第45話 いざ修行!
「え、『察知』スキルが使えない?」
「うん。スキルはあるんだけど、なんか、モヤがかかったような感じで」
「あー、もしかしたら、『黒龍の鎧』かもね」
「え、鎧が?」
「とりあえず、出してみて」
「うん」
朝食後の休憩中、光一は「黒龍の鎧」を身に纏う。
「その状態で『察知』は使える?」
「えーっと……あ! 使える!」
昨日は使えなかった「察知」スキルが、「黒龍の鎧」を纏った状態であれば発動できた。試しに、変異幼体を探ってみると、森の中で雑草を食べていることが分かった。
「厄介なことに『魔術装甲』の中には、装着者のスキルを取り込むものがあるのよ。『黒龍の鎧』はそのタイプだったみたいね」
「これからは、コイツを纏わないと『察知』が使えないのか」
「手間だけど、歴代の装着者のスキルが使えるから、悪い事ばかりじゃないわよ」
「その点は嬉しいかな」
メインの魔力属性は「風」であり、補助や探索には便利だが、攻撃力が低い。この鎧によって付与された「水」は、敵の攻撃を防いだり、風の弱点である「火属性」に強いのだが、水辺じゃないと効力は半減するらしい。自然界の水属性の魔力が水辺に多く、水辺から離れるほどに減少するためだとか。
攻撃力が低いことを悩んでいる光一にしてみれば、もしかしたら、攻撃系のスキルがあるかもしれないのは喜ばしいことだ。
鎧を収納し、背伸びをした光一は結界を展開する。目的地のタカラベ村は、まだまだ遠い。
「じゃ、行こうか」
「うん」
ルビエラを促し、歩き始める。
鎖に引っ張られ、森の茂みの中から変異幼体が出てきて、俯いて黙ったまま、後をついて来る。昨日、この森に住むナキウの成体からボコボコにされてから、ずっと黙ったまま。やたらと何か言われていたみたいだが、何か心に突き刺さるようなことでも言われたのだろうか。
旅は順調に進む。結界を維持する修行、時には大気中から魔力を取り込む修行。効率良く魔力を取り込めるようになると、体内の魔力容量が増えて、より強い魔術を使えるようになるらしい。勿論、「黒龍の鎧」を維持する時間も増える。
河に差し掛かると、ルビエラがどこからか持ってきた手頃な石を投げ込んで、その上を跳んで渡る特訓。戦闘中の身のこなしを向上させるためだとか。石の上を跳びながら、ルビエラが放つ魔力弾を躱す訓練。「回避」スキルに依存しないようにするのが目的だ。
何度も河に落ちながらも、光一はめげることなく訓練に勤しむ。その傍らで、木に鎖を巻き付けられた変異幼体は、河を覗き込んで、水面に映った自分の顔を眺める。
頬を撫でたり、何度も瞬きをしたり。
そして、深々と溜息を吐く。
「僕はナキウ、ナキウ。人間じゃない、魔族でもない、魔獣でもない。僕は……ナキウ……」
そう言い聞かせる度に、心の中に昨日の成体の言葉が蘇る。
『お前みたいな不気味な奴がナキウなわけがないだろう!』
人間のルビエラと光一には聞き取れなかったが、変異幼体の心にはこの言葉が深々と突き刺さっている。
「人間でも、魔族でも、魔獣でも…………ナキウでもなかったら…………僕は何なんだ……!」
目尻に涙が浮かぶが、その事に気付く者は誰一人としていない。
河を越え、数週間後、フジ山麓を取り囲む巨大な森林へと辿り着いた。王都へ向かう際にも通りかかったが、相変わらず広々とした森林だ。
この森林も、「魔族領」のオリオス連峰のように複数の魔獣の縄張りが入り乱れている。だからこそ、王都へ行く時には森林を避けて通った。
しかし、今は光一の修行を兼ねた旅路だ。
ルビエラ曰く、「格好の実戦経験を積むには丁度いい場所」ということで、外縁部でわざと魔獣を挑発することになった。奥へと行くと上位の魔獣がいるらしく、それらを相手にするには光一はまだ早いとの判断だ。
光一は変異幼体を繋いでいる鎖をルビエラに預けようとしたが、どういうわけか、光一について行きたいと申し出てきた。
「邪魔にしかならないんだけど」
「色々な景色を見るのも、フハ様から言われたことだよ」
「邪魔になれば捨てるぞ」
「いいよ。もう」
「…………? いやに聞き分けがいいな」
光一は少しばかり訝しみながらも、鎖を引っ張って森林へと入って行く。ルビエラは万が一に備えつつも、森林の外で待機している。
