誤魔化す。
神社は清浄な霊気の集まる場所、神域を護るために建てられる。神域はその特性において魔を払い、霊水を湧きださせ、周囲に繁栄をもたらす。神域の核となる御神体は訪れたものに霊気を振り分け、魔石と呼ばれる霊気を含んだ鉱石、時には霊獣をも生み出す。神職として自分が属する咲零神社の御神体も魔を打ち滅ぼし、参拝者に燃ゆる闘気を呼び、獅子の姿をした霊獣を生む。
霊獣は多かれ少なかれ霊気を必要とするものだが、御神体の分身として生まれる獅子達が糧とするのも神域の霊気。神域に居る間は身体が自然と必要なだけの霊気を取り込み、飢えることはないが、境内を出れば話が変わる。
霊気は水のように性質を変えるもの。全てが獅子達の糧に適するわけではない。まして瘴気と呼ばれるほど淀み、歪んで汚れていれば、糧どころか毒となり身を損なう。
神域を守るものとして周囲に害を及ぼす邪鬼怨霊を討伐すべく、瘴気漂う魔境に赴くにあたり、現地で霊気を吸収できないのは言うまでもないが、補給無く戦えば如何に勇猛果敢な獅子と言えども敗北は必須。
そんな時に役立つのが霊水や魔石だ。多量に含まれた霊気が獅子達の飢えを満たしてくれる。
特に魔石は輸送や携帯に適し、神術発動の補助など多方面に使えるため、重宝する。
御神体が魔石を生み出すか否かは性質によるため、全ての神社に産出を求めることは不可能であり、当社も霊水は湧き出るが、魔石は生産されない。精々、御神体の周りに鉱石を置き、時間を掛けて霊気が吸収されるのを待つぐらいのものだ。
従って魔石を得たいと思えば、他所からの譲渡が前提となる。
魔境の活性化による怨霊怪異の発生は毎年のことでもあり、提携する神社から兵糧として定期的に送られてくるが、当然有限である。輸送量は打ち合わせにより予め定められ、非常事態や長期の遠征にも耐えうるよう多少の幅は持たせているが、無尽蔵に手に入るものではない。まして、気軽な日々のおやつとして食べるものではない。それにも関わらず。
誰か、食べた奴がいます。
社務所で携帯用に砕いていた魔石を、盗み食いした輩がいます。
犯人は大人しく出頭しなさい。今なら短時間のお説教で勘弁してやるから。
しかしながら犯人が報告しに来る筈もなく、素知らぬ顔で境内を駆け回っている子獅子たちを眺めて溜息をつく。
彼らの手の届くところに置いて目を離した自分も悪いが、最近、魔石の扱いが軽い気がする。他の神社や都の統括者からの伝令を運ぶ郵便屋が、多々くれる屑石のおやつと同列視されている気がする。
あれはあれで鉱石として純度が高く、質の良い霊気を含んでおり、お安くはないと思うのだが、そういう問題ではない。
食べられたと言っても、いたずら程度で収まるものだが、そういう問題でもない。
大変なんだよ。
魔石と言えども鉱石には変わらず、ちょうどいい大きさに砕くの大変なんだよ。
一緒に出る細かい破片なら食べてもいいけれど、割れた奴は持ってかないで欲しかった。
まあ、いい。どうせ犯人はすぐ知れる。
獅子たちを呼び集め、要件を伝え、一列に並ばせる。騒ぐ奴らは黙らせる。尋問は既に始まっているのだ。
素知らぬ顔で尻尾を揺らす奴。不安げに俯く奴。落ち着き無く足踏みする奴。何だか未だによく分かっていなさそうな奴。
態度は様々であるが、聞けば一発で分かる。長らく当神社の宮司として働く自分には、彼等の嘘を見抜く方法がある。
それでは順番に行きます。まずは子獅子から。
「八幡、お前の仕業か?」
『やだなあ、じいちゃん。
ボクがそんなこと、するわけにゃいじゃん。
盗み食いなんて格好悪いし、其処までお腹空いてないよ。』
「璃宮、お前はどうだ?」
『……ボク、食べてないよ。
ハチとは一緒に居たけど、ボクは食べてないよ。』
「瑞宮、お前は食べたか?」
『じいちゃん、ボク、食べないよ!
そりゃ、確かにじいちゃんのご飯は盗み食いしたし、お肉やみかんを一寸貰ったことはあるけど……
でも、カリカリは盗ってないよ!』
「陸晶、お前はそんなことしないと思うが?」
『ボク、カリカリの塊なんか、知らにゃい。
知らないもんは食べられにゃいよ。』
「逸信。正直に言いなさい。」
『ボク?! ボ、ボクは、ええと、食べてにゃいよ。
……本当は、一寸……机の上に溢れてたの、食べちゃったけど……
でも、大きい塊は食べてないよ。本当だよ。』
「天祥はどうだ?」
『イツ兄ちゃん、カリカリの欠片食べたの!?
ずるいよ! テンちゃんだって、食べたかった!
ん? 何、じいちゃん? 欠片はどうでもいいの?
