フライングハロウィン。
龍脈、地脈など呼び名は様々だが、土地が持つ力には流れがある。地脈の流れが強ければ、良くも悪くも周囲に影響を与える。神域と呼ばれるほど強い流れの中心には管理施設として神社が置かれ、大概、地脈から溢れる霊気を糧とする霊獣が住んでいる。
自分が宮司として管理する咲零神社にも多くの獅子達がおり、ここいら一体を守っている。
社務所の事務所で机仕事をしていたら、ジャリジャリと敷かれた砂利を踏む音がしたので、誰かが来たのは知っていた。境内に敷かれた砂利は防犯仕様となっていて、足音を立てずに歩くのは難しい。どうせ、子獅子の一匹だろうと特段気も止めずに居たら、ジャリッと強く地面を蹴る音がして、縁側に乗ったのがわかった。
何となく振り返ってみたら、やはり、当社きっての甘えん坊子獅子、天祥だった。むふーと偉そうに息を吐きながら、日当たりのいいところで丸くなる。
それだけならば、何を一人前に溜息を付いているのかとからかうだけで済んだのだが、振り返った瞬間、固まらずには居られない異常事態が発生していた。
うちの霊獣は神域の核となる御神体の分身として生まれる。純白、若しくは空色の毛並みをしているのが特徴で、耳の先や尻尾、子獅子特有の暗色班など、黒い部分がないわけではないが、基本はその二色何方かになる。
しかし、縁側に座った天祥は見事なまでに金色だった。
何、そのプラチナブロンド。
「天祥、お前、それ、どうした?」
主語の抜けた問いに、子獅子は態とらしい大人びた口調で、淡々と答えた。
『テンちゃんもね、どうして、こんなにしちゃったかなって思った。』
格好付けているのだろうか。態度がやたら偉そうだ。
『ま、テンちゃんも、そろそろ本殿で寝ないといけないし?
「こんな毛並みにして、無理して粋がってるな。」って、言われないように頑張ろうと思うよ。』
立派な獅子に相応しくなるべく努力すること自体は推奨しますが。
先日、幼い子獅子として社務所で寝ている天祥を、そろそろ兄獅子と同じ様に本殿へ移す話もしましたが。
取り急ぎ、一番近い感覚を説明するならば、「孫が大きくなったなと思っていたら高校デビューしちゃって、房総で有名になってそうな格好をしているのを見てしまった祖父」だろう。今どき、そんな奴いるのかよとは思うが、状況は千差万別であっても、保護者に訪れる共通の衝撃という意味では大差有るまい。
霊獣は人と同じかそれ以上に賢い。それだけに普通の動物とはかけ離れた行動を取ることを久しぶりに実感した。
もう、どうしたらいい? どう、反応するのが正しい?
困惑のまま額を抑えたところに、再び砂利を蹴る音がした。
『じいちゃん、じいちゃん、みて、みてー!』
大はしゃぎで現れたのは幼い子獅子の集団。白毛の燦馳と、青の豊一に無比刀。
『ぼく、どりゃきゅらー』
『ぼく、ぞんびー』
『むい、ふらんけん。』
燦馳が上手に言えてなかったが、言いたいことはわかった。そして、天祥含めて状況も理解した。
子獅子達は揃ってメイクを施され、オバケの仮装をしている。服は本物と見間違うほどだが、幻惑の魔法だろう。
こんな器用な真似が出来るのはただ一人。
蒼い目をした郵便屋の魔物、加賀見の仕業だ。何せ奴には前科が有る。
昔は東京、現在は水都と呼ばれる都を中心とした関東地方は疎か、この島国陽伴をも超えて、海の先にあるミッドガルド大陸を自在に飛び回るほどの移動魔法を始めとし、不可能を可能にするとまで言われるほど多種多様の魔術に精通するが故に、安易に関わってはならぬものとされている加賀見だが、うちの子獅子にとっては遊んでくれる郵便屋の兄ちゃんである。
また、本人が多くを認めないが、幼子の守護者としての性質も持っているため、子供が喜びそうなおもちゃを扱うことも有る。
そう言えば、さっき、なんか拝殿のほうが騒がしいなと思ったよ。
配達人としての仕事放ったらかしで何をやっているのか、彼奴は。
溜息をつく暇もなく、天祥たちより少し大きい子獅子、瑞宮が駆けてくる。
『じいちゃんー 見てー! ボク、スケルトン!』
白い毛並みを活かし、目の周りは虚を表すように黒く塗ったメイク。
でも、瑞宮。それ違う。
それ、骸骨じゃなくてパンダ。
お前、最近ちょっと丸くなってきたから余計にパンダ。
