side:Hime 其の参
耳元から、人気バンド"トゥーンミュージック"の曲が大音量で聞こえてきた。
八雲の腕枕で眠っていたあたしは、その音に気がついて、となりで幸せそうに爆睡をこいている八雲の脇腹をつつく。
「八雲ー、電話だよー…」
しかし、起きる様子がない。あたしは上半身を半ば起こして、寝ぼけ眼で耳元に置いてあった彼の携帯電話をのぞき込むと、着信はおやっさんからだった。一気に頭のエンジンが掛かる。もしかして明さんが動き出した!?
あたしはがばっと飛び起きて、はだけた胸を隠す間もなく八雲の携帯を取り上げると、受話ボタンをフリックした。
「もしもし!?」
あたしが怒鳴ると、携帯電話から驚いたおやっさんの声が聞こえる。
『お、八雲じゃなく嬢ちゃんか。なんでこんな時間に…って、ははぁ。なるほどなぁ』
電話の向こうで、ニヤニヤしたおやっさんが見えるようだ。もう言い訳できねぇ~…。って、そうじゃない!
「明さんが動き出した…んですか」
『いや、まだだ。だがほぼ同時に二体の神憑が出た。大庭コンビと塚田コンビは、もうすでに現場に向かってもらった。このパターンだと、八岐大蛇が出てくる可能性が高いからな、八雲にも事務所で待機したほうがいいだろうと思ったんで連絡したんだが…』
なるほど、確かにこの家から出動するより、総本部から動いた方がどこへ行くにも便利なのは間違いない。総本部は、新塔京のほぼ中央にあるのだから。
「わかりました。八雲とすぐにそっちへ向かいます。ところで、なかなか彼…起きないんですけど、どうしたらいいと思います?」
冗談半分で聞いてみると、おやっさんが下卑た笑い声を出しながら言った。
『……舐めてやれば、いいんじゃないか』
はい、聞いたあたしがバカでした。
「で、出来るわけないでしょっ!」
あたしは更に大声で怒鳴ると、通話終了のボタンをフリックした。やっぱ、おやっさんもそこらの"オヤジ"と一緒かぁ。
あたしは、全裸のままで掛け布団の上から八雲の身体に乗っかると、彼のほっぺたを平手でペチペチ叩く。
「八雲、出動だってば、起きなさいよ!」
しかし、返事がない。ちょっと強めに往復でワンセット叩くが、変化は見られない。寝付きの良さも一級なら、眠り続けるのも一級かぁ。それを見て、あたしの頭の中で昔の名言が過ぎった。
"へんじがない、ただのしかばねのようだ。"まさにそのとおり。
「む~…」
あたしは唸ると、大声で叫びながら思いっきりほっぺたをはたいてやった。
「明さんが出たわよ、起きなさい!!」
パチーンといい音が部屋に響き、八雲がばちっと目を開けて勢いよく上半身を起こした。そして、激突するあたしのおでこと八雲のおでこ。
ゴツンという鈍い音がして、あたしと八雲はおでこを押さえてその場で悶える。
「…ってぇ~。どうしたんだよ、明が出たって?」
「ううん、まだ…。これから八雲起こすときは、アンタの上には乗らないことにする…」
あたしはベッドから降り、部屋の照明スイッチをオンにした。ちょっと下半身にまだ違和感が残るが、気にしないことにして、卓袱台の上に畳んで置いてあった下着を身につけ始める。
「大庭さんと塚田くんが出動したって。八岐大蛇も出る可能性があるから、事務所で待機してろっておやっさんから連絡があったのよ。ってか、電話には出なさいよ…」
「なるほどな。しかし、深夜二時か…久々に夜中に叩き起こされた…」
八雲も眠そうな目をこすりながら、ベッドに腰をかける。
「ちょ、ちょっと、こっち見ないでよ!」
あたしは下着姿のまま、ブラの上から手で隠してその場に蹲った。
「あぁ…?もうさんざん見てるからいいだろ…」
言いつつ、大あくびをする。
