捕らえる。
霊気溢れる神域は瘴気を防ぎ、繁栄を齎す場所として、人間だけではなく霊獣、妖精、精霊など多数の種族から重要視されている。神域を守り、管理する施設として神社は建てられ、それぞれの事情と環境の元に協力体制を取っている。
勿論、自分の所属する咲零神社も例外ではなく、複数の神社と良好な関係を築いている。
そんな提携先の一つ、智知神社に行った後で当社の子獅子、瑞宮が文句じみた疑問を口にした。何故、同じ神社でありながら、うちの境内には池一つないのかと。
智知の子虎に「咲零には池も川もない」と、言われたのが悔しかったらしい。
そんなもの、なくても困らないと答えた。管理する費用も手間も掛かれば、誰かがうっかり落ちてもつまらない。実際、弟の天祥が落ちたばかりであったので納得されたが、それ以前にどう頑張っても必要性を感じない。
当社には確かに観賞用の川も池もない。だが、すぐ近くに本物の川と湖がある。川幅5m程度、浅瀬で河原付きと安全に遊ぶに丁度良いポイントもあるのに、境内の中にまで手間暇掛けて設置しなくともよいだろう。
うちの神社に所属する霊獣の獅子達はネコ科らしく、水遊びは然程好きではないが、行ったら行ったでそれなりに楽しむ。
夏の暑い時分など、遊びと避暑と兼ねてよく赴く。
兄獅子たちは連日に及ぶ邪鬼怨霊の討伐で疲れている時期でもあるので、木陰で冷たい川風に当たりながら昼寝をして英気を養い、子獅子達は川縁で水を引っ掻いたり、河原で生き物を探してみたりと好き勝手に遊ぶ。中でも石を踏み台に川を渡るのは、狭い足場を駆け抜け、バランスを取る練習と認識され、人気がある。
人間の子供たちが夏休みに入る時期でもあり、彼等は彼等で別の時間帯に川辺を使用し、必ずと言っていいほどダムを作る。それを子獅子が橋代わりに蹴散らす。結果、子供たちは完成品を壊す手間無く新しいダムを作成でき、子獅子達は毎回変わる足場で飽きずに遊ぶ、良い関係が出来上がってもいる。
特に子獅子は川や水に慣れさせるため、早い時期から連れていくようにしている。大分日差しが暖かくなったとは言え、まだ寒い時分では有るが、思いついたが吉日であろう。鬣のまだ生えていないのを引き連れ、散歩がてら何時もの川辺にやってくる。
同じ子獅子でも既に何度か来たことの有る瑞宮や陸晶は慣れたもので、到着すると同時に早速、河原を走り回り始めた。それを見た天祥は躊躇すること無く兄獅子を追いかけ、燦馳や豊一もおっかなびっくり付いていった。
無比刀は自分から離れず、ゆっくり歩いたり座ったりしながら周囲を眺めており、マイペースな弟の補助のつもりか、逸信がのんびり、側で見守っている。
さて、巳壱はと探してみれば、小さな子獅子は岩場をウロウロしていた。
獅子達の中で最年少は無比刀だが、身体は巳壱が一番小さい。
ちっちゃくないと当人は頑張るのだが、体が小さい所為で兄弟に付いて行けず取り残されたり、話の方向性を見定め損ね、もたついている間に置いていかれたりする。
今日も兄獅子に付いて行き損ねたのだろうか。
ゆらりゆらりと尻尾を揺らし、懸命にバランスを取りながら、一人で岩の上を行ったり来たりしている。
幼いながら難しい顔をして、時折、熱心に水の中を覗きこむ。泣きそうに見える程に必死な様子が態とらしい。波に乗れず、置いていかれたのを誤魔化そうしているのかも知れない。
身体の成長の度合いはどうしても個体差があり、この歳の体格差は大きい。
尤も、成長するごとに差は縮まる。だから、今は多少の差があっても気にしなくていいと思うのだが、本人のプライドを傷つけてはならないので、良いとも悪いとも口出ししないようにしている。
ただ、岩を踏み外したり、怪我をしてはつまらない。側で見てやるのが宜しかろう。
そう考えて近寄れば、子獅子は川の中を覗き込みながら「みゃっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「どうした、巳壱?」
『じいちゃん、にげちゃった。』
声をかければ、酷く悲しげにみゃあと鳴く。
何が逃げたかと一緒になって河中を覗けば、15cmほどの魚が数匹少し離れたところで泳いでいるのが見えた。こんな人気の多い川べり近くに居るとは珍しい。
「魚か。鯉じゃあなさそうだが、なんだろう?