鬣のはえていない子獅子の中で、兄の璃宮と八幡を除けば年長にあたり、子獅子たちのリーダー的存在になっている瑞宮の自尊心を傷つけるわけにも行かず、黙って頭を撫でてやる。
瑞宮の後を追うように、弟の陸晶と逸信もやってきた。ただ、彼らはオバケの仮装はしていない。
『じいちゃん、見て。ボク、駅員さん。』
『ボクは宅配便屋さん。』
嬉しそうに尻尾を揺らして見せに来た彼らは交互に報告した。
『加賀見の兄ちゃんがね、オバケじゃないのも出来るって言うから、ボク、これにしたの。
この前、電車に乗った時、沢山お世話になったから。』
顔見知りの駅員さんと同じ紺の制服を身に纏い、陸晶は誇らしげに尻尾を揺らす。
『ボクはね、この服の人、じいちゃんが喜ぶもの、いつも一杯持ってきてくれるなって思って。』
紺の帽子とベージュに白の差し色の入った作業着は、逸信にとって瑞兆と同じらしい。
ただ、一歩間違えれば全身を黒く塗りたくられた可能性が有ったのに気がついているだろうか。幸いにして宅配業者のイメージキャラクターと異なり、塗られたのは顎だけのようであるが、それはそれで気になる。
子獅子たちの相手をしている横を古参の獅子、陸奥が通った。
真っ黒である。此方が正に漆黒である。
大きな獅子は問われる前に言った。
『黒はね、フォーマルで締まって見えるかなって思って。』
「そうか。」
黒は収縮色だけど重厚感と圧迫感で人に寄っては逆効果だったような。
まあ、いいか。まずは目の前の陸晶たちだ。
働く人シリーズを選んだ子獅子はきっちり帽子も被せてもらっており、幻術の細かさに感心する。ただ、技術をつぎ込む方向が間違っている気もする。
「お前たちは、メイクをして貰わなかったのか。」
これなら、幻惑の魔術を解けば元に戻るだろう。
比較的被害が少なさそうとの思いから口にした言葉は、割とあっさり否定された。
『ううん。してもらった。』
陸晶が帽子を脱ぐと上手い感じに頭頂から黒く塗られており、黒髪のようになっていた。ああーと口から息が漏れるままに感嘆の声を上げ、逸信を見やる。
「じゃあ、イツ、お前もか。」
『うん、ボクもやってもらった。』
逸信が脱いだ帽子の下も同じ様な有様。ただ、此方は思うところが有る。
「逸信、茶色にしたのか。」
『うん。』
「それに先程から気になっていたんだが、顎の黒いのは何だ?」
『ヒゲー』
「じいちゃん、それ、あんまり良いと思わないなっ……!」
確かにうちに来る宅配便の兄ちゃん、上から下までびしっと決めて清潔感溢れてるけど。古いと言われるかも知れないが、年寄りの自分には受け入れがたい。
いや、正直に言おう。純粋に似合わない。のほほんとした逸信にこの様な洒落た格好は似合わない。
「加賀見に直して貰えないか、聞いてこい!」
『ほらー
じいちゃんに茶髪は不評だって言ったじゃんー』
『格好良いと、思ったんだけどなあ。』
しっしと追い返せば二匹は連れ立って拝殿の方向へ走っていった。諸悪の根源はやはり向こうにいるらしい。
これは一言、言わねばと足を踏み出す前に別の子獅子が駆けてきた。
いや、違うわ。あれ、獅子じゃないわ。
彼らが何か言う前に、此方から聞く。
「なんで虎にしようと思った、璃宮?」
『だってね、虎は鬣生えたら出来ないんだよ。』
「八幡?」
『ミケの雄はね、お高いんだよ。』
子獅子の中で最年長にあたる璃宮や八幡は、何時、鬣が生えてもおかしくない年頃。今しか出来ないメイクにして貰ったとご機嫌だ。獅子のプライドは何処へ言ったなど、この手のコスプレで触れるのは野暮であろう。
ただ、璃宮に鬣が生えていないことを楽しむ余裕は有るのだろうか。
霊獣は当人の心掛けが身体の成長にも影響を及ぼす。当人が一番気にしているだろうと触れて来なかったが、同い年の湊とかはとっくに生え揃って、大人と認定されてるんだけど。個体差も大きいから、比べちゃいけないのは分かっているが、差は僅かとは言え弟になる仁護だって鬣生え揃ってるし、身体も大きくなってるんだけど。
八幡はまだ年齢的に余裕が有るけど、璃宮、お前はそろそろ危機感を持って欲しいんだけど。
そして、ちょろちょろと小さい子獅子がはしゃいで走ってくる。
『じいちゃ! みて!
