第6話 僧侶ちゃんは準備を怠らない。
◇
冒険者ギルドは、昼を少し過ぎた頃でも変わらず騒がしい。
依頼帰りの冒険者たちの声。酒場のざわめき。受付の呼び出し。
その全部が混ざって、建物の中は今日も妙に活気があった。
「森の討伐クエスト依頼、達成を確認しました」
受付嬢が書類をめくりながら言う。
「今回の報酬です、いつもどおり現物支給で、よろしいですか?」
「うむ、問題ない」
勇者様が即答する。
そして、受付嬢が差し出した革袋を、満面の笑顔で受け取った。
中で金貨がじゃらりと鳴る。
「記録はカードにも残るので、必要なら後で確認してください」
「ありがとうございます」
私は軽く会釈しながら、自分のギルドカードに触れた。
依頼記録まで残るし、報酬の額によっては、現金支給ではなく、ギルドを通して各自の銀行口座に預けることも出来る。
つまりこのギルドカードは、そのまま預金通帳の役割も果たしているのだ。
ここまで多機能だと、紛失が怖いが、魔力認証で他人が操作できないようになってるし、探知魔法の登録もされているので、王都内なら位置の特定も可能だ。
ギルドを出たところで、勇者様が革袋を開き、中身を振り分ける。
「一人500ゴルドずつだな、残りはパーティー共用分として預かる」
「お、今回はいつもより多いな」
それぞれの手のひらに、小袋がぽん、と乗せられていく。
私は自分の取り分を受け取りながら尋ねた。
「そういえば、勇者様って所持金は自分で管理する派なんですね」
「? ゴルドは自分で管理するのは当たり前だろう」
「すごく現物主義ですね」
「数字だけ見ても、実感が薄いだろ?」
「そういうもんですかね?」
「金は天下の回りもの、欲しいものを買う為に稼ぐのは道理だ」
戦士さんも深くうなずき、魔法使いさんがそれに同意した。
「装備してる革鎧もだいぶくたびれてきたし、新調するかな」
「ふむ、私は以前から欲しかった魔導書を見てくるとしよう」
2人とも既に何に使うか、決まっていそうな感じだった。
私の場合は教会からの支援もあって、装備に関しては現状だと割と高性能なものを装備してるんだよね……盾以外は。
「それじゃ私は、消耗した回復アイテムの補充ですかね」
「そうか? それならパーティ資金から、必要な分は出そう」
そう言って勇者様は、更にゴルドの入った小袋を私に預けた。
「え、良いんですか?」
「当然だ、消費アイテムは全員が共有で使うものだ」
「そうそう、遠慮する必要はないから、ちゃんと要求しろよ」
「寧ろ回復ポーションの管理をしてくれるだけでも非常に助かる」
「僧侶ちゃんも、欲しいものがあれば買うといい」
「わ、分かりました、ありがとうございます」
「昼食を済ませたら午後からは自由行動だ、夕方に広場の噴水前で再集合しよう」
勇者様がいつになく常識的なことを言った。
文句のつけようがない、的確な指示だった。
私は初めて、このパーティーに入って良かったかも、と思った。
いや、この程度で悪印象は消えない、やっぱり油断してはいけない。
そう考え直しつつも、美味しい食事を堪能した。
心なしか食事中の会話もいつもよりも弾み、楽しく感じた。
「では午後は自由行動という事で」
「うむ、それじゃあ、また後で」
「夕方、広場の噴水前で集合だな」
三人はそれぞれ挨拶を済ませて、別々の方向に歩き出した。
何となく、各々がまた余計なこととかしでかしそうな気もする。
「……まあ3人とも子供じゃないんだし、心配しても仕方ないか」
私も取り敢えず、アイテムの補充のために馴染みの雑貨屋へ向かう事にした。
このまま平和に1日が終わる保証はどこにもないけど、満喫するとしよう。
◇
第四話【承】パート 後編
知り合いのエルフが営む雑貨屋は、職人区の細い路地を一本入った先にある。
広大な王都の城下街を移動する際は、最寄りのワープポットを活用する。
初回こそ自身で訪れて登録する必要はあるが、その後は、王都に点在するポットが設置されてある場所まで、念じれば一瞬で転移できる優れものだ。
一見すると、黒いオベリスク。
もしくはモノリスのような、オブジェクトだけど。
