技。
「それで結局、なんて言われたんだ?」
「別に必要はないですけど彼奴に併せるなら、
I'm fine and smart, but you?
Are you forgetting anything?
Do you understand?
……ってところですかね。」
「あー 大体、わかった。
特に最後のアンダースタンの言い方。これが全てを物語ってるな。」
郵便屋の魔物に誘われ、外国に強化訓練に行った子獅子が帰ってきて数日後。
今度はここいら一帯を治める龍族の長、竜堂家の御三男である勇様が顔を出された。
今日も今日とて非公式だと本殿にいかず、社務所の縁側に座られる。
取り急ぎ現状、特に子獅子たちの近況を報告すれば、勇様は何度も頷いた。
「そもそも、向こうは3カ国語ぐらい混ざっているんだろ?
そのうちの一つだけでも、話せるだけようになっただけ凄いって話か。
天祥もやる時はやるな。」
海を超えた先、ミッドガルド大陸の西側に有る人間の国は3つ。
最も多くの領土と人口を抱えるフォートディベルエ、海と荒れ地が大半で国とは名ばかりのグレートシーランド、古代文明の跡を色濃く残すソルダットランド。
三匹の子獅子、瑞宮、逸信、天祥が今回行ってきたのはフォートディベルエの首都などらしい。
訪れた先で随分可愛がられ、彼方此方連れて行って貰ってご機嫌で帰ってきたが、強化訓練でもあったため、向こうの魔物を相手に実戦も行い、基礎体力が大分上がった。
天祥は幼い分、運動能力はそこまででもなかったが順応が早く、向こうの言葉を覚えてきた。
「シーランド語は何となく分かるが、ベルエはそれこそさっぱりだな。
どんなところなんだろうな。同じ都でも、うちとは違うことは間違いないが。」
見知らぬ外国への好奇心は龍族と言えども変わらないようで、子獅子たちが羨ましいと勇様は素直に笑った。
海を超えるとなれば、幾ら高位の龍族であろうと物見遊山へ行くには遠い。まして彼は関東を治める前御台所の三男坊として、気軽に出かけることも難しい御身分だ。
現場の様子を見る為、自ら各地を行脚することを重視され、気軽に声を掛けてくれるので忘れがちだが、本来は大変お忙しく、この様な田舎にいらっしゃる方ではない。
……本当にこんなところで油を売っていて良いのだろうか。
万能なことで知られる郵便屋の加賀見と言い、高位の龍族である勇様と言い、己の立場を少し省みた方が良い気がする。
彼らはその実力や地位を気に掛けること無く自由に振る舞うが、付き合わされる周囲が大変だ。
そう言えば、うちも無礼講を言い渡され敬語禁止だった。“様”って付けると嫌がられるんだった。
さりとて“さん”と気軽に呼べる相手ではないので、実に落ち着かない。
「勇殿は長い時を生きる龍族なんですから、そのうち、訪れる機会も有るんじゃないですか。」
「機会なあ。確かに心当たりがないわけじゃないんだが。」
心の中で敬称を直し、当たり障りのないことを言えば苦笑された。
「向こうには鉄火が行っているからな。会いに行けるものなら、それこそ行きたいんだが。」
留学している甥子さんのことか。
勇殿の兄上にあたる竜堂家の御長男は既に失くなっており、一族の跡目はその御子息が次ぐことになっているが、現在、国を不在にしている。名目は見聞を広げるための武者修行となっているが、裏に色々事情が有るらしい。
派手な恋愛系ゴシップであったはずだと頭の片隅で考え、続いて子獅子から聞いたことを思い出す。
「そう言えば、宿泊先に身分を隠した竜族の方が複数いらっしゃったそうですよ。
同居している人間にも内緒だと詳しいことは聞けなかったようですが。」
向こうは我が国と違って、人間とそれ以外が全面的に対立している。
言わば敵地潜入だが軍事的なものではなく、それこそ知見を広めるため、身分を隠して暮らしていたそうだ。
子獅子たちは匂いで気がついたようだが、詳しい事情まで話して貰えるはずもない。
『よく分かんないけど、内緒なんだよ。でも、いっぱい遊んでもらった!』などと、身も蓋もない感想しか持っていなかった。
特段、興味がなかったとも言える。
「へえ、そいつは珍しいが、その辺は加賀見の紹介先ってことだろうな。」
外国の竜は我が国の龍よりも、術の扱いが不得手らしい。
