21話「過ぎ去りし夏休み」
夏休みが終わった。
まだ残像が残っているような気もするけど、とにかく夏休みが終わった。
私は記憶喪失になってしまったのかと思うほど夏休みの記憶が残っていないけど、プールの一件があって以来なにかと連絡を取るようになったクラスの女子たちと遊んだのがいい思い出だ。
季節は夏から秋へと移り変わり、空気がひんやりと冷えたものになる。
セミの鳴き声も遠い記憶のものとなり、木の葉が色づく季節だ。
紅葉狩りに行こう、と誰かが言いだした。
言い出したのは恐らく美琴ちゃんあたりで、それに賛同したのが仲良しグループの女子たちだ。
たまたま一緒にお昼ご飯を食べていた私は話を聞かない周りによって紅葉狩りに行くメンバーに加わっていた。なぜ。
「てことでさ、拓海くんも行かない? 紅葉狩り」
「それさぁ、男子オレだけじゃん?」
ジトッと睨みつける拓海の視線を受け流し、いやいや、と手を振る。
「他にもいるよ、男子」
グループの女子たちと仲の良い男子も二人ほど一緒に来ることになった。
私としては陽キャグループと一緒に出かけるなど恐ろしくてたまらないのだけど、行く約束になってしまったのだから仕方ない。
今さら行けませんと断るのも失礼だろうし。
「どうかな」
断られるかもしれないし一緒に行ってくれるかもしれない。
とは言え他の女子たちから「矢島くんも誘って!」と血走った目で言われてしまえば断れるわけもなかった。
拓海はあいも変わらずモテモテだった。
幼なじみという立ち位置の私に今のところ嫉妬の炎は飛んで来ないけど、安心していいのかわからないでいる。
「……わかった、行くよ。どうせ女子に頼まれたんだろ」
「えっ、なんのことやら」
「いおりは誤魔化し方が下手」
そう言って小さく笑う拓海に、私は敵いそうにないなと思う。
拓海は鋭いのだ。私の下手な嘘など通用しない。
わかった上で一緒に行ってくれると言うのだから、優しいのかなんなのか。
しかし、これで私のミッションは達成した。
あとは女子たちが頑張るだけだ。頑張れー、と私は心の中で応援しておくとしよう。
そうしてやってきた紅葉狩り当日。
華の高校生が秋にやることで紅葉狩りってどうなんだろう、と思うけどまぁ楽しければよしとしよう。
空は雲ひとつない、すっきりと澄んだ青空だ。
うんと背伸びをして空気を吸い込む。
「山の空気は美味いな」
「発言がおっさん臭いんだよなぁ……」
呆れたような視線を送ってくる拓海を無視して美琴ちゃんたちの元に駆け寄る。
「おはよー!」
「おはよういおりちゃん。拓海くんも」
「矢島くん、おはよう!」
「おはよー」
口々に挨拶してくる女子を余裕の表情でかわしている拓海をチラ見しながら、他の男子も見る。
一人は髪を茶色に染めピアスを開けたいかにもなチャラ男だった。
もう一人は黒髪に黒縁メガネ、とこちらは以外な真面目くんタイプだった。
美琴ちゃんたち女子は動きやすさを重視しつつ、かわいらしくまとめているコーデだった。かわいい。
「紅葉の写真たくさん撮るぞー!」
「楽しみだね」
キャアキャアと話している眩しい女子たちに混ざり、私もスマホでカメラを起動する。
キレイに色づいているといいなぁ。
しかし、そんなふうに余裕でいられたのも最初の十分ぐらいだった。
「き、キツくない……!?」
「ヤバー、足死ぬ」
「はぁ……はぁ……」
紅葉があるのは思ったより山奥らしく、登る登る。
山なんて生まれてこの方一度も登ったことなんてない。
おまけに普段は部屋に引きこもっている軟弱者だ。
山登りなんてハードなことが私にできるわけもなかった。
「死ぬ……はぁ、はぁ……」
「いおり、大丈夫か」
集団から離れたところで一人へばっている私の元に拓海が戻ってきてくれた。
ペットボトルの水を差し出してくれたのでありがたく飲む。
「すまん、オレたちあとで行くわ」
「え、でも……」
「わかった! 上で待ってるネ!」
拓海と一緒に行きたかったらしい女子が何か言いかけるが、素早くそれを遮ったのは美琴ちゃんだった。
美琴ちゃんは遥か上のほうでぐっと拳を上げたあと、手を振って他の子に声をかけて登って行った。
「……ごめん、拓海くん」
ペットボトルの水をちびちび飲みながら謝る。
私のような足手まとい、山に来るべきではなかったのだ。
拓海まで巻き込んでしまった。
しかし、拓海はケラケラと笑った。
「何で謝るんだよ。ちょうどよかったよ、オレゆっくり行きたかったし」
……くそう、優しいな。
こんなに優しいとうっかり好きになってしまいそうだ。あまりにもうっかりだけど。
私の隣に腰掛け、拓海は自分の分のペットボトルで水を飲んでいる。
……え? なんで二本もペットボトル持ってきてんの?