デザイン性も相まって、待ち合わせの場所として目印になることも多い。
王都全域を囲む、結界魔法陣の構造を、そのまま応用しているらしく、空間座標の指定と魔力供給の都合で、王都内でしか利用できないけど、便利すぎる。
一度利用すると、徒歩で移動するのが億劫になるくらいには、時短になるのだ。
職人区も活気はあるが、目的の店へ近づくにつれて、表通りの喧騒が嘘みたいに遠のいて、石壁に挟まれた道には、乾いた薬草の匂いがふわりと漂っていた。
目立たない場所なので、知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうな店だ。
でも、私にとっては王都で数少ない、肩の力を抜ける場所だった。
入り口のベルが、カランカランと、小気味良い音を奏でて、客をもてなす。
何気ない些細な事だけど、決まったリズムが耳に心地良い。
「いらっしゃい」
カウンターに座っていた店主が、こちらに気が付いて、手を振ってくれた。
私が王都に来る以前から知っている友人で、どこか中性的な雰囲気だけど、透明感がある、綺麗なエルフだ。
何となく気があって会話が弾み、交流するようになって、今ではこうして、南区にある冒険者ギルド管轄の道具屋よりも、こっちのお店をよく利用している。
職種が錬成術師なので、各種ポーションの品質が安定してるのも高評価だ。
「こんにちは、今回も無事に帰還しました」
「おかえり、クエスト帰りかな、その顔を見ると上手くいったみたいだね」
「はい、近郊の森で討伐クエストをしてきました」
「無事でなにより」
「森の入り口付近の街道は、だいぶ間引きしましたし、冒険者ギルドの見立ても、暫くは魔物の報告例や、被害も落ち着きそうだとは言ってました」
「そっか、ボクもあの森には薬草採集に行くし助かるよ」
「お役に立てたなら良かったです」
「今回も色々と入用な感じかい?」
「そうですね、えっと、それじゃあ初級回復ポーションを4本、中級を2本、それと毒消しハーブと、眠気覚ましのハーブ、麻痺抜けの丸薬も、それぞれ3個ずつ、あとは魔物避けのお香に、それから魔力回復ポーションも4本ください」
「相変わらず堅実だね、まだ事前に用意したストックはあるんだろう? まあ準備を怠らないのは、良い冒険者の条件だけど」
「他の三人が自由すぎるので、常にこれくらいは用意しないと不安なんですよ」
それに毎回、アイテムの消費量が予想してるよりも多い。
今回のクエストでも帰りの道中で油断して、勇者様が毒状態になってたし。
天窓で自然光を取り入れた店内は、どこか神秘的で、オシャレな雰囲気だ。
店先の棚には、回復ポーションの瓶に、各種の雑貨日用品まで揃っている。
店長は要望を聞いて、棚から必要な本数のアイテムを用意してくれている。
私は、その間に肩から提げていた自前のポーチを、カウンターに置く。
見た目は普通のカバンだけれど、かなり高度な空間魔法が付与されている。
魔法に依存しすぎてる気もするけど、扱いさえ間違わなければ問題はない。
「はい、ご注文の堅実セットだよ」
「ありがとうございます」
手渡された品物を、ひとつずつ丁寧に収納カバンに収めていく。
どんどん入る。何よりガラス瓶が鞄の中で割れる心配がないのが助かる。
しかも時間経過を停滞する術式も組み込んであるので、劣化を防いでくれる。
やっぱりすごく便利だ。こういう時は魔法に対しても素直に感謝できる。
まあ当然その分、お値段も相応にお高いけど。
ギルドカードと同様に、登録者の魔力でロックしてるから、もし仮に誰かに盗まれたとしても、中身を取り出すのは容易ではないが。
新人の冒険者パーティーは、先ずは収納バックを手に入れるのが目的になる。
「あ、それと森で詰んだ、薬草の納品もお願いします」
「オッケー、査定したら今回の代金から差し引いておくね」
「はい、お願いします」
「採取する手間が省けて助かるよ、冒険者ギルドの依頼品は、治療ギルドを優先してるから、薬草ひとつにしてもストックが無くて時間が掛かる時もあるし」
「そうなんですか、色々と大変ですね」
