33
オノレは頭が地面に頭がついてしまうのではないかというほどに深々と頭を下げている。
先ほど片手で上げたのはモルガンの頭を鷲掴みにするためだったようだ。
彼も無理やり頭を掴んで下げられてしまった。
「オ、オノレッ! 何をしているんだよ」
「失礼をお詫びします」
オノレはシャルレーヌに許されるまで、この体勢でいるつもりのようだ。
モルガンはもがいているが、オノレは大きな手のひらでがっちりと頭を掴まえていて抜け出せない。
(情に訴えかけるおつもりなのですね。なら、わたくしは……)
シャルレーヌは腕まくりをして、ある提案をする。
「でしたら、一発よろしいでしょうか? これで綺麗さっぱり……」
「このお詫びは必ずお返しいたします。今は拳を収めていただけないでしょうか」
「…………」
話している途中でオノレに遮られてしまった。
再び行き場のなくなった拳をブンブンと振り回すことしかできない。
このままでは気持ちがおさまらないからだ。
シャルレーヌのやる気満々の拳を見て、収めるつもりはないと判断したのだろう。
「シャルレーヌ様の気が済むまで、モルガンの代わりに私がお相手いたします」
「あら、よろしいのですか?」
「だからこのことは皇帝陛下には……」
オノレはモルガンよりもよっぽどリスクを理解しているのだろう。
なかなかのいい提案にシャルレーヌは手を合わせた。
楽しむためとはいえ、やられっぱなしではおもしろくはない。
フラストレーションが溜まっていたため、オノレが相手をしてくれるならばと思っていた。
それにオノレの魔法は彼らが使うものと違い、珍しくて特殊だとカラスたちに聞いていた。
(彼は見た目とは違って頭が回るのね。お父様と同じ感じだと思ったけれど予想外ですわ。なんて素晴らしいのでしょう!)
ヴィクトールが信頼しているのも頷ける。
モルガンは忠誠心があるけれどまだまだ子どもだ。
訳のわからないまま頭を下げていたモルガンも、オノレが自分のために謝罪していることを理解したのだろう。
急に大人しくなってしまった。
「どういたしましょう。一方的に責められて気分が悪いのですわ。それに何度もこのようなことが起こるものですから、わたくしもそろそろ我慢の限界ですの……」
「……モルガン」
オノレは低い声で彼の名前を呼んだ。
するとモルガンは怯えるような表情で大きく肩を揺らす。
その後ろで影が大きくゆらめいているのを見逃さなかった。
「申し訳、ありませんでした……」
小さな声ではあるが静寂に包まれた夜だからこそ、謝罪の言葉はここまで届いた。
横にある木の葉から地面には水滴が落ちていく。
シャルレーヌはニタリと笑ってから指を弾いた。
するとどこからか羽根の音が響く。
「仕事がうまくいかず、気が立っていたのです。どうか温情を……」
「己の未熟さをわたくしのせいにされても困りますわ。泣いて文句ばかり……恥ずかしくてたまりませんね。まるで子どものよう」
「……っ!」
モルガンは顔を上げたが、羞恥心からか顔を真っ赤にしている。
どうやら彼はプライドが高いようだ。
しかしオノレがもう一度名前を呼んだことで再び頭を下げた。
煽れば暴言を吐くかと思いきや、オノレは挑発にのるつもりもないようだ。
「それに陛下に黙っていろとおっしゃいますが……もう遅いと思いますわ」
シャルレーヌは彼らの後ろに視線を向けてから手を広げた。
「それはどういう……」
オノレが最後まで言葉を紡ぐ前に、懐かしい黒い影がシャルレーヌにまとわりつく。
ひんやりとした冷たさにシャルレーヌは擦り寄るようにして抱きしめた。
「まぁ……テネブル、やっぱりあなただったのね」
「テネ、ブル?」
「お久しぶりですわね。また会えて嬉しいわ。毎晩会っていたのに、ここ数日は会えなかったんですもの」
先ほどから蠢いていた影は少しずつシャルレーヌに近づいていた。
オノレがパクパクと口を開いたり閉じたりを繰り返す。
「……それは、まさかっ」
ヴィクトールの闇魔法のテネブルだ。
どうやらまたヴィクトールの元をこっそりと抜け出して来たようだ。
二人はヴィクトールに居場所を伝えていないはずだ。
となれば、テネブルがシャルレーヌの気配を辿り、ここまできたことになる。
(この子、わたくしがいる場所がわかるのかしら)
気のせいかと思ったが、やはり最初に見た影はやはりテネブルだったようだ。
そして彼と会うのは久しぶり。
ヴィクトールがシャルレーヌの元に行かないようにしていたのだろう。
そしてここにいることがわかっているのだとしたら間違いなく……。
「陛下に会話はすべて筒抜けだったかしら」
「……ああ、その通りだ」
急にヴィクトールが現れたため、オノレとモルガンは目を見張っていた。
モルガンはヴィクトールが怒っていることがわかったのか、震えている。
「陛下……これは」
オノレは会話がすべて聞かれていたことを知り、ヴィクトールに咎められると思ったのか。
「こんなところで何をしているかと思えば……モルガン、いい加減にしろ」
「で、ですがこのままでは陛下のお役に立てません! 僕は役立たずにっ……そしたら捨てられる。また牢の中にっ」
最後の声は消えてしまいそうになっていた。
この言葉から情報収集がうまくいかずヴィクトールに捨てられることに怯えてカラスたちを取り戻そうとしたのだ。




