お土産。
島嶼国である我が国、陽伴の西側にあるミッドガルド大陸は、その形からしばしば竜に例えられる。
陽伴が竜の頭部であれば、翼の先には人間の国では世界最多の人口を抱えるフォートディベルエを始めとする各諸国、1000年前の大戦で失われた古代文明の遺跡、神々の痕跡を示す神域などがあるという。
特別な諍いなく、比較的穏やかに共存している我が国と異なり、海を超えた先の大陸では未だ種族間の紛争が続いており、人とその他の種族が当たり前のように啀み合っているそうだが、裏では休戦状態にあって、其々の文化を築いているそうだ。
そんな大陸の片隅に、郵便屋の加賀見は根城を構え、幼い娘のきいちゃんに2匹のお守り狼、7匹の世話係な飼い犬、各地で保護した子供たち諸々と暮らしている。
当然、知り合いも多く、伝手が有るから強化訓練混みの観光旅行として遊びにこないかと誘われた。
船による海上の移動は危険が伴い、日程が掛かること。形式上、複数の島が一つに纏まっていることになっているが、実情は幾つかに分裂して統治されていることなどから、陽伴は他国と正式に国交を結んでいない。
この機会を逃せば外国に行けることなど、まずないだろう。
神社の外に出る機会が殆どない子獅子たちは、余計に大喜びでこれに食い付いた。
一度に全員は連れていけないので数匹ずつとの指示にも、泊まる場所や出かける先などを調整するので、すぐにはいけないとの説明にも大人しく頷いた。
今や元々の発端、加賀見が刈り上げた鬣を修復する為とは言え、兄獅子達ばかりおやつを食べてずるいと騒ぎ立てたことなどすっかり忘れ、お利口に自分の順番を待っている。
興味の方向を巧みにずらし、自分に都合が良いように持っていく加賀見の手段は流石だと思う。
飽きたり、面倒になるとあっさり力技に切り替え、どれだけ抗議しようと全力で無視する辺りも含めて流石だと思う。
そもそも人数分のおやつと旅行手配なら、おやつのほうが費用的にも手配的にも楽な気がする。
恐らく、本人が面白い方を取ったのだろう。
うっかり日程を聞き忘れて帰国日が分からず焦りもしたが、第一弾として出掛けてきた三匹の子獅子たちは、先日無事に帰ってきて、旅行に大変満足し、ご機嫌だった。
瑞宮をメインに時々天祥、逸信は尻尾を揺らすだけな形で語られた土産話によれば、加賀見のお弟子さんの所に宿泊し、朝はきいちゃんや子供たちと遊び、昼過ぎからお弟子さんの仕事仲間と魔物退治に出掛け、夕方から夜にかけて、宿泊先でのんびり休憩と充実した日々を送ったらしい。
お弟子さんは勿論、同僚の方に迷惑ではなかったのか非常に心配だが、随分可愛がって貰ったようだ。
良いものをお腹いっぱい食べ、沢山遊んで貰い、毎晩丁寧に洗われ、櫛を入れてもらったお陰で毛並みがツヤツヤフワフワになって帰ってきた。
特に瑞宮なんかは弟の分まで食べたせいか、色々と絶妙な感じになっている。
逸信も少し痩せたように見えたが、別に栄養が足らなかったわけではなく、余分なところが締まり、大人っぽくなって戻ってきた。
強化訓練の名目も伊達ではなかったようで、二匹とも動きが力強く、俊敏になったようだ。
ただ、天祥はまだ幼いだけに兄獅子ほどの変化はなく、当人は『より勇敢に、より賢くなって帰ってきた!』と主張しているも、『より我が儘に、より甘ったれになって帰ってきた』が心証である。
毎晩、向こうのお姉さんに撫でてもらったのが忘れられないようで、戻ってからも自分の膝に陣取って、寝るまで降りようとしない。
子獅子としても大分大きくなったので、時々本殿で寝るようになっていたのだが、もう、そんなのどうでも良くなったらしく、社務所から一晩たりとも出ようとしない。
見た感じからも、土産話からも良い思いをしてきたのが伝わってきたので、残っていた子獅子たちが次は自分の番だと色めき立ち、それを見た兄獅子達は羨ましそうに耳を頭に付けた。
留守番確定の彼らを慰める為という訳ではないようだが、瑞宮達は一風変わったお土産を貰ってきた。
