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元最強女勇者です、今世は幼女やってます。

 


 ――私は、かつて世界を救ったことがある。


 なんて、唐突に思われるのも無理はない。

 なぜなら現在の私――セラフィーナ・ヴェルクレストは、正真正銘ただの一国のお姫様なのだから。


 千年前。

 魔物が大地を埋め尽くし、魔王の脅威に人々が怯えていた時代。

 私は最強の勇者として剣を取り、仲間たちとともに魔王軍を討ち滅ぼした。

 悪を切り裂く剣の重み、手のひらに残る魔術の熱、空間を割く魔王の断末魔――すべてが、昨日のことのように鮮明に刻まれている。

 代々魔法との適合率が高い一族ではあったが、所詮は平民の出。剣術も防御術も独学で極めたし、戦術は実戦で培った。決して楽な旅ではなかったが、後悔はしていない。あの日々も、命を懸けて守った世界も、私の誇りだから。


 だからこそ、私は決めたのだ。

 もし次の人生があるのなら、今度こそ平穏に、平安に。

 戦いとは無縁の日々を過ごすのだと。






 ――千年後。


「殿下、本日もなんてお可愛らしいのでしょう!」

「ありがとうニーナ。あなたが選んでくれたお洋服のおかげよ」

「で、殿下……ッ!」


 鏡の前で、侍女が感激にうち震えている。

 映っているのは、小さな七歳の女の子。

 腰まで波打つふわふわのブロンドに、王族にのみ受け継がれるスカイブルーの瞳。侍女のニーナがあしらってくれたブルーのリボンはいささか大きいけれど、青みがかったドレスと相俟って、幼さの前に何よりも強い武器となっている。


 元最強勇者の私は、千年という時を経て超プリティでキューティな王女様に生まれ変わったのだ。

 ……かつての血腥い記憶を手にしたまま。


「えへへ、ふあふあだぁっ♡」

「なんっって愛らしい……」


 スカートをパニエごと揺らして一回りする。鏡とにらめっこしながらぷくぷくのほっぺたを両手で包んでみたら、背後でニーナが満足げな溜息を吐いた。


(うん。今日も完璧な可愛さだわ。これならみんなもたっくさん甘やかしてくれそう)


 心の中が他人事なのには、少々ワケがある。

 私は十一年前、何者かに成長を止める呪いをかけられた。

 それ以来、身体は内外ともに成長することがなくなってしまった。見た目は七歳、しかし書類上の実年齢は十八歳……王宮医師の診断では、肉体だけでなく精神の成長まで止まっている――


 ……ということになっている。


「姫様、朝食のお時間ですわ」

「はぁい!」

 別の侍女がやって来て、私は元気よく返事をした。開いた扉の向こうからオムレットのいい香りがする。そしておもむろにニーナに向かい両手を広げた。


「ニーナ、だっこして♡」

「はわぁぁっっ!!殿下……ッ!私がそのような大役を……ッッ」

「ニーナがいいの♡お願い♡」


 だめ?と小首を傾げればもう攻略だ。

 ニーナは持っていた替えの召し物をさっさと廊下のバスケットに詰め、私を愛おしうに抱き上げてくれた。


 これよ、これこれ。

 医師はかつて私の症状を「原因不明の病」と結論付けた。歴史的古文書にも権威ある医学書にも一文字として記載のない奇病。こうして身体に悪影響がなく――むしろ健康そのものだ――、周囲に伝染する類のものでもないからこそ、皆は私を心配しながらも大切に大切に扱ってくれる。しかし――。


 父上も母上も、兄様も、城中の誰一人として疑っていない事実がある――それは、私の精神はしっかり十一年分成長してきたということ。つまりここまでのあれもそれも、ぜーんぶ演技。徹底しまくって七歳の少女を演じてきたこの執念レベル……かつての勇者時代の剣技にも匹敵するのではなかろうか。


 幼女って素晴らしい。

 自分で歩かなくても目的地に着く。

 重たいものは持ってもらえるし、疲れたらお昼寝もできる。

 少しくらい失敗したって、みんな笑って許してくれる。

 しかも、可愛らしくお願いすればお菓子のおまけまでついてくるときた。

 私がかつての冒険譚の末に焦がれたのは、結局こういう生活だったのだ!