王都へ行く時にも入ったが、鬱蒼とした雰囲気は相変わらずだ。光は差し込んでいるが、薄暗いことに変わりは無い。
この辺りを縄張りにしている魔獣が何なのか分からないが、挑発することに変わりは無い。挑発に手っ取り早いのが、木々を薙ぎ倒したり、この辺に巣食っているナキウを殺すこと。
光一は剣を引き抜き、「鎌鼬」を発動し、適当に木を切り捨てていく。木々が倒れる音が響き渡り、枝に停まっていた鳥が鳴き声を上げながら飛んでいく。
十数本目の木を切り倒した時、その影から一匹のナキウの幼体が姿を現した。木を切りまくる光一に恐れ、隠れていたのかもしれない。
「ピ……ピキィ……」
すっかり怯えた表情を浮かべ、腰が抜けてへたり込んでいる。
「適当に痛めつけるか」
そうすれば、助けを求めて巣まで案内してくれるだろう。
そう思った光一が呟いた声が聞こえたのか、変異幼体が前に進み出た。
「何のつもりだ?」
「痛めつければいいんでしょ」
「お前がやるのか?」
「少しでも役に立って、仲間と認めてほしいから」
「……ハッ、好きにしろ」
小馬鹿にしたような光一の口調に、変異幼体は返答せず、腰を抜かしている幼体へと歩み寄っていく。
腰抜け幼体は、最初は変異幼体を見て安心したかのような表情を浮かべたが、変異幼体の全体像を見て、怯えたような表情を浮かべる。
「ピキピキ、ピキィ!」
「お前もか」
「プコプコ、ププコ!」
「お前も、見た目で僕を『ナキウじゃない』と決めつけるのか!」
「ポコポコ、ポロン!」
「うるさい!」
変異幼体は力一杯に、腰抜け幼体の頬を殴りつけた。頬を殴られ、切れた口内から血が流れ出ているが、変異幼体はその事に構うことなく、ポコポコと殴り続ける。
「ピキッ! ピキィ! ピキピキィィィィィィィィィ!」
「お前なんか! お前なんか!」
「ピコォォォォォォォォォォォォ!」
「僕の気持ちも知らないで! 見た目で勝手なことばかり言って!」
「プコプコ! プコォォォォォォォ!」
「お前なんか!」
更に殴ろうとした変異幼体の手を、光一が掴んで制止する。
パンチの連打が止まった隙に、腰抜け幼体は何とか立ち上がり、何処かへ走り始める。その行き先は間違いなく、巣がある所だろう。
幼体から少し距離を置いて、光一と変異幼体は後を追う。
森林の少し奥へと入っていった先に、木の枝や葉っぱ、蔓を使って作られた壁のようなものが現れる。幼体はその壁を必死に叩き、
「ピキピキ、ピキィ! プコプコ!」
と、泣き叫ぶ。
すると、壁の一部がドアのように開いて、そこから成体が姿を見せた。
この壁に覆われた全体が、腰抜け幼体が暮らしている巣なのだろう。ナキウは洞窟をメインに巣を作るが、洞窟が無い所では木の枝や葉を使って巣を作る。話には聞いていたが、それは稀な場合であり、光一は初めて見た。
「フゴフゴ! フゴォ? ビキビキ!」
痣だらけで、ボコボコに腫れている幼体の顔を見て、成体は心配する様子を見せる。
「ピコ! ピコピコ、プコォ!」
涙を流しながら、幼体が辿ってきた道のりを指差すと、そこには光一と変異幼体が立っている。
「ピキィ!」
腰抜け幼体は悲鳴を上げ、大慌てで成体の後ろへと隠れた。
「フゴォ!」
怒り心頭の成体が向かってくる。
変異幼体は、王都近くの森で成体にボコボコにされたことがトラウマになっているのか、後退りする。
しかし、首輪を光一に掴まれ、持ち上げられる。
「く、苦しい……何、するの……?」
「役に立つんだろ?」
「え、ま、待って」
「ほれ、行って来い」
そのまま、変異幼体を成体へと投げつけた。
「きゃあぁぁぁぁ!」
「フゴフゴ! フゴォ!」
「待って! 僕じゃ勝てないよ!」
しかし、光一はもういない。
自分を殴りつける成体の拳から顔を守るように腕でガードしつつ、その姿を探すと、光一は成体が開けっ放しにしているドアから中へと入って行くところだった。
「ちょっと! 待ってよ、助けてよ!」
「自力でどうにかしろ。ほら、これをやるよ」
そう言って光一は、足元の腰を抜かしている幼体の首を斬り落として、その首を投げる。首は数回バウンドして、地面の上を転がり、成体の足元で止まった。
