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第1話『妥協なき令嬢の号令』それは唯我独尊のファンファーレ

総資産数兆円を誇る大財閥の令嬢・一ノ瀬葵(17歳)は、超絶美少女だが極度のワガママで唯我独尊な性格。「私の世界に不潔なものや不細工は不要」と言い放つ彼女は、自分に相応しい完璧な伴侶イケメンを探すため、10億円の私財を投じて前代未聞の「私設全国イケメンオーディション」を勝手に開催する。賞金1億円と葵の伴侶の座を求め、全国から1万人もの応募が殺到する。


「――私の人生に、妥協なんて文字はないの!」

その日、一ノ瀬財閥が誇る超高級高層マンションの最上階ペントハウスに、ガラスを震わせるほどの可憐な、しかし地を這う雷鳴のごとき威厳を孕んだ美声が響き渡った。

声の主は、一ノ瀬葵いちのせ あおい。十七歳。

高校二年生という若さでありながら、総資産数兆円とも囁かれる世界的コンツェルン「一ノ瀬グループ」の総帥を祖父に持つ、正真正銘の大財閥の令嬢であった。

その容姿は、まさしく天上の造形。

陽光を浴びてきらめく、一筋の濁りもない艶やかな黒髪は腰まで届き、陶器のように白い肌に映える大きな瞳は、深海のような聡明さと、獲物を射すくめる猛禽のような鋭さを秘めている。小ぶりで形の良い唇、完璧な黄金比を描く輪郭。街を歩けば、老若男女を問わず誰もが足を止め、神の最高傑作を拝むように見惚れるであろう「超絶美少女」であった。

しかし、天は彼女に二物を与えすぎた結果、ほんの少し――いや、致命的なほどに「謙虚さ」という情緒を配分し忘れていた。

彼女の性格を一言で表すなら、極度のワガママ。そして唯我独尊。

自分の命令は絶対であり、自分の好むものだけが世界を構成すべきだと本気で信じて疑わない、現代に迷い込んだ絶対君主であった。

「いい、蓮? よく聞きなさい。私の世界に、不潔なものや不細工は一切不要なの。それは視覚的公害であり、私の高貴な網膜に対する冒涜よ」

「はいはい。お嬢様のおっしゃる通りでございますよ。……って、だからって何でこんなことになってるんだよ!」

葵のすぐ斜め後ろで、山積みにされた書類の束に埋もれながら、一人の少年が絶叫した。

彼の名は神城蓮かみしろ れん。葵と同じ十七歳の高校二年生であり、物心ついたときからの幼馴染だった。

蓮の風貌は、お世辞にも「華やか」とは言えなかった。

長めの前髪が目元を覆い、顔の半分近くを不格好な作業用メガネが隠している。服装も動きやすさだけを重視した、色気のないスウェット姿だ。葵が放つ圧倒的なオーラとは対照的に、徹底して気配を消した「裏方」のオーラを全身から醸し出していた。

だが、そんな冴えない見た目とは裏腹に、彼は葵というじゃじゃ馬を世界で最も理解している男でもあった。彼女の理不尽なワガママに日々振り回され、愚痴をこぼしながらも、その裏にある彼女の孤独や、時に見せる病的なまでの純粋さを、誰よりも早く察して寄り添うことができる、唯一無二の存在だった。

もっとも、葵から見た蓮のルックス評価は「ギリギリ妥協スレスレ、ちょっとでも身だしなみをサボったら即刻ゴミ箱行きレベルの男子」という、極めて辛辣なものであったが。

「何って、見て分からない? これは聖戦よ。私に相応しい伴侶を見つけ出すための、神聖なる儀式。その名も『一ノ瀬葵・私設第一回イケメンオーディション』!」

葵はばさりと両手を広げ、リビングの壁一面に設置された巨大なモニターを指し示した。

画面に映し出されているのは、刻一刻と跳ね上がっていく謎のカウンター。その数字はすでに、恐るべき領域に達しようとしていた。

「いい? 私はもう、嘘偽りに満ちたお見合いや、我が家の財産目当てに群がってくる有象無象の『自称・エリート』たちにウンザリしているのよ。あいつらはどいつもこいつも、髪型だけを整えた中身のないカボチャか、口を開けば投資効率の話ばかりする電卓男。私の隣に立つ資格があるのは、外見も内面も、私の厳しい審美眼をクリアした本物のイケメンだけよ!」

