第7話 僧侶ちゃんは休日を満喫したい。
私はそのまま、南区の市場に向かい、冒険者御用達の毛皮骨肉店へ寄った。
カランコロン
ここでも入り口で、鈴の音が出迎えてくれる。
「へいらっしゃい」
ギルドでモンスターの素材は買い取ってくれるけど、肉などは食用としてこっちで処理される。家畜もいるけど、魔物肉は王国を支える立派な資源でもある。
適切な処置をしないと、倒した時に黒い靄になって消えるから、素材を最大限に活用する場合は、討伐ではなく、眠り罠などで捕獲する必要があるらしいけど。
クエスト掲示板には、食材クエストの類の依頼書も、色々と貼ってある。
「お肉の部位と種類だけでも色々あるなぁ」
干し肉に、なるべく日持ちする野菜、保存可能な黒パン、携帯用の燻製肉。
遠征が長引くと、こういう地味な備えが最後に効いてくる。
と言っても、私の持ってる魔法カバンの中なら長期間の保存も可能だけど。
それでも気分的には、賞味期限はなるべく守りたい。
作り置きのサンドイッチとか、収納したまま三ヶ月後に、食べるの忘れてた、とか思い出して、たとえ鮮度を保てたとしても、普通は食べたいと思わないし。
まあ状況にもよるかもだけど、砂漠とかで食べるものがないとか。
水は自前で生成できるから、食糧に関してはあまり危機感を感じてないけど。
むしろ魔王の復活で魔物食材が昔より溢れて、今は割と飽食気味とも言える。
買った品を肩から掛けたポーチへ収めながら、私はひとり頷いた。
普通の鞄なら、もう見た目からして重そうになっている頃合いである。
商人にも必須な収納機能付きのアイテムバックだけど、空間魔法と付与魔法、その両方を扱える人材が、そもそも希少なので、数はそこまで出回ってない。
なので当然それだけ高価になる。
冒険者ギルドで低品質の収納袋なら、クエストの内容次第で、初心者パーティーにもレンタルで貸し出ししてくれるらしいけど。
それと聞いた話だと、指輪型の収納インベントリとかもあるらしい。
容量と時間停滞の性能次第では、国宝レベルにもなるって代物だけど。
この手の便利な魔道具があるって事は、それだけ犯罪に利用される事もある。
なのでお店では、入り口に探知用の盗難防止ベルを設置してある感じだ。
もし盗みがバレた場合、普通は王国の衛兵が真っ先に飛んでくる。
まあ一般住宅に防犯ベルは付いてないし、どっかの非常識な勇者パーティーは、その限りじゃないらしいけど。
それだけ勇者の称号は王家の免罪符というか、色々と優遇されてる感じだ。
でも悪い噂が広まれば、悪評も同じだけ広まる。
だからこそ、あんなバカな行動をしている3人が信じられないんだけどね。
「またのご来店を、ありあしたー」
やたら活気がある店を出たところで、私は足を止めた。
まだ少し時間がある。このまま広場へ向かってもいいけれど、せっかくだし少し休憩していこうかなと思う。
王都に来たばかりの頃、城下町の地図を頭に入れる為に、私は魔導端末のマップ機能をかなり使い込んでいた。
主要通りに裏通り、各種ギルド、道具屋、武具屋、鍛冶屋、王都のランドマークにもなってる建物、あと教会支部、それから評判の良いお店など。
いくつかの区画にまとまって分かれてるので、比較的覚えやすいけど、今では口コミでいいねや星評価されてる店を探すくらいには慣れている。
ギルドカードと連動した端末を操作すると、店の一覧が光の板に並んだ。
その中から評価が高く、良心的で雰囲気が良さそうな店を検索する。
「ここ、近いし、なんか良さそうかも」
通りを二つ先に行ったところに、人気のカフェがあった。
◇
カフェのテラス席は、遅い午後の陽射しをやわらかく受けていた。
白い日よけの下に、木の机と椅子が並び、石畳の通りを買い物帰りの人や、荷車がのんびり行き交っている。喧騒はほどよく遠く、休憩にはちょうどいい。
店員さんの対応も丁寧で良いし、高評価なのも納得だった。
飲み物を注文して、腰を下ろして私はようやく一息ついた。
コーヒー豆とかは僻地で育てていて、嗜好品として交易も割と盛んだ。
近海の港町からは、毎日のように冷凍された鮮魚が届くようだし。
この王国は北区を抜けると果樹園などもあるらしく、ワインに使う葡萄とか、農家さんは他にも小麦畑やお米に野菜とかも含めて、色々と栽培している。
「ふぅ、平和ですね」
割と本格的な間引きと討伐クエストの帰りに、消費アイテムの補充まで済ませた身としては、この数分の安らぎだけでも、かなりありがたい。
魔王が復活した世界とは思えないくらい、王都の日常は普通に続いている。
本当に魔王は復活したんだろうか? そう感じるくらいには王都は平和だ。
できることなら、このままずっとこの平穏が続いてほしい。
「……」
もっとも、今の私にとって警戒すべき脅威は、魔王軍だけではない。
もっと身近にいて、即効性があって、しかも高確率で炎上する。
「……あの3人は今ごろ、何をして過ごしてるんだろう」
私は購入したカフェオレを一口含んでから、魔導端末を開いた。
淡い光の板に、見慣れた呟きの流れが浮かび上がる。
『検索 勇者パーティー 王都』
すぐに関連する呟きが見つかった。嫌な意味でみんな仕事が早い。
『外周区の裏通りで、噂の勇者様を見た』
『黒服の男達に、貴族っぽい若い女性が絡まれて止めに入ってた』
『判断が早い、そして助けるまでが迅速すぎる』
『やはり暴力は全てを解決する』
『でもなんか勘違いだったっぽいね、女の人も困惑してたし』
『お忍びで来てた貴族令嬢が、護衛にでも見つかった感じ?』
『勇者としてのカリスマ性はあるんだよな、あまり信用は出来ないけど』
『善意なのは分かるんだけど、勢いが相変わらずだな』
「……何やってるんですか、あの人」
誰かが困っていたら放っておけない。そこは素直に尊敬は出来る。
事前確認を怠らなければ、王都はもう少し平和になる気もするけれど。
というか外周区って、スラム街がある場所かな。
王都でも割と無法地帯な区画だけど、何の用があってあんな場所に?
