さぬきの騎士作戦編3
本物のうどんてなんやろなぁ?(哲学)
隠し扉は、わずかな軋みもなく、音も立てずに開いた。
……静寂が、一気に空気を支配する。
その先に続いていたのは、コンクリート打ちっぱなしの狭い階段。
古い工場の外装とは明らかに異なる、冷たく無機質な空間だった。
FLOWAは足元に視線を落としながら、わずかに眉をひそめて呟く。
「……地下構造。ここまで隠すってことは……何かある。」
BENIが低く答えた。
「──地下に“本命”がある、ってことだな。」
FLOWAは無言のまま、一歩、階段を踏みしめた。
靴底が落とすはずのわずかな音さえ、異様なほどに反響する。
まるで、侵入者の存在を壁が告げているかのようだった。
「音、反響しすぎですね……」
「敵がいないからこそ、かえって怖ぇな……」
SAJIROの苦い声に、FLOWAは静かに頷く。
だからこそ、彼らは足音を殺す。
一段一段、慎重に。
滑るように、影のように。
進むにつれ、階段の様子が少しずつ変化していく。
当初はざらついたコンクリ壁だったはずのものが、次第に人工的なパネルへと切り替わっていく。
足音の反響も、自然な空間のそれではない。
整った反射音が、どこか“造られた場所”であることを物語っていた。
鉄筋、鋼材、そして最新素材の防音パネル。
まるで──地上の工場そのものが、“カムフラージュ”だったかのように。
「完全に……違う施設、ですね。」
「わざわざ、地下に作った“別空間”か……」
やがて、階段は尽きる。
その先には、銀灰色の硬質なセキュリティドアが待ち構えていた。
扉の中央部には、黒いスキャナーが静かに埋め込まれている。
──カードスキャン式。
FLOWAは一歩近づき、瞬時にスキャナーの型番を視認すると、
思考を加速させ、UISFのデータベースと照合を走らせた。
「……カードスキャン型。おそらくID認証式です。」
BENIが眉をひそめる。
「……突破、可能か?」
FLOWAは携行端末のインターフェースを起動させながら、わずかに目を細めた。
「カードが無い以上、物理認証は無理……ですが──」
その金色の瞳が、静かに光を宿す。
「……この型、外見こそ汎用ですが、中身は旧S-C3シリーズの派生型。
内部構造に“管理者用チャンネル”が残っている可能性があります。
もしそうなら──端末コードから、隠し入力経路にアクセスできるはずです。」
BENIとSAJIROが黙ってうなずく。
選択肢は一つ。
やるしかない。
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FLOWAの指先が、携行端末の仮想インターフェースを素早くスワイプする。
無音の操作音が、スキャナー内部のプロトコル層を剥がすように流れていった。
「──接続開始。ポートコード確認。……やはり、管理者用チャンネルが残ってますね」
表示された内部構造は、見慣れた汎用型のようでいて、要所の設計が異なる。
FLOWAは即座にそれを見抜き、残された“バックドア”にアクセスを開始する。
「この形式、外部入力には対応してませんが……。
本体側から逆指向で送信を受ける構造になってる。逆手に取れば──突破可能です」
BENIとSAJIROは、緊張を顔に出さぬまま静かに後方を警戒している。
この静寂すら、緊張の一部だ。
「セキュリティプロトコル、通過……再認証要求ブロック……仮想ID投影、開始……」
FLOWAの声は低く、淡々としていた。
やがて、スキャナーの黒いパネルがわずかに脈打つように明滅を繰り返す。
──ピッ。
音がした。
それはカードを差し込む音ではない。認証が通った合図だった。
「……通りました。開きます」
FLOWAがそう言い終える前に、セキュリティドアが静かに、そして重々しく開いていく。
内部には、ひんやりとした空気が流れ込んできた。
それは地下の湿度ではなく、管理された温度と気圧の制御空間。
完全に“稼働中の施設”──それがこの先にあるという証だった。