当人達が背負ってきたリュックの中身は、現地で拾ったどんぐりやら霊獣用のお菓子やら、持っていったボールやらと役体の無いものが殆であったが、中にマフラー引換券が入っていた。
旅行の切っ掛けを聞いたお弟子さんのお友達が、鬣が生え揃うまでの繋ぎとして獅子達のマフラーを編んでくれているらしい。
出来上がったら順番に送ってくれるそうで、毛糸の色が書かれた番号札を前に、誰がどれを選ぶか激しい議論が行われたが、お土産で大騒ぎなど恥ずかしいと弟たちへの面目上、裏で行われたので無かったことになっている。
また後日、リュックに入らなかったと別輸送で、幾つかの魔石と薬、手作りのおもちゃが詰まった袋が送られてきた。
親指ほどの魔石は子獅子達が退治した魔物からの戦利品の一部で、瑞宮が欲しがったらしい。
頑張った結果を見せたいとも、純粋に珍しいとも思って選んだそうだ。
『これはね、食べても美味しくないんだよ。
でも、ピカピカで綺麗でしょ? じいちゃんが喜ぶかと思って。
美味しければ、もっとよかったんだけどね。』
そんなことを言いながら、至極残念そうに何度も首を傾げていた。
手にとってみれば、神術の補助に使うものと同じ様に見えるも霊気が全く詰まっていない。
此れでは確かに獅子達が食べるに向いていないが、全くの無価値とも思えず、一先ず戸棚に大切に仕舞った。
薬は現地の冒険者が怪我の治療や体力の回復に使うものらしい。
選んだのは逸信で、自分たちも飲めるとジュース感覚で買ったようだ。
『特別な薬草とお水を使って、霊力をたっぷり込めて作るんだって。
だから、霊獣のボクも飲んでも大丈夫って聞いたよ。おいしかった。』
尻尾を揺らす兄獅子の説明に子獅子達が聞くだけで済むはずもなく、飲んでみたいとみゃうみゃう鳴き出した。
勿体振っても仕方がないので何種類かある内、赤いのを一本取って味見させたところ、豊一が大層気に入って、もっともっとと騒ぎ、結局一匹で殆ど全部飲んだ。
そして、青い毛並みが桃色に変わった。
『飲みすぎると毛の色が染まっちゃうんだよ。でも、身体に害はないし、直ぐに落ちるよ。』
ピンクの子獅子と可愛らしくなった弟を面白がって、逸信はくすくす笑ったが、そういうことはもっと早く言って欲しい。
豊一は特段気にしていないどころか、逆に気に入っていたから良いものの、突然の不良化に自分が吃驚である。すぐに落ちるようで本当に良かった。
おもちゃの袋には天祥がピスピスと鼻を鳴らしながら近寄ってきて、前足で中身を取り出し始めた。
『これは、テンちゃんのぴよこちゃんを直してもらったんだよ。』
そう言って咥え上げたのは以前、天祥が貰った毛糸のボンボンで作ったひよこで、目や嘴が取れてしまっていたのを、新しく付け直してあった。
黄色のひよこを大事そうに自分の腹の側に置いて、天祥は別のを袋からひっかき出す。
今度は灰色の毛玉が出てきた。
『これは、新しいぴよこちゃんだよ。』
いいながら、そっと咥えて机の上に載せる。
可愛らしい灰色のひよこに子獅子たちは目を輝かせたが、誰も触らないうちから、天祥は再び腹の下に仕舞い込んでしまった。
『これもテンちゃんのだよ。テンちゃんの新しいぴよこちゃんだよ。』
『なんで! テンちゃんばっかり狡いよ!』
当然、他の子が怒り、まず最初に燦馳が吠えたが、天祥は全く動じず、淡々言い返した。
『だって、ぴよこちゃん、別々にしたら可哀想でしょ。』
可哀想なのだろうか。
『可哀想、かな?』
『ぴよこちゃんも、皆、一緒じゃないと嫌かな?』
『絵本では、何時も一緒だね。』
んん?と戸惑い、額を突き合わせてみゃうみゃう揉める兄弟を眇めで睨み、天祥は偉そうにグルルと鳴いた。
『皆のは、こっちだよ。』
袋を咥えて持ち上げれば、中身がコロコロ転がりでてきた。青い毛糸で出来た丸いボンボンに、目が付いている。
色が違うが煤のお化け、若しくは住まい探しに来た宇宙人の様な4つの毛玉を前足で差して、天祥は説明した。