まあ、あの勇者様のことだから、ただの好奇心とかかもしれないけど。
指を滑らせて、別のスレッドを追う。
『南区の市場通りで、例の戦士さんを見た』
『前に見た時は、革鎧だったけど、今回はなんか目立つ鎧を着てたな』
『俺も見た、荷崩れした荷車を一人で支えてたな』
『荷馬車を運んでたレッドバイソンが暴れて、それを素手で止めてた』
『やはり腕力は全てを解決する』
『助かった人が泣いてたぞ、てかなんであの魔牛、あんな興奮してたんだ?』
『今回はツボ割りパフォーマンスは無し?』
『積荷のリンゴを断りもなく齧ってたな、まあ報酬と思えば安いか』
「……戦士さんも相変わらずだなぁ」
助けてはいる。間違いなく善行っぽいことはしてる。
ただ、毎回出力が大きいし、親切の質量が重いのである。
さらにスライドして検索する。
『管理区の魔道具店で、件の魔法使いさんを見た』
『途中から棚の配置と導線の話になってた』
『なんか風水的な話で、店主を言いくるめてたな』
『でも、防犯のベルが故障してたみたいで、さらっと直してた』
『やはり知力は全てを解決する』
『最初は感謝してたけど、最後は店主も遠い目をしてた』
『魔術のエキスパートだよな、なんだかんだ言っても普通に有能』
『そのあと魔導書の値引き交渉で、また揉めてたけどな』
「……どこに居てもマイペースだなぁ」
役には立ってるし、感謝もされてる。そこまではいい。
でも何でそこで止まれなかったのだろうか。
あの人は、理屈が正しいぶんだけ、余計にタチが悪い。
私は椅子の背もたれに、深く寄りかかった。
勇者様は善意先行型。
戦士さんは物理直情型。
魔法使いさんは理論暴走型。
三人とも強い、三人とも頼れる、三人とも根はたぶん善人だと思う。
なのに、どうしてこう、外から見ると毎回じわじわ燃えているのか。
そんなことを思いつつ、最新の呟きが目に入った。
『職人区の服飾店で、勇者パーティーを見た』
『さっきまで別行動っぽかったのに、合流してるの仲いいな』
『今回は討伐クエストに行ってたんじゃなかったっけ?』
『なんかもうクエストを終えて、今は自由行動みたいだね』
『冒険といっても、拠点からあまり動かない印象』
『魔王を倒すにしても情報不足だからな、闇雲に遠征するくらいなら、王都に滞在して欲しい気持ちもある、普通にA級冒険者パーティーくらいの実力はあるし』
『勇者さんは何か真顔で、納得するように頷いてた』
『戦士さんが布を引っ張って強度を確かめてたな』
『魔法使いさんは、店員に性能の説明を求めてたし』
『どこに居ても、話題に事欠かないな、コイツら』
『そう言えば、僧侶ちゃんは?』
『あの子も不憫な立ち位置だよね、ストッパー役になってるみたいだけど』
『カフェで寛いでるのを見かけたけど、なんか神妙な顔してる』
「!?」
思わず周囲を見渡した。
そして、おそらく今の呟きを書いたであろう、客と目が合った。
愛想笑いして目を逸らされたけど、プライバシーの侵害だよ!
