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22話「人気者には裏がある?」

 屋台に向かう道中、隣を歩く拓海から痛いほどの視線を感じる。

 これ、なにか言わなきゃいけないのかなぁ……何話してたんだって聞いてくれたらいいのに。

 無言で見つめられるとなんだか気まずい。

「大した話じゃないから」

 勝手に罪悪感を感じて言い訳のような言葉が出る。

 拓海はむっと唇を尖らせた。不機嫌なときの癖だ。

「まだ何も言ってねーじゃん」

「まだって聞くつもりだったんじゃん」

「ちげーし。アイツ、普段喋んねーから喋ってんの珍しいなって思っただけ」

「黒縁メガネくんのこと?」

 確かにあまり喋らなそうな見た目をしているけど、本当に喋らないらしい。

 あんな感じで普段から美琴ちゃんを見つめるだけの仕事をしているのかもしれない。

「クラスメイトの名前ぐらい覚えてやれよ……」

 しかし、拓海から返ってきたのは呆れたような声だった。

 そのとおりすぎてなにも言えない。

「なんだっけ」

「教えてやんねー」

「意地悪!」

 ニヤニヤとお得意の意地悪な笑みを浮かべる拓海の予想どおりすぎる答えだった。

 名前覚えてやれよと言うわりに教えてくれないなんて、相変わらず意地悪な奴だ。

 拓海が教えてくれなければ私の中で彼は永遠に黒縁メガネくんだろう。

 名前、覚えてなくてごめんと心の中で謝っておく。

 でもあの雰囲気から察するに、おそらく黒縁メガネくんと呼んでも許してくれそうな気もする。

 話している間にたこ焼きの屋台の前に着く。

 たこ焼きは四個から数が選べるようだ。

「八個にしようかな」

「食べ切れんの?」

「イケるイケる」

 たこ焼きなんて一口サイズだし、八個ぐらいなら入るだろう。

 そう思って頼んだのだけど……。

 注文して目の前に出されたたこ焼きの大きさに思わず後ずさる。

「なんか……デカくない?」

「八個は多いわなぁ」

「うぐぅ……」

 しかし、ぐだぐだ言っていても仕方ない。

 なにより、たこ焼きは出来立て熱々を食べるのが美味しいのだ。

「いただきまーす」

 一口サイズよりやや大きめのたこ焼きを口に放り込む。

「っ! あっつぅー!」

「あーあー、水飲むか?」

 口の中に放り込んだ熱々のたこ焼きは中がトロトロで、ダイレクトに熱を伝えてくる。

 熱々のグラタンを口の中に突っ込んだみたいな熱さが広がり、ぶるぶるっと震えて目じりに涙がたまる。

 呆れた拓海の声など耳に入らず。素早く差し出された水だけ奪い取ってごくごく飲み干す。

「あちち」

「ばーか」

「でもおいひぃ」

「そーだな」

 私より数倍賢い拓海は、熱々のたこ焼きを箸で割って少しずつ食べていた。

 一個丸ごと口に放り込んでひーひー言いながら涙目になっている私とは大違いだ。

 たこ焼きは中はトロトロ、外はカリッと香ばしい。

 マヨネーズとソースが絡み合ってとっても美味しい。

 一個目でよく学んだので、二個目からは拓海に習って箸で割ってから食べることにした。

「うまうま」

「いおり、口に付いてる」

「んー」

「んー、じゃなくて。ほれこっち」

 ゴシゴシと拓海にティッシュで口の端を拭われる。

 あれ? 私って赤ちゃんかなにかだったっけ……?

 首をかしげながらもたこ焼きを口に放り込んでいく。

「ったく、いおりはオレがいねーとホントダメだな」

 そう言って笑う拓海にぐうの音も出ない。

 なんとか八個を平らげた。お腹がはち切れそうだ。

 拓海は無難に六個を選んでいたので余裕の表情だった。

「いおりちゃーん!」

 美琴ちゃんが手を振っているのが見え、はち切れそうなお腹を抱えてなんとか駆け寄る。

「見て見て、ここ超キレイ!」

「ホントだ……!」

 鮮やかに色づいた紅葉にカメラを向け写真を撮る。

 陽の光を浴びてオレンジ色に染まった木の葉は、一枚の絵画のように美しかった。


「じゃあそろそろ帰ろうか」

 帰り道は急な下り坂で行きよりは多少マシ、といった感じだ。

 何度も転げ落ちそうになりながらなんとか山を下る。

「ヘトヘトだよー」

「疲れたな」

 だらだらと拓海と話しながら家に帰った。

 明日は日曜日だから一日家にこもっていようと決めた。

 