 もちろん、私だって努力を怠ってはいない。見目秀麗な最強プリティお姫様だとしても、可愛いだけで愛され続けようなんてむしのいい話しだから。


 いつも笑顔で、誰にでも優しく。

 使用人たちの名前を覚え、感謝の言葉を忘れず、時にはちょっとした贈り物もする。

 侍女が重い荷物を運んでいれば、ほかの人に手伝ってもらえるようお願いする。

 料理係が失敗したときには、責めるより先に怪我がないか確かめる。

 こればかりは、猫かぶりとは関係ない。

 大切なのは、みんなに“心から”愛されること。そして私もみんなの幸せを心から願うこと。


 今世では私も、私の周囲のみんなにも幸せでいてほしいのだ。

 そして私は、その幸せの中でぬくぬく暮らしたい。


 天才。

 完璧な計画である。



 ***



「おや、フィーナ。今日は随分とご機嫌だね」

「リオ兄様!」


 廊下の向こうから現れたのは、兄のリオネル・ヴェルクレストだった。

 私はニーナの腕からひょいと飛び降り、兄様の鍛え上げられた体躯に飛び込んだ。私の身体を羽でも扱うように抱き上げる。この瞬間が好きだ。

 ライトブラウンの髪も、深いエメラルドの瞳も、私や父上たちとはひとつも似ていない。

 それもそれのはず、彼はなかなか子を授かれなかった父上と母上が養子として迎えた次期国王候補――つまり私の義兄なのだから。

 その後随分と経ってから奇跡的に私が誕生したが、女児であったこと、その後の病(という名の呪い)も手伝ってリオは今でも国内外が認める王位継承権第一位の存在だ。


 未来の王冠を約束されながらも努力を怠らない人。

 政治にも学問にも剣技にも秀でた立派な人。

 私の自慢の兄様である。



「今日もいい子にしていたかい?」

「もちろんです!」

「そうか、偉いね」


 ふふ。

 兄様はいつも私に特別甘い。

 しかし、今日は風向きがいつもと違った。


「そんな良い子のフィーナに、今日は紹介したい者がいるんだ」

「しょうかい、ですか?」

「ああ。新しく君の護衛を務める騎士だよ」


 兄様が背後に視線を向ける。

 そこには、一人の青年が立っていた。


 年の頃は二十代前半だろうか。

 端正な顔立ちに、すらりとした長身。

 よく鍛えられた身体からは、相応の実力がうかがえる。

 自然に流れた黒髪が凛々しく、引き結ばれた唇は彼の真面目さを湛えているようだった。


 青年は私の前に進み出ると、片膝をついた。


「王女殿下。王宮騎士団長を務めております、アルヴィス・グランツです。このたび、殿下の護衛を拝命いたしました」

「きしだんちょう…」


 へえ。

 こんなに若いのに?


 この国では騎士団長を任命するのは男性王族の役目だ。つまり彼が騎士団を統率するに相応しいと、父も兄も認めたわけである。


「彼は私が最も信頼する騎士一人なんだ。君のことも、きっと守ってくれるよ」

「…うれしいっ! ありがとうございます、兄様!」


 私はにっこりと微笑んだ。

 それから、騎士団長へ向き直る。


「わたくし、身体が弱くて……ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんけれど……よろしくおねがいいたします」

「もちろんです、ご安心ください。それから殿下……今日から私はあなたを一番そばでお守りする騎士です。どうぞお好きに振る舞っていただいて構いません」

「…えへへ、わかったわ、アル。ありがとう」


 おお。

 なんて頼もしい。

 これは幸先がいいぞ。


「あの、早速なのだけれど…アル」

「はい。なんなりと」

「わたくし、少し疲れてしまったの。大広間まで抱っこしていただいても……?」


 ちょこん、と両手を差し出して、きゅるりんっと瞳をうるませる。

 これまで、このお願いを断られたことはない。

 先ほどの忠誠の誓い方を見れば分かる。きっとこの騎士団長も私にめろめろになって甘やかしてくれるに違いないっ!


 しかし。


「殿下」

「はい?」

「大広間までは、そう遠くありません」

「……はい?」

「私のようなものが有事でもないのにお体に触れるなど。それに、適度な運動も健康には大切です。ゆっくり歩いて参りましょう」

「…………」


(……あれ?)