もしやコイツ私が水分忘れたのわかってた……?
なんというか、私のことがお見通しなのが丸わかりだ。
ここまで優秀な幼なじみだとなんかもう本当にママって感じがする。言ったら怒るけど。
十分ほど休憩をして、二人並んで登り出す。
「つらくなったら言えよ。遅れてもいいから」
「うん、ありがとう」
ちょいちょい気遣ってくれる拓海の彼氏レベルは相当高いぞ。
拓海に惚れてる女子の気持ちが少しだけわかったような気がする。
顔のレベルはもう見慣れてしまったのでなんとも言えないけど、性格はなんだかんだと優しいのだ。
女子の中には「冷たいところが好き!」なんて変わり者もいるらしいけど。
拓海が歩幅を合わせながら歩いてくれたので、ちょいちょい休憩をはさみつつなんとかみんなの元までたどり着く。
「ごめん、おまたせしました」
「すまん」
「いいよ気にしないで! みんなで写真撮ってたんだ、二人も入って!」
美琴ちゃんが誘ってくれたので、ありがたく入らせてもおらう。
集合写真を撮り、その後は各々好きに過ごす。
紅葉の写真を撮ったり、屋台で食べ物を食べたり、のんびりとした時間が流れる。
ふと、視界に入った黒縁メガネくんを見ていると、ある事に気づいた。
コイツ、ずっと美琴ちゃんのこと見てる……!
特に話しかけるでもなくただ見つめているだけの姿を見るのはなんだかおかしかったが、黒縁メガネくんが美琴ちゃんを好きなことだけは私にもわかった。
すすす、と無言で近づき声をかける。
「美琴ちゃんのこと、好きなの?」
「あぁ、うん。好き」
「へぇー、どんな所が?」
「中学の時からなんだけど……ってうわ! 藍月……!?」
美琴ちゃんを見つめるのに必死だったのか、ぼんやりとした様子で返事をしていた黒縁メガネくんが飛び退いた。
「ども」
「び、っくりした……何」
「え、美琴ちゃんのこと見てるからさ」
指摘されて気づいたのか、黒縁メガネくんが顔を赤くさせる。
ウロウロと視線をさ迷わせ、少し躊躇った様子で話し始めた。
「……中学の時からなんだ、片想い。でも、僕のことなんか覚えてないだろうな」
美琴ちゃんを見つめる目はなんだか悲しそうに見える。
なにかあったんだろうか。
黒縁メガネくんはふぅ、と小さく息を吐き出した。
メガネの奥の瞳がゆらゆらと揺れている。
「紀田のこと、助けられなかったから。本当は、そばにいる資格だってないのに」
「……美琴ちゃんがいじめられてたって話、だよね」
「なんだ、知ってたのか。そうだよ……僕、弱っちいから」
好きな女の子を助けられなかったこと、今でも悔やんでいるんだ。
黒縁メガネくんはぐっと手を握り、拳を震わせた。
それでも、中学のころから変わらず美琴ちゃんを想い続けていたんだろう。
一途なことだ。
「美琴ちゃんは変わったよ。だから、君も変われるんじゃない?」
にっと笑って見せると、黒縁メガネくんもふっと口元をゆるめた。
「いおり」
「おわぁ! た、拓海くん……」
にゅっと顔を出したのは拓海だ。
黒縁メガネくんも驚いたように一歩後退りしている。
「あっちにたこ焼きあったから食いに行こうぜ」
「ああ、うん。行く行く。んじゃね」
私は黒縁メガネくんにひらひらと手を振って別れた。




