第二話 最下層の飯
腹が減っていた。
どうしようもなく。
戦いが終わった途端、全身から力が抜ける。
レインは壁にもたれながら息を吐いた。
「……やば」
視界が揺れる。
この身体、まともに栄養を取れていない。
骨みたいに細い腕を見て、レインは舌打ちした。
強くなる以前の問題だった。
「え、えっと……」
リナが不安そうにこちらを見る。
「君、怪我……」
「平気だ。それより、お前の住処あるのか?」
「……あるけど」
歯切れが悪い。
嫌な予感しかしない。
「案内してくれ」
二人はスラムの奥へ進んだ。
街は酷かった。
腐った水路。
倒れたまま動かない人間。
痩せた子供。
怒鳴り声。
薬物みたいな煙。
まるで社会から捨てられた場所。
だがレインは妙な既視感を覚えていた。
(前世も、似たようなもんだったな)
見えないだけで。
みんな余裕がなくて。
弱った奴から沈んでいく。
違うのは、こっちはそれが剥き出しなだけだ。
「ここ……」
リナが立ち止まる。
そこにあったのは、崩れた建物の地下。
家というより穴蔵だった。
「……マジか」
中にはボロ布が敷いてあるだけ。
食料もない。
水瓶も空。
レインは静かに周囲を見回した。
(生きる環境じゃねぇ)
するとリナが小さく言った。
「ごめんなさい……何もなくて」
「謝るな」
レインは即答した。
「お前が悪いわけじゃない」
リナは目を丸くする。
きっと、こんな言葉を掛けられたことがないのだろう。
レインはしゃがみ込み、床を触った。
湿気。
木材の腐食。
空気の流れ。
前世の経験が勝手に働く。
「……直せるな」
「え?」
「この場所。多少マシにできる」
工場勤務時代。
レインは設備補修や応急修理を散々やってきた。
使える物を使う。
壊れた環境で工夫する。
それが染み付いている。
その時。
再び視界に文字が浮かんだ。
【条件達成】
《劣悪環境適応》を獲得しました
「増えた……」
「な、何が?」
「いや、独り言だ」
どうやらこの世界、“経験”がスキルになる。
なら――。
(前世は無駄じゃなかったってことか)
少しだけ、胸の奥が熱くなった。
その時だった。
ぐぅぅぅぅ……
リナのお腹が鳴る。
「あ……」
顔を真っ赤にする少女。
レインは思わず笑った。
「腹減ってんのか」
「き、今日はまだ何も……」
「俺もだ」
だが問題は、金がないこと。
正確には、この世界の金を持っていない。
レインは少し考え――立ち上がった。
「仕事探すぞ」
「え?」
「食わなきゃ死ぬ」
単純な話だった。
理想も夢も、腹が減れば終わる。
だからまず、生きる。
レインは外へ出る。
すると広場の一角に、人だかりが見えた。
怒号が飛び交っている。
「荷運びだ! 力ある奴来い!」
木箱が山積みになっていた。
商人らしき男が苛立ちながら叫んでいる。
「今日中に終わらせねぇと違約金なんだよ!」
だが作業員達は嫌がっていた。
「無理だろ、あの量」
「報酬安すぎる」
レインは木箱を見る。
積み方。
重心。
運搬導線。
一瞬で理解した。
(……効率悪すぎる)
前世の工場脳が反応する。
気付けば口が動いていた。
「その積み方じゃ、人足りなくても終わらねぇぞ」
周囲が静まる。
商人が睨んだ。
「あぁ?」
「箱の大きさ揃えろ。重い物を下に固定。動線一本化。あと荷車余ってるだろ」
「ガキが何言って――」
「いいからやれ」
レインの声は低かった。
妙な説得力があった。
商人は苛立ちながらも指示を出す。
そして十分後。
「お、おい……速ぇぞ!?」
作業効率が倍近くになっていた。
レインは黙々と箱を運ぶ。
身体は小さい。
だが動きに無駄がない。
重心移動。
力の逃がし方。
全部、前世の経験だった。
そして数時間後。
最後の荷物が運ばれる。
商人は呆然としていた。
「……終わった」
周囲の作業員達もざわつく。
「なんだあのガキ」
「動きおかしくねぇか?」
商人はレインを見る。
「お前、名前は」
「レイン」
「……気に入った。明日も来い」
そう言って、銅貨を数枚投げた。
レインは受け取る。
ずしりと重い感触。
この世界で、初めて自分で稼いだ金だった。
リナが目を輝かせる。
「すごい……!」
レインは銅貨を見つめ、小さく笑った。
(やれる)
剣も魔法もない。
でも。
積み上げ方なら知っている。
底辺の生き方を――誰より知っている。