はちにいと、おそろい! かっこいい?』
興奮からか、若干舌っ足らずになっているのは幼い巳壱。元の白地に茶色と黒のぶち模様。嬉しそうに跳ね回る。
子獅子たちの中でも格好良いと評判で、毛並みにも気を配る八幡と同じなら、間違いないとの判断の上であろう。実際、可愛らしいし、猫を模したという点で狙い通り。ひいては。
どう見ても猫。どう見ても猫。どう見ても猫。
巳壱はちっちゃいから思いっきり猫。扮するとか似せるを通り越して全力で猫。
兄獅子に憧れ、早く大きくなりたいとの普段の主張を考えれば、ミスチョイスと言わざるを得ない。
繰り返しになるが、子獅子の自尊心を傷つけてはいけない。もう、これは根本を抑えるしかあるまいと拝殿前へ急ぐ。
行く途中で顔に星やコウモリが羽を広げたようなメイクをされた当社の筆頭獅子達と行き違った。
五十嵐よ。お前は何時からロックバンドになった。その後ろを歩く湊は俯いていたから完全に付き合いだろう。
拝殿前では長兄の獅子、二前と加賀見が丁度言い争っているところだった。
「それで、ニノ。お前はどうしたいんだ?」
『いえ、ですから結構です。』
「結構とかそういうのはいいから、どうしたいんだ?」
『だから、自分はそういうのしたくないんです。似合わないし。』
「あのな、似合うとか、似合わないはどうでもいいんだ。
そして残念だが、お前に選択権はあんまりないんだ。」
『何で! 嫌だよ、仮装とか! 必要ないでしょ!』
「物分りの悪い奴だな!
必要の有無で言ったら世の中8割が必要ないわ!」
『物分りとかそういう問題じゃないって!
装いに対する個人の権利は何処へ行ったの!?
あと、世の中の必要性が低すぎでしょ!』
理は二前に有る。だが、それが加賀見には通用しないのを踏まえていないという点では、諦めが悪いとも言える。
何方にしろ、実に不毛で残念だ。
言われたとおり、ペイントの色を直して貰おうと、周囲をちょろ付いていた逸信の首根っこを捕まえ、会話に横入りする。
「加賀見さん、お話があります。」
「なんすか、先日のひな祭りで猫耳付けさせられてた山口さん。」
「何でお前、知ってるんだよ! 居なかったはずだろ!」
「報道の力って凄いよな。
宣伝とか話題性とかにも付き合わなきゃいけない立場ってあるけど、あれは言い出した奴が実に酷いと思った。」
「全くだ。
俺みたいなじいさんに何をやらせるんだ、誰得だよって、今、それはどうでもいい!」
声を掛けられた理由を熟知していながら、完全無視する加賀見のペースに巻き込まれると、何時までも話が進まない。先日参加した村のイベントの話を持ち出されるとは思っていなかった。折角、イベント終了と同時に脳裏から消し去り、なかった事にしておいたのに、やめて欲しい。
兎にも角にも、茶髪の子獅子を目の前に突き出す。
「これ。他のも色々言いたいけど、まず最初にこれ。」
『兄ちゃん、茶髪は駄目って言われちゃったよ。』
「何方かと言えばヒゲだと思うね、俺は。」
首からブランと吊り下げられてしょんぼりと肩を落とす逸信に、加賀見は淡々と返した。
『やっぱり、変かなあ?』
折角お洒落したのに。
似合わないと言われ続け、不満げな子獅子に蒼い目の郵便屋は軽く肩をすくめた。
「いや、イメージにそぐわないのは否定しないが、お前はお洒落しないとそれはそれでダサいしな。
結局、違和感があるのは見慣れていないからだ。
このまま暫く突き通せ。じきに周りが慣れて何も言わなくなる。」
「突き通させるな。保護者が苦情を申し立てている側から突き通させるな。」
そして逸信は納得した顔で頷くな。
加賀見は自分の行動を明確に責められているのに、どうして、こうも堂々としていられるのか。
人型をしているので忘れがちだが、これは魔物の類。人の常識を期待してはいけないのだろうか。
