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20話「遭遇、再会」

「のあぁぁぁ!」

 私が滑るのが下手なのか、ウォータースライダーの設計ミスなのか、U字の滑り台の淵ギリギリを滑る私は、めいっぱい叫んでいた。

 ていうか水の勢いスゴくない!? お尻めっちゃ痛いんですけど!

 ジェットコースターばりに叫びながら滑り落ち、下のプールにドボンと落ちる。

 勢いよく落ちてもケガしないように深めに作られたプールに沈み、やがてブクブクと息を吐き出しながら水面に上がる。

「ぷはぁっ、し、死ぬかと思った……」

「いおりの滑り方、見ててハラハラするわ」

「私もハラハラドキドキだよ!」

 拓海に逆ギレをしながらズレた水着をこっそり直す。

 水流の勢いにかなりくい込んでしまっている。

「次アレ行こうぜ」

「浮き輪で滑るやつ? いいけど」

 大きなスライダーのようで、人が乗れる大きさの浮き輪に持ち手が付いていて、その持ち手に掴まりながら滑るようだ。

 浮き輪に乗っていればお尻も痛くないだろうとうなずく。

「こちらを掴んでくださいね」

「はい」

 係員さんの言葉に大人しく浮き輪についた持ち手を掴む。

 結構腕がピンと張っている。私の腕が短いんだろうか。

 二人で浮き輪に乗ると、係員さんが押してスライダーに流してくれる。

「お、お、おおおお!?」

 ぐん、と水の勢いに引っ張られ、腕がさらにピンと張る。

「待って、待って、腕ちぎれっ、えー!」

「大丈夫か……?」

 拓海の声など耳に入らないほど腕が痛い。

 ピンと張った腕が水流の勢いのままに引っ張られ、千切れそうなほど痛い。

「痛い痛い痛い!」

「こっち掴んだほうが……」

「そしたら私振り落とされん? 大丈夫?」

「いや、わからん」

「なあぁぁぁぁ!」

 スライダーは振り子のように左右に振られ、そのたびに腕が引っ張られる。

 結局振り子のように滑るのは五回ほど続き、ゆっくりスピードを落としながら下のプールにドボンと落ちた。

「はぁ……腕が……千切れた……?」

「あるある、腕ちゃんとあるから。大丈夫か?」

 呆れたような、少し哀れみを込めたような目で気遣われ、息も絶え絶えになんとか「大丈夫」とだけ答える。

 浮き輪はプカプカとプールに浮き、拓海がバタ足してプールサイドまで漕いでくれた。

 腕はまだ微妙なしびれが残っている。

「腕が千切れるかと思った。私は今係員さんを恨めばいいのか拓海くんを恨めばいいのかわからないでいる」

「どっちも恨むなよ……いおりの腕が短いんじゃね?」

「それ地雷って言うんだよ……」

 ぐったりとしながらなんとか返事をする。

 拓海は私を気遣ってくれたのか、少しプールサイドで休もうと声をかけてくれた。

 ベンチに腰掛けて拓海が買ってきてくれたジュースをありがたく飲む。

「ふぅ、ウォータースライダーって結構疲れるね。温泉でも浸かる?」

「いおりってホントのんびりするの好きだよなぁ。ま、オレもちょっと休みたいからいいけど」

 隣に腰を下ろした拓海も缶ジュースのブルタブを開けた。

 カシュッとブルタブの開く音に、ふわぁとあくびを漏らす。

 プールはものすごく体力を使う。体力貧弱な私には向かない遊びだ。

「じゃ、温泉行くか」

「行こー」

 ペットボトルと缶をゴミ箱に入れ、歩きだそうとした瞬間、角を曲がってきた人影とぶつかってしまう。

「わっ」

「痛っ」

 反動で私はそのまま尻もちをつき、相手は少し体勢を崩したのかよろけていた。

 なぜ私だけ……体幹の差だろうか。

「すみません、だいじょ――いおりちゃん?」

「いたた……あれ、美琴ちゃん!」

 打った腰をさすっていると、謝りながら手を差し伸べてきたのはなんと美琴ちゃんだった。

 周りにはクラスの女子らしき子たちもいた。

「あれ、奇遇だねぇ。いおりちゃんたちも今日来たんだね! 拓海くんもコンニチワ」

「美琴ちゃんたちも今日だったんだね」

 そう言えば、一週間ほど前に美琴ちゃんたちもプールに遊びに行くような話をしていた気がする。

 美琴ちゃんは黄色のビキニを着こなしており、そのスタイルの良さが際立っている。

 周りの女子たちの目は拓海に釘付けだ。

 そして、拓海の隣に立つ私にも。

「……ねぇ、もしかしてさ」

「あー、この二人はねぇ、仲良しなだけだよ。ネ!」

「そうそう! 超仲良しなの私たち!」

 美琴ちゃんの助け舟を借りてあははー、と誤魔化しの笑顔を浮かべると、拓海のじっとりとした視線が突き刺さる。