成体は、変異幼体を殴る手を止め、幼体の首を持ち上げ、涙を流しだす。
「フ、フギ、フギィ……フギィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
首を抱き締め、慟哭を上げる。群れの中では気弱で、心優しい幼体だった。誰からも愛され、とても大切にしていたのに。腕の中の首は、もう何も言わない。
泣き叫ぶ成体を尻目に、変異幼体はこっそりと逃げ出す。腕は痣だらけになり、頬も腫れてボコボコだ。口の端からは血も流れ出ている。
しかし、逃げている変異幼体に気付いた成体は、丁寧に幼体の首を地面に置き、変異幼体に駆け寄る。
「フゴォ!」
「ひゃっ! やめて、僕はその子を殴っただけだよ。殺したのは僕じゃない!」
「フゴォォォォォォォ! フゴフゴ、フゴビキビコ! ボロンボロンボロロ、フゴニュル!」
「な! 何も、そこまで! い、言わなくたって、いいじゃないか!」
涙を流し、思いつく限りの罵詈雑言を変異幼体に浴びせかける成体。変異幼体を押し倒し、その顔をめがけて拳を振り下ろし、ガードされると体を殴る。潰すつもりで、殺すつもりで力一杯に殴りつける。
変異幼体は成体を落ち着けようとするが、逆上している成体が聞く耳を持つわけが無い。
「フゴフゴ! フゴフーゴ、ビキビキ! ビコビコ? ビーコ!」
「何で……ッヒ……何で……ッ!」
「ビキィ? ビキビキ? フッフッフフゴフゴフーゴ!」
「う、うぅぅぅ、うあ、うあぁぁぁぁぁっ!」
生まれや育ちが悪いと決めつけられ、親や兄弟のことを口汚く罵られる。
変異幼体がその事に耐えきれなくなり、嗚咽を漏らし、泣き始めると、成体は愉快そうに笑い声を上げる。
「フゴォ? フゴフゴ? ビキィ? フーゴフゴフゴフゴフゴ!」
変異幼体の股間を指差し、そこにあるべきオス又はメスの生殖器が無いことを揶揄し、傷跡を突きながら笑い声を上げる。
「笑うな!」
変異幼体が出せる限りの声量で怒鳴る。
その大きさと気迫に、成体の笑い声は止まる。
変異幼体はその隙に、成体のマウントから抜け出ると、仁王立ちして成体を睨みつける。
「お前に! お前に何が分かる!? 幸せだったんだ! パパやママや兄弟たちと暮らし、他のナキウたちとも仲良く町で暮らしていたんだぞ! それが、それがいきなり崩れたんだ!」
今でも、あの時の光景は夢に見る。花畑に現れた光一に捕らわれ、知らない町へ連れ去られた。母はサンプルとして解剖され、ゴミのように捨てられた。父は様々な実験を受けて、辛うじて生きているだけで、もう元の形はしていない。
「お前は知っているのか! 体や腕や足を切り開かれて、骨を割かれて、その中を弄り回される痛みを! 骨を折られ、内臓を取り出される苦痛を! 脳を奪い取られ、文句さえ言えない悔しさを! お前は知っているのか!」
涙を流し、一気に捲し立てる変異幼体の勢いに飲まれ、成体は黙りこくる。
「それなのに、それなのに、お前らは何なんだ! そんな見た目のナキウはいないとか、欠陥があるからそんな見た目になるとか! 口では家族は大事だとか、仲間は大切だとか言っておいて、誰も僕らを助けてはくれないじゃないか! 嫌いだ! お前らなんか大っ嫌いだ!」
言い終わるやいなや、変異幼体は大声を上げて泣き叫ぶ。ルビエラと光一には仲間と見てもらえず、同族であるはずのナキウからは見た目で爪弾きにされる。幼体は殴っただけで泣き、成体はその程度のことで怒る。
変異幼体にとって多大なストレスが、涙や泣き声となって放出されていく。
そんな変異幼体を見て、成体はゆっくりとした動きで変異幼体へと歩み寄り、そっと抱き締める。
思わぬ温もりに包まれ、しゃくり上げながらも、変異幼体は泣くのを止めた。恐る恐る見上げると、そこには罪悪感を抱いている成体の顔があった。
「フゴフゴ、フゴッフ。フゴルル、ビコビコ」
「何で、今更、謝るんだよ。こんなに殴っておいて」
「フゴフゴ、フゴビキビキィ」
成体は頭を下げ、好きなだけ殴れと申し出てきた。
変異幼体は、下げられたその成体の頭に向かって拳を振り下ろす。二度三度と、力の限り殴り続ける。