オイカワか、そのへんかな?」
『じいちゃん、みいち、あれ、つかまえたいよ。
どうすれば、とれる?』
黒っぽい魚影に首を傾げれば、巳壱は眉間にシワを寄せ、みゃうと真剣な表情で鳴いた。どうやら演技ではなく、本当に川の魚に夢中になっていたらしい。
子獅子は色々なものに興味を示す。魚を捕まえたがることも珍しくもないが、成功させるとなれば子獅子でなくとも難しい。
「うん。魚はすばしっこいからな。
釣り道具でも持ってれば別だが今日は準備がないし、手で取るのは無理だろう。」
『でも、みいち、つかまえたいよ。』
この子にしては珍しく、みゃあみゃあと高い声で何度も鳴いて、不満げに尻尾を震わせ駄々をこねる。だが、そう言われても難しいものは難しい。
魚に気が付かれず近づくことや、タイミングよく手を出すスピードもだが、水圧に負けずに魚をすくい取る力が必要だ。
小さい巳壱では成功する姿が想像できない。むしろ、今まで成功した例を見たことがない。
「ミイ、今まで他の兄ちゃんたちも何度かチャレンジしたけど、じいちゃんが知ってる限り、誰も捕まえられてないぞ。
それぐらい難しいんだ。」
「ギュー……」
他所の家の水槽や池など、観賞用に飼われている魚に手を出すことは厳禁。その点、川の魚であれば叱られないと、今まで何匹もの子獅子達がちょっかいを掛け、その度に失敗した。
そもそも、手の届くところに魚が居ることが少ないし、何度も逃げられるうちに飽きて、集中力も途切れる。そんな体で捕まえられるはずがない。まして巳壱はまだ幼い。
諦めなさいと言い聞かせれば、子獅子は不満そうに低い声で鳴いた。納得出来ていないようで、尻尾は真っ直ぐにこわばり、時折痙攣するように震えている。
話しているうちにのったりのったり、無比刀が逸信を引き連れて近寄ってきて、何の話かとびゃあと鳴いた。
『なに、してんの? なんか、いいもの、いた?』
「うん、魚が居るんだ。」
『ふーん。』
特段強い興味を示さず、無比刀は鼻をひこひこ動かし、逸信ものんびりと尻尾を揺らした。
『魚かあ。あれは気になるけど、そればっかり見てたら何も出来ないよ。
去年、ハチ兄が捕まえかけたけど、結局逃げられちゃったし。』
「そうなのか?」
実例に巳壱は口を開けてミャッと小さく鳴き、自分も驚いて目を見張る。
結果的に失敗でも、惜しいところまで行ったのであれば、何かしら報告がありそうなものだが、そんな話を聞いた覚えはない。
そう言えば、逸信は可笑しそうにひげをピクピクさせた。
『引っ掻いても逃げられちゃうから、魚目掛けて川に飛び込んだんだよ。
それで全身ずぶ濡れになっちゃって、そこまでやったのに逃げられたもんだから、ハチ兄、カンカンだったよ。
格好悪い、二度とやらないって。』
「そうなのか。」
前足で抑え込むまでは良かったそうなのだが、当人的に周囲に話せる内容ではなく、やる気もなくなったようだ。
今日は八幡も誘ったのに、来なかった理由が分かった気もした。
何にせよ、夏の暑いさなかであればまだしも、川に飛び込むなど時期が早すぎる。
「巳壱、やっぱり止めておきなさい。
せめて、もう少し大き、いや、暖かくなってからにしなさい。
