⑩ 初めての「要塞戦」
「ガッ…」
まずい事になった。
彼と共に歩いていた私達だったが、突如進んでいた森が途切れたと思った矢先
その眼前に非常に大きな要塞 いや、関所と言って良いだろう。
それが私達の進行方向をすっぽり覆って、デンとそこに鎮座しているのだ。
建物がある場所はそびえ立つ渓谷の中であり、そこを通り過ぎる事は不可能だ。
そしてその崖下にびっしりと蜘蛛の巣を張ったかのような城塞に囲まれ
「それ」 その関所はそこに存在する。
「グ… ガッ」
その城塞の塔の上でたなびく旗の印は… 間違いない。
これは帝国がここに設けた関所だ。
この場所には見覚えがある。しかし前はこんな建物存在しなかった。
位置的にここはまだ「グラストラ」の領土の筈だ。
そこに帝国の旗が靡く城塞が築かれているのだとしたら… ああ、そうか
つまり、「落ちた」のだ。
「ガッ…」
あれから時間はかなり経っている。 分かっている、分かってはいたのだ。
「祖国」は滅びた。 分かってはいた。
祖国によって保護された我々の里が滅ぼされたのだ。
我々の力は強大、だった…筈 その我等の里に帝国兵が入り蹂躙した。
ならば、結果は分かっていた筈ではないか…
見たくない現実を見せられたようで、私はその場でうな垂れ目を閉じた。
こんな忌々しい物、私は見たくなかった。
「チョウドイイ ココデヒトヤスミシヨウ」
ん? 彼が何かしら呟いて、要塞に進んでいった。
ちょちょちょちょちょ!! ちょっと待った!!
彼は明らかに要塞に進んでいる!! それは不味い!! 非常に不味い!!
私は何とかその事実を彼に伝えようとするが、私には手足が無い。
せめて足の一本でもあれば彼に何かを伝える事は出来るだろうが
今の私はただ上半身を芋虫のようにジタバタさせるくらいの事しか出来ない。
そしてその精一杯のシグナルも彼には届かず、彼は
「アア、ソウダネ ハヤクイコウ」 なんて笑ってそこに向かうのだ。
違う!! そうじゃない!! そこは危険なんだよ!?
だが私のシグナルは遂に彼には届かず
気付いた頃には私達は要塞の見張り兵に見つかってしまった。
終わった。
いかに彼とは云え、この要塞内の敵を全て倒す事は出来ない。
「お前達は何者だ!!」
見張り兵の怒鳴り声が聞こえる。
そしてその声と共に城兵が要塞からワラワラと湧いてきた。
ああ、終わった…
私はそれを確信した。
だが、その事実よりも落胆したのは彼の事だ。
彼は帝国に捕まるだろう… 私の事はかまわない、元からそういう運命だ。
だが彼は…
私の中に流れる僅かな沈黙 そして考える。
だが分からなかった。 彼を救う方法など、私は知らない…
結局は無力な私だ。 私は彼に抱かれた腕の中で涙を流した。
帝国兵達が近づいて来る。 ああ、私は……
「 オ マ エ タ チ ハ ワ タ シ ノ テ キ カ ? 」
彼の声に怒気が篭もる。 彼も気付いたのだろう。
しかしこの状況では… ごめんね、本当に…
私は泣いた。 申し訳なくて、泣いた。
そしてさめざめと泣く私の背後で、何かが小刻みに動く音がしたような気がした。