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第〇六話 少年と少女

 魔法を使う余裕もなく、原始的な暴力に二人の身が曝された。崇次は眼前の恐怖に思わず目をつむってしまった。間も無く、意識と身体が乖離するような衝撃が走る。だがそれは、崇次が耐えられないほどではない。

「……ぇほっ」

「――え?」

 鞠奈が身体をひねり、二つの拳を自分の身体で受け止めていた。しかし、ただ受け止めたわけではなく、鉄の拳と上半身のあいだに、脚をクッションのように挟んでいる。とは言っても、いつもは強靱な脚力を誇る彼女だが、今は本当に、上半身に直撃を食らわないために挟んだ程度の効果しかない。

「おい。匝瑳、なんで」

「こいつらは、わたしを狙ってくるから……。君は、巻き込まれただけでしょ」

 それは鞠奈の優しさだった。学校外授業を狙ったという話も出したのに、自分のせいだと彼女は言った。

 今にも眠ってしまいそうなほど、鞠奈はダメージを受けすぎていた。脚は真っ赤に腫れ、雨と戦闘による体力の低下は、相当な深刻さで彼女を蝕んでいる。

「でも、俺の魔法じゃこいつは倒せないってわかるだろ!」

「……そうだっけ。はは、ミスった」

 美しいぐらいに儚い笑みが、崇次の心を苛立たせた。

 鞠奈はしずかにまぶたを閉じていき、意識を休ませた。雨の中では感じるはずのないかすかな吐息が、崇次の耳に触れる。

 自分が目を閉じなければ。もっと才能があれば。最初から二人で逃げていれば。

 様々な後悔が、崇次の中をかけめぐった。

「くそっ。こっちはもう限界近いんだからな」

 魔法は好き勝手、無制限に使える力ではなく、大気中に漂う魔素と呼ばれるものを体内に取り入れ、時間をかけてそれを魔力というものに濾すことで、魔法を使うエネルギーとなる。鞠奈のような魔法使いならいざ知らず、崇次のような魔法適合率、一五パーセント前後の魔術士では、ぽんぽん使い放題とはいかない。

 西園崇次が、魔法使いでも苦戦する超人級のパワーアシストスーツに敵う理由はない。それでもどうにかしなければいけない状況が、彼の精神を追い込んでいく。

 並大抵の魔法は通じない。殴って倒せる相手でもない。逃げ出せるほどの脚がない。人を担げるほどの腕力はない。起死回生の策をひらめくだけの頭もない。

 崇次の中で、今まで生きてきた一五年間がスライドショーのように流れていく。もっとこうしておけばよかったという思いを噛み殺して崇次は、重々しく歩いて近づいてくる強化服を睨んだ。

「それでも、やるしかないじゃないか」

 鞠奈を肩に担ぐようにして抱え、崇次は自分の中から最後の一滴まで絞り出すようにツールを用い、魔法を使った。

「プログラム、ラン〔突風〕!」

 魔法使いのそれと比べれば、あまりにも非力な風が二人の背を押し、推進力として身体は宙を行く。それに追いすがるワイヤーの先端が、崇次の脚を打った。

「っ痛……たくない!」

 二本目のワイヤーが崇次の靴を絡め取る。

「欲しいならやる!」

 泥のぬめりを使って靴を脱ぎ、ワイヤーから逃れた。三本目、四本目が崇次の背中をしたたかに打ち付け、あまりの痛みに肺からすべての空気を吐きだす。

 集中力の途切れた魔法は速度も高度も下げ、飛び出してから百メートルもせず墜落していく。崇次は鞠奈を抱えて体勢をずらし、背中を地面へ叩きつけられる。そのまま泥の滑走路をすべり、二人が最初に向き合った山の中腹へと戻ってきていた。

(敵わないのなら逃げるしかない。それすら、ここまでか)

 背中の痛みで気絶することもできず、崇次は胸の中で無念を思う。鞠奈が衝撃で目覚め、何も知らない乙女のようにおだやかな表情を見せた。

「……ん。んん……? っ! 大丈夫。西園、生きてる?」

 口を開くことも辛いのか、崇次はゆっくりとうなずいた。

「喋れないの?」

 もう一度、崇次はうなずいた。

 鞠奈は辺りを見回し、歩こうとして膝から下が言うことを利かない気付く。それでも這うようにして、崇次が戦うのに邪魔になるから置いてきたターミナルを見つけた。雨に降られ、泥に濡れても使える頑丈さは、さすがの魔法学校で貸し出す物だ。

