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第47話 一難去ってまた一難!

 リュウコの騒動が終結し、「魔族領」を中心にナキウの駆除が一気に進んだ。「人間領」では国を挙げてというほどではないが、ナキウへの風当たりは格段に強くなった。


 肉体から解放されたナキウの魂は、ナキウ目線では理不尽に殺された怨みから昇天することができず、寄り添い合い、一つに集合した。


 塵も積もれば山となる。


 一つ一つでは話にならない非力な存在でも、数十万も集まれば立派な怨念体となる。怨念体は人間と魔族への復讐のために、大気中を彷徨い、奪える肉体を探し求めた。


 そして、見つけた。


 首輪を付けられ、その首輪に繋がる鎖が茂みに引っかかって藻掻いている、人間の体型に近いナキウの幼体。


 復讐するならナキウの体で行う。見下し、嘲笑し、弄ぶように殺していたナキウから復讐される人間や魔族はさぞ悔しかろう。


 怨念体は幼体へと近寄り、その小さな体に入り込む。全ての怨念体が入り込むまでは時間がかかるだろうが、いずれは奪い取れる。


 復讐の機会は必ず来る。





 光一は、サーッと血の気が引くことを感じ取れた。


 目の前にいる魔熊は、どう見ても足から頭まで八メートルはある。猿人よりデカい。加えて、体を覆い尽くすように魔力が溢れている。




「あれか。お母さんが前に見せてくれた『身体強化』ってやつか」




 風の魔力で感じ取れる存在感は、「黒龍の鎧」で倒せた猿人の数倍はある。


 しかも、どう見ても光一にロックオンしている。




「ガァァァァァァァァァァ!」




 雄叫びの音圧だか風圧で、光一の足は二、三歩後退する。それだけの圧力が本当に発せられたのか、恐怖心からか。


 半分を切った魔力量では、どう考えても相手できるわけが無い。大急ぎで大気中から魔力を吸収して、魔力だけでも回復しようとするが、修行のように上手くいかない。




「何かに阻まれている……? あの熊、周辺の魔力を支配下に置いているのか……!」




 一定水準以上の力を持つ魔獣は、自身を中心とした一定範囲の魔力を支配下に置き、敵の回復を阻害することができる。これを突破するには、その魔獣よりも魔力量で上回るしかない。


 光一が魔熊から視線を逸らさずに、どう逃げるかを考えていると、不意に魔熊が姿勢を低くした。


 一瞬の判断、あるいは直感に救われた。


 後ろへ跳んだ直後、一瞬前まで立っていた場所が爆発したように破裂した。飛散する土や石が体を打ちつけ、細かい傷を負う。


 相当に深い穴が穿たれているだろう。


 しかし、それを確認することはできない。


 土煙を突き抜け、魔熊が襲いかかってくる。


 光一は「回避」スキルに全力を注いで逃げの一手を打つが、魔熊の一撃は一つ一つが一撃必殺の威力だ。木々が小枝のように折れ、砕け、彼方へ弾き飛ばされる。発生する風圧でさえ、光一の体を吹き飛ばせるだけの威力を誇る。




「まともな戦闘にならない……! 残ってる魔力じゃ『黒龍の鎧』は数十秒程度。でも、その魔力も『回避』に回さないと……!」




 魔熊の腕が、光一の頭上から振り下ろされる。その腕には、腕の周囲の景色が歪むほどの魔力が込められている。


 光一は「回避」スキルで躱すが、腕を振り下ろす風圧、地面を穿って発生した衝撃波が光一に襲いかかる。姿勢制御が困難になるほどに、光一の体はきりもみ状態になって吹き飛ばされる。


 光一が吹き飛んだ方向へ、魔熊も走り、追撃を繰り出そうと腕を振り上げる。


 しかし、そこには光一の姿は無い。見当たらない。魔熊は見渡すけれど、それでも、光一の姿は見えない。


 光一は、「隠遁」で姿を隠し、音を立てないように気を付けて距離を取る。ジワジワとした動きだが、魔熊から距離を取ることだけに神経を集中させる。


 魔熊の鼻がヒクヒクと動いている。よく見ると、魔熊の体毛が風に逆らうような動きをしている。




(まさか……! 嘘だろ……!?)




 魔熊は、キッと睨みつけるように光一に視線を合わせた。姿を消すだけでは誤魔化せないようだ。「山の獣」と同様に、視覚以外の感覚で索敵できるらしい。


 魔熊は見えないなりに、光一へ必殺の一撃を繰り出してくる。僅かな誤差と、「回避」スキルのおかげで命中こそしないが、飛散する土砂や石の破片が当たっても相応にダメージが蓄積される。


 それでも、「隠遁」スキルが無駄というわけでもないため、光一は両方のスキルを発動させたまま、全速力で逃げる。姿は見えず、攻撃は当たらないにも関わらず、魔熊は光一の後を正確に追いかけてくる。




(クソッタレ! あれだけの魔力あるなら「魔力弾」や「魔力砲」くらい放てるだろうに。舐めてるのか? 或いは、あの猿人との戦いを見て飛び道具使うのは危険と学習したのか? どのみち、厄介な奴だな!)