種族を隠し、人に紛れるには苦労が多かろうにと興味深そうに頷いて、勇殿は手持ち無沙汰気味に湯呑を何度も回した。
何時もいらっしゃる間、ずっと抱えている瑞宮は今日、側にいない。
出会って早々、先に水都で行われた御前試合で、うちの神社が初戦敗退したことを持ち出されたのがいけなかった。
勇様としては労るつもりだったらしいが、兄獅子達が手も足も出せなかった苦い記憶を思い起こされた瑞宮は怒り、弁慶の泣き所を思い切り叩いて逃げた。
貴賓に対して、いや、身分関係なく来客に大変失礼で申し訳ないことだが、つい、よくやったと思ってしまった。人には其々触れられたくないことが有る。
「それで、覚えてきたのは外国語だけか? 強化訓練の結果はどうだったんだ?」
「観光を兼ねてですから、其処まで大きく変わったわけでもないですが、動きがより俊敏で、的確になりましたかね。」
「じゃあ、何か技とか術とかは仕込まれてこなかったのか。」
強化訓練と行っても身体能力がそこそこ上がっただけと聞いて、興ざめしたような顔をされる。もっと大きな変化を期待されていたらしい。
ご期待には是非、添いたいところでは有るが、瑞宮たちはまだ子獅子。あまり過度の期待を掛けても可哀想だ。
本人たちは十分やる気を持って毎日努力をしているのだから、慌てることもないだろう。
「今はゆっくり身体を作る時期ですから。」
「ま、確かにそうそう急成長はしねえやな。」
そりゃそうだと苦笑して湯呑を抑え、勇殿は静かに呟いた。
「何より、元気でいてくれんのが一番か。」
どことなくしんみりとした口調に、彼がこの後、行く先を思い出す。
恐らく、今日もここより北西に有る三峰神社まで行くのだろう。
彼処には具合の悪い幼い霊獣がいる。既に三峰の兄狼や何かと器用な加賀見が打てる手は打っており、高位の龍族にも、これ以上出来ることもなく、小まめに通って何が変わるわけでもないが、気になって仕方がないそうだ。
返答に窮し、黙ってしまった自分に失態を覚えたのか、勇殿はますます大きな声で笑った。
「って、いけねえ、湿っぽくなっちまった。」
そんなつもりはなかったのだがと大袈裟に頭を掻かれる。
多分、彼は優しすぎるのだろう。
幾ら三峰が水都の西を護る神社の一つだからといって、一匹の霊獣にここまで足繁く通い、気に掛ける必要はないはずだ。
「なんかよ、加賀見のことだから、面白い技の一つも伝授するかと思ったんだ。
でも、限度が有るか。いくら頑張り屋だってミミ太の奴らはまだ子供だもんな。」
笑って誤魔化し、話題を逸らそうとするのを聞いて、一つ思い出す。
あれは技の一つに入るだろうか。
再び黙って首を傾げた自分に、勇殿は不思議そうに首を傾げた。
「なんだ、なんかあったか?」
「いや、伝授されたと言えば一つ、覚えてきたことが有るんですが。」
面白いと言えば面白く、意味がないと言えば無い。
どう判断して迷う案件で、一先ず棚上げとしていたのだが、あれも一応、技と言えないこともない。
「ほう、どんなのだ?」
「説明するより、見たほうが早いでしょうか。」
興味津々と言った体で、大きな目をさらに大きくするのに立ち上がり、準備をして社務所を出る。
準備と言っても持つのはラジカセ一つ。他に道具が不要なのが手軽ではある。
「元々、犬が災難を払い、猫は運気を呼ぶと言いますでしょう。
けれども、犬の除災は健在でも、猫の招福の力は年々落ちているのはご存じですか?」
「ああ、だが幸運ってんのは目に見えるようなもんじゃねえし、犬の吠える声には実際に破邪の力があるのと違って、本当に有るかも分からねえって奴だろ。」
「そうなんですが、加賀見によれば昔はもう少し、効果らしいものがあったようなのです。
なにせ使い手が猫なので気まぐれで、当てになるもんじゃないのは変わらないそうですが。」
話しながら、砂利が敷き詰められた境内を進む。今日は参道下の広場に行かず、子獅子達は拝殿前で遊んでいた。
ボールを投げ、相手をしてくれていた随伴の青年が背筋を正す。
「勇様、もう御出発なさいますか?」
「ああ、そうだな。けど、その前に、」
早速、ボールの入った籠を片付け、支度を始めようとする小日向殿を片手で制し、バリバリ頭を掻きながら勇殿は子獅子たちに目を向けた。
視線を感じた瑞宮が毛を逆立て丸くなる。
『む、おじちゃん、今日はボク、撫で撫でされてあげないよ!