 鞠奈がそれに手を触れた瞬間、メールの着信音が響いた。ディスプレイを勝手に開いて、内容を見る。

 それは健、有紗、黒理から、二人を心配するメールだった。麓近くに居た生徒たちは無事に避難したようで、ターミナルを使う余裕もあるらしい。

「わたしまで心配してくれるんだ。……やだ、雨が強いよ」

 いつの間にか、雨は小降りになっていた。鈍色の空が徐々に白んできたが、鞠奈の目からも雨が落ちていた。

 遠くから、ずしんずしんと、重い足音が近づいてきている。

 鞠奈は崇次の近くまで戻りこのメールを見せた。

 不覚にもうるみ、崇次はどろどろの腕でこするようにぬぐってから、もう一度見て気付く。このメールには添付ファイルがあった。

 鞠奈が見てみると、それは魔法一つ分のデータサイズだ。ファイル名は〔雷撃〕とある。

 メール本文にはまだスクロールする余地が残っていて、鞠奈が動かすとそこにはこうあった。

『追伸.黒理ちゃんがさっきまで必死に直してた〔電撃〕の修正版を送ります』

 鞠奈と崇次は顔を見合わせ、うなずいた。

「君の友達に全賭けするよ」

 ターミナルを使って〔電撃〕を削除し〔雷撃〕を登録した。そこに、もはや立つことさえままならぬ二人を見つけた機械の巨人が現れる。

「最後の一滴まで持ってけ。データ、ロード〔雷撃〕!」

 青白い閃光が、あたりを埋め尽くすかのように輝く。

 目の焼けるような光のあと、あれだけ二人を苦しめた強化服は全身から火花を散らし、動きを止めた。


 それから数分後、雷光を見た学校の教師たちがすぐに駆けつけ、二人は病院へ搬送された。魔法を使ってすぐ、崇次も鞠奈も気絶してしまっていたので、詳しくは不明だが、現場からはパワーアシストスーツや兵器などは発見されず、またレインコートを着た人も見なかったようだ。

 しかし身体に残った傷が物語るので、二人の証言は正しく認められた。テロリスト集団、科学の信奉者たちは目下、捜索中である。


 一週間後、自己治癒能力促進の魔法を使ったかいもあり、二人は退院することとなった。クラスの全員が二人の帰還を喜び、話を聞きたがった。あれだけ人を遠ざけていた鞠奈にすらである。

 鞠奈は作っていた距離を自分から縮め、聞きたがるクラスメイトたちに、多少の誇張と冗談を交えながら、山で起こったことを話していった。それから彼女は、少しずつクラスに溶け込んでいくよう努力を始めた。


 それから数日経ち、誰も居ない教室に、鞠奈は崇次を呼び出した。

「ねえ。ありがとう。それとごめん。色々さ」

「ん? あ、いや。謝るのは俺の方だ。こっちこそ悪かったよ。たくさん、いっぱい」

「そういえば、よく突っかかられてた」

 くすくすと笑う。

「だから、ごめん。でも本当は、今でもずっと突っかかっていきたいんだ。目標だからな」

 あの日から、崇次は鞠奈に毎回のように勝負を挑むことはなくなっていた。

「そういえば、なんで突っかかってくるの」

 鞠奈の疑問に、崇次が答える。

「技術は才能を凌駕する。って信じたくてな。結局、才能に助けられたけど」

「君は間違えたら、あいつらの仲間になりそうで怖いよ」

 鞠奈が苦笑する。

「それはない。俺は魔法が好きだから」

「そっか」

 それきり、鞠奈も崇次も黙った。二人以外、誰も居ない教室に、校庭から生徒たちの声などが響く。

 沈黙が空間を支配していた。生き死にを共有したからか、喋らなくても苦しさも痛みも漂わない。むしろ、まどろみのような雰囲気すらある。

 しばらくそうしていたかと思えば、鞠奈は深呼吸して、ようやく、というように言った。

「帰り、一緒にどこかで遊んでいかない。――崇次」

「え?」

 耳がおかしくなったのかと思い、崇次は鞠奈を見た。彼女も恥ずかしいのか、頬が赤く染まっている。

 頭がオーバーヒートするほど瞬間的に思考し、崇次は間を埋めるようにこたえた。

「それじゃ、買い食いもしよう。約束通り、鯛焼きを奢るよ。行こうか、……その、鞠奈」

「あ、……うん!」

 崇次が差し出した手を握って、鞠奈が引っ張っていく。

 暑いぐらいに晴れていた。太陽が照りつけるように輝いている。

 五月はまだ、始まったばかりだった。




        了




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