万一、川に落ちたら大変だろう。」
『そうだよ。川は他に面白いことが沢山有るよ。
ミイちゃんも一緒に、川を渡るのやろうよ。
向こうの大きい石を使えば、まず失敗しないし、濡れても一寸だから大丈夫だよ。
夏になったら小さい石を渡るのも面白いよ。
暑いときなら、ビショビショになっても平気だし。』
つい、歳のことを口に出しそうになって止め、温度を理由にすれば、逸信もみゃうと当然のように尻尾を揺らして同意した。
捕まえられないものに拘らず、他の遊びをしようと兄獅子が誘うのに、巳壱は黙って俯いた。代わりに無比刀がびゃあと鳴く。
『むいは、かに、さがしたい。』
『そっか。
でも、カニは岩をひっくり返さないといけないから、もう少し暖かくなってからにしようね。
バシャッて水が跳ねて、掛かったら嫌でしょ。』
『わかった。』
『うん。じゃあ、渡れる石が有る方に行こっか。ミイちゃんも行こう。』
無比刀を納得させ、逸信は巳壱にも一緒に行こうと呼び掛けた。それでも巳壱は尻尾を不満げに左右に振るばかりで、動こうとしない。
『でも、みいちは、さかな、とりたいんだよ。』
『そっかあ。』
頑固に蹲る弟に逸信は耳を横に垂らし、首を傾げた。
『それだったら、なるべく動いちゃ駄目だよ。
ボクやミイちゃんは白毛だから、じっとしてれば魚は岩だと思って油断するけど、動いたら、逃げちゃうからね。
あと、なるべく水面近くに来た時を狙うといいよ。』
『わかった! いつにいちゃん、ありがと!』
割と的確なアドバイスに巳壱は耳と尻尾をピンと立てて、頷いた。喜ぶ弟に逸信は尻尾を左右に揺らし、嬉しそうにヒゲをピクピクさせる。
「詳しいな、逸信。」
褒めれば、逸信は何でもなさげにミャウと鳴いた。
『去年、一寸だけリクちゃんと研究したんだよ。
ボクは駄目だったけど、リクちゃんが何度か触るところまで行ったんだよ。
でも、魚は滅多に居ないし、捕まえる前に夏が終わっちゃったけどね。』
『いつにい、はやく、いこうよ。』
今年はどうしようかなあなどと言いながら、子獅子はしっぽをゆったりと揺らし、マイペースな青毛の弟に鼻で突かれて、頷いた。
『じゃあ、ボクらは向こうに行くね。
ミイちゃんも頑張ってね。』
『うん!』
ミャッと高く鳴いて巳壱は返事をし、早速良さそうなポイントを探して岩場を跳ね回り始めた。ついでに此方に向かって、偉そうに吠える。
『じいちゃんは、あっちいってて! さかな、にげちゃうから!』
「はいよ。落ちないように気をつけろよ。」
仰せに従い、数メートル離れて見守る。しばらくして、巳壱は自分が良いと思う場所を見つけたらしく、岩の上でいそいそと座り込み、丸くなってピクリとも動かなくなった。
一緒になって黙って見ているうちに、子獅子が3匹駆けてきた。
天祥、豊一、燦馳の順番で競うように河原の石を蹴り飛ばし、到着するなりガウガウ吠える。
『じいちゃん、じいちゃん、何してるの?』
『じいちゃん、あし、ぬれた! ちべたいからふいて!』
『とよいちは、ぼくにおみず、かけるんだよ! ひどいよ!』
好き勝手に騒ぐ子獅子達に、静かにするよう口に人差し指を当てる。
「お前たち、騒ぐんじゃないよ。魚が逃げちゃうから。」