「だからって、自分のポケットマネーから十億円も投じて全国オーディションを勝手に開催するやつがあるか! じい様(総帥)が知ったら、また頭を抱えて血圧上げるぞ!」

「おじい様には事後報告よ。それに、私の私財なんだから何に使おうと私の自由でしょう? たかが十億、私の美意識を満たすための必要経費としては、むしろ安いくらいだわ」

葵はふんと鼻を鳴らし、最高級のシルクが張られたソファに深く腰掛けた。

十億円。一般市民が一生かかっても拝めないような大金を、彼女はまるでゲームの課金感覚で投入していた。その目的はただ一つ、自分の妥協なき理想を叶えるため。

「それにね、蓮。私はただの独裁者じゃないわ。ちゃんと慈悲の心というものを持っているの。私の為にイケメンオーディションを主催するけれど、仕方ないから一般投票も許可してあげることにしたの。下々の民にも、本物の美というものを拝む権利を与えてあげるべきだものね」

「慈悲の方向性が歪みすぎてて、もはや時空が歪んでる気がするよ……」

蓮はこめかみを押さえ、深いため息をついた。

このオーディションは、葵が主催者であり、同時にすべての決定権を握る「審査委員長」でもある。しかし、エンターテインメントとしての話題性を高め、日本中を巻き込むために、二次審査からは特設サイトを通じた「ネット一般投票」を導入するという。一見、大衆の意見を取り入れる柔軟さがあるように思えるが、要するに「私が選んだ極上のイケメンたちを、お前たち一般庶民も指をくわえて眺め、称賛するがいい」という、底なしの傲慢さの裏返しに過ぎなかった。



「それで……蓮、現在の応募状況はどうなっているの?」

葵が紅茶のカップを傾けながら、優雅に尋ねる。

蓮は手元のタブレットを確認し、引きつった笑みを浮かべた。

「どうなっているかも何も、お前が新聞の一面広告やSNSのトレンド枠を買い占めて大々的に告知したせいで、日本全国から応募が殺到してるよ。……現時点での総応募数、ちょうど『一万人』だ」

「あら、たったの一万人? 日本中の若い男がこぞってひざまずくと思ったのに、意外と意気地がないのね」

「十分すぎるだろ! 一万人だぞ!? 地方のちょっとした町の人口並みの男たちが、お前の提示した『賞金一億円+一ノ瀬葵の伴侶(または専属騎士)の座』っていう文字に釣られて、血眼になって履歴書を送ってきてるんだ!」

そう、このオーディションの恐ろしいところは、葵の美貌だけでなく、提示された条件があまりにも破格である点だった。

優勝すれば、現金で一億円。それだけでなく、世界屈指の大財閥の令嬢である葵の伴侶、あるいは彼女を生涯守り続ける「専属騎士」として、約束された勝利の人生を手に入れることができる。一攫千金を狙う若者、己の容姿に絶対の自信を持つナルシスト、人生の一発逆転をかける苦学生――ありとあらゆる思惑を持った男たちが、この「一ノ瀬葵」という巨大な渦に飛び込んできたのだ。

「まぁいいわ。数なんてどうでもいいの。問題は質よ。さあ、蓮。早速、書類審査を始めるわよ」

「始めるわよ、って……。おい、まさかこれ、全部手作業でやる気か?」

蓮がリビングの床を指さす。そこには、数え切れないほどの段ボール箱がうず高く積まれていた。すべて、全国から郵送されてきた「写真付き履歴書」と「参加不可事項確認書」が入った箱だ。

「当然でしょう。機械的なフィルタリングなんかじゃ、彼らの『顔写真から滲み出る魂の醜美』を見抜くことはできないわ。私の目は、どんな高精度のAIよりも正確なの。さあ、あなたも手伝いなさい。何のために、あなたをこのオーディションの『強制運営チーフ(奴隷)』に任命したと思っているの?」