怒ってるんだからね!』
フーと勇ましく唸ってみせるのに、勇殿は苦笑いを浮かべて子獅子を宥めにかかった。
「まあ、そういうなよ、ミミ太。兄ちゃんが悪かったからさ。」
謝ってはいても、余り申し訳なさそうではないため、瑞宮は眉間に皺を寄せたままジリジリと後ろに下がり、随伴の小日向殿も口を出す。
「本当ですよ。誰しも蒸し返されたくないことぐらいあります。
勇様とて、映山紅の君のことは触れられたくないでしょう。」
「ちょっ、お前、仮にも他所の神社で俺が公然の場で派手に振られた話とか持ち出すなよ!」
途端に身をのけぞらして叫んだ上司に、龍族の青年は無表情に言い返した。
「……私、そこまで申しておりませんが。」
「うん、そだね。」
過剰に反応して自ら墓穴を掘ったことを竜堂家の御三男は潔く認めた。
失言の効果は抜群で早速子獅子達が騒ぎ出す。
『おじちゃん、振られたって。』
『リク兄ちゃん、つつじのきみって何?』
『多分、女の人のことだよ。』
『勇のおじちゃん、振られた!』
振られた、女の人に振られたとのシュプレヒコールに居た堪れない空気が流れるも、止めるのは中々難しい。
『おじちゃん、振られちゃったの? 可哀想!』
毛を逆立てていた瑞宮も態度を改め、心配そうに駆け寄ってくる。
『振られるのって、凄い辛いって聞いたよ。
可哀想なおじちゃん! ボク、もう、怒ってないからお腹撫で撫でしてもいいよ。』
『テンちゃんも、ナデナデされてやってもいいよ。』
『おじちゃん、大丈夫? 振られると、心が痛いんだよね?
ボク、痛いところ、舐めてあげようか?』
『怪我じゃないけど、ボクも舐めてあげるよ。』
『可哀想。おじちゃん、とっても可哀想!』
『ミイチ、今度、おじちゃんに魚、獲ってあげるから元気出して!』
わらわら集まって子獅子なりに一生懸命慰めようとするも、その優しさが傷口に塩を擦り込むことも有る。
「うん、ありがとな。ここの獅子は優しいなあ……」
達観した笑顔を浮かべ、勇殿は可哀想と喚く子獅子たちの頭を静かに撫でた。
此れ以上、騒いではならぬと両手を叩き、注意を此方に向かわせる。
「瑞宮、勇殿を慰めたいなら、丁度良いのを覚えてきただろう。」
『そうだ! ボク、あれやってあげる!』
言われて瑞宮はぴょんと飛び跳ね、逸信と天祥もミャウと高く吠えて同意する。
彼らの技は他の子も知っているので、加わろうとゆらゆら尻尾を揺らし始める。
「何が始まるのですか?」
「そうそう、猫の招福の力がって話だったな。」
小日向殿が不思議そうに目を瞬かせ、勇殿が話しの途中であったと生気を取り戻す。
「昨今減少している猫の招福の力ですが、同じ様に減っているのが子供の数なのです。
余り知られていませんが、幼子にも招福の力が有るようで、子供の減少が猫の招福の力の減少にも影響を与えているのでは、引いては子供がいれば何らかの反応が有るのではと、旅行の合間に実験したと聞いています。」
永年幼い子供を保護してきた加賀見の経験からくる見解で、効果を期待するようなものではないが、時偶、見守れているようなものを感じるらしい。
無意識でも自分の世話をしてくれる存在へ協力しようとすることは考えられ、死んだ子供の霊を基にするという座敷童子が、やはり招福の存在であることから、全く関係がないとは思えないとも言っていた。
『ま、その恩恵を受けるのが俺じゃあ、他に回すところが有るだろと言わざるを得ないがな。』
何が嫌なのか、不快そうに眉間に皺を寄せて話していたが、誰をどの様に思うか選ぶ権利は子供にも有るだろう。
今回の実験も、只の趣味と曰いつつ劣悪な環境から掬い上げた子供達が、彼の下にいたから出来たことだ。
少なくとも犬の破邪の力は子供がいると増幅するそうで、ならば猫もと子供たちと子獅子を一緒に遊ばせ、互いの力が共鳴することを狙ったらしい。
「で、効果があったのか?」
「元々が有るか無いかもあやふやな物ですから。」