『さかな?』
『おさかな、いんの? どこ?』
「巳壱が今、探しているんだよ。」
首を伸ばすようにして川の中を覗く燦馳と豊一を横目で眺め、天祥が偉そうにミャッと笑った。
『あれは駄目だよ。捕まらないよ。』
『そうなの?』
『てんちゃん、どうして、しってるの?』
物知り顔で言う兄弟に燦馳も豊一も不思議そうに首を傾げる。それを受けて、天祥は益々偉そうに尻尾をピンと立てた。
『だってテンちゃん、智知でお魚一杯狙ったけど、するって逃げられちゃったもん。
魚ってのはすばしっこくって、引っ掻いたって取れないよ。』
他所の神社の鯉を狙い、尚且つ失敗したことを、そんな自信満々に堂々と言わないでいただきたい。成功されても困るけども。
心中複雑な自分の気持ちに気がつく筈もなく、鼻を突き上げ、断言する子獅子に別のことを思い出す。
「そう言えばお前、あの時、川に落ちたな。
今日は落ちるなよ。」
『そうだっけ?』
駄目だと言うのに調子に乗って、コントのように落ちた。足がつく浅瀬であるのに溺れると大騒ぎしてくれた。
彼処は人口の川であったので深さも一定であったが、此処は場所に寄っては深いところも有る。重々気をつけろと注意すれば、案の定、天祥は不思議そうに首を傾げた。
兄弟の手前、誤魔化している訳ではなく、本当に覚えていないらしい。
あれだけ大暴れした癖によく忘れられるものだ。しかも都合の悪いことだけ。
「そうだよ。それで湊に助けて貰っただろう。」
『そう言えば、そんなことがあったような気がするよ!』
少し強めに言えば、漸く思い出したらしい。
恥じるどころか、嬉しそうに天祥は尻尾をブンブン振り回した。
『ミナト兄ちゃんが、助けてくれたんだよ!
兄ちゃんは、頼りになるよ! 兄ちゃんと一緒にいれば安心だよ!』
『じんにいも、たよりになるよ!』
『にのにいちゃんがいれば、だいじょぶだよ!』
何故か豊一や燦馳まで同意してしまい、大声でガオガオ吠え立てる。
凄い煩い。背後から巳壱の冷たい視線を感じる。
「こら、静かにしなさいって。魚が逃げるだろう。
あと、今日は湊もいないんだからな。
じいちゃん、助けるの嫌だぞ。水、冷たいんだから。」
『テンちゃん、落っこちないよ。それにこの辺浅いもん。
落ちても多分、足、つくよ。』
それを言うなら、智知の川も以下略。
もう色々諦めて、兎に角静かにしろと言いつける。
ようよう大人しくさせて、振り返れば巳壱はお尻をあげて、尻尾をゆらゆら揺らしては、しょぼしょぼと座り直すことを繰り返していた。
魚が近くに来ているようだが、タイミングがつかめないらしい。
「巳壱、尻尾を立てると水面に映って、魚にバレるぞ。」
アドバイスすれば僅かに振り返り、真顔で頷かれた。幼いながら真剣さがヒシヒシと伝わってくるが、まあ、無理だろうなと思う。
陸晶や逸信に駄目であったものが、巳壱にできるとは思えない。下手をすれば勢い余って川に落ちるかも知れない。
魚捕りは駄目なのが当たり前でも、落ちたとなれば、他の子獅子にからかわれるに決まっている。
これ以上騒いで邪魔になるのもよくないので、取り敢えず小煩い三匹を追い払おうとした、その時だった。
バシャン!
