37 アナベルside1
(──気に入らない、気に入らないっ、気に入らない!)
アナベルは部屋で苛立ちから血が滲むほどに唇を噛み締めていた。
侍女たちはすべて下げさせて、クッションを叩いていく。
こんな姿を見られるわけにはいかない。
(お義父様にも怒られたじゃない! 今までうまくいっていたのに、どうして急にこんなことになるのよっ)
近くにあった本を投げつけようとした腕を下げた。
このまま音を立てたら、アナベルを心配した侍女たちがやってきてしまう。
(わたくしの計画が台無しだわ。それもこれもサンドラクト王国から来たシャルレーヌとかいう女が嫁いできたからおかしくなったのよ!)
サンドラクト王国のような魔法を嫌う野蛮な国に抵抗感があるのは致し方ないことだろう。
それに魔法が使えない時点でナリニーユ帝国ではゴミ以下だ。
(それなのに皇帝陛下とパーティーに出席するですって!? このわたくしをさしおいて? ありえないっ、ありえないわよ)
今回のパーティーは民衆に支持を受けているアナベルが出席するはずだった。
楽しみにドレスも仕立てたのに、シャルレーヌが代わりにヴィクトールと出席すると聞かされて絶望していた。
そもそもアナベルは平民からここまで成り上がった。
親が誰かなんて知らない。
今頃、アナベルがここまで成り上がって後悔しているに違いない。
覚えているのは物心ついてから魔法がつかえるようになったことだけ。
それと天使のような容姿と愛嬌で周りの大人を虜にしてきた。
世渡りがうまく、相手の懐に入ることもできる。
だからこそ教皇を後ろ盾にもできるし、爵位などなくともここまで登りつめることができたのだ。
今まで一番のライバルといえばエマニュエルだけ。
彼女は下品な体と爵位を武器にここまで来ることができた。
世間はアナベルかエマニュエルが正妃になるだろうと予想しているが、内情はまったく違う。
アナベルしか選ばれる可能性はないと思っていた。
(そもそもあんな下品な女、陛下に相応しくないことくらい見ればわかるでしょう?)
それにアナベルには聖属性魔法で救ってきた帝国民たちがいた。
彼らは今でもアナベルを女神のように崇めている。
だからこそ多少の粗相など、どうにでもなるし、アナベルを疑う者などナリニーユ帝国にいない。
まだ魔法のことしかまったく興味のないお子さまなナタリーや、真面目でなんの面白味のないベアトリスなど敵ではない。
この世界は魔法がすべて。
魔法さえ役に立つものであれば、それでいいのだ。
アナベルが授かった魔法は間違いなく神からの贈り物だ。
他にも治癒の魔法はあるものの、アナベルの足元にも及ばない。
(ヴィクトール陛下だって、わたくしを一番に気にかけているのがわかるもの)
彼は寡黙で何を考えているのかさっぱりわからない。
それに女性に対しては冷たくて距離を感じるが、そこがクールでアナベルは好きだった。
美しすぎる容姿が性格などどうでもいいと思わせてくれる。
それに前皇帝とは違い、女性を侍らすこともない。
きっと彼は一途にアナベルだけを愛してくれるに違いない。そう確信していた。
(闇魔法を使うから、今までひどいめにあってきたのよ。それを聖なる魔法を使うわたくしが救うの……! まるで物語みたいね)
今まで読んだロマンス小説のように、真逆な二人が惹かれあって結ばれる。
ヴィクトールがヒーローでアナベルがヒロイン。
どんな困難があろうとも、その役割は変わらない。
(わたくしが一番になるの。今までわたくしを馬鹿にしてきた奴等を全員苦しめてやるんだから……!)
その思いだけで、妃にまで登り詰めることができた。
今では爵位がある令嬢ですらアナベルの世話を焼き、機嫌を伺うのだ。
つまり自分より下の存在になった。そのことが気持ちよくて仕方ない。
上に立つ快感を知ってしまえば病みつきになっていく。
だからアナベルはこそたくさん侍女を侍らせていた。
それだけでも腹立たしい。
他の侍女たちも同じようなものだ。
アナベルが彼女たちの両親や祖父母を救った過去がある者がほとんどだった。
義父である教皇にも裏切られないように、近くに置く者は慎重に選べと言った。
周りには信者のようにアナベルを慕う者たちばかりだった。
そういう人たちを選んでそばに置いていたはずなのだ。
(ああ、気持ちいいわ……! 誰もがわたくしに頭を下げるの)
その中でも高位貴族出身の侍女たちはシャルレーヌが来たばかりの時、勝手に彼女の侍従を切り刻み、侍女をびしょ濡れにした。
アナベルのためだというが、自分たちのためだということを知っていた。
彼女たちは妃になれなかった者たちだ。
だからシャルレーヌのことが気に入らず、嫉妬心をむき出しにしていたのだろう。
それにアナベルを利用して成り上がろうとしていたのを知っていた。
だからこちらが利用してやったのだ。