「チーフの後に、カッコ書きで物騒な本音が漏れてるぞ! 俺は普通の高校生だぞ!? なんで徹夜確定の過酷労働に付き合わされなきゃいけないんだ!」

「文句を言わないの。私の幼馴染として、私の美の祭典を支える栄誉を与えてあげているんだから。ほら、第一箱目を開けなさい!」

葵の絶対王政の前には、蓮の正論などそよ風に等しかった。

蓮はガックリと肩を落とし、カッターナイフを手にして、最初の段ボール箱のテープを切り裂いた。

ここから、一ノ瀬葵による「地獄の書類審査」の幕が切って落とされる。

それは、並の精神力では耐えられない、冷酷非情かつ超高速の仕分け作業であった。



「次」

「えっ、まだ一秒しか見てない――」

「次って言ったら次よ。そんな、角度で誤魔化そうとしている自撮り写真、見る価値もないわ。不合格(不細工)」

バサッ、と葵は手渡された履歴書を一瞥しただけで、背後に置かれた巨大なゴミ箱へと投げ捨てた。

「次」

「これは……有名大学の現役モデルらしいぞ?」

「プロのメイクと照明で取り繕ってこの程度? 鼻の形が私の好みじゃないわ。それに、この履歴書の文字の汚さを見て。性格の雑さが滲み出ているわ。不合格(清潔感欠如)」

「次……」

「論外。髪の毛に清潔感がないわ。フケでも落ちていたらどうするの? 想像しただけで鳥肌が立つわ。不合格(不潔)」

葵の審査基準は、まさに「天罰」のごとき容赦のなさだった。

今回のオーディションには、葵自身が考案した、極めて厳格な『参加不可事項』が設定されている。

既婚者不可、子供あり不可。ここまでは一般的だ。

しかし、その先が狂っていた。

――短足不可。顔デカ不可。毛深い不可。ワキガ不可。不潔不可。口臭不可。

「あのさ、葵」

蓮は、次々とシュレッダーへ直行していく履歴書の山を見つめながら、引きつった声で尋ねた。

「短足とか顔デカとかは、百歩譲って写真で判断できるかもしれないけどさ……。ワキガとか口臭とか不潔とか、書類の段階でどうやって見分けるんだよ?」

「決まっているでしょう。この『参加不可事項確認書』よ」

葵は、応募者が署名捺印した一枚の書類を、蓮の目の前でひらひらと揺らした。

「ここにはね、『私はワキガではありません』『私は過去一ヶ月間、毎日適切に口臭ケアを行っています』という項目があって、すべてにチェックを入れさせているわ。そして、もし嘘が発覚した場合は、違約金として一億円を請求するという特約が、極小の文字で記載されているの」

「悪魔かお前は!!」

「フン、本物のイケメンなら、己の肉体と衛生環境に絶対の自信を持っているはずよ。この書類にサインする手が震えた時点で、その男は心に疾しい『臭い』を抱えている証拠。つまり、書類の筆跡やシワ、署名の勢いを見れば、その者が本当に清廉潔白かどうかが分かるのよ」

「オカルトだよ! ただの精神論だよそれ!」

しかし、葵の直感は侮れなかった。

彼女は、少しでも「怪しい」と感じた書類は、一切の迷いなくシュレッダーへと投げ込んでいく。その指先の動きは、まるで熟練の工場作業員のように正確で、無駄がなかった。

「あーあ、この男なんて、写真の笑顔は爽やかだけど、確認書の『口臭』のチェックボックスの周りに、ほんの少しだけインクの滲みがあるわ。きっと、書く瞬間に『あ、俺たまに朝口臭いかも……』って躊躇したのよ。そんな濁った精神の持ち主は、私の世界には不要。はい、脱落!」

「お前のプロファイリング能力、別の犯罪捜査とかに役立てた方がいいと思うぞ……」

時計の針は、容赦なく深夜を回った。

ペントハウスのリビングは、今や異様な光景と化していた。

床一面に散らばる、不合格となった男たちの履歴書の残骸。そして、鳴り響き続けるシュレッダーの重低音。

「蓮、手が止まっているわよ。次の箱を開けなさい」

「……葵、もう午前三時だぞ。俺の目がかすんで、履歴書の顔写真が全部同じジャガイモに見えてきた」

「甘えたことを言わないの。一万人のジャガイモの中から、一粒のダイヤモンドを見つけ出すのが、あなたの役目でしょ? 私は一歩も妥協しないわ。私の人生に、妥協の二文字はないのだから!」

葵の瞳には、一切の疲労の色が見られなかった。それどころか、己の理想を追求することへの異常なまでの執念が、彼女の美しさをさらに研ぎ澄まさせ、神々しいまでの光を放っている。

蓮は、その圧倒的な横顔を、前髪の隙間からそっと見つめた。

(相変わらず……狂ってやがる)

心底あきれ果て、全身の筋肉が悲鳴を上げているというのに、蓮の胸の奥には、奇妙な温かさが灯っていた。

葵がこれほどまでに「完璧」に固執するのは、単なるワガママだけが理由ではないことを、蓮は知っていた。

大財閥の令嬢として生まれ、幼い頃から常に「一ノ瀬の看板」として見られてきた彼女。近づいてくる大人は誰もが下心を隠し、同世代の子供たちは彼女の家柄を恐れて遠巻きに見ていた。彼女が築き上げた「唯我独尊」の壁は、誰にも自分を傷つけさせないための、そして本当に自分そのものを見てくれる「本物」を引力で引き寄せるための、彼女なりの不器用な防衛本能なのだ。