 紅葉狩りの疲れも取れたころ、学校にある噂が広まった。

 一年の女子生徒がテストでカンニングをした、というものだった。

 橘芽郁という子らしい。

 橘さんは二年で人気者の我妻先輩と親しくて、それを妬んだファンの女子が噂を流したんじゃないか、なんて話もあった。

 廊下ですれ違う橘さんはげっそりとやつれていて、見ていて可哀想なほど。

 我妻先輩のファンらしい女子が橘さんに暴言を吐いているのを偶然目撃してしまい、関係のない私までなんだかげっそりしてくる。


「橘さん、大丈夫なのかな」

「大人しそうな子だよねー。カンニング、本当にやったのかな」

 正直、噂の真否は半々といったところだ。

 我妻先輩のことが好きで橘さんが気に入らない人は信じているし、関係ない人はどうでもいいって感じ。

 ある日中庭に行くと、我妻先輩と橘さんが話しているのを見かけた。

「我妻先輩、本当なんですか」

「さっきの話? そうだよ、俺が流したの」

 なんだかシリアスっぽい雰囲気だったので見つかるわけにいかない。

 なるべく息を潜め気配を殺す。

 盗み聞きするつもりはないんですー! と心の中で謝り倒しておく。伝わらないけど。

 話の流れから察するに、どうやら橘さんがカンニングをしたという噂を流したのは我妻先輩のようだ。

 え、なにそれ怖すぎる。なんのために? と首をかしげていると、橘さんが代弁してくれた。

「なん、で……」

「芽郁ちゃんが、欲しかったから」

 ……そんなことある? え? 我妻先輩、もしかしなくても性格悪い?

 いやいやいや、好きな女の子と付き合いたいから好きな女の子を陥れるとか意味がわからない。

 なんで……? 

「え……そんな、理由で……?」

「うん。だから言ったじゃない。いずれ付き合いたいと思うようになるよって。ね? 俺の言ったとおりでしょ?」

 怖すぎる。率直に怖すぎる。

 これは……いわゆるヤンデレというものなのでは……? 

 拓海というヤンデレもいるのに、さらに二年の先輩にもヤンデレいるの? この学校どうなってるんだ?

 同じようなヤンデレに狙われる者同士、一気に橘さんに親近感が湧く。


 橘さんは追い詰められた獲物だ。

 助けようにも、我妻先輩の恐ろしいほどの美しい笑みが怖くてとても出られそうにない。

 出て行ったら絞められるのでは……?

 出て行こうか、このまま隠れてやり過ごすか。

 しかし、同じくヤンデレに狙われている橘さんを見捨てるのも心が痛む。

「ねぇ芽郁ちゃん。俺と別れたい?」

 ぐるぐると考えていると、我妻先輩がとんでもないことを言い出した。

 しかし、一度目の人生で拓海というヤンデレを相手にした私ならわかる、これは罠だ……!

「あた、当たり前――」

「でもさぁ、いいのかな。カンニングと、我妻先輩を振った橘芽郁は、ただで済むかな?」

 震える声で返事をしようとした橘さんにかぶせるように我妻先輩が笑う。

 こ、コエー! 悪魔だ! 悪魔が居る!

 ごめん橘さん、私じゃ立ち向かえそうにない!

「え――、あ……」

「俺を振っていじめ生活に戻るか、俺と付き合って幸せになるか。どっちがいい? 俺、優しいから選ばせてあげるよ」

 全然優しくない二択を突きつける我妻先輩はゾッとするほどキレイな笑みを浮かべていた。

 いやぁ、でもヤンデレと付き合っても幸せになれるとは限らんし……頑張れ橘さん!

 でも、またいじめられるなんてイヤだよね……。

 ヤンデレに狙われたのが運の尽き、ということだろうか。

 なんだか過去の自分を見ているようでツラい。

 拓海は私を陥れたりはしないから多分違うタイプのヤンデレなんだろうけど、ヤンデレとしてのその執着心の凄まじさはよくわかっている。

 橘さんはしばらく黙ったあと、消え入りそうな小さな声で「……付き合います」と答えていた。

 この状況で断れるメンタル激強だったらそもそもヤンデレに捕まっていない気がするんだよね。

 やっぱりそうなるか、と予想できていた答えだった。

 私でも同じように答えるだろう。怖すぎて気絶するかと思った。

 しばらく身を隠し、二人の気配が消えたところで物陰から出る。


「あー、怖かった」

「一年の子だよね」

「ひぃ!?」

 かいてもない汗を拭う仕草を一人でしていると、背後から声をかけられる。

 すっかり耳に馴染んでしまった我妻先輩の声だった。

 私は五センチほど飛び上がり、ずざざ、と後ずさる。

「ねぇ、さっきの話誰にもしないでね?」

「……橘さんの、ことですか?」

「うん。もし変な噂流したら……君の学校生活、どうなるかな」

 ニコニコと笑っている我妻先輩の口からとんでもない言葉が飛び出てくる。

 すっと細められた目はガチだった。

 怖すぎる。ぶるぶるとスマホのバイブのように震えそうなぐらい怖い。

「あんな方法で、幸せにできるとは思えませんけどね」

「いいや、幸せにするよ」

 これ以上なにか言ったらそれこそ橘さんの二の舞になりそうな空気なので、一言返して私は逃げるように立ち去った。

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