⑬ 初めての「殲滅戦」1
「あああああ、こ、こここここ… 怖いよメスモル!! 怖いよぉお」
要塞の隠れ小部屋の中で「主君」たる彼女は
恐れを隠し切る事が出来ずガタガタと震えていた。
かすかに聞こえる兵士達の悲鳴
それが外で今何が起こっているか知らせてくれるだろう。
「怖いよ… あああ怖いよパパ… 怖い、怖い……」
すっかり子羊と変貌した主君の背中を撫でながら、私は考える。
(あの甲冑の戦士はいったい……)
思うのは勿論、先程交戦した例の銀の戦士の事だ。
奴は甲冑の性能もさる事ながら、その力はもはや想像を絶する物だった。
腕力で大の大人を押し潰し殺す。
果たして生身の人間にそんな事が出来る事だろうか。
そして何よりもまず恐ろしいのはそれを平然と行う事が出来る精神性
帝国もその覇道を行う道中で
同じような非道を行っているのは身をもって知っている。
だが「あれ」はその次元が違う。たった一人で、仲間も持たず
こんな狂気じみた特攻を一人で行う者が何処に居る?狂っている。
そして考える。あれが魔法で作り出された「自動人形」なのだとしたら…?
だがそんな高度な存在を作り出せる勢力が何処にある?
「連合」かはたまち違う勢力か…
だがしかし今考える内でもっとも考えるうるのは
(身内の犯行……)
帝国の侵攻が順調に進む中でも、内部では不協和音は確かに存在する。
ならば我が本来の主がその闘争に巻き込まれているのだとしたら、今回の事は…
(ここにずっと潜んでいようと思ったけど… でも)
最悪な展開が頭を過ぎる。
あの甲冑戦士の狙いがこの子羊の姫なのだとしたら。
(いや、それ以外にありえない… 他にどんな理由が?)
そうだ、でなければ理由は無いのだ。
初めは滅ぼしたこの国の残党が自棄になって来たものと思っていたが
あんなもの、自棄になって向かってくる存在じゃない。 ならば…
私は自身の片割れの姉妹に目を配らせる。
彼女は私の視線に気付き、静かに頷いた。
流石姉妹。彼女も分かっているのだろう。
お互い研究所の道具として生まれ、あの方に拾われて一年
私に新しい居場所と「姉」を与えてくれた主様の為に
私は「「私達は」」
「………… 姫様」
「怖い… 怖いよメスモル… ああああ、あんな勝てないよ怖い…」
姫は私の手を握り震える。私よりも大きく歳を取っている彼女のその幼い精神性は
父親の深い愛情の所以である事は知っている。
それに一抹の嫉妬心はあるものの、私達はこの「姉」が好きだった。
そしてこの姉は我等の恩人の娘 今の我等の主君
ならば、やる事はただ一つ
「姫様、我々はこれよりあの不届き者を成敗にしに参ります」
「え?」
「ですから姫様をここで我等の帰りをお待ち下さい」
「大丈夫、すぐ帰ってきます 姫様はここでお待ち下さい」
「な、何を言ってるの!? あ、あんなのに敵う訳!!」
「メスモル!!」 「待って… 置いていかないで!!」
「私を一人にしないでよ!!」
主君が呼び止める事を無視して、私達は隠れ扉から飛び出し
例の銀戦士が居た大広間に向かう。
先程まで微かに聞こえてた兵士の声も今は無い。
そしてそれはどういう事なのか。まずそれを私達の鼻が教えてくれた
「っ……!!」
広場に近づくにつれ大きくなる、肉と贓物と汚物が混じったような匂い
鼻が曲がりそうなその激臭に耐えながら、私達は目的の場所に向かう。
そして、そこに奴は居た。 他には誰も居なかった。
いや、正確には「居た」のだろう。 その下に。
