⑪ 初めての「要塞戦」2
「ちぇーーー! ちぇーーー! 退屈だなーーー!」
私の名前はアリステラ
「帝国」の貴族として軍役を全うしている由緒正しき血筋の娘
の、長女である!! 長女 つまり私は偉いのだ!!
私に兄は居ない。兄弟も居ない。姉妹も勿論。つまりは一人っ子だ。
であれば本来の私は帝国本土の邸宅で
跡継ぎとして何不自由ない生活が出来る筈だったのだ。
しかしある日唐突に父が呟いた言葉
「アリステタラ、そろそろお前も年頃だろう?
ならば軍役の一つでも経験すれば良い
なに、お前にぴったりの退屈そうな役目を用意したぞ」
「はいぃーーーー?」
そんなやり取りの末、私はこの辺境グラストラに飛ばされた。
なぜこの地なのか、っと父に問いただしたら
「名前がなんとなく似てるから」 なんて返された。
ああ… アリステラとグラストラ まぁ確かに響きは似ている。
しかし、だからってこんな辺境に大事な一人娘送らなくても良いじゃないのさ!!
「それに私はアリステタラじゃなくてアリステラだ!!」
ドン!!っと大きな音を立てて私は机を叩いた。
「あらあら姫様、また何か思い出しておかんむりですか?」
「ん……?」 「ふぇっ!!」
怒る私の不意を付き、突如私の影の中から二人の少女が姿を現わした。
彼女達の名前はメスラとモルダレ
父が私の護衛として寄こした、腕利きの「超高位魔導師」だ。
何でもその魔法で今まで何千もの敵兵を討ち取り、名を上げたらしい
帝国の「メスモル姉妹」として、敵国で恐れられていたんだとか
だが、私から言えばただの悪戯好きの幼女達だ。
帝国の魔法研究所出身だか何だかで
小さいからそういう境遇の元で生まれたんだか知らないが
この姉妹は10かそこらのちんまい姉妹で
そりゃあ父の紹介だから戦闘力はあるんだろうが
私から言わせればただの悪戯好きの少女達だ。
今もこうして魔法で私の影に入り込み、私をびっくりさせている
「ちょっとメスモル!! 私の影に入らないでっていつも言ってるでしょう!!」
そんな悪戯好きに姉妹に、私は怒鳴りつける。
勿論、本気で怒っている訳じゃない。
むしろ退屈な日常にちょっとの刺激を与えてくれる彼女達はとても心強く
僻地での警備任務という役職の中荒んだ心を溶かしてくれる。
彼女達も私の本心を内心感じ取っているのだろう。
特に悪びれもせずクククと小さく笑った後、明るく言い放つ。
「でも姫様、退屈してるって言ってたから」
そう言ってにやつく顔はどこか嬉しげで微笑ましい。
だがここは流れ、お約束とばかりに二三言小言を言った後
これまたお約束の、細々とした愚痴を彼女達に洩らす。
「はぁ、もうこの任務飽きちゃったわよ だって特に何かある訳でなし」
「起きたら起きたで対処できないでしょう姫様?
