[22]
夜の金翅寺は、昼とはまるで別の場所のようだった。
風の音だけが静かに廊下を流れ、遠くで虫が鳴いている。
山の闇は深い。
外の世界から完全に切り離されたような静寂の中、真子はゆっくりと廊下を歩いていた。
真実を連れて来て、1ヶ月が経った。
明日、ここを離れる。
足を止めた先は、
真実の部屋の前。
一瞬だけ、躊躇。
――コン、コン、コン
軽く襖の縁を叩く。
「・・・・入るよ」
返事を待たずに開けた。
真実は布団の上で胡坐をかいていた。
「ん?・・まこ?」
少し驚いた顔。
「ちょっと話」
そう言って、真子は部屋の中に入る。
襖を閉めると、外界の気配がふっと遠のいた。
結界。
ここなら、周囲の心の声は入らない。
「・・・・なんか改まってるな」
「まあねー。明日、私、家に帰るし」
真実の表情がわずかに曇る。
真子はそれに触れず、壁に背を預けて座った。
「さ、説教タイムいくよ」
「えっ・・・・」
【いきなりかよ・・・・】
真実の抵抗を無視して話始める。
「修行始めて一ヶ月。うん、まあ・・・・全然ダメだね」
ズバッと言い切る。
真実は苦笑した。
「・・・・やっぱりか」
「当たり前でしょ。私、2年4ヶ月かかってるんだから」
真子は肩を竦める。
「考え方も、取り組み方も、まだまだ甘いよ」
「・・・・」
「でもね、私もそうだった」
視線を少しだけ落とす。
「1年くらい、あのクソババアに徹底的にやられたからねー」
真実が思わず笑う。
「想像つくな・・・・」
「笑い事じゃないよ。マジで地獄だったんだから」
真子は可愛く拗ねた顔をする。
一瞬の沈黙。
真子は引き締めた顔をして、真っ直ぐ真実を見る。
「だからさ・・諦めないこと」
「・・・・」
「絶対にコントロールして帰るんだーって気持ち。これ大事」
真実はゆっくり頷いた。
そして、恐る恐る尋ねる。
「・・・・天音さん、これからもっと厳しくなる?」
「なるよ。断言できる」
即答だった。
「多分、今までが優しかったって思うくらい」
「マジかー・・・・」
「・・でもね」
少しだけ声の温度が変わる。
「嫌われてるわけじゃあない」
真実が顔を上げる。
「むしろ逆。あの人、めちゃくちゃ気に入った相手にしか本気出さない」
「・・・・そうなのか」
「あなたのこと、ちゃんと見てるよ」
静かな言葉。
真実は目を伏せた。
そして――
真子は少しだけ息を吐いた。
「あとね。もう一つ」
空気が変わる。
それを察してか、真実が顔を上げる。
「実家のこと、心配しなくていい」
真実の身体がわずかに強張った。
「・・・・なんで急に」
真子は一瞬だけ迷うが、目を逸らさなかった。
「前の世界線で・・真弓さん、お父さんの仕事の借金を苦に・・・・自殺したよね」
空気が凍る。
真実の顔色が変わった。
「・・・・その話は・・・・やめてくれ」
低い声。
しかし、真子は続ける。
「私、暁月に戻って、あなたと話したあと・・」
「あなたが寝てる間に、真弓さんと話したの・・」
「・・真弓さんの未来・・視たよ」
真実の拳が強く握られる。
静かな声。
「・・・・やっぱり、同じだった」