「そういう事じゃないでしょっ、いいからアッチ向く!」
「へぇ~い」
素直に八雲が後ろを向く。そして、その間にあたしは、さっき八雲に買って貰った服を身につける。
「もういいわよ」
許可を出すと、八雲が振り返った。
「ん、それ着ていくのか。もし戦いになったら汚れるぞ?」
「夜中に学校の制服でいる方がおかしいでしょ。それに、あたしが着たいんだからいいの」
「まあ、いいけどよ…。さて、オレも着替えるか」
と言って立ち上がる。ベッドの下からトランクスを取り出すと、それを履いた。
「…ってか、お前はオレの着替えるところ見ててもいいのかよ?」
う、ついまじまじと見てしまった。いい身体してるなぁなんて、これっぽっちも思ってないぞ。あたしは頬を赤らめると、あはは~っと乾いた笑いをこぼす。
「お、女の子はいいのよっ。……多分…」
八雲がジト目であたしを見る。そして気にしないことにしたのか、脱ぎ散らかしてあった服を身につける。そして、寝癖のつきかけていた髪を、両手でかき上げた。
「よっし、行くか」
「うん」
あたしと八雲は深夜にもかかわらず、どかどかと大きな足音を立ててマンションの通路を駆けた。一階へ降りるといつものように裏の駐車場へ向かい、止めてあるバイクに飛び乗る。あたしは八雲にヘルメットを投げ渡し、自分もそれを被った。八雲がキーを挿し、イグニッションスイッチを押すと、静まりかえった深夜の暗闇にエグゾーストが響き渡る。ほんとは髪を梳かす時間くらいは欲しかったけど、夜風に当たって走ってしまえば、また乱れるのであえて口に出さなかった。
八雲がクラッチを切って、足下のギアを一速に入れた。そしてあたしの顔を見る。あたしと視線が合い、頷くと、スロットルを握る。
ほとんど通行車両のない道路を疾走しながら、あたしはサイドカーのボックスから、借りっぱなしの無線機を取り出して頭に付け、耳元の電源スイッチを入れた。すると耳から、現在現場へ出張っている塚田くんコンビと、大庭さんコンビ、おやっさんのやりとりが聞こえてくる。現場から遠いために雑音が酷かったが、怒声が飛び交っているところを聞くに、かなりの激戦になっていると考えざるを得なかった。
「みんな、がんばってるねぇ」
独り言を呟いたつもりだったけど、どうやら八雲が目敏く聞いていたらしい。
「苦戦してるのか?」
「うん、そうみたい。ノイズ酷くてあんまり聞き取れないんだけど、大庭さんの所も、塚田くんの所にも神憑が出てるみたいだね。さっきから怒鳴り声ばっかり」
「直樹の仮定だと、八岐大蛇が使役できる神憑は一体だけって言ってたよな。ってことは、今夜は出ない…かな」
その答えは、正解のようで不正解な気がする。あたしの身体と八岐大蛇ならそうだっただろうけど、今は明さんと八岐大蛇。明さんの神力を使ってると想定するなら、もっと数多くの神憑を支配下に置けるのではないだろうか。
「わからないけど…、とりあえず、総本部に急ごうよ」
八雲は返事の代わりに、スロットルを強く握り込んだ。
神滅事務所のドアを開けると、そこはすでに空っぽ状態だった。普段は常駐してるおやっさんさえも今は見あたらない。
「どういうこった、こりゃぁ」
八雲が室内を見渡して呟く。
「地下だと、このヘッドセットから無線拾えないからね…。おやっさんの机の無線は?」
八雲はそれを聞いて、おやっさんの机の上の無線機をオンにする。すると、いきなり怒号が室内に響く。おやっさんの声だ。その無線に、八雲が割り込んだ。
「おやっさん、事務所に着いたぞ。オレ達はどうすればいい?」
すると、おやっさんから返答が返ってくる。
