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銀雪の仔狐は、追放された聖女を愛しすぎている。~呪われた辺境伯様の隣で、二度目の人生は自由にもふもふさせていただきます~  作者: 山口遊子


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第1話 王立学園の卒業を祝う大夜会


 王立学園の卒業を祝う大夜会。天上から吊るされた巨大なシャンデリアから降り注ぐ無数のクリスタルの光は、磨き上げられた大理石の床に複雑な屈折を描き、着飾った貴族たちが身につける宝石よりも眩しく広間を照らし出していた。しかし、その眩惑的な華やかさの裏側で、私の魔力はとうに限界を超え、精神を削り取るような苦痛に支配されていた。


 私の指先からは、肉眼では捉えられないほど細く銀色に輝く魔力の糸が絶え間なく溢れ出し、床に刻まれた目に見えない紋様を伝って、王都の地下深くに眠る巨大な「守護の魔方陣」へと吸い込まれ続けている。


 血管の中に氷水を流し込まれているような鋭い痛みを伴うこの魔力の抽出こそが、この国を千年間支えてきた私の「聖域の巫女」としての、誰にも知られぬ孤独な死闘であった。私がここで「ただ静かに座っている」間にも、私の魔力は王都中の食料の鮮度を保ち、井戸水の毒を浄化し、そして何より、境界線の向こう側に蠢く古の魔王の情念を鎮めるための楔となっているのだ。


「エラ、貴様との婚約を破棄する!」


 第一王子ジュリアンの傲慢な怒声が、広間に流れる優雅なワルツの旋律を無慈悲に切り裂いた。彼は、私の隣から離れ、桃色のフリルを暴力的なまでに幾重にも飾り立てたドレスをまとった義妹セリナの肩を強く抱き寄せた。そして、冷酷な光を宿した人差し指を、青ざめた私の方へと突きつけたのだ。


「聖域の巫女という特権に胡坐をかき、ただ座っているだけの貴様は、我が国の王妃に相応しくない。実務もこなさず、ただ祈るだけのふりをするような女は、もう不要だ。これからは、心優しきセリナがその座に就く!」


「お姉様、ずるいですわ」

 セリナが、扇子の陰で毒蛇のような、それでいて蜜を孕んだ狡猾な笑みを浮かべて私を見つめる。

「毎日、涼しい聖域で優雅にお茶を飲んでいるだけで、みんなに敬われるなんて。お姉様ばかりそんなずるい特権を独占して……もういい加減に、その座を私に譲ってくださいな。私なら、もっと『華やか』に皆様を癒して差し上げますわ。お姉様のように地味で不気味な顔をして座り続けるより、ずっと皆様も喜ばれますわ」


 周囲の貴族たちからも、同調するような冷ややかな失笑と罵声が漏れ聞こえてくる。


「全くだ、エラ様はいつもあそこで不愛想に座っているだけではないか」


「聖女としての務めを、ただの休憩時間と勘違いしているのだろう。血統だけであそこに座っているようなものだ」


 彼らにとって、私が一睡もせず、体内から魔力を搾り取られる激痛に耐えながら、この王都の全インフラを一手に行っていることなど、想像の圏外なのだ。セリナが「ずるい」と言って欲しがっているその椅子は、座っているだけで全身の魔力を無理やり引き抜かれる拷問台のようなものであることに、誰も気づいていない。


「……承知いたしました。殿下がそこまで仰るのでしたら、婚約破棄、謹んでお受けいたします」


 私の声は、思いのほか静かで、凛とした響きを持って広間に通った。もはや、この身を削ってまで彼らを守る理由などどこにもないのだ。


「代わりに、私は呪われた土地と噂される、北のケイル辺境伯様のもとへ降嫁することをご許可いただけますか」


「ふん、死の森と呼ばれるような呪われた土地へ行こうというのか。好きにするがいい! 二度とこの王都に頼るなよ、無能な巫女が!」


 ジュリアンが吐き捨てたその言葉こそが、彼ら自身の破滅を決定づける合図であったのだが、勝利の美酒に酔いしれる彼らにそれを察する知性などなかった。


 エラは静かに、だが優雅な所作で最後の一礼を捧げた。その瞬間、彼女の指先から供給されていた銀色の魔力の糸が、ぷつりと完全に断たれた。


 エラが広間の重厚な扉を開けて外へ出た瞬間、王宮の尖塔の天辺で、千年もの間燃え続けていた「守護の灯火」が、不吉な音を立てて掻き消えた。王都全体を包んでいた温かな「守護の温度」がわずかに下がり、街の境界線から魔物の咆哮が聞こえ始めたが、舞踏会の熱気に浮かされる人々は、その致命的な破滅の予兆に気づくことさえなかったのである。



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