 私はゆっくりと瞬きを繰り返した。

 騎士団長は、至極真面目な顔で微笑んでいる。


 なんだ、この男。

 ちっとも甘くない。


 私はアルの大きな手を握りながら、生まれて初めて「攻略」という言葉を脳内に反芻していた。



 ***



 数日後。


 私は騎士団長を伴い、森の中に建てられた孤児院を訪れていた。

 王都近郊の緑多い地区であるここは、巡回警護が手厚いせいか魔物も山賊も滅多に出現しない。子どもたちの楽し気な声だけが響き渡るのどかな場所だ。


「姫さまっ、今日のご本はなんですか!?」

「えへへ、わたくしもだーいすきな、森のうさぎさんのお話です」


 私はいつも通り、子どもたちとお菓子を食べ、一緒に絵本を読む。

 みんなが楽しそうに笑っている姿を見ると、こちらまで嬉しくなる。

 千年前には、戦乱の中で泣く子どもたちをたくさん見てきた。

 だから今、こうして笑顔が溢れていることが、とても幸せなのだ。


 二時間ほどの滞在のあと、私は疲労からすっかり眠くなっていた。馬車の中では付添いのニーナの足に頭を預け、心地よい揺れに意識を溶かしていく。


 帰ったらまずなにをしよう。

 このままお昼寝もいいな。

 天気がいいから、ニーナにお願いしてガーデンでティータイムも捨てがたい。


 そんなことを考えていたときだった。



 ――ドォォン!!


 突然、森の奥から轟音が響いた。


「魔物!?」


 馬車を囲んでいた護衛の騎士たちが一斉に剣を抜く音が聞こえる。

 間もなくして、木々をなぎ倒しながら巨大な魔物が姿を現した。

 それだけではない。そいつの背後からも、次々と群れが向かってくる。


 おやおや?

 この辺りに出現する魔物にしては、随分と魔力が濃い。


「馬車を旋回させます!殿下、お掴まりください!」


 御者を務めていたアルの声が響き、馬を鞭打つ重い音が聞こえたのち、馬車は一気に方向を変え森の奥へと駆け出した。


 ニーナの腕の中で震えるふりをしながら、私は現状を分析する。

 この動きはおそらく少し離れた高台へ向かっている。視界を確保すると同時に、群れをばらけさせる狙いだろう。


(地の利を活かすならこの先の湖も効果的だけれど……咄嗟の判断としては満点に近いわ)


 やがて馬車が止まると、


「ここなら、すぐには見つかりません。決して動かずにお待ちください」

「は、はい……!」


 私は怯えた(っぽい)顔で頷いた。

 騎士団長は少し離れた場所で背に馬車を庇うように剣を構え、魔物たちの方へにじり寄っていく。


 一方、私は馬車の窓の隙間から、そっと戦況を窺っていた。

 団長のアル以外の騎士たちも、練度は非常に高い。


(けれど……今回は相手が悪すぎるな)


 次々と地面に伏していく騎士たち。一命を取り留めてはいるが、足にダメージをくらい立つのも不可能な者、気を失っている者も多い。


 これは少々まずいか。

 私は一度、念を押すように周囲を見回した。


 倒れた騎士たちの目は虚空をを見つめ、もうこちらを見ていない。

 短時間の旅程だったから、侍女は青い顔で私を抱えているニーナ一人だけ。

 木々の位置、魔物の視線、気絶した騎士たちの顔の向き。


 ――よし。

 この場所なら、ある程度は死角を利用できそうだ。

 ただし、一人だけ問題がある。


「はああっ!!」


 ――アルだ。


 魔物の攻撃をかわし、剣を振るう。

 傷だらけになりながらも、まったく倒れる気配がない。


(……身のこなしが軽い)


 思っていた以上に強い。

 正直、もうとっくに気絶していてもおかしくない相手だと思っていた。

 よく鍛えられた身体と、優れた状況判断。

 ――なるほど、兄様が信頼するのも分かる。


 ただ、今あの位置に立たれていると、どうしても私の姿を隠すことができない。


(困ったな……)


 私は額に手を当てて俯いた。

 ――その時。


「……ぐぁあっ!」


 アルのうめき声と共に、剣が弾き飛ばされる金属の甲高い音がした。


 正面から迫る巨大な魔物。その口元に、禍々しい光が集まっていく。周囲に充満する、目には見えない瘴気が空間を歪め、重力と斥力に挟まれた身体がぴりぴりと逆毛立つ。


(あ。…これはまずいかも)


 私だから鳥肌で済んでいるのだろう。寄り添っていてくれた侍女はあっという間に気を失ってしまった。防護壁を張った馬車のなかでなければ、彼女は命を落としていてもおかしくない。


 たとえアルでも、あれをまともに受ければ――死ぬ。


「……もうっ、仕方ないなぁ……!」


 私は腹から息を吐いた。

 せっかく今世は、勇者を引退したつもりだったのに。


(でも……助けられる命を見過ごしてまで得られる幸せなんて、ない!!!)