大きい塊? テンちゃん、そんなの食べてにゃいよ。』
「豊一、燦馳、巳壱……は、いないのか。じゃあ、無比刀。
お前らは食べたのか?」
『ぼく、たべにゃい。』
『うそだよ。とよいち、たべたもん。
ぼく、みてた。』
『さんじだって、たべたじゃん!』
『だって、としにいちゃんが、いいっていった。』
『あっ、燦馳! お前、余計なことを!』
『むいもたべた。おいしかった。』
はい、一件イレギュラーがありましたが、ここまでの判決を下します。
「璃宮、瑞宮、無罪。
八幡、陸晶、天祥、有罪。
逸信は溢れたのをつまみ食いしただけなので、微罪として今回は無罪にします。
豊一、燦馳、無比刀は唆されたとは言え、有罪だな。悪いとあんまり思ってない辺りが。
そして、翔士。お前が一番悪い。
兄獅子として模範にならなきゃいけないのに、何やってるんだお前は。」
『なんでー!!』
ぎゃあぎゃあと不満、安心それぞれに吠え、喚き、大騒ぎするが、自分の心に聞けと強く言いつければ、有罪判決を受けた子獅子達は素早く視線を反らし、大人しくなった。
子獅子はこれでいいとして、犯人を引き続き探す。他に誰か関わっているだろうか。
他に本日、境内にいるはずの獅子は、翔士を除いて計4匹。この場に居るのは3匹。五十嵐は後で探そう。
「二前。」
『おじいさん、それ、本気で聞いてますか?』
「いや? ただ、形式上な。
全員に聞かないと不公平かと思って。」
『食べてませんよ。魔石なんか。』
「だよな。あ、そう言えば、広場のフェンスに穴が開いてたんだが、こっちは何か知らないか?」
『知らにゃいです。』
「……二前?」
『ごめんなさい。昨日、俺がやりました。
間違って変な方向にボール飛ばしちゃって。』
「仁護は?」
『じいちゃん、俺、カリカリなんか盗ってないよー
子供じゃないんだからさー』
「そうか。じゃあ、寝床のタオルもちゃんと洗濯に出したな?
子供じゃないんだから。」
『出すよ。明日出す。絶対出す。』
「陸奥は食べないよな。」
『食べてませんよ。
……いや、食べてはいない。
食べてはいないんだけど、小さく割ってくれって頼まれて手伝いました。
今思えば、あれがそうだったかと……』
「おかしいって、気が付かなかったのか?」
『確かに変だなとは思ったんですよね。
でも、陸晶もいたし、貰ったのかなって思って。』
「陸晶は普段、いたずらしないしな。
でも、やる時はやるからな。」
尋問にて判明した。二前と仁護は今回は無関係。陸奥は多少、関わっているから、厳重注意だろうか。
しかし、本当にどうしてくれよう。気不味げに尻尾を揺らす連中を前に考える。子獅子はいたずらするものであるが、困ったものだと腕を組み、悩んでいたら五十嵐と巳壱が戻ってきた。
皆が集まってるのを見た巳壱は、目を丸くしてみゃあと問う。
『なんで、みんな、あつまってんの?
みいちが、きのぼりしてたあいだに、なにがあったの?』
五十嵐の監督にて木登りをしていたが、降りるのに手間どり、今になってやってきたらしい。
犯人となりうる獅子はこれで全員揃った。遅れた二匹に事情を説明する。
「実はな、一寸目を離した間に魔石が失くなったんだ。」
『社務所の机にあったやつでしょ。食べたよ。
丁度、お腹減ってたから。
いくら神域の中とは言え、運動した後はなんか食べたくなるんだよね。
でも、一寸ぐらい大丈夫でしょ?』
「……五十嵐! お前、筆頭獅子だろ!」
五十嵐有罪。尋問するまでもなかった。
五十嵐は当社を代表する筆頭霊獣にして、獅子達のリーダーとして先頭に立つ存在である。
それがこれでいいのだろうか。いや、よくない。よくないのは分かっている。
額を押さえた自分や、兄獅子が一同に集められている状況に怯えたのか、巳壱がグルグルとその場で回り始めた。
『えっとね、みいちはね、かりかりね、えっとね、えっとね、じいちゃ、じいちゃ、みいちね、』
「落ち着きなさい、巳壱。」
「にゃあー……」
困惑し、悲しげに長く鳴く様子からは関わっているのか、否かは分からない。
「落ち着きなさい、巳壱。
食べたなら、正直に謝りなさい。
食べてないなら、堂々とそう言いなさい。
本当ならじいちゃん、ちゃんと分かるから。」
『……うん!』
優しく言い聞かせれば、安心したのか子獅子はブンと尻尾をひとふりして、ミャウと鳴いた。
『じいちゃん、みいち、たべてにゃあ!』
「そうか。」
ふんすと鼻息荒く胸を張る子獅子に微笑み、その首根っこを引っつかむ。
「巳壱、じいちゃん、とても残念だよ。
それから、他の食べた奴らも一緒に来なさい!」
『どうどうと、したのに! したのに!』
何故バレたと手足を振り回して暴れる巳壱を眺め、有罪判決を受けた獅子達がしょぼしょぼと付いてくる。
少量の魔石のことであまりグズグズ言いたくないが、締めるところはきっちり締めなければ。
大体、嘘など付いてもすぐバレるのだ。
何せ、うちの獅子達は嘘をつくとき、揃いも揃って猫語が混ざる。人の言葉を発せない代わりの思念波だと言うのに、ニャアニャア言い出す。
これで自分を誤魔化そうなど片腹痛い。