『おお、着いたか。まだ八岐大蛇は出てないみたいだ。そこで待機していてくれ。こっちは直樹と陽子が苦戦中だ。太一郎と雅之の方は、そろそろケリが付くと思うが…。いかんな、久方ぶりに現場に出ると。息が上がって仕方がない』
そして、無線機から大きめの発弾音が響く。
「おやっさんも戦ってるのか?オレ達がそっちに行くか?」
『いえ、八雲さんはそっちにいるべきです。いつ八岐大蛇が現れてもいいように。こっちはなんとかなります。静かにコーヒーでも飲んでてください』
さらに、無線機から聞こえる銃声。てっきり塚田くんが攻撃担当かと思っていたけど、この様子だと接近戦を仕掛けているのは陽子ちゃんなんだろうか。
「…わかった、頑張れよ」
無線機の通話ボタンを放し、八雲はおやっさんの机の椅子にどかりと腰を下ろす。
「…一言多いんだよ、直樹のヤツ…」
あたしは心の中で笑いをこぼすと、塚田くんの言うとおりにコーヒーでも淹れようと、給湯室に向かった。
棚を漁り、インスタントコーヒーを発見すると、カップ二つにスプーン一杯づつ粉を放り込み、ポットからお湯を注いだ。そしてそれをトレイに乗せ、給湯室から出ようとした矢先…
「…っ!!」
頭に激痛が走り、激しい耳鳴りに襲われる。あたしはそれに耐えきれず、思わずトレイを取り落とした。がしゃんという音と共にトレイが床に弾み、カップ二つが割れて茶色の液体が飛び散る。
あたしは頭を押さえつつ八雲を見ると、彼も同じ症状に襲われているようだった。あたしと八雲、すなわち、素戔嗚様と稲田姫が関係する神憑、それは八岐大蛇に他ならない。
「出やがったか…」
八雲が苦痛に耐えながら呟いた。そして唐突に響く電話の音。
あたしは手近な受話器を取り、応対した
『ヒメ姉ちゃん、そっちにいたんだね。良かった!』
聞こえてきたのは、凪くんの声だった。今日は頭に直接語りかける念話じゃないのか。
「うん、待機中…。感じたんだね、八岐大蛇の神力…」
その声に、八雲がこっちに走ってきた。あたしは、受話方法をスピーカーに切り替える。
『やっぱり、ヒメ姉ちゃんも感じたんだね。急いで準備を整えて。武器庫の扉をこっちから遠隔操作で開けるから!』
「現場はどこだ、凪!」
八雲が電話に怒鳴る。すると、慌てて凪くんが返してくる。
『だから、そこなんだよ!いきなり現れた巨大な神力の場所、それは、塔京スカイツリーなんだ!総本部に攻められる前に、表で迎撃して!』
「なん…だと……!?」
八雲が慌てて、武器庫の扉まで走り、円形の取っ手を両手で回し、思いっきり引き開く。
『ヒメ姉ちゃんは、事務所で八雲さんと合一を!湯津爪櫛を外せば、稲田姫の神力も使える。行動範囲が格段に広がるはず、スカイツリーの敷地内なら、十分イケるから!』
「でも、あたしの身体が無防備になっちゃうよ!?」
『大丈夫、今から僕とバカ那美もそっちに行く。事務所に結界を張るから、気にしなくていい!それより早く!』
あたしは武器庫に籠もった八雲に向かって叫んだ。
「八雲、聞こえた!?」
「ああ、聞こえた。ちっと待ってろ!」
中から、何かをぶちゃける音が連続で響き、先日に使ったAK-12カラシニコフ・アサルトライフルを抱えた八雲が飛び出てくる。
あたしはソファに腰を下ろすと、髪に挿してあった湯津爪櫛を思いっきり引き抜いた。身体に神力が満ちていく感覚があり、さらにそれが膨張をし続け、体中を強い痛みが襲う。あたしは両手で自分の肩を押さえると、その痛みに歯を食いしばって耐え、武器庫から出てきた八雲に震える右手を差し出した。
八雲がその手を自分の左手で取り、その途端に身体を突風が吹き抜け、あたしは八雲の身体の中に入った。痛みがすっと引く。
(よっし!)