何度殴っても、成体は微動だにしない。本当に、変異幼体に好きなだけ殴らせるつもりのようだ。
それだけ反省している。
変異幼体はその事を感じ取り、殴るのを止めた。
「フゴ?」
「もういい。どれだけ殴っても、僕にはもう仲間なんてできないんだ」
「フゴォ…………フゴッ!」
変異幼体の言葉を聞き、成体は何かを閃いたようだ。
成体は変異幼体の手を取って、優しくその手を包みながら、言う。
「ビコビコ、ビキビキ、フゴ?」
「…………え?」
この村で一緒に暮らさないかという申し出に、変異幼体の心は揺れ動く。ルビエラと光一から離れることができるのは魅力的だが、城にいる父や兄弟のことが気に掛かる。
成体は変異幼体の手を引いて、壁のドアを開き、中へと案内してくれる。
この成体は群れの中でも上位の立場のようで、その裁量である程度の融通は利かせられるらしい。村に馴染むまでは世話もするし、他のナキウとの架け橋にもなると言ってくれる。
「でも、パパや皆がお城にいるんだ」
「フゴ! フゴフゴ!」
この村のオスは力自慢が多く、助け出すのを手伝ってくれるとも言ってくれる。
もしも、それが上手くいけば、かなり嬉しいことだ。
変異幼体の表情が少し柔らかくなったのを見て、成体は微笑みを浮かべる。もう片方の腕に抱いている幼体の生首を見ると複雑な気分になるが、この変異幼体だって好きで暴力を振るったわけじゃないのだろう、と思っている。
歩いていると、木の枝を組み合わせて、それに草や葉を被せたような建物が見えてきた。これが、この成体の言う村なのだろう。
「フゴ! フゴフゴ!」
村を自慢するように、成体が胸を張る。
その瞬間、家の壁を突き破って、オスの成体が飛び出てきた。体が袈裟斬りにされ、上半身と下半身が分かれている。
「ビキィ!?」
驚く成体。
現実を見て、再度、絶望する変異幼体。やはり、ナキウでは光一には勝てないのだ。
仲間の死体に駆け寄る成体に、メスの泣き叫ぶ声が響いてきた。
「ビコ!?」
それが、自分の妻の声だと気付き、その声のする方向へ急いで走り出す。
向かった先は、他よりも一際大きな建物で、地面を這うようになった幼少体を育てるための施設だ。その隣には卵袋を抱えるメスが集まるための施設や、まだ体の上で過ごす幼少体と母のための施設がある。
どれもが、成体にとっては地獄のような光景だった。卵袋はメスごと斬り裂かれ、体の上の幼少体ごとメスが斬り捨てられている。もう、賑やかな声は聞こえない。
その光景から目を逸らし、妻のいる施設へと急ぐ。
「フゴォ!」
施設へと飛び込むように入ると、
「ん? あ、来たのか。遅かったな」
光一が、成体の妻を斬り殺した後だった。
首を失った妻が地面の上に転がっている。その近くには、まだ、這って逃げようとしている幼少体。父を見つけて、必死に向かってこようとしている。
「ピョキョピョキョ!」
「ピョキピョキ!」
「ピュキュピュキュ!」
幼い声ながらも、必死に助けを求めて、幼少体が這っている。
成体は、光一には目もくれず、幼少体に向かって駆け寄る。
その様子を見ながら、光一は足を上げた。その足は、最後尾を這っている幼少体の上に下ろされる。
「ピョキョー!」
悲鳴を上げながら、幼少体はペシャンコに潰れた。
「フゴォォォォォォォ!」
成体は幼少体を守ろうと、怒声を上げて、光一を威嚇する。
「え? 何?」
光一は幼少体を踏み潰しながら、成体へと歩み寄る。一度にニ、三匹の幼少体が踏み潰される。
「フ、フゴ! フゴフゴォォォォォォ!」
成体は涙を流しながら威嚇するが、光一に効果があるわけが無い。
全部で三十五匹いたはずの幼い息子や娘たちが、全て踏み潰されるのに時間はかからない。
光一が靴の爪先で地面をトントンと鳴らすと、靴の裏側にくっついていた幼少体の死骸が剥がれて落ちる。
「フゴォ! フゴ? フゴフゴ? フゴォ!」
成体は、内臓をぶち撒けて死んでいる幼少体の死骸を掻き集め、涙を流しながら声をかけている。
ふと周囲を見渡すと、妻と同じように斬り殺されたメスや、そのメスを守ろうとして殺されたオスの死骸が溢れている。加えて、踏み潰されたり、壁に投げつけられて破裂した幼少体の死骸も夥しい量がある。
地獄だ。
