別視点 ヤカと彼女の傷
真希氏が、矢車氏と薄荷氏に、天照大御神様のことで休日働いてもらった分の代休を取ってほしい、との事だった。私に許可を求めてきたので、{構わない}と返事したら、とりあえず今週の木曜と金曜に代休を取ってもらうことになった。
そして今日は木曜。2人が来る予定はない。朝は、真希氏にハムエッグとマーマレードトーストと、きのこのミルクスープを出した。
「わーい、おいしそー! ありがとー!」
{口に合えばいいが}
「ヤカのご飯は何でもおいしいじゃない」
言葉通りおいしそうに食べる真希氏を見ながら、私は昼食のことを考えていた。夕飯はカリフラワーチーズとほうれん草のソテーと牛肉の赤ワイン煮として、昼はできれば被らないものがいい。冷蔵庫の中身を思い返しつつ、どうしようかと考えていると、真希氏に声をかけられた。
「あのね、私お昼食べたいものがあって」
{なんだろう? 何でも作る}
「ううん、その、私しか作れないから、今日のお昼私に作らせてほしいの」
{そうなのか}
どんな献立だろう?
真希氏はさらに言った。
「3人分でしか作れなくてさ、だからヤカに2人分食べてほしいの。熱量は高いと思うからさ、ダメ?」
{それはいいが}
「じゃあ、使っていいネギと卵ある? あと、できればわかめ」
{すべてある}
「よかった。あとはカニカマ……まあ、コンビニのをUberしてもらうかな」
何を作るのだろう?
朝食の後、身繕いを済ませて、真希氏は厨房に向かった。お米の場所を聞かれたので答えると、彼女は炊飯器の釜にお米を入れだした。
「まあ2合でいいかなあ、今炊いといて、保温なしで、お昼に使おう」
彼女は慣れた手つきで米を研ぎ、炊飯器にセットして、30分後に炊飯開始するようタイマーをセットした。そうか、真希氏は料理をする人なのだな。今まで加工食品を食べるのばかり見ていたから、そういうイメージがなかった。
「これでよし。あとは11時すぎにもう一度来ますか」
{何を作るんだ?}
「んー、貧乏チャーハンとわかめスープ」
{貧乏チャーハン?}
「昔よく食べてたんだけど、久々に食べたくなって」
{そうか}
そうだ、彼女は親が亡くなるまでずっと生家が貧乏だと思っていたのだ。食事だって、それほど豪華ではなかっただろう。
彼女は自室に戻り、Uberでカニカマを頼もうとして渋い顔をしていた。
「いいカニカマばっかりだなあ……安いのがなかなかない」
{カニカマが入るチャーハンなのか?}
「ちょっとだけね。あまりはヤカと矢車ちゃんたちで適当に使って」
{わかった}
「他にも欲しいもの適当に買い物しちゃお。オレンジジュースとー、ウェルチとー、午後ティーと……」
真希氏は色々注文し、しばらくしてカニカマその他が届いた。私は届いた品を真希氏のところへ持っていった。
「ありがとう、飲み物はここでいいから、カニカマは厨房の冷蔵庫にしまっておいてくれない?」
{了解した}
で、11時過ぎ。真希氏は厨房に向かい、鍋にお湯を沸かし、炊飯器の釜を出し、ネギとカニカマを刻み始めた。どちらもみじん切り、ネギは一部取り分けて白髪ネギに。
刻み終わってから、真希氏は器に卵を2つ溶き、鍋のお湯に鶏がらスープの素と醤油と乾燥わかめを加えた。
それから彼女はフライパンを熱してサラダ油を敷き、みじん切りのネギとカニカマを炒めだした。じゅうじゅうと音がして揮発成分が立ちこめる中、溶き卵を一部加え、さっと炒めて、釜の米を全部フライパンにあけ、さらに炒め始める。これにも鶏がらスープの素を加え、こしょうも加えて、最後に鍋肌にごま油と醤油をかけて炒めて、さらに揮発性物質を増して完成の模様。残った溶き卵をどうするのかと思っていると、彼女は鍋のスープを煮立たせてから卵をかけ回し、卵わかめスープができた。
真希氏は食器を出し、チャーハンをよそい、スープも器に注いで白髪ねぎを上に乗せた。ホカホカと湯気を立てるチャーハンとスープ。
「できたできた。食堂で食べよう」
私は、食べたいものを目の前にしているのに、真希氏がなんとなく物憂げな表情なのが、ずっと気にかかっていた。
2人で料理を食堂に運んで、向かい合って食べる。
「大したもんじゃないけど、久々に食べたくなってさ」
{十分人に好まれる味だと思うが}
「そう」
チャーハンは、卵もネギも少ないものの、カニカマがたんぱく質とアミノ酸、すなわちうまみ成分を補っている。鶏ガラスープとこしょうも効いていて、最後に加えたごま油の揮発物質も豊富。スープも、わかめと醤油の塩分を卵の成分が和らげていて、半生のネギがアクセントになっている。
つまり人で言えば、食欲をそそるおいしい料理なわけであるが、食べている真希氏の顔は物思いにふけっている。まったく嬉しそうな顔ではない。心配していると、真希氏が口を開いた。
「……これさ。母親が、休日のお昼によく作ってたのよね」
{え、ああ、なるほど……}
かつて真希氏がとても愛していて、そして裏切られた親。そう……かつては愛していたのだ。
真希氏はスプーンでチャーハンをすくいつつ言った。
「親とは、普通に仲良かったのよね。普通の、仲のいい親子だと思ってた。私、母親の料理も作れるくらいだし。でも、3億超えの預金残高見てから、親との楽しかった思い出とか嬉しかった思い出とか、全部吹っ飛んじゃって……お金って、なんなんだろうね」
{そうか……あなたの思い出の味だったのだな}
「そうねえ、悲しいけど。3人分じゃないとこの味にならないから、ヤカが2人分食べてくれて嬉しい」
真希氏は悲しげに微笑んだ。……彼女の傷ついた心を癒すには、どうすればいいのだろう?
{あなたがとても傷ついているのがわかる、なんとかしたいと思うのだが、私にできることは何もない……}
真希氏はまた微笑んだ。そこに悲しみはなかった。
「一緒にいてくれるだけで十分。あとは、たまに愚痴聞いてくれたらうれしいな」
{そうか……}
そばにいれば……私がそばにいれば、そのうち彼女の傷は癒えるのだろうか?
癒えるのが、早ければいいと思う。そのためなら、私は何でもする。