「ボクの場合、個人でやってるし、エルフって種族間の違いもあるから尚更、確執みたいのがあるんだよね、まあ愚痴っても仕方ないけど」
「なんか、すみません」
「いや、僧侶ちゃんが謝る必要ないでしょ、と思ったけど、そっか、教会出身の聖女候補だから、治療ギルドとも関わりはある感じか」
聖都の教会も、王都の治療ギルドの利権には色々と関わってるので、黒い噂とかも耳に入るけど、私も所属してる身としては、見て見ぬふりをするしかない。
と言っても私は治療院の方ではなく、治水担当だったけど。
「そうですね、まあその点では、わたしはまだ恵まれた境遇ですが」
「でも今も、なかなかの問題児たちを抱えてるみたいだけどね」
「うぐっ」
「ははっ、今回も愚痴は多そうだね」
「……そんなに顔に出てましたか」
「うん、前より分かりやすい、感情が表に出て、個人的には親しみやすいけど」
「これは、成長ですかね?」
「良い傾向だとは思うよ、聖都の教会に比べて、かなり環境が変わったでしょ」
「ですね、確かにあの頃よりは、毎日が楽しいです」
その分、毎日エゴサしては、炎上案件でハラハラさせられてますが。
少しだけ笑ってから、私はため息をついた。
「また今回も、三人そろって横並びで突っ込んでいったんで、もう我慢できずに、指摘したんですよ、ええ、言ってやりましたよ!」
「相変わらず、仲良しだねえ」
「そんな悠長な話じゃないんです、戦士さんは盾役なのに殆ど機能してないし、魔法使いさんも敵との距離感を気にしないし、勇者様は常に楽しそうですし」
「見慣れた光景だねぇ」
「慣れたくないです」
店長さんが肩をすくめる。
「でも、勇者君たちなりに、何か考えてるんじゃないかな」
「考えててあれなんですかね? わたしにはそうは思えませんけど」
「うーん、何とも言えないね、ボクもあの3人の事は昔から知ってるけど、子供の頃のまま、そのまま大人の姿になったって印象だし」
「ある意味で貴重な存在ですよね、一応、貴族なんですよねあの3人って?」
「うん、身分的にはそうなるね、この国のお姫様とも幼馴染みって聞いたし」
「あ、そうなんですか」
確か親がそれぞれ国の英雄的な存在で、剣聖に、聖騎士に、大魔導士だっけ。
魔法使いさんなんて当たり前のように、四属性も開花させて扱えてるし。
普通の魔術師はエレメンタル系統は二属性も開花させれば規格外、三属性で天賦の領域、四属性の魔術を扱えるなんて、それこそ賢者クラスの神童とも言える。
ちなみに私は水と風と、もう一つ使えるけど、光属性の適性が無いのが聖女候補としては割と致命的なんだよね。魔法使いさんと属性を取り変えて欲しい。
まあ回復魔法の適性はあったから、勇者パーティーの一員になれたんだけど。
教会の司祭様に拾われた養女ってだけで、私は別に貴族の血筋ではない。
机に突っ伏したい気持ちをこらえていると、店長が薬草を束ねながら言った。
「でも少なくとも、キミのことを雑に扱ってるわけじゃないでしょ」
そこを突かれると弱い。
たしかに三人は、私を危ない目に遭わせたいわけではない。
むしろ逆だ。妙な方向に大事にしてくるからこそ、話がややこしくなる。
「まあ、それはそうなんですけど」
「でしょ」
「むー、でもなんか納得できないです、だって初日の印象が最悪でしたし」
「それはまあ、お気の毒様としか言えないけど、とにかく今の関係を大切にする事だね、それが僧侶ちゃんの成長にも繋がると思うよ」
「分かりました、もう少し頑張ってみます」
「あまり気を張りすぎないようにね、程々に合わせれば良いと思うよ」
「そうですね、自分のやれる事をするとします」
「その調子、きっと魔王も玉座で待っててくれてるから、気楽にいきなよ」
「ふふっ、なんですかそれ」
そんな優しい世界ならどれだけ楽だろうか。
でも私よりずっと長く生きてる長命種が言うと、不思議な説得力がある。
◇
会計を済ませて店を出ると、路地にはまだ午後の明るさが残っていた。
集合時間までは、まだ結構ある。
私はそのまま、南区の市場に向かい、冒険者御用達の毛皮骨肉店へ寄った。