いや、分かっててやってる。全部分かってやっている。多種多様な種族が存在する現在、一方的な見方を押し付けてはならないが、こいつは完全に人間社会の良識を持った上で無視している。
故に性質が悪い。非常に。
所詮、遊びの範囲と高を括っていやがるな。仕方のない奴だ。
大きく息を吐いて気持ちを切り替え、逸信を下に降ろし、今までの流れを横に置く。ひとまず現状確認をしよう。
「それで、これは何なんだ?」
「部屋の整理をしていたら、去年のかぼちゃ祭りで使ったペイントの、使用期限が切れることに気が付きまして。」
「態々和風っぽい言い方しなくていいから。ハロウィンパーティーだろ、要は。」
他国の祭りであろうと楽しければ受け入れてしまうのが我が国の特色である。起源は既に曖昧であるが、10月31日に様々な仮装をして町を練り歩く祭りの存在は知っている。全国共通と言うには深く根付いておらず、ある程度栄えた町まで行かなければ執り行われていないが、田舎の神社の宮司だって、それぐらい分かる。
馬鹿にするなと文句を言えば、そういう意図はなかったらしく軽く首を傾げられた。
細部にこだわっても意味はないので話を進める。
「何方にしろ、今、何月だと思っているんだ。」
「何月だろうと使用期限は容赦なくやってくる。
期限をすぎると色が一気に落ちるから、この際、使い切ってやろうと思って。」
「何故、それをうちでやるかな。」
「規模と対象数が丁度良かった。」
あまり多すぎると遊べない子供が出て不公平になり、少なすぎると使い切れない。いくつかの場所を検討した結果、うちに白羽の矢が立ったようだ。
実に迷惑と言えば迷惑であるが、子獅子達は喜んでいるし、加賀見には世話にもなっている。予め相談してくれれば、何に問題にもならなかったであろうに、何故に無断で実行に移すのか。
それが魔物と呼ばれる所以かも知れぬ。
此処までくれば色々と諦めて、後片付けの算段を立てる方が堅実であろう。
「それで、これは何時、どうすれば消えるんだ?」
「……。」
返事がない。
只の屍のはずもない。
「おい、」
もう一度問おうとした瞬間、蒼い目の魔物が走って逃げていく。
一瞬、気が遠くなるも、呆けている暇はない。
「つ、捕まえろ!」
自分の号令を聞きつけた獅子達が飛び出し、郵便屋を追いかける。相手が加賀見だと思って子獅子たちも全速力だ。鬼ごっこの感覚だろう。
ただ、あれも伊達に触れてはいけない魔物と呼ばれてはいない。華麗なステップで獅子たちの猛攻を優雅に躱す。まるで猛牛を相手にするマタドールのようだ。本気で逃げるつもりならば、得意の移動魔法で何処へとなりとも行けるだろうに、敢えて走って逃げているのは、やはり遊びのつもりだなと頭の隅で考える。
最終的に木の上まで追い詰めたところで、「じゃ、そういうわけで俺は帰る! あばよ!」との捨て台詞を残し、消えていった。
あばよって普通、言わねえよなあ。
見かけ20歳前後と若いくせに、彼奴は時々言うことが古臭い。それも何処まで計算の上なのか。
ちなみに幻術とペイントは2時間ぐらいで自然に消えた。それならそうと初めから言えばいいのに、敢えて伝えないあたりが実に悪い。
10月と言えば春から夏にかけて活発化する魑魅魍魎の発生が収まる時節。そんな先のことより、これから始まる今年の侵攻を如何に乗り切るかを、そろそろ真剣に考えなければならない。
うちは田舎の神社であるが受け持つ範囲は意外と広く、獅子達は優秀で周囲の期待を担っている。半端な仕事は出来ない。
だから、止めて欲しい。
遊びでこれなら10月31日当日はどうなるんだろうとか、余計な心配増やすのは止めて欲しい。
「Trick or Treat」と特色有るイベントだけに益々心配。
「Trick and Treat」とか、言い出しかねないから本当に心配。
流石に正式に執り行う場合は相談してくれるだろうとは思うが、あの魔物は実に気紛れ。
一抹の不安がどうしても拭いきれないのが困ったものだ。