大きな水音がして、銀色の飛沫が上がった。
細長いものが振ってきて、ベチッと嫌な音を立てて河原に叩きつけられた。
二、三度バウンドした後も、水を撒き散らしながらビチビチと跳ね回る。
魚だ。
『じいちゃん! みいち、やったよ!!』
「と、獲った!! 巳壱が魚獲ったーッ!!!」
思わず大きな声で叫んでしまった。
興奮で目をまん丸く見開いた巳壱も、喜び勇んで駆けてくる。
他の子獅子も大きく口を開け、口々に叫びだす。
『なんで? なんでとれたの?!』
『さかなだ!』
『みいちゃんが、さかなとった!』
「凄い! 凄いぞ、巳壱! よくやった!!」
手放しで褒めれば、小さい子獅子は嬉しそうに体ごと尻尾を揺らし、跳ねる魚を見て、フンと鼻を鳴らした。
『こいつめ! にがすもんか!』
とどめを刺そうと前足を大きく振りかぶるのを、慌てて止める。
「こら、巳壱! 無用な殺生をするんじゃない!」
『なんで? だって、やっつけないと、にげちゃうよ!』
「でも、殺さなくてもいいだろ!
それより早く、水の中に戻してやらないと。」
止めはしたがこのままではどの道、死んでしまう。魚を入れるバケツか何かがあればよかったが、生憎そんな準備はしてこなかった。
となれば、川に戻してやるしかないが、当然の権利として巳壱は怒った。
自分の獲物だと、毛を逆立ててフウフウ唸る。
『なんで! せっかくつかまえたのに!!』
「だってお前、このままじゃ、死んじゃうぞ。
ただ、殺すだけなんて可哀想だろう。」
普通の獣であれば、そのまま好きに食べさせてやれればいいが、うちの霊獣は肉や魚は必要とせず、逆に食べても消化できずに体調を崩す。かと言って、魚も生き物。無駄に死なせるのも忍びない。
言い聞かせれば、巳壱はぴしっと尻尾を振って吠えた。
『じいちゃんが、たべればいいじゃん! そのつもりで、とったんだから!』
「ええー これ、じいちゃんが食べるの?!」
跳ねる魚を改めて見るが、イワナやアマゴ、マスなど食用の魚と違い、ヒレが橙色で尖ってるし、目玉はやたら大きいし、鱗の色がけばけばしい。
見た目からしてなんか美味しそうじゃない。
流石に毒はないだろうが、身も少なさそうだし、小骨も多そうだし、苦そうだし、何の知識も心の準備もなく食べろと言われても、素直に頷けない。
でも、折角獲ったんだし。巳壱が頑張って獲ったんだし。
だが、しかし。だが、しかし……!
「ごめん、巳壱。本当にごめん。でもこれ、リリースさせてくれ!」
『なんでー!!』
「だって、じいちゃん、これ、食べ方わからんよ!」
フギャーと叫ぶ子獅子に必死で謝る。その間に魚は暴れ回り、上手い具合に川まで跳ねて、逃げた。
子獅子達の間にあーあ……と何とも言えない空気が流れ、巳壱の怒りは頂点に達した。
『ほら! にげちゃった!
せっかくとったのに、にげちゃった!』
「すまん、巳壱。でも、あれ食べろって言われても、じいちゃん困るよ……」
『なんで!
じいちゃん、いつもおさかな、おいしいって、いってるでしょ!
なんで、みいちがとったのは、だめなの!?
なんで! なんで!』
「だって、種類が違うし、何か、ヌメヌメしてるし。」
『おさかなは、おさかなでしょ!