「やっぱり、“ただの倉庫”じゃなかったな……」
SAJIROが小さく呟く。
「……ようやく中身を見れるな」
BENIがわずかに肩を回し、無言でFLOWAに頷いた。
FLOWAは頷き返し、スキャナーを一瞥する。
「……侵入記録、書き換え済み。ログには“アクセス異常なし”と表示されるはずです」
その徹底ぶりに、SAJIROが小さく笑った。
「いや、マジで新人かよ、お前……」
「諜報員の仕事は、“痕跡を残さず入ること”ですから」
FLOWAの声音は静かだった。だがその言葉には、確かな自信があった。
──3人は、無言のまま扉の先へと歩みを進めた。
待っているのは、地下に秘された“本命”。
そして、“秘伝出汁文書”への確かな手がかり。
冷たい空気を切り裂くように、3つの影が、静かに沈んでいく。
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ドアが開いたその先──
確かに“通路”があるはずだった。
しかし、現れたのはコンクリート壁。
何の装飾もない、ただの遮断面が、静かに行く手を塞いでいた。
「……偽装、ですね」
FLOWAが即座に見抜く。
彼の視線は壁の継ぎ目ではなく、周囲の微細な空気の歪みに向けられていた。
「可視範囲だけが“静止”してる。温度変化も、電磁ノイズも不自然です。
──電子偽装。パネル式の擬似壁です。」
SAJIROが少し眉をしかめた。
「……つまり、"見えてる壁"が嘘ってことかよ。」
FLOWAは頷き、携行端末を起動。
非接触センサーをかざすと、壁の一部が波紋のように揺れ、
奥に**もうひとつの“本当の扉”**が現れた。
「奥に“本命”が隠れてます。問題は……」
彼は端末のセキュリティログを確認し、
その扉に設置された特殊な読み取り装置を見つめる。
「……“液体識別型 出汁認証センサー”。」
BENIが思わず声を漏らす。
「……まさか、ここでそれが出てくるとはな……」
「UISF内部でも、使用例は一桁しか報告されてません。
正規の“鰹出汁”と、それに含まれるアミノ酸・燻香成分・pHバランスを識別する、超高精度認証ギミックです。」
「つまり、“うどん屋の味”で開けるってことかよ……」
皮肉めいたSAJIROの声に、FLOWAは鞄の奥から
一枚の小型パッチを取り出した。
「対策はあります。UISF製、“フェイク鰹出汁パッチ”。」
パッチは、体温で活性化する多層式の液体発生構造を持ち、
表面には微細な濾過膜がある。
中には、“調整済みフェイク出汁”が0.4mlだけ封入されていた。
「本物の味じゃない。けれど、認証に必要な化学的要素は再現済み。
用途は一度限り、誤差許容は0.05以内。失敗すれば、警報が走ります。」
慎重に、呼吸を整えながら──
FLOWAはパッチを装置の読み取り口に押し当てた。
数秒の静寂。
センサーの内部で、液体の成分解析が始まる。
微かな音と、分析インジケーターが淡く点滅する。
「成分確認中……燻香一致率、98.7%……」
「アミノ酸バランス、合格……pH値許容範囲内──」
──ピッ。
またしても、小さな、だが決定的な音。
センサー横の表示灯が緑に切り替わり、
“本当の扉”が、無音で横にスライドしていった。
「……突破完了。」
BENIが感嘆と驚きの混じった息を吐く。
「フェイク出汁で開くドアなんて、誰が考えたんだよ……」
「“本物だけが開けられる”という発想を逆手に取るのが、諜報の基本です。」
FLOWAは、表情ひとつ変えずに言った。
そして静かに、仲間を振り返る。
「ここから先が、本当の“裏”です。気を引き締めて。」
3人の諜報員は、互いにうなずき合い、
開かれた扉の先──未知なる空間へと、足を踏み入れていく。
FLOWA「……高さ4.3mmx幅5.2mm、最適熟成とグルテン構造による弾性。黄金比の出汁設計。文化的背景と地域性の融合。技術と精神、そして——愛です。」
次から戦闘シーン入ります。
戦闘シーンめっちゃ書きたかったんよなぁ!