その銀戦士は中央にうず高く積まれた死骸の上に腰かけ
一休みしているようだった。
「うず高く積まれた」その言葉は誇張ではない。
「それ」は周囲の城壁を越えるくらいに高く積まれ
その下では肉が潰れるグチャグチャとした音と共に
搾り出された血と臓物の汁が川になって滴っている。
この銀戦士、あの短期間で残った兵士を殲滅し
それを一つ残らず丁寧に積み上げたと言うのか…
正に狂気のなせる所業 こんな奴が… 人間であってたまるものか
「………………………」
「……」
「ッ」
しばらく天を見上げていた奴は、こちらに気付いたのだろう。
城壁の上に立つ私達姉妹を見下した。
そう、我々は見下されている。我々と同じ視線にある物… それは
(この人達にも家族はあっただろうに…)
姫様付きの従者としてここに赴任した我々だったが
別に何の接点が無かった訳ではない
名目上は姫が最高責任者だった訳だし、会話だってしていた。
配下の高位魔導師達とは積極的に関わりあい
彼女達が生んだ子供達の世話だってしていたのだ。
皆知っていた。仲間だったもの。
それが目の前の存在に蹂躙され、肉の塔になり我等と視線を共にしている。
奴の事は、恐ろしいと思う。だがそれよりも許せなかった。
命とは、弄ばれて良いものではないのだ。
私は見下ろす奴を睨み据える。その瞬間奴が少し首をかしげたと思うと
塔の上から跳躍し、我等と同じ視線に立った。
奴はそのままこちらを迎えるかのような仕草で両手を伸ばし
その姿勢を崩さない。
奴を見る。奴の銀甲冑は相変わらず傷一つ付かず
あれだけの人間を殺したというのに、美しい光沢を保ったままだ。
しかし私はその「様」の軽薄さに吐き気がしそうになる。
奴はあれだけの人間を死に追いやっておきながら
その死の責任を「汚れ」ですら拒むというのだ。
いや、これは人形だろうか? だが人形であったとしても作った物が居る筈だ。
ならばこの悪しき泥人形を作った者は、よほど根性がひん曲がっていると見える。
ギリリと細かく歯軋りをする。駄目だ、冷静さを失ってはいけない。
策はある。しかしその策を行う為にも、冷静でなければ
私達には守るものが出来た。ならば「 カ ワ イ ラ シ イ ショ ウ ジョ タ チ ダ 」
「え?」
突如、銀戦士がその口を、いや言葉を繋げる。
「 コドモヲコロスノハ ショウニアワナイ サテ、コレハドウスルカ 」
銀戦士は顎に手をやり、足を組んで何やら考え込んでいるようだった。
奴の言葉の意味は分からない。だが奴の言は明らかに何かしらの「言葉」であった
だが、それは何処の言葉だ?
立ちすくむ私達を尻目に、奴は続ける。
「ダガシカシ コレハヤハリ ユメナノダロウ 」
奴は顎に置いた手を下にした。
「ユメデアルナバラ コレハ ショウジョ デハナク」
奴は組んでいた足を元に戻した。
「 ヤハリ テ キ ナ ノ ダ ロ ウ ナ 」
最後の言葉を言い終わると同時に
奴が私達を真っ直ぐ見据え、そのまま猛スピードで向かってくる。
それから、奴は我等を掴もうと手を伸ばす。 が…
「舐めるなよ!! 狂人!!」
私達はそれをすんでのところで躱す 確かに素早い攻撃であった。
だが我々とて戦う為に作られた戦士 これしきの攻撃避けれないものではない
そして私達が奴の攻撃を避けた事で最大のチャンスが生まれた。
こんな直ぐにチャンスが訪れるなんて!!
奴は我等に背中を晒したのだ。 ならば今なら放つ事が出来る!!