 しかし、特になにか言ってくることはなかったので、ほっと息を吐く。

 美琴ちゃんたち女子グループは、みんなかわいらしい水着を身にまとってキラキラしてる。

 女子高生だなぁ。青春だなぁ。 

 と思わず遠い目になってしまう。

 仲良いんだろうな。私も紗妃ちゃんや美琴ちゃん以外の一緒に出かけられるような女友達が欲しい。

 クラスにはそれなりに馴染めているような気がするけど、休日に一緒に出かけるほどの仲かというと、そうでもないのだ。

 一度目の人生では高校生のときにそれなりに友達ができた気がするけど……。

 二度目は中々上手くいかないようだ。

「あれ、なぁ、お前ってもしかして紀田じゃね?」

 男の人の声に、ビクッと美琴ちゃんの肩が跳ねた。

 声の主を見ると、ふくよかな体型の男子が立っていた。

 ニヤニヤとイヤな笑みを浮かべ、美琴ちゃんを頭のてっぺんからつま先までジロジロと無遠慮に見ている。

「……橋本くん」

「お前、スッゲー痩せてんじゃん。すげぇかわいくなったし、今なら付き合ってやってもいいけど?」

 かなり上から目線の発言に、ひくりと頬が引きつる。

 美琴ちゃんの顔をチラリと見ると、その目には怯えの色があった。

 なにかただならぬ関係なのかもしれない。

「失礼じゃないですか?」

「は?」

 思わず声が出てしまった。少しだけ自分の声が震えていたことには見て見ぬふりをする。

 私の言葉に眉をつり上げた男子からかばうように、拓海が前に出る。

「美琴ちゃんはとってもかわいくて素敵な女の子なんだから、貴方とは釣り合わないと思いますけど!」

 そう言って美琴ちゃんの腕に抱きつくと、かすかに体が震えていた。

 明らかに怯えている。この男子と過去になにかあったのだろう。

 普段の美琴ちゃんなら強気で言い返してそうなのに、ずっと黙っているのも気になる。

 私なんかが盾になれるとは思わないけど、いざとなったら男子の拓海に任せよう。

「はぁ? なんだよお前――」

「……そうだよ! あたし、今すっごくかわいいから、アンタなんかとは釣り合わないと思うんだよね! だから、とっとと消えてくんない? あたし、アンタがしたこと忘れてないから」

 美琴ちゃんの声はかすかに震えていて、それでも低い声で言い返す。

 男子はまさか言い返されると思っていなかったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。

 やがて茹でたタコのように顔を赤くさせ、プルプルと体を震わせながら「そうかよ!」と吐き捨てて走っていった。

 後ろから係員さんに「走らないでください!!」と注意され、途中で止まって頭を下げている姿が見えた。

「……はぁぁぁ」

「怖かった……」

 美琴ちゃんは力が抜けたようにズルズルとその場にへたり込んでしまった。

 腕にくっついたままの私もその場に座り込む。

「大丈夫? 二人とも」

「藍月さん、カッコよかったね!」

 気遣ってくれる声と、称賛する声が同時に降ってくる。

「ただの考えなしだろ。オレがいなかったらどーすんだよ」

 拓海だけポツリと文句を言っていたけど、そのとおりすぎてぐうの音も出ない。

 男子が一人いるかいないかの違いはかなり大きいだろう。

 あの場で拓海がいなかったら、あの男子が逆上していた可能性もある。

「あはは……あたし、アイツにいじめられてたんだよね」

 ため息混じりの言葉だった。

 少しだけ悲しそうな顔をして、美琴ちゃんはポツリポツリと話し始める。

「あたし、中学のころ太ってたんだけど、アイツのこと好きで告白したの。今考えるとありえない趣味なんだけどね。そしたら、デブとかキモい、っていじめられて……はは、恥ずかしー、ね。トラウマってやつかな、結構怖かった」

 美琴ちゃんの抱えていたものに胸がぎゅうっと締め付けられるように痛む。

 自分をいじめていた相手と再会するなんて、きっと私が想像するよりずっと怖かったに違いない。

 手を握りしめ、うつむく美琴ちゃんは小さかった。

 普段の強気な姿とは正反対だ。

「ごめんね巻き込んじゃって。でも、助かった。いおりちゃん、ありがとう……」

 そう言って、美琴ちゃんが私を抱きしめた。

 その腕は細く頼りなく、守ってあげたくなる女の子のものだった。

「美琴ちゃん、怖かったね。もう、大丈夫だよ」

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