今ひとつ、信じがたいと顎を撫でる勇殿の問に答えるには実験数が少なすぎ、曖昧過ぎて肯定も否定も自分には出来ない。
「山口殿、そもそも御社の霊獣は獅子であって猫ではないのでは……?」
「破邪の力は犬だけではなく狼にも有るように、近縁種で更に神社付きならいけると判断したようです。」
珍しくも困惑を隠さず聞いてこられる小日向殿にも、同意するところは有るが抗議すべき相手は今いない。
取り敢えず、子供たちとたっぷり遊んできた三匹の子獅子たちはご機嫌で帰ってきて、頼めば嬉しげに向こうで覚えた技を披露してくれる。他の子達も特段問題なく受け入れ、一緒になって真似をする。
「では、始めますので、まずは見てください。」
持ってきたラジカセを地面に置けば、瑞宮達もずらりと並んで意気込む。
『よし、それじゃあ、皆、行くよ!』
ガウと音頭をとった兄獅子に子獅子達も揃って咆哮をあげ、了承を示す。
併せてスイッチを入れ、貰った音響が流れ始めた。
『はーい、皆、準備は良いかな?』
若い女性の声と併せて、可愛らしい曲が流れ出す。
『おいでおいで、おいでおいで、
にゃんこちゃん、にゃんこちゃん
おいでおいで、おいでおいで、
わんこさん、わんこさん
おいでおいで、おいでおいで、
みんな、みんな 仲良し、楽しく、遊ぼうね〜』
幼稚園で流れていそうな、明らかに子供向けとわかる音楽に合わせて子獅子達が前足を動かし、おいでおいでと何かを招く。
招く足を変えてみたり、角度を変えたりしながら一生懸命前足を動かす。
逸信などは器用に後ろ足でバランスを取って両手を使い、羨ましいのか、天祥がそれを横目で睨みながら真似しようとしては失敗している。
呼び寄せる動物を変えて、似たような歌詞が3回ほど繰り返されて終わり、瑞宮が嬉しそうに尻尾でトントンと地面を叩き、ガアと鳴いた。
『これできっと、おじちゃんにも良いことが有るよ!』
『招くとね、良いことが有るんだよ!』
『お兄ちゃんにも、何かあると良いねえ!』
やりきった感で興奮気味に子獅子は好き勝手騒ぎ、口の端を震わせて勇殿が問う。
「覚えてきたのって、これか?」
「そうです。」
耐えきれず、小日向殿が両手で口を抑えているのが目に入るが、見なかったことにする。
技は技でも遊技であるが、子獅子達が新しく覚えたことには変わりない。
どれだけ微妙であっても、宮司の自分が否定するわけには行かないのだ。
ふと、神社の中では珍しく強い風が吹いて木々の枝が揺れ、ボールがポトリと落ちてきた。
『あっ! ボールが落ちてきた!』
『ほら、やっぱり良いこと、あった!』
遊んでいるうちに引っ掛けてしまい、後で取ってもらおうと思っていたものらしい。
落ちてきたボールを咥えて跳ね回る瑞宮を囲み、子獅子たちは大喜びでガオガオ吠えまわる。
「これは、効果があったのか? それとも、偶然か?」
「木の上のボールなら、私が少し術を使えば済む話ですが。」
なんとも言えない結果に、龍族のお二方は首を傾げられる。
それでも、今回のように目に見える何かが起こっただけ、わかりやすい方だ。
使った際には何も起こらず、後日、知らないところで難を逃れていたことが判明するなど、関連性が見えない事例もあった。
何かしら良いことが起っている気もするが、偶然である可能性も高すぎて、技とするには余りに頼りなく、効果が不明瞭すぎる。
もし、この技を討伐で使用するなら、音響で敵を惑わす魔石を使えば簡単に音源を持ち込めるだろうが、使いどころが難しい。
だが、縁起担ぎ程度にはなる。
今度村のイベントなどでも披露することを考えてはいると説明すれば、勇殿はふむと頷かれた。
「ま、結果は兎に角として、招福効果は確かにあるな。
大変可愛らしく、見ているものが幸せになれる。」
「これも一つの効能ですね。」
小日向殿も深く同意される。
子獅子も永遠に幼いわけではないので何時までとは思うが、一応効果はあるらしい。




