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 こんなに都合のいい話があるだろうか。

 1か月間、モイラ公爵家の侍女として仕えることができたら、男爵家の借金を返す──都合が良すぎる。

 しかし、自分に役立てることがあるとすれば、道は他に残されていない。


 ミシャは鞄ひとつだけを手に、モイラ家の門番に礼を執った。


◇


 通されたのは小ぶりな応接室だった。


 ここが、疫病神に愛されているというモイラ一家。


 帝国には3つの古き良き一族がある。

 剛腕の神に愛される王族。

 知恵の神に愛される公爵家。

 そしてここが、疫病の神に愛されるもうひとつの公爵家、モイラ。


 力で捻じ伏せられるが怖いか、圧倒的な頭脳に平伏すのが恐ろしいか。

 人々は彼らに尊敬と羨望こそ抱くけれども、本当に恐怖心を抱いているのはこのモイラ家である。

 関わったら最後、ありとあらゆる不幸が身に降りかかる。原因不明の病に罹患して、治療にものすごく時間とお金がかかる。


 だから貴族たちはモイラ公爵家の機嫌取りを欠かさない。

 関わらないくせにプレゼントやら賄賂やらを送りまくり、パーティーでは挨拶やゴマすりを忘れない。


 けれど、交流は持たないという不可思議な関係性が何百年と続いている。

 もちろん、彼らに嫁ぐ数奇な令嬢はほとんどおらず、いたとしてもわけあり。主たる手段は公爵家の娘たちが外に嫁ぎ、産まれた子どもを養子として引き取ったりしてなんとか存続し続けてはいるが、残されたモイラの直系は3人の息子しかいないと聞いている。


 部屋を見回した。

 贈り物を適当に置いているからか、統一感がない。花瓶の色が白、模様は金色、花はピンク、飾られた絵画は黒の混ざった赤色がメイン、その隣には紫の花が描かれた絵画。


 目がちかちかする。


 ノックがあった。

 迷って、自らドアを開けた。


 知っている。クロト・モイラ公子だ。

 黒髪、赤い瞳、すらりとした長身、無表情。

 何度もパーティーで見かけたことがある。


 すぐに挨拶をした。


「初めまして、私はグジスワ男爵家のミシャと申しま──」

「驚いた。なにも壊れてない」


 公子は室内を見回して目を見開いた。


「……え?」

「絵も落ちてない。花瓶も割れていない」

「え、ええ」

「体調は悪くなっていないのか」

「元気です」

「我慢してるのか」

「いえ、特には……」

「嘘ではなさそうだ。すごいな……。偶然か……?」


 本当に異変がないかを部屋を見て回っている。

 ミシャは早く契約を交わしたくて、契約書を持ってクロトの後ろをついて回った。


「あ、あの、契約を──」

「窓の鍵ひとつ壊れてない」

「あの、あの、私、自作した契約書を持参しておりまして──」

「すごい……本当に何事もない」

「あの……!」


 そこで初めて用件を思い出したらしかった。

 ミシャの手から契約書を受け取り、内容を改める。


「問題ない。このまま契約しよう。」

「ありがとうございます!」


 署名をし、晴れて契約が結ばれたことに安堵する。

 最低でも30日間働き続ければ実家は安泰だ。借金さえなくなれば、事業も軌道に乗ってきたし、きっと大丈夫。


「付いて来て」

「はい! 侍女ということですが、公爵夫人にお仕えするのでしょうか」

「いや、俺達。」

「は……はい! 公子様達にお仕え出来て光栄です!」


 侍女なのに、公子に仕える?

 ミシャの家では男性は男性に、女性は女性に仕えるものが常だったため少々驚いた。

 世間的には侍女が男性に仕えるのは常識なのかもしれない。

 女性に仕えるものとばかり思って、髪型のセットや、メイク、ドレスの選び方、着付け、すべて女性向けのものを覚えてきてしまった。入浴の補助も。

 一般的には侍女も男性の入浴を手伝うのだろうか。着替えも?


 ええい、指示通りに動こう。


「俺達は3兄弟。知ってるよね?」

「はい! クロト公子様、次男のラケシス様、三男のアトロポス様です。存じ上げております。」

「うん。俺は基本的に服を選んでくれさえすればいい。ラケシスは入浴が適当だから、そこは重点的に。毎日風呂に入れてくれ。アトロポスは外に連れ出して。部屋に強引に入って首根っこ掴んでも構わない」

「はい! お外に連れ出すというのは、お庭の散歩という意味でしょうか」

「いや、遊びに行かせて。パーティーにも出させて。あとは店で自分の服を自分で選ばせて。ほとんど部屋から出ないから」

「はい、かしこまりました!」


 歩くのが早い。

 ミシャはほとんど小走りでクロトを追った。


「ここが食堂。公爵は夫人と長期旅行中だから、俺達3人の食事しか届けられない。俺は朝食不要。ラケシスはしっかり3食食べる。アトロポスは部屋で3食食べるけど、これからは連れ出してここで食べさせて。」

「はい!」


 メモを取る。というか食事が届くとは?

 疑問を察したのか、クロトは背を向けたまま補足した。


「シェフは雇っているが、公爵家内では作っていない。届けさせているだけ。8時、11時、18時に届く。15時には菓子類も。門前に届くから、受け取ってここまで持って来るように。俺も昼食、夕食は食堂で。アフターヌーンティーは各自好きな場所で取るから、その日ごとにそれぞれに聞いて」


 なるほど。メモ。


「服も毎日午後10時に門前に運んで。翌日の同時刻に乾いた状態で届けられるから」

「はい!」

「もし時間通りに行けなくても、門番が受け取って置いておいてくれるから気にしなくていい。というか、我が家のものを盗むやつなんていない」

「なるほど」


 メモ。

 3兄弟のそれぞれの自室を案内され、ミシャの部屋も案内される。

 一通り回ったようだった。


「ラケシスとアトロポスは両親の見送りに行っていて、あと2日は戻らないから、今日は掃除でもしてて。できれば、だけど。廊下の埃が気になる。」

「お任せください! 掃除は得意です!」

「掃除道具は──」


 メモ、メモ。

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