 魔物の口から放たれた光線が真っ直ぐにアルに向かって飛んでいく。

 私は馬車の扉を開け、彼に向けて真っ直ぐに片手を掲げた。


「《聖護障壁》!!」


 ――キィィィン!!


 アルの周囲に巨大な魔法陣が展開し、届く寸前で跡形もなく弾け飛んだ。


「……なっ!?」


 騎士団長が驚きに目を見張る。驚かせた張本人は、隠れていた木陰からひょいと顔を出して、胡散臭いほどにわかりやすく幼女っぽさを演出した。


「大丈夫?」

「殿下!?いけません!!馬車を下りては……ッく!!」


 残念ながら、大丈夫ではなさそうだ。


「アル、下がってて」


 私は右手を宙に掲げる。

 瞬く間に眩い光が集まり、一本の巨大な魔剣が姿を現す。七歳の少女の身体には、明らかに不釣り合いな大剣。けれど、私にはこれが一番しっくりくる。“魔力が馴染む”ということは、体の一部が増えたようなものなのだ。


「……さあて」


 久しぶりのお仕事だ。

 私は裸足になると、スカートの裾を翻し、地面を蹴った。


「はぁぁぁぁっっ!!」


 次の瞬間、魔物の群れの中心に躍り出る。

 振り下ろされた爪をかわし、魔剣を一閃。


 一体。

 二体。

 三体。


 私の背丈の何倍もある魔物たちの巨体がまるで紙細工のように切り裂かれ、気持ちいいくらいに次々と崩れ落ちていく。


(身体が小さいと、重心が低いから動きやすい……悪くないかも)


 もっとも、剣の間合いには少し調整が必要だけれど。


 などと考えているうちに背後から一体。

 振り返ることもなく魔剣を振り抜く。

 断末魔すら上げず、魔物が地面に倒れ伏した。


「…………」


 騎士団長が呆然としている。


 ……あーあ。

 これはもう、言い逃れできないなぁ。

 まあ、見られてしまったものは仕方ない。私は最後に残った巨大な魔物へ向き直った。アルを光線で狙い、防衛魔法内の侍女を瘴気だけで気絶させた群れの親玉。


 巨大な口を開き、咆哮を上げる。


「うるさいなぁ」


 私は眉をひとつ顰めて、魔剣をまっすぐに天へと掲げた。


「《天断》」


 ゴォォォォォンッ!!


 凄まじい閃光が森を駆け抜ける。

 魔物の巨体が一瞬で両断され、衝撃波が大地を揺らした。

 巻き上がる土煙。

 崩れ落ちる巨木。


 そして――静寂。


「……ふぅ」


 私は満足げに息を吐いた。


(よし。これで全部かな)


「……ん?」


 ふと、自分の手元を見下ろす。

 先ほどまで小さかった手が、随分と大きくなっていることに気が付いた。

 何も知らない子どもの白く柔らかな手から、剣を握った痕が残る先細りの指に。


「あ……やっば」


 思わず呟いた。


「戻っちゃった」


 どうやら、久しぶりに大量の魔力を使ったせいで、一時的に呪いの拘束が緩んだらしい。

 七歳の姿だった身体が、本来の十八歳の姿へと変わっている。


 まあ、いいか。

 どうせ土埃で何も見えないだろうし。


「……殿下?」


 ……。


 …………。


 あ。

 いたんだった。


 私は不自然なほどゆっくりと振り返った。


 白煙の向こうに、大木に背を預けて座り込む騎士団長が見えた。

 彼はまるで信じられないものを見るような顔をして、真っ直ぐに私を捉えている。


 私はありったけの愛嬌を込めて微笑んだ。

 これまでの時間を、全て幻に還すために。


「騎士団長」

「……は、はい」

「一つ、お願いがあるの」

「……何でしょうか」


 私はおもむろに魔剣を持ち上げた。

 そして。


 ガァァァン!!


 騎士団長の真横、樹齢500年は超えていそうな木の幹に、躊躇なく大剣を突き刺した。

 アルの横髪が数本、はらりと落ちる。


「ッッ!?」


 引きつった顔。戦闘のせいではないだろう汗が顎を伝い落ちる。

 対照的なほどに、出来得る限りの愛らしい笑顔を浮かべ続ける私。


 そう、ここからが、私の腕の見せどころなのだ。

 魔物退治でも、誰かの護衛でもない。

 私は十一年間磨き続けてきた、とびきりキュートな表情で言い放った。


「今見たものは、全部夢。いいですね?」


 大丈夫。

 きっと、何とかなる。


 ――なる、よね?



 ep.1 END

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