 ジリジリと差を詰められ、露出している肌の部分には細かい傷が付いて、流血する。


 魔熊は、その流血を見逃しはしなかった。


 体から離れた血液には「隠遁」スキルの範囲外であり、光一の位置を知らせる証拠になる。


 魔熊は滴り落ちる血液から、更に精密に光一の位置を想定し、大木の如き巨腕を振るう。




「グッ! ……クソッ!」




 命中は紙一重で避けたが、風圧で体勢を崩される。


 ほんの一瞬の隙。


 魔熊は手近にあった木を引き抜き、光一がいるだろう位置に当たりを付け、木を振り回す。


 光一に迫りくる木。


 当たれば即死。


 選択の余地は無い。




「ガァ!?」




 大地を殴りつけたような手応えに、魔熊は驚きを隠せない。光一に、それだけの肉体強度があるとは思えない。


 立ち込めていた砂埃や土煙が晴れると、そこには「黒龍の鎧」を纏った光一が立っていた。




「この鎧のダメージ軽減効果は相当なものだ。今の一撃でも痛みすら感じなかった」




 しかし、余裕はいよいよ無くなった。みるみる魔力が減っていくのが分かる。


 無茶苦茶に仕掛けられる魔熊の攻撃は「黒龍の鎧」のおかげで光一はダメージを受けないけれど、反撃をしないとジリ貧だ。


 鎧に装備されている剣を振るうが、片腕だけで振るう威力では魔熊には微々たるダメージしか与えられない。付けられた傷は薄皮を切った程度だし、流れ出る血も数滴だ。




「ゴアッ!」




 魔熊が繰り出した渾身の一撃は、鎧越しに光一に衝撃を与え、後ろへ殴り飛ばすには十分な一撃だ。


 木に衝突し、その木がへし折れて倒れるほどの衝撃に、光一は視界が揺れる。




「クッ! ウゥ……?」




 剣を杖代わりに地面に突き立て、ゆらゆら揺れながら光一は立ち上がる。


 迫りくる魔熊。


 突き出される巨腕。


 光一は防御しようと盾を構えようとするが、僅かに遅く、腹部にめり込む。


 魔熊は勝ったと思ったのだろう。光一を上空へ高々と放り投げ、口腔内に魔力を集中させる。




(今だ!)




 魔熊は混乱したことだろう。


 目の前には、死に体も同然の光一と、しっかりと盾を構えている光一がいるのだから。


 集中させた魔力を霧散させる余裕は無い。放つか、口腔内で暴発させるしかない。そうなれば、致命的なダメージを受けるのは魔熊だ。


 魔熊は「魔力砲」を放った。


 それは、光一が構えている盾に吸収され、盾は重量を増していく。


 重量を増した盾は光一の落下速度を加速させ、落下エネルギーも加えて、魔熊の顔面に盾が衝突した。




「グゥッ……ガッ!?」




 脳が揺らされ、フラフラになる魔熊。堪らず片膝をつく。加えて、地面に片手をついてダメージに耐える。


 光一は「黒龍の鎧」を収納する。




「魔力が……。そうか、盾で吸収した分が俺に還元されたのか」




 全快には程遠いものの、多少は魔力が回復し、光一は剣に「鎌鼬」を纏わせ、魔熊へと歩み寄る。


 魔力が多少回復しただけで、体力も蓄積されたダメージも回復したわけではない。余裕も猶予も無い。




「グゥッ、グアッ!」




 予想以上に受けたダメージは酷いようで、魔熊の威嚇には迫力が無い。瞳もグラグラと揺れており、脳震盪によるダメージは大きいのだろう。




「辛うじて『幻術』が間に合って良かった。本当にあんな一撃を腹に受けていたら、流石にヤバかった」




 光一は剣を振り上げ、魔熊の頭に狙いを定める。


 魔熊は負けを認めたのか、逆転を諦めたのか、威嚇を止めて大人しくなった。




「潔いな。お前、強かったぜ」




 光一は剣を振り下ろした。


 魔熊は悲鳴の一つも上げずに、地面に倒れ伏した。


 魔熊が絶命したことを確認し、光一はようやく息を吐いて、剣を鞘に納めた。


 足腰から力が抜け、フラッと体が後ろへ流れる。


 そんな光一の体を誰かが支えた。


 視線を移せば、そこにいたのはルビエラだ。




「何処から介入しようか迷っていたけど、勝てたから安心したわ」




 ルビエラの肩を借りて、光一は森から出るために歩き出した。ルビエラは抱っこかおんぶを提案したものの、光一が断固反対した。


 森の出口が見えてきた時、ガサガサと音がして、変異幼体が姿を現した。




「酷いよ! 投げるだけ投げて、助けてくれないなんて!」




 体中に傷を作り、股間の傷口も開いている。


 痛かったし、魔獣溢れる森の中に置き去りにされて心細かったのだろう。ボロボロと泣きながら文句を言ってくる。


 しかし、ルビエラや光一がその文句に耳を貸すわけが無く、光一が黙って鎖を拾い上げ、変異幼体を引っ張った。


 森から抜け出て、ルビエラが用意してくれた簡易テントに入って、寝転がった光一は疲労が噴き出したのか、泥のように眠った。


 変異幼体もテントに入ろうとしたが、ルビエラに鬼のような形相で睨まれ、鎖を木に鎹で固定された。足がギリギリ浮かない程度の高さに調整され、変異幼体は身動きが取れなくなった。


 光一が目を覚ましたのは、ルビエラが夕食の準備を終えた時だった。




「あの熊の肉は疲労回復にいいのよ」


「あ、美味しい」


「アク抜き大変だけどね」


「おかわり!」


「はいよ!」




 楽しく夕食を食べているルビエラと光一を、千切った葉っぱを食べる変異幼体が寂しそうに見つめていた。


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