41 アナベルside5
困ったように頬に手を当てているシャルレーヌを見ているとアナベルは今まで感じたことのないような怒りを覚えた。
しかしここで彼女のペースに乗ってしまえば負けてしまう。
侍女たちの前だからと咳払いをして表情を取り繕った。
「それは治療を断るというでしょうか?」
「はい、そうですわ……コホッ」
アナベルはシャルレーヌが咳き込んだのを見逃さなかった。
「このくらいの症状であれば、わたくしの力ならば簡単に治療できますから!」
「折角ですが、お断りいたします。このままでいさせてください」
「苦しいままでいることないですわ。折角、ナリニーユ帝国に来たのにもったいないですわ」
このままでは引いてしまえば意味がない。
けれどここまで拒否されてしまえば、どうすればいいかわからなくなってしまう。
(わたくしの計画がバレたとでもいうの? そんなわけないわ……!)
ここでアナベルはあることを思い出す。
シャルレーヌは魔法をほとんど見たことがないのではないだろうか。
それに侍女や侍従たちが傷つけられたこともあり、ただ警戒しているだけなのかもしれない。
(以前、朝食を一口も口にしなかったものね。そう考えてもおかしくないわ)
シャルレーヌは以前、一度だけ闇魔法が見たいといった。
アナベルの魔法も珍しいものだ。興味を持てば変わるかもしれない。
「わたくしの魔法はとても珍しいものなのです」
「そうなのですね」
淡々と答えるシャルレーヌが何を考えているかわからない。
思い通りにならない現実に次第にアナベルの目が血走っていく。
「も、もしかしてわたくしのことが信用ならないのでしょうか?」
「今までのことを考えると信用することはできませんわ」
「そ、そうですわよね……ですが、咳が治ればいろいろなことができますし」
「これはわたくしの唯一の枷のようなものですから」
「…………枷?」
「それがなくなったら、何もかもつまらなくなってしまいますもの」
シャルレーヌはにこやかに微笑んでいる。
治療を断ったことも含めて意味がわからない。
認めたくはないが、彼女はアナベルの力を必要としていないのだ。
(……嘘、でしょう?)
言葉を失い、固まるシャルレーヌを侍女たちが気遣い声を掛けてくる。
必要とされない恐怖は、アナベルの心の奥底にある闇を大きく揺さぶっていく。
このまま部屋から立ち去ることすらできない。
「アナベル様、大丈夫ですか?」
「……意味がわからない。どうしてよ」
「ア、アナベル様?」
「このわたくしの力が……必要ないというの?」
俯いたまま呟く言葉を止めることはできなかった。
押さえつけても出てくる黒い気持ちは止めることができない。
(わたくしの力が必要ないなんてありえないでしょう!?)
アナベルは無意識に拳を握りブルブルと震えていた。
怒りから頭が真っ白になり息が荒くなっていく。
侍女たちも初めて見るアナベルの表情に戸惑っているようだ。
何か言っているような気がしたが、まったく耳に届かない。
「必要ありません」
「────ッ!」
シャルレーヌのとどめを刺すような一言にアナベルの中で何かが切れた。
──パンッ!
手のひらがじんと痺れるように痛んだ。
ホワイトゴールドの長い髪が揺れて、後ろからは侍女の引き攣ったような声が聞こえた。
気づいた時には勝手に腕が動いていたのだ。
「あっ……」
髪の隙間からはストロベリーピンクの瞳がこちらを鋭く睨みつけていた。
その目を見た瞬間、全身が硬直して動けなくなった。
頭の中を駆け巡る恐怖に何もできずにいたのだ。
一歩でも動けば殺されてしまう……そんな気がして全身から力が抜けていく。
部屋には静寂が流れていく。時間が止まったように感じた。
「いきなり殴るなんて……ひどいですわ」
「…………っ」
そう言った彼女の唇が大きな弧を描いているのが見えた。
そして首に感じる冷たい感覚。
違和感と共に何が当てられているのがわかった。
動かないまま視線を向けると、ぼんやりと見える腕とキラリと光る金属。
鋭い何かが肉に食い込んでいくのがわかった。
音もなくシャルレーヌの侍女と侍従がアナベルの首と腹に武器を突きつけている。
「……っ!?」
彼らは一切、表情を変えないと聞いていたが、今は怒りに顔を歪めていた。
喉が引き攣って声が出ない。
アナベルが抵抗した瞬間に食い込んでいるものが、喉と腹を突き刺すのではないかと思った。
後ろで悲鳴を上げた侍女たちが何か叫んでいる。
緊張と恐怖から冷や汗が滲んでいく。
「あなたたち、ダメよ……?」
「「…………」」
シャルレーヌの一言で武器が少しだけアナベルから離れていく。
しかし怒りは収まらないのか、彼らは不満を露わにしてこちらを睨みつけているではないか。
「ロミ、ルイ…… おやめなさい」
シャルレーヌが名前を呼ぶと彼女はアナベルを睨みつけたまま後ろに下がった。
やはり刃が尖ったナイフのようなものを突きつけられていたようだ。
それが視界に入った瞬間、ゾワリと鳥肌が立つ。
彼女は乱れた髪を整えつつ、薄い唇を開いた。