なにがちがうの! なんでだめなの!』
「今度な、また今度捕まえてくれな。
次はじいちゃん、ちゃんと準備しとくから。」
ギャウギャウ吠え立てる兄弟と謝る自分を眺めて、他の子獅子達はぽかんとしていたが、次と聞いてスイッチが入ってしまったらしい。ガウガウと吠えていきり立ち、尻尾を振り回し始めた。
『次! 次はテンちゃんが捕まえる!』
『ボクも、おさかな、とりたい!』
『ボクも!』
巳壱にできるのであれば、自分たちにもできる。そんな根拠のない確信の元に三匹揃って川辺に突っ込んでいき、岩場を跳ね回り、やたらと川を引っ掻き回し始めた。
そして案の定、落ちた。
弟たちが暴れて立てる水しぶきを眺め、何事かと集まって来ていた兄獅子達は呆れた顔でみゃあと鳴いた。
『あーあ。テンちゃん、また落ちた。』
『燦馳も豊一も、どんくさいねえ。』
瑞宮は困った顔で首を傾げ、陸晶は口の周りをぺろりと舐める。
また、助けに行かねばいけないかと思ったが、幸い今回は三匹とも落ち着いて立ち上がり、ずぶ濡れになって帰ってくる。
『何で落ちた!
何で、ミイちゃん落ちないのに、テンちゃんばっかり、落ちる!』
『じいちゃん、つめたい……』
『ビショビショ、きもちわるい。』
ブルブルと身体を何度も震わせながら、天祥は怒り心頭と吠え立て、豊一は悲しげに長々と鳴き、燦馳はすっかり元気をなくして蹲った。持ってきたタオルでゴシゴシ拭いてやるが、そういう時に限って冷たい風が吹いてくる。
これ以上この場に居ても、何もいいことはない。
「よし、今日は帰ろう。もう帰ろう。」
『でも、テンちゃん、まだ魚、捕まえてない!』
「今度な、天祥も今度ちゃんと準備してからにしような。
だから、今日は帰ろうな。」
『しらない! じいちゃんなんか、じいちゃんなんか、ふんだ!』
「ごめんな、巳壱。ごめんな、じいちゃん、知らない魚を食べる勇気がなくて。」
天祥が暴れるのはいつものことだが、今日は巳壱がすっかり気分を害してしまった。
怒って暴れる二匹を抱えて帰宅の途につくも、今度は豊一が座り込む。
『じいちゃん、さむい。もう、あるきたくない。』
道端で蹲った兄弟に燦馳も同意を示すようににゃあー……と悲しげに鳴いた。そう言われても流石に4匹は抱えられない。
さりとて天祥を降ろせば、川に戻ろうとするに違いなく、巳壱を降ろしても不貞腐れて言うことを聞かず、下手すれば明後日の方向に逃げて行きかねない。
『駄目だよ! じいちゃん、困らせたら!』
『蹲っても寒いままだよ。それより、早く神社に帰ろう。』
瑞宮が発破を掛け、陸晶が頭で押して促して、ようよう豊一と燦馳は歩き出したが、その歩みは牛のように遅い。
のったらのったら移動するうちに、散歩中の保育園児とすれ違った。幼い子ばかりらしく、大きな箱型乳母車に集団で載せられた小さい人達は、大喜びで此方を指差す。
「にゃんこー!」
「にゃんにゃんー!」
「にゃー!」
『にゃんこじゃないよ! 獅子だよ!』
揃いも揃って猫扱いするのに、機嫌の悪い天祥ががうっと吠えて反論した。
しかし、抱っこされたまま吠え立てても、ちっとも威厳がない。引率の先生とお互い苦笑いを浮かべて行き違う。
あの箱型乳母車、いいなあ。うちも欲しい。っていうか、今こそ欲しい。
だが、仮に買ったとして参道の階段はどうやって登ればよかろうか。
現実逃避しながら、トボトボ進む。
進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返す弟たちに、逸信は困ったように尻尾を左右に振って、足元の小さい子獅子をみやった。
『ムイちゃんは、お利口だね。ちっちゃいのに、ちゃんと歩けて。』
『そう?』
褒められて、満更でもなさそうに無比刀はヒゲをピクピクさせた。
のんびり屋の無比刀の歩みより遅いこの移動速度では、神社に着くのは何時になるやら。
全く、先が思いやられる。




