帰ってきた。
『そう言えば、テンちゃん、ジン兄にも怒られてたよ。』
『テンちゃんは興奮すると、すぐ飛びつくもんね。』
兄獅子達の足元で子獅子達も額を寄せ合い、ミャウミャウと鳴く。
困り顔で尻尾を揺らす弟たちを眺め、諦めたように湊は俯き、耳を伏せた。
『ミミ太が止めればいいけど、彼奴も結構調子に乗る時有るし、逸信もあれこれ言う奴じゃないからな。
できれば僕も一緒に行ければよかったけど、そういう訳にはいかないし。
心配したって何にも出来ないんだから、するだけ無駄な気もするけどさ。』
『ま、その辺も踏まえてのお誘いだろうし、行った先でのことは加賀見の兄ちゃんに任せようよ。』
『しかし、何時帰ってくるのかね、彼奴ら。』
苦労性の兄弟を護矢が軽く前足で叩いて慰め、翔士がブルブルと短い鬣を振るう。
どれだけ思うところはあっても、天祥達がいるのは海を超えた先の外国。何が出来るわけでもなく、結局代わり映えのしない結論に落ち着いた。
頷き合う兄獅子たちを見上げ、子獅子の豊一が知った顔で吠える。
『きっと、そろそろ帰ってくるよ!
今日で丁度10日だもん。ボク、知ってる。』
その声に呼ばれたわけではなかろうが、参道の方から獅子が吠える声がした。
誰だったかと思い出す前に、聞き慣れた甲高い鳴き声はどんどん近づいてくる。
『じいちゃーん! ただいまー!』
『テンちゃん、帰ってきたよ!』
『兄ちゃんからの手紙、預かってきたよ!』
真っ白い三つの塊が吠え立てながら、此方に向かって突っ込んでくる。
予想が当たったことに豊一が飛び跳ねた。
『ほら、帰ってきた! ボク、当たった!』
『ミミ兄だ!』
『ミミ兄達、帰ってきた!』
他の子らも飛び上がって周囲を興奮のままに走り回り始める。
参道から現れたのは、外出していた三匹の子獅子達。
見慣れないリュックを背負い、駆けてくる彼らはとても元気そうだ。
先頭を走っていた逸信が、距離が縮まるにつれてスピードを落としたのを抜いて、天祥が弾丸のように飛び込んでくる。
湊がビクリと及び腰になった。
『じいちゃん! ミナト兄ちゃん! ただいま!』
そのまま勢いよく飛び掛かってきた弟を、白い若獅子は素早く避けた。
避けられて、ぽんと地面に着地した天祥はくるりと振り返ってフシャッと怒る。
『なんで避けるのさ!!』
『避けるよ!
お前、しがみつくのはまだしも、飛び付くのは止めろって言ってるだろ!』
前足で抱きつかれるのは耐えるとしても、後ろ足も使って全身で飛び付かれるのは重い。
それも勢いつけてとなれば普通に痛い。
懲りずに改めて抱きつこうとする天祥を、湊は前足を振るって牽制する。
帰って早々、シャッシャッと叩き合い、再会を多分喜んでいる彼らは置いておくとして、同じく戻ってきた瑞宮と逸信を迎え入れる。
『じいちゃん、ただいま! ボク、帰ってきたよ!』
「ああ、おかえり、みずみ、や!?」
尻尾を振り回しながら飛びついてきた瑞宮を受け止めて、たたらを踏む。
『じいちゃん、ボク、お出かけして立派になった?』
「重っ! 立派になったっていうか、お前、重いぞ!
何を食べてきた?」
うちの獅子達は無機物の身体を持つせいか、見た目より数段重い。
重いが、通常の範疇を超えて瑞宮は重たくなっていた。
とてもじゃないが抱えていられず、地面にゆっくり降ろす。
『いっぱい、鍛えてきたからね!』
強化訓練の名目は伊達ではなく、毎日走り回っていたと言う。
フンと鼻息荒く瑞宮は胸を張り、その隣で逸信が何か言いたそうに尻尾を揺らす。
「それにしたって、見た目はそんなに変わって、」
外見は其処まで変わっていないように思えたが、言いかけて止める。
丸くなってるわ。身長は変わってないけど、全体的にフォルムが丸くなってるわ。
「……ミミ太、お前、何を食べさせてもらったんだ?」
『神域じゃないから霊気吸収できないし、しちゃいけないって言われて、代わりに毎日カリカリを沢山貰ったんだ!』
「そうか。それで太ったんだな。」
『違うよ! そんなはずないよ! これは筋肉だよ!』
神域の外では糧とする霊気が吸収できない為、代わりに霊気を含んだ鉱石を主食にした結果、体重が増えたらしい。
子獅子の中で一番触り心地が良いと評判の瑞宮であるが、毛並みとかその他諸々がますます絶妙な感じになっている。本人は否定しているのでこれ以上は差し控えるが、触り心地が格段に良くなってる。
無機物の身体に筋肉はないと思うのだが、プンプン怒る兄獅子を眺め、尻尾を揺らす逸信も撫でてやる。
此方は少し背が伸びただろうか。それにほっそりした感じがする。
「逸信、お前、少し痩せたか?」
『……じいちゃん、ボク、頑張って戦ったんだよ。
でもね、2対1じゃ難しかった。』
「瑞宮、天祥。お前ら逸信のご飯、盗ったら駄目だろ。」
『ボク、盗るつもりはなかったんだよ。でも、目の前のカリカリ食べたら、イッちゃんのだった。』
『テンちゃんは、ミミ兄が食べてたから食べた。』
逸信は問いに多くを答えようとはしなかったが、大凡の予測は出来、そして外れなかった。