気まずい空気になって、思わず深いため息を吐いた。
まあ話題の勇者パーティーなので、色々な意味で注目されてるんだろうけど。
それにしても、別々に歩いていったのに、結局は合流してるのか。
以心伝心なのか、それとも3人で端末を使ってやり取りしてるのか。まあ私には関係ないことだ。他人事として見てる分には、面白いとすら思えるし。
服飾店って書いてあったし、防具の下に着る服の替えを購入したのかも。
私も普段使いも合わせて、何着か予備の着替えは持っているし、三人も今後の遠征に備えて、古着とかも見て回って、購入してるのかもしれない。
確認はしてないけど、全員が収納ポーチを持っていてもおかしくないし。
それにしても、王都の人たちは本当によく見ている。
そして、その内容がそこまで的外れでもない。
たまに憶測で適当なことを書かれてたり、誹謗中傷な内容も見るけど、その程度でメンタルを崩すほど私も弱くないから、見て見ぬ振りしてやり過ごしている。
でも、リアルタイムで現状を呟かれるのは、良い気はしない。
何気ない行動まで、こちらの同意なしで流れてくるから困る。
私は、少し冷めたカップの残りを飲んで、渋い顔になり、端末を伏せた。
「……三人とも、なんだかんだで集まるんですね」
スレッドでも呟かれてたけど、本当に仲が良いトリオだ。
そういう意味では、私はまだ真の仲間とは呼べないのかもしれない。
「まあどうでも良いや、気晴らしにデザートも注文しよっと」
カフェから出る頃には、ちょうど集合時間が近づいていた。
◇
中央広場に着くと、夕方の光が石畳をやわらかく染めていた。
噴水のまわりでは、子どもたちがはしゃぎ、近くの屋台からは焼いた串肉とか、甘い菓子の匂いが漂っている。
そんな中で、三人は相変わらずよく目立っていた。
戦士さんに関しては赤い鉄製の鎧を着てるから、いつもより悪目立ちしてる。
私も予定の時間よりも早く来たつもりだったけど、服飾店で合流した後に買い物を済ませて、3人してそのまま広場に向かった感じかな。
「お待たせしました」
「お、来たか」
戦士さんは手に包みを抱え、魔法使いさんは本を脇に収めていた。
そして勇者様が、こちらを見て爽やかな笑顔で頷く。
「みなさん、ずいぶん満足そうですね」
「うむ、実に有意義な時間だった」
「今日はかなり良い買い物ができたぜ」
「へえ、何を買ったんです?」
私がそう返すと、三人とも得意げに嬉しそうな顔になった。
だって、如何にも聞いて欲しそうな顔をしてたんだもん。
そしてまずは戦士さんが胸を張る。
「俺は見ての通り、これだ」
鮮やかな赤が目を引く鉄の鎧と兜のセット。いかにも正面から殴り合う前衛職の装備という印象で、丈夫さと目立ちやすさが両立している。
代わりに機動力を犠牲にしてる感じだけど。フルプレートアーマーではなく、主に上半身を守る部分装甲なので、そこまで重くはない感じかな。
「似合ってますね」
「そうだろう、なんか途中で暴れ牛が襲ってきたがな」
「あ、そうなんですね」
「さっそく防具の性能を試せたし、結果オーライだな」
まあ、それだけ赤いと、商人が手懐けた魔牛が興奮してもおかしくないよね。
これで他のモンスターのヘイトも集めるなら、確かに優秀な性能だ。
と言うか、荷馬車が暴走したのって、結局は戦士さんが原因だったのか。
でもこの満足そうな表情を見てると、指摘するのは憚られる。
私は話題を逸らすことにした。
「魔法使いさんは何を買ったんです?」
「これだ、裏通りの露天や古本屋を巡って見つけた」
魔法使いさんは、重厚そうな魔導書をそっと持ち上げた。
革製の表紙には細かな術式めいた紋様が刻まれている。
「光属性の上級魔法の理論術式が記されている、読み解く価値は十分にある」
「すごいですね……」
いや、本当にすごいんだけど。
普通に魔導士ギルドが売ってる魔導書は、中級までだし、掘り出し物にしても、上級クラスの魔道書を扱っている古本屋なんて私は知らない。
しかもレア属性の代表とも言える光魔法って、扱える人が居なくて、持て余した蒐集家の貴族とかが、金策に困って売り払ったくらいしか考えられない。
と言うかそれ、研究の為に魔導士ギルドか王立図書館に寄贈する対象だよね。
オークションとかだと多分、普通に数万ゴルドはする代物だと思う。
魔法使いさんの事だから、攻撃魔法の魔導書だと思うけど、これでもし回復支援魔法が載ってるなら、治療ギルドが奪いに来るんじゃないだろうか。
「ふむ、僧侶ちゃんもこの本の価値を、理解しているようだな」
「それは分かりますけど、値引き交渉して良いものじゃないですよ」
「む、何故それを知っている?」
「あ、いえ、風の噂で聞いたもので」
「ふっ、そうか、流石は僧侶ちゃんと言ったところか」
「……それで納得するんだ」
ちなみにレベルが足りなくてまだ使えないけど、上級魔導書なら私も一応、二冊ほど所有してる。親代わりに育ててくれた司祭様からの餞別として。
そんな感じで盛り上がっていたら、何やら視線を感じた。
勇者様が、尋ねて欲しそうにこちらを見ている。