『これがマルルで、こっちがコロロで、小さいのがフワワだよ。この大きいのはボン。
きいたんが、つくってくれたんだよ。』
小さいきいちゃんが自分たちに作ってくれたのだと、一つずつ兄弟の前に青いボンボンを置いていく。
しかし、留守番していた子獅子は5匹。
陸晶、燦馳、豊一、無比刀がお土産を受け取って、嬉しそうに尻尾を揺らす中、何も貰えなかった巳壱がみゃあと悲鳴を上げた。
『なんで、ミイチのはないの?』
『ミイちゃんのは、別にあるんだよ。』
ベソをかく兄弟をフンと鼻先で笑い、天祥はもう一度袋を咥えて左右に振り、何処かに引っかかっていたのか、先程は出てこなかった灰色の物体がべたりと床に落ちた。
布で作られた細長い楕円形で、虚ろな目玉が付いている。
『魚だよ。』
何これと、誰かが問う前に天祥は胸を張り、前足で床を叩いた。
『ミイちゃんの、魚だよ。
きいたんが絵を描いて、お姉ちゃんが切って、縫って、綿を詰めたんだよ。
ミイちゃんのために、きいたんが作ってくれたんだよ。』
『ミイチの……』
『ミイちゃんは、きいたんにお魚一杯あげたからね。
きいたんが頑張って描いたんだよ。』
今年の夏、巳壱は妹だと思っているきいちゃんに捕まえた魚をプレゼントした。
池で泳ぐ沢山の魚にきいちゃんは大層喜んでくれ、幼いながらにそのことを覚えていたらしい。
改めて見れば、エラやヒレがあるので一応魚だと分かり、虚ろな瞳がらしいと言うか、2歳にならないであろう、きいちゃんが描いたにしては、上手に出来ている。
『ミイチの、魚……!』
『大事に、するんだよ。』
突然のことに理解が追いつかなかったのか、反応の薄かった巳壱の顔に段々と喜色が浮かび、天祥が重々しく魚を前足で押して差し出した。
目の前に置かれた魚の匂いをフンフンと嗅いで、巳壱がくるりとこちらを振り返る。
『じいちゃん! 魚! ミイチの魚!
きいたんが、作ってくれた!』
「ああ、良かったなあ。」
巳壱はきいちゃんが大好きなだけに、以前天祥がひよこを貰ったのをとても羨ましがっていた。
その時は誤解もあって大人しく諦めたのだが、今度は間違いなく自分の為に、わざわざ作ってもらったとあって、尻尾をブンブン振り回し、その場でくるくると回り始める。
『ミイチの魚! ミイチの魚!』
嬉しさを抑えきれず、はしゃぎ回るのをピシリと天祥が嗜める。
『駄目だよ、ミイちゃん! しっかり持っておかないと失くなっちゃうよ!』
『失くなっちゃう!? 嫌だ!!』
誰も取ったりしないと見ていた兄弟たちが耳を頭にくっつける中、巳壱は一声吠えると、慌てた様子で魚をしっかりと咥えた。
『ミイチの、魚! もう、絶対離さない!』
『大事にしなよ。』
宣言に満足そうに天祥が頷き、大喜びする巳壱に兄弟たちも尻尾を揺らした。
胸を張り、尻尾をピンと立てて魚を咥えた巳壱は実に誇らしげだ。
お魚咥えたドラネコ。好意的に表現して木彫りの熊と鮭。
そんな言葉が頭をよぎるがぐっと飲み込む。
『ムイは、コロロでよかったよ。』
無比刀がポツリと呟いたのも聞こえなかったことにする。
こうしてお土産の分配が終わった。
暫く瑞宮たちが弟に話を強請られていたが、そのうち自分たちの番が回ってくるとして、数日で落ち着いた。
唯一、落ち着かなったのが巳壱である。
あれから宣言通り、何処へ行くにも魚を咥え、一向に離さない。
皆で遊びに行くにも咥えたまま走るので、隣にあたると不評を買い、ボールにしてもプロレスにしても、咥えたままでは遊べぬと文句を言われ、当人も周囲についていけぬと半べそをかいたが、それでも離さない。
仕方がないので背中に負わせておんぶ紐で縛った。はみ出た頭や尻尾が隣にぶつかる問題は残ったが、一先ず終結した。
そんなわけで、朝の日課に巳壱の背中へ魚をくくりつける作業が加わった。
村でも「神社に魚を背負った子獅子が出没する。」と評判になっている。
正直、これで良かったのか色々不安であるが、巳壱は大変幸せそうなので良いことにしよう。




