってきた。

 あたしはブーツを履き、ジョージさんに頭を下げてから八雲の後を追った。

 店を出て、再び八雲と歩き出す。

「みづきがさ…」

八雲がなにげに口を開いた。あたしは八雲の顔を見上げる。

「みづきが、あの店のネットサイトで専属モデルやってたんだ。中学の頃からな。だから、ぶっちゃけあいつの関わった店しか、女性用の服の店は知らん。ごめんな」

なんで謝るんだろう。うーん、さっきの話し合いから、ちょっと様子がおかしいぞ。

「どうしちゃったのよ、さっきから。アンタらしくないよ」

その問いに、八雲は何も答えなかったが、代わりにあたしの顔を見て微笑んだ。

 やっぱりおかしい、敢えてみづきさんを思い出すような店に行ったり、彼女のことを語ったり。明さんの恋人だったみづきさん…、明さんとの決戦を前にして、ナーバスにでもなってるんだろうか。ずっと強気の八雲を見てきただけに、かなり意外だったけれど、あたしにこんな"弱さ"を見せてくれてるのは、嬉しいのか何なのか。不思議な気持ちだった。

 その後は、やはり八雲の"行きつけ"であるイタリアンレストランで夕食を食べた。その間にも時折八雲の表情が沈み、その度にちょっと強がって見せたりして。あたしは少しだけやるせない気分になってヤキモキとしたが、とてもツッコめる雰囲気ではなかった。

 結局、そのまま家への帰途につき、八雲のマンションまで戻ってきた。

 ちょっとだけ凪くんに聞いたのだけれど、あたしの自宅不在に関しては、どうやらみづきさん同様に海外…イギリスへホームステイしていることになっているらしい。もちろん、学校にも同じ処置がされている。だから、明さんの件が片づくまで、あたしの家はここということになる。少し家族が恋しかったりもするけれど、きっとあと少しの我慢だ。

 シャワーを浴び、みづきさんのパジャマに着替えてバスルームから出てきた。彼女の服とあたしの服、サイズが一緒だったので、パジャマとかの部屋着は八雲の許可を取って借りている。見ると、八雲がキッチンの食卓に座ってコーヒーを飲んでいた。

「お風呂、あいたよ。入る?」

あたしはタオルで髪の毛の水分を拭き取りながら、声を掛けた。

「ん、そうか。オレは後でいいわ」

言って立ち上がり、あたしの分のコーヒーを淹れ始めた。あたしも食卓に座ると、目の前に香り立つカップが置かれる。それを一口すすり、八雲の顔を見る。

「やっぱり、考えちゃうんだね、明さんとの戦い」

その言葉に、八雲は観念したかのように肩を落とした。

「わかるか、やっぱ」

「わかるわよ、そりゃ。二柱の社を出てから、ずっとモヤモヤしてたんでしょ」

あたしは肘を食卓につく。

「全力を尽くすと豪語したけどな。今更になって、上手くいくか心配になってきた」

「作戦自体はいいと思うんだけどね。あのさ、それで、一つ思いついたことがあるんだけど、聞いてくれる?」

八雲は一瞬だけきょとんとした表情をしたが、すぐに真顔に戻る。

「また、無茶な事言うんじゃないだろうな」

「無茶は無茶だと思うけどね」

あたしはとぼけながら言ってみせ、続けた。

「あたしの身体に、合一(ごういつ)で入った時にさ、そこで八岐大蛇をあたしの身体に縛り付ける"(くさび)"みたいなのがあったの。あたしが身体に戻れたのは、その楔を壊した…っていうか、倒したからなんだと思う。だから、今回も明さんの身体の中に、その楔がある可能性が高いと思うのよ。要するに、明さんの精神を覚醒させるには、八岐大蛇の支配下から逃れればいいって事なんでしょ。だったら、またあたしが合一で明さんの身体の中に入って、その楔を壊せればいいのかなって」

「…初耳だな、そりゃ」

「うん、誰にも話してないもん。八雲は、他の神滅のために楯にならなきゃならない。塚田くんコンビか、大庭さんコンビは遠距離から狙撃してる、だったら、あたしがやるしかないよね?」

それを聞いて、八雲が大きくため息をついた。

「比女…お前、よっぽどの大物かバカのどっちかだな。怖いもの知らずめ。合一が成功しても、戻ってこれるという確証はないだろうに」

「それもわかってる。でも、可能性はとことん確率上げたいじゃない。あたし一人の力で合一ができるかわからないけど、あたしの身体ん時にコツは掴んだと思う。やってみてもいい?」

ちょっと媚びるように上目遣い。

 八雲はカップに残ってるコーヒーを一気に呷ると、どんっと大きな音を立ててカップを机の上に置いた。

「ダメだって言っても、押し切ってやるんだろうが」

その問いに、あたしはにこりと微笑んで答えに代えた。

「結界弾で結界を張った後なら、しばらく安全だからな。そのチャンスを作ろう。ヤバくなったら、無理矢理引き戻すからな」

「うん、そのときは助けてね」

あたしもカップを空にして、一息つく。

八雲はそのカップを受け取ると、シンクの中の桶に水を張って、そこにカップを2つ放り込んだ。そしてあたしに背を向けたまま呟く。

「合一のコツ、きちんと教えてやるよ。…あ、あっちでな」

と、自分の部屋を指さした。

 やったっ!でも、強気に振る舞ったつもりなら、どもらなくてもいいだろうに。その素振りがなんか可愛く思えて、あたしは口に手を当てて笑うのを我慢した。

 八雲が部屋に戻っていく後を、あたしは飛び跳ねながら続いた。



おそらく、今回最後のラブラブ話ですw

書いてて恥ずかしいわ、ほんとに。

残り3話です、お付き合い下さいませ!

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