私達はチャンスを逃すまいと、身体中の全ての魔力を集中させ
同時に奴の背中に最大の一撃をお見舞いした。
「はぁああああああああああああああ!!」
目も眩む眩い光と共に、私達は奴の背中に魔力を集中させる。
そしてそれは発動する。
「食らえ狂気の魔人よ!! これがお前を滅する私の最大の魔法だ!!」
「「 ア グ ・ マ ム ス ト ラ !! 」」
最後の締めとばかりに私達はその魔法の「真名」を答える。
その真名の下に、その魔法の術式が完全たる具現化を果たす。
そして先程より更に眩い光を周囲に放射させ「奴」その銀戦士は光に包まれた。
「滅びよ!! 狂気の者!!」 「お前はこの世界に居てはいけない者だ!!」
我等が呼び出した魔法
それは「この世に存在する」全ての存在を問答無用で滅する「呪文魔法」
一定量の魔力と敵に直接叩き込むという面倒な手段は必要になるが
それ故に強力で並みの魔導師であれば必要となる魔力が足らず
己の体を壊してしまうが
我々姉妹が力を合わせて放てば、何とか一発撃つ事が出来る。
だがしかし、これを放った場合片方の姉妹は完全に魔力が抜け
動く事は出来なくなるのだ。
「ぐっ………!!」」
そしてその抜けた姉妹は私ではない姉妹であったようだ。
「大丈夫? 我が姉妹」 「へへへ、大丈夫よ 我が姉妹」
敵を滅した。それ故にこぼれる互いの笑み
私は崩れ落ちた姉妹に手をやると、彼女はその手を引きゆっくり起ち上がる。
そして、同時に眼前の塔を眺める。
「……………………」
凄まじい異臭と異様さを称え、その人肉の塔は私達の前に存在する。
「これ、どうしようっか?」
苦々しい笑顔を向け、私が姉妹に尋ねる。
「遺族に死体… 渡してあげたいけど…」
しかし見たところ… これでは誰が誰だか分からない。
「……………………」
再び流れるお互いの沈黙。
しかしそれを乗り越え、私達姉妹はまず大事な事を思い出す。
「姫様、迎えに行こう」
「うん、心配してるだろうしね」
私達はそう笑って互いの手を取ってその場を後にする。
敵の正体は最後まで分からず終いだったが
とりあえずはあの悪魔のような敵を滅ぼす事が出来た。
今はそれだけでも「ぎゃっ!!」
……………ん?
突如姉妹が短い悲鳴を上げた どうしたのだろうか?
私は姉妹の方を見る、が… それより先に姉妹の体は宙を舞い
その体は目の前の塔に飛んで、その一部となった。
そして、それを行った張本人は……
「うわぁああああああああああああああああああ!!!」」」」」
それは有り得ない光景であった。あってはならない光景であった。
なぜなら、なぜならば確実に滅した筈であろうあの銀戦士が
姉妹で協力して、ややややっつけた筈の「奴」が
そこに何の傷一つも付かず、立っていたからだ。
姉妹の心の臓突き刺し、汚れていたその腕の汚れはすぐさまその地面に零れ落ち
奴が姉妹を殺した証が地面の底に染み込んでいく。
「なんで!? なんでなんでなんで!? だってアグ・マムストラしたもん!!
あれは絶対呪文なんだよ!? 当たったら死ななきゃいけないんだもん!!」
私はもはや歳相応の少女に成り下がったようにその場でへたり込み
駄々をこねながら、目の前の信じられない光景にただ驚愕の言葉を洩らす。
「やだやだ!! 死んでなきゃやだ!!
違うもん!! あれは絶対効くんだもん!!
今までだって何度もやってきたし!!
絶対にこの魔法は負けないんだもん!!」
心の何かが決壊したかのように私はへたり込み泣きじゃくり
目の前の光景を否定しようとする
しかしいくら否定しようと思っても「それ」はそこに存在するのだ。
美しい銀色の甲冑を身に纏い 私の姉妹含めこの要塞の命を吸いに吸ったその悪魔
それはまったく滅びず、へたれる私のお前でこちらを見下している。
「………………………」
銀戦士は動かない。表情が見えないその兜の奥でこちらをジッと見据えている。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖くてたまらない
今まで私が平然としていられたのも
もしもの時にアレを使えば良いと思っていたから
だがそれはまったく通じる事はなく
私の大事な姉妹をあの塔に取られてしまった。
もう私にはどうする事は出来ない
これは私達でどうにか出来る存在ではなかった。
それに気付いた頃には、私はその全てを失っていた。
「ああああああああああああああああああああああ!!」
「ああああああああああああああああああああああ!!」
「ああああああああああああああああああああああ!!」
「ああああああああああああああああああああああ!!」
もう何も言う事が出来ない ただ恐怖の心が積もった一字だけを放出する私
銀戦士は私を見る。直立不動で私を見ている。
終わりだ。もう逃げる事は出来ない。
私はこの場で死んでしまうのだ… しかし、それを思った矢先に
私は私達が密かに「姉」と思って慕う主君の事を思い出した。
「うっ……!!」
私はどうなっても良い… だがせめて彼女だけは救わなければ!!
私はそう発起すると、勢い良く立ち上がり残された魔法の力で跳躍し
その場から全力で立ち去る事に成功した。したんだ!! そうでしょう!?
「 オニゴッコガ シタイノカナ? 」
奴は、最後に何かしら呟いてた。
しかしそれは気のせいなのだろうと私は思う。