「……分かったよ。付き合えばいいんだろ、付き合えば」

蓮はメガネをクイと押し上げ、新たな段ボール箱に手を伸ばした。

「ふふ、優秀な奴隷ね。終わったら、最高級のプロテインでも奢ってあげるわ」

「そこは焼肉とかケーキだろ、普通!」



午前五時。東の空が白み始めた頃、ようやく最後の一枚の審査が終わった。

リビングには、静寂が戻っていた。

一万人という、天文学的な数字の応募者たち。そのほとんどが、葵の「短足!」「不潔!」「顔デカ!」という無慈悲な一言とともに、シュレッダーの藻屑と消えた。

厳密なチェックを経て、生き残ったのは、わずか「百名」。

一万人から一気の一〇〇分の一への絞り込み。まさに地獄の書類審査だった。

「ふう……。さすがに少し目が疲れたわね」

葵は、手元の百枚の履歴書を綺麗に整え、満足そうに微笑んだ。その姿は、一国の軍勢を退けた若き女王のようだった。

「お疲れ様、審査委員長。俺はもう、指の感覚がないよ……」

蓮はソファの横の床に大の字になって倒れ込んでいた。寝不足と疲労で、意識が半分飛びかけている。

葵はそんな蓮を冷ややかに見下ろしながら、ふと、あることに思い至った。

彼女は、一万人の男たちを「短足」「不潔」「顔デカ」と切り捨ててきた。彼らは一応、社会的には「イケメン」と評される部類の男たちも多く含まれていたはずだ。それらをすべて、塵芥のように葬り去ってきたのだ。

(……そう考えると)

葵の視線が、床に転がっている蓮へと向けられた。

前髪が長くて、目はよく見えない。

いつも作業用のダサいメガネをかけている。

服装もスウェットで、お洒落の「お」の字もない。

けれど。

(アイツ……一応、私の言った基準、全部クリアしてるのよね)

葵は心の中で、蓮の身体的特徴を無意識にスキャンしていた。

短足ではない。むしろ、無駄にスタイルが良くて足が長い。

顔デカでもない。メガネのせいで分かりにくいが、頭の形は小さく整っている。

毛深くもないし、もちろん、毎日近くにいてもワキガや口臭といった不快な発するものを感じたことは一度もない。それどころか、徹夜明けの今でさえ、彼からは微かに、いつも使っている石鹸の清潔な香りが漂っている。

(悔しいけれど、私の超ハイレベルな基準を、何一つボロを出さずにすべて満たしているのは……身近だと、この蓮くらいじゃない?)

ドクン、と葵の胸が、かすかに高鳴った。

今まで「空気」のように、あるいは「奴隷」のように扱ってきた幼馴染。その存在が、自分が作った「イケメンの絶対基準」のフィルターを通した瞬間、奇妙なリアリティを持って迫ってきたのだ。

もしかして、蓮は、世間一般の基準に照らし合わせれば、十分に「イケメン枠」に入っているのではないか――?

「……っ、何を考えているのよ、私は!」

葵は急に顔が熱くなるのを感じ、慌てて首を振った。

あり得ない。そんなはずはない。

蓮は蓮だ。ただの冴えない裏方だ。

ルックスだって、私の基準からすれば「ギリギリ妥協スレスレなレベル」に過ぎない。前髪だって長いし、メガネだってダサいし、本物のイケメンには程遠いわ。

「おい、葵? 急に大声出してどうしたんだよ。頭のネジでも飛んだか?」

床から不審そうに自分を見上げてくる蓮の、メガネの奥の瞳と一瞬、目が合う。

その瞬間、葵は胸のざわつきを隠すように、わざとらしく、いつもの傲慢な笑みを張り付けた。

「何でもないわよ! ただ、この百人の書類を見ていたら、私の素晴らしい未来が約束されたようで、興奮してきただけよ! さあ、蓮、寝ている暇はないわ。次は二次審査――ネット一般投票の準備を始めるわよ!」

「鬼! 悪魔! 一ノ瀬葵! せめて三時間……いや、一時間だけでも寝かせてくれぇ!」

朝焼けの光が、ペントハウスの窓から差し込んでくる。

一万人から百人へと絞られた、前代未聞のイケメンオーディション。

それが、後に日本中を揺るがす大騒動へと発展し、さらには自分自身の「心」をも激しく揺さぶることになるとは、この時の葵はまだ、知る由もなかった。

「仕方ないから、下々の民にも拝ませてあげるわ。私の為の、最高のイケメンをね!」

高らかな宣言とともに、一ノ瀬葵の、そして神城蓮の、長きにわたる戦いの第一幕が、ここに幕を開けたのだった。


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