人の分まで食べたがる悪い奴らを叱るが、何処まで反省しているやら。
逸信としても他に話したいことが沢山有るようで、くるりと回って背中のリュックを自慢した。
『じいちゃん、ボクね、向こうで頑張ったよ。
お手伝いも沢山したの。お土産も一杯貰った。
加賀見の兄ちゃんから、お手紙も預かったよ。』
『ボクも貰った!』
『テンちゃんも!』
言われて思い出したのか、瑞宮と天祥も一緒になって吠え、子獅子達が羨ましそうにわらわらと集まってくる。
『いいなあ。ミイチも、リュック欲しい!』
『中に何が入ってるの?』
『ミミ兄、お土産って何?』
『どんな所に、行ったの?』
ミャアミャア好き勝手騒ぐ弟たちを湊が前足で軽く散らし、ぐるると唸って聞く。
『瑞宮、向こうで誰かに迷惑掛けたりしなかったか?』
『テンちゃん、お利口だったよ!』
『天祥は一寸黙ってなさい。』
天祥に聞いても埒が明かないと考えてのことであろう。
発言を却下され、なんでだと騒ぐ弟獅子を前足で後ろに追いやって湊は問い、瑞宮は困ったように首を傾げた。
『んーと、最初の日に一寸暴れちゃったけど、後は大丈夫だと思う。』
『なんで暴れたんだ?』
『だって、見たことのない色の人が沢山居たんだよ。』
暴れたと聞いて、鼻に皺を寄せた兄獅子に言い訳するように、瑞宮は尻尾を振り回して説明した。
『だって、髪の毛が黄色かったり、目が緑色だったり、肌が真っ白だったりしたんだよ。
それに喋ってる言葉が全然分かんないの。一寸、怖かったんだよ。』
『そうか、外国だからな。』
『髪の毛が黄色で目が緑? そんなの、見たことない!』
『なんで言ってること、分かんないの?』
納得した様子で、湊は耳を動かし、話を聞いた留守番組の子獅子達が再びみゃあみゃあ騒ぎ出す。
これ以上はキリがないので一旦終了させる。
他の獅子たちにも彼らの帰宅を教えてやらねば。
「よし、もうその辺りにして、本殿に皆で行こうか。
二前も陸奥も心配してたし、話は皆、聞きたいだろう。」
手を叩いて移動を伝えれば、早く話が聞きたい子獅子たちは本殿へ駆け込んでいき、兄獅子達は他の獅子を呼びに行ってくれた。
其々が動くのを見送り、自分も本殿に移動する前に残った三匹を順番に撫でてやる。
「しかし、言葉も通じないようなところで、10日間もよく頑張ったな。
寂しかったり、大変じゃなかったか?」
『少しだけだけど思念波が通じる人もいたし、皆、優しくしてくれたから、大丈夫だったよ。』
『言葉も慣れたら、一寸は分かるようになったよ。』
いくら兄弟と一緒とはいえ、頼れる兄獅子や自分の居ない初めての旅行で10日は長い。
無事に戻ってきたことを褒めてやれば瑞宮も逸信も、照れくさそうに尻尾を揺らしたが、天祥は思い出した様にガウガウ吠え出した。
『そうだよ! 大変だったの!
でも、テンちゃん頑張ったんだよ!』
「そうだな、偉かったな。」
前足で地面を引っ掻いて騒ぐのに苦笑してしまうも、もう一度褒めてやれば、子獅子は偉そうに尻尾を振り回した。
『テンちゃん、皆とお話ししたいから、頑張って言葉を覚えたんだよ!
ご挨拶も出来るようになったんだよ!』
「そうか、それは凄いな!」
向こうの言葉を覚えたと騒ぐのに、素直に感心する。
言語の習得は子供のほうが早いと聞くが、それでも凄い。
驚かれ、気を良くしたのか、天祥は鼻をピスピス鳴らして聞いてきた。
『じいちゃん、聞いてみたい? テンちゃんのご挨拶、聞いてみたい?』
「ああ、聞かせてくれるか?」
『しょうがないなあ! じゃあ、聞かせてあげるよ!』
頼めば子獅子は尻尾をビュンビュン振り回し、偉そうに溜息を付いてみせた。
前足で地面をとんとん叩き、ブルブルッと身体を振って、胸を張る。
『Je vais bien et intelligent, mais toi?
Vous ñ'oubliez rien ?
Tu comprends ce que je dis ?』
獅子の喉では人の言葉は発音できず、思念波であるが綺麗な発音だ。
喋り終わった天祥は鼻を突き上げるように高くし、フンと鳴らした。
流暢に外国の言葉を操る弟に瑞宮と逸信が口を開け、耳を横に垂らす。
『どう、じいちゃん?』
まるで何かの巨匠のように自信に満ちた顔を斜めに傾け、上目遣いで此方を見上げる天祥に、にこやかに頷いてやる。
そして、その頭を引っ掴む。
「うん、詳細は兎に角、馬鹿にされたっていうのは分かった。」
「ニギャーッ!!」
片手で顎を抑え、思い切り両頬を押し潰してやる。
口を開け、変な顔でジタバタ暴れる弟を見上げ、瑞宮と逸信が案の定、呆れた様子でニャアと鳴いた。
『テンちゃんはすぐ、調子に乗るんだから。』
『帰って早々、これなんだから。』
何処の言葉であろうと、悪口は何となく伝わるものであり、甘やかされて調子に乗った子獅子を嗜めるのも宮司の仕事である。
取り敢えず、礼儀作法を思い出すまで、ダンボールにでも詰めておこうか。
土産話は何時でも聞ける。