それに主様もそれを分かっているから、お嬢様をこちらに寄こした訳ですし」
「そう、だけどさーー」
今回の件は彼女達が言う主様 つまり私の父が謀った事だろう。
貴族というのは何かしら軍役を負う責務があるのだ。
そして私は父の一人娘であり跡取り
ならばその貴族の習いに従い、私も役目を果たす義務がある。
私は女人。であればその役目は魔道によるものに偏る
幸い私には非常に高い才覚が備わっているのだと魔法学校の先生が仰っていた。
であれば勿論最前線に立ち、敵を魔法で打ち負かすのは当然の責務だろう。
しかし父はそれを選択しなかった。「あの子は優しすぎるから…」
父が家臣にそう洩らした事を昔聞いた事がある。
私は、確かに他者の血を浴びるような真似は正直好かない性格である。
同年代の子には勿論それに適応できる者も居る。
しかし私はやはり…… 「もっと兵を出せ!! もっとだ!!」
「ん?」 小さく思考に耽る私の耳に
ついぞこの場所で聞く事が無かった焦りが混じった怒声が響き渡る。
「敵が城門に近づいて来るぞ!! 奴を要塞に入れるな!!」
「魔法、及び弓兵は城壁から敵に放射!! そのまま釘付けにしろ!!」
「な、なに!? なになになに!?」
ほんの数秒前まで穏やかな空気が流れていた場所が
突如としてピリピリとした空気と、罵声と怒号が響き渡る戦場に変貌した。
城壁の向こう その奥から何やら兵士の叫び声なのだろうか
悲鳴や掛け声に近い奇声が小さく聞こえて来る。
「な、なななな ど、っどどどどういう事なの!?」
突如として変貌した空気に圧され、私は机の下に己の体を収め
顔だけ出して外の様子を伺う
しばらくしてドォオンという大規模魔法にも似た轟音と共に何かが地面に崩れた。
一瞬間を置いて兵士が叫ぶ。
「じょ、城門を吹き飛ばしたぞ!!!」
「ふ、ふふふふざけるな、鉄城門だぞ!!
たった一人の人間にそんな真似が出来る訳ない!!
「魔法だ!! 敵は魔法で自分を強化しているぞ!!」
ついに溢れたかのような怒声と流言が城内を駆け回る。
「い、いいいいいいいったい何があったの!?」
私も叫ぶ、意味が分からなかった。
それに追従するような形で、冷静な声でメスモル姉妹が告げる。
「どうやら「族」が入り込んだようですよ、姫様」 メスラがそう私に告げる。
「これで退屈じゃなくなりましたね 姫様」 モルダレがそれに続く。
「あっ… うっ」
二人の冷静な声を聞いて私も少し落ち着いたようで
机を体の下に収めたままで、彼女達の次の言葉を待つ
「なんか知らないですけど、城門から馬鹿がやってきたようですね」
「ば、馬鹿?」
一瞬私の事かと思ったがそれが城門を破ったという
何者かに向けられた言葉であろうと私も理解し、また言葉を待つ。
「私達が警備するこの場所に一人で向かってくるなんて
本当に馬鹿な族です そうは思わないメスラ姉さん」
「そうよね その通りだと思うわモルダレ
この場所には主様が姫様に寄越した精鋭も配備されている」
「だから万が一にも我等がその族に敗れるなどありえません」
メスモル姉妹は私に言い聞かすようにそれを説明すると
私もハッとなってその事実に気付いた。
そうだ、ここは本来の警備兵に加え
父が手配してくれた100の精鋭魔導師部隊が配備されているのだ。
性別は全て女性 彼女達は私の領地の私兵であるから
勿論皆、私の為に精一杯戦ってくれる。
そう思うと何だか急に心強くなり、私はややへっぴり腰になりながらも
その場を立ち上がり、我が配下たる姉妹に言い渡す。
「よよよ、よし!! ぞ、族を討伐するわよメスモル!!」
「ぶ、無事族を討伐した暁には、それ相応の褒美があると思いなさい!!」
たった一人の跳ねっ返りを倒すだけで褒美
父が聞いたら笑いながら飽きれそうな世間知らずな言だが
私はそんな事を考えられないくらい、内心ではビビッていた。
「わーーい! ご褒美嬉しいな!」
「たかが一人討ち果たすだけで豪華なご褒美! 流石姫様、太っ腹!」
「え、あ… う…」
私の不安を心得ているかのように姉妹はニタニタと笑いながら軽口を叩く。
その言葉で急に恥ずかしくなり私の心は縮こまったが
だが今はそんな場合でない。
「い、行くわよメスモル!! え、えっと……」
「命令をお伝え下さい姫様 私はその言葉で戦います」
「……… よしっ!!」
「我が部隊に命じる!! 直ちに出撃し、同胞の部隊を救援せよ!!」
「「かしこまりました、マイマスター」」
姉妹同時に放たれたこの言葉と共に、私の初陣は始まった。