ここは地獄に違いない。
成体が、憎しみの籠もった視線を光一に向けた時、その光一が成体の背後に向かって声をかけた。
「よう。お前がコイツを足止めしていてくれたから、お前の計画通りにいったぜ」
「え? な、何の話?」
「お前だろうが。お前が囮になってドアを開けさせ、出てきた成体の足止めをお前がしている内に俺が中にいる連中を皆殺しにするって計画したのは」
「え、え、いや、いや、してないよ、そんな計画なんて」
成体が恐る恐る振り返ると、そこには変異幼体の姿。
「フ、フゴ? フゴフゴ?」
信じられないといった様子で「本当か?」と尋ねる成体。本当に、仲間として、息子として迎え入れようと思っていたらしい。
変異幼体は、慌てて手を振りながら、光一の言葉を否定する。
「遠慮するなよ。他のナキウなんてバカだし、壁なんて作っても、囮で簡単に騙せるって笑っていたじゃないか」
「フゴォォォォォォォォォォ!」
成体は、手から幼少体の死骸が零れ落ちることも厭わずに、変異幼体へと飛びかかる。
「フゴッ! フゴフゴ! ブギブギ! ビキビキビコビコ!」
「待って……違う…………本当に知らな」
「フゴフゴ!」
成体は変異幼体の言葉に耳を貸さず、体重まで乗せて首を絞める。
その後ろから、光一が歩み寄っていることにも気付いていない。
光一は、ナイフを成体の背中に突き刺す。ナイフに纏わせている「鎌鼬」の切っ先が、変異幼体の目の前で止まる。
「嘘だよ。冗談。コイツもバカだから計画なんて立てられないよ」
「ブギ……ブコブコ…………ビキィ……」
成体は、妻や子供を呼びながら、死んだ。
変異幼体は、覆い被さってきた成体の死骸から抜け出ると、光一に駆け寄り、その足を思いっきり蹴った。
「酷いよ! 僕を投げたり、僕を使って騙そうとしたり! 僕は道具じゃ」
光一はその文句の全てを聞く前に、変異幼体を蹴り返した。変異幼体は葉で出来ている施設の壁を突き破り、隣の施設へと飛び込む。
そこも、光一に殺されたメスの死体が散乱している。地面は、破られた卵袋の中身で泥が出来ている。
「ひぃ!」
蹴られた痛みも酷いが、それ以上に、虚ろな目のメスの死体が怖い。卵袋が壊された後で殺されたのだろう。卵袋を壊された絶望が、その死に顔に刻まれている。
壁を蹴破り、光一が姿を見せる。
変異幼体の首輪を掴み上げ、睨みつける。
「まだ立場が分かんねーのか、あぁ?」
「あ……う……」
「道具にさえなれねーなら、お前には何の価値もねーんだよ」
「そ……そんな……」
「何でフハ先生がお前を俺の旅に同行させたと思う?」
「外の……世界の…………情報を……」
「そんなもん適当な行商人に金を握らせてお前らのどれかを押し付ければいい。わざわざ俺である必要は無いだろうが」
「ど……どう……」
「もうじき、お前らでやる実験が無くなるんだとよ。替えの複製体もあるしよ。だから、実験以外での使い途がないか確認したいんだと」
首輪で首が絞まり、息苦しい中で聞かされた話に、変異幼体は愕然とする。
「だから、道具にさえなれないなら、お前は殺しても構わねーんだよ」
「…………ッ!」
「あ? 何泣いてんだ、生意気な。選べ。ここで死ぬか、道具になるか」
そう言って、光一は首輪から手を離す。
落下して地面に尻を打ちつけ、丸くなって痛みに耐える変異幼体。
その頭に光一が足を乗せ、再度、問い掛ける。
「死ぬか? 道具になるか?」
「…………! ぼ、僕は…………パパに、兄弟に会いたい…………! う、うぅ…………ど、道具になります…………」
「じゃあ、早速、使うか」
「え?」
光一が変異幼体の首根っこを掴んで持ち上げるのと、施設の屋根が吹き飛ばされるのは同時だった。
そこにいたのは、全長五メートルはあろうかという大きな猿人だ。人間と猿の中間みたいな見た目をしていて、手には棍棒のつもりなのか木が握られている。
この猿人が、この辺りを縄張りにしている魔獣なのだろう。単独なのか、群れなのかは分からない。
「つ、使うって、え、待って」
「コイツの注意を引け。しっかり注意しとかないと死ぬぞ」
そう言って、光一は猿人に向かって、変異幼体を投げつけた。
光一と猿人の戦いが始まる。