八雲の身体の中で、あたしが気合いの言葉を発する。八雲がソファに座っていたあたしの身体を抱き起こし、そのまま寝かせた。
(さすが、やっさしい!)
あたしが茶々を入れるが、その言葉を八雲は無視して出入り口の扉を睨む。その方向からぱたぱた聞こえるのは、きっと凪くんと那美ちゃんの走る足音だろう。
そしてその通りに、そこから二人が駆け込んできた。
「来たよ!結界を張るから、早く出て!」
凪くんが叫んだ。
「場所はどこだ?」
「おそらく、西側の駐車場。さっきからそこから動いてないんだ。明らかに誘ってるよ。こっちには攻めてこないかも」
八雲が耳にヘッドセットを取り付けながら、AK-12を肩口に担ぐ。
「確証はないな…でも、念には念をだ。出る、こっちは任せたぞ!」
「うん、頑張って。木村さんには、こっちから連絡を入れておく。あとは手筈通りに!」
「わかった!」
(征ってきます!)
あたしと八雲が同時に叫び、出入り口に駆けだした。
エレベータに乗り込むと、動き出した途端、それが振動でぐらぐらと揺れた。
「動き出した…な。どっか破壊されたか…。階段の方が安全だったかもな」
(今更だけどね。でも、階段よりコッチのほうが早いから)
「ま、途中で止まらないように祈っておくか」
八雲は耳元のヘッドセットに手をやり、スイッチを入れた。小さいが、他の神滅メンバーのやりとりが聞こえてくる。
「まだ、あっちも戦闘中らしいな。応援は期待出来ないか」
(状況は前の戦闘と一緒でしょ、八雲が中距離戦で頑張る、それだけだよ)
「他人事の様に言うなよ…萎えるだろうが。ってか、他人事か」
(うん。この状態だと、あたしは神力を見るか、草那芸之大刀を出すか、それくらいしか出来ないもん)
「…そうだな、まあ、サポート頼むぜ」
(はい!)
そして、アナウンスと共にエレベータが止まる。ドアが開き、八雲が駆けだして正面の団体用出入り口を出た。そして、周囲を見渡す。守衛さんや、巡回中の警備員も見あたらないところを見ると、凪くんたちが人払いの結界を張ってくれたのだろうか。
「反応はどっちだ」
その声に、あたしは頭を切り換えて周囲の神力を確認する。左右に視線を走らせると、左側…西側の大駐車場に、一際大きな赤色の神力を見つけた。
(…いた。凪くんの言うように、西側の駐車場みたいだよ)
「了解だ!」
八雲はAK-12のマガジンを外し、中の装填状況を確認すると、再びがちゃりと本体にマガジンを取りつける。そして、両手でそれを抱えると、西側の駐車場に向かって走る。
背の低い植木を飛び越え、吹き抜けになっている地下一階と一階の境の壁際を走り抜けながら、西駐車場が目視出来るところまでやってくると、立ち止まって腰を落とした。
見ると、照明で照らされた駐車場の中央に人影がたたずみ、赤色に光る八本の神力がしきりに地面を叩いていた。
八雲はAK-12を構え、その光に狙いを絞ると、トリガーを引く。三連の発弾音が暗闇に響き、それはフェンスに一発、そして八岐大蛇の首の一つに二発命中した。
八岐大蛇…いえ、明さんの視線が、こっちに向き直る。
八雲は一跳びでフェンスに足を掛け、それを跳び越えると脇に銃を抱えたまま、トリガーを引いた。再び響く発弾音の主は、明さんの足下に穿たれる。
「こンの、バカあきらがぁぁぁ!!」
八雲の罵りが、薄暗い駐車場にこだました。
ラストバトル、行きます!
残り2話…だと思います。お付き合い下さいませ。
ん?2話でいけるのか…?




