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兄ちゃん。

 龍脈、地脈など呼び名は様々だが、土地が持つ力には流れがある。良い影響を与える場合は神域とよばれ、管理のために神社が建てられ、霊獣が住み着く。

 神域を守る霊獣は神使とも呼ばれ、うちの神社には雄獅子がいる。稀に青い毛並みも出るが、基本はどれも純白の獅子。

 獣と呼ばれていても、人ほどに賢い彼らは、他種族との意思疎通も問題なく行い、子供や弱いものには配慮する。

 それをいいことに、時折やってくる郵便屋の魔物が、子守を押し付けようと小さい娘を連れてきたりもする。



 父親に連れられてやってきた2歳足らずの幼児、きいちゃんはそろそろ言葉を話すようになってきた。

 出迎えに集まった子獅子をニコニコしながら撫でて、お気に入りの大きな獅子を指差して言う。


「むっちゃ。」


 そのまま、よちよちと歩み寄っていくのに古参の獅子、陸奥(むつ)は困ったように首を傾け、やれやれと言わんばかりにその場に腰を据える。


『あんた、また来たのかい? 最近よく来るね。』


 ばふばふと抱きついてくるきいちゃんにそんなことを言うが、陸奥はこの子が大好きだ。

 恥ずかしがり屋なので、他の獅子の様に駆け寄ってはいかないが、どれだけ知らん顔していても、何時だって小さい人がゆっくり歩いてくるのをじっと待っており、何かの理由で素通りされた際には、とても寂しそうだ。

 今もぐるぐる喉を鳴らし、されるがままに撫でられて、機嫌よく尻尾を揺らしている。この後、いつもどおり縁側で一緒に日向ぼっこをするのだろう。


 きいちゃんが来る時は動くぬいぐるみの兄弟、ティーとルーも付いてくる。小さな犬の器に入っているが太古の魔狼である彼らは獅子達より強く、遊びながら敵に対峙する際の身体捌きや戦術などを教えてくれる。

 強くなりたい子獅子達は喜んで彼らの方へ行くし、大人の獅子達は陸奥を羨ましそうに眺めはしても、兄獅子の邪魔をしない。時折、相方の二前(にのまえ)が文句を言うが、奴は奴で子獅子たちの方へ監督に行く。

 ぬいぐるみ達と遊べるほど大きくなっていない幼い子獅子が、時折昼寝に混ざることも有るけれど、きいちゃんの相手は陸奥が独り占めしている状態だ。

 そう思っていたのだが。



『きいたん、みいちがきたよ!』


 舌っ足らずの思念波を飛ばし、小さな白い塊がちょみちょみ走り寄ってくる。


「みいちゃ。」


 きいちゃんは陸奥の鬣を離し、駆け寄ってきた巳壱(みいち)を嬉しそうに指差した。

 ぐるぐると喉を鳴らしながら、頭を押しつける幼い子獅子を優しく撫でてやり、機嫌よくプププと笑う。


『巳壱はティー兄さんのところへ行かないのかい?』


 子獅子の中でも下から数えたほうが早い幼い弟を眺め、陸奥が首を傾げる。

 皆と一緒に遊ばないのかを聞かれた巳壱は、不満そうにみゃうと鳴いて答えた。


『だって、みいちは、まだ、まぜてもらえないよ。』


 ぬいぐるみはちゃんと子獅子の力量に合わせて相手をしてくれるが、子獅子の中にも年齢差による順列が有る。一回り大きい兄獅子たちが夢中になって遊ぶ中に、幼い子獅子は入って行けず、隣で見学することになる。

 横で見ているだけでも動き方の勉強になると参加を推薦されているが、直ぐに飽きて、幼い子だけで他の遊びを始めるのが常だ。それよりも、きいちゃんと一緒が良いらしい。


『さんじや、とよいちとは、いつでも、あそべんもん。

 でも、きいたんは、ちっちゃいからね。

 みいちが、みてあげんの。』


 そんなことを言いながら、巳壱は自慢げに尻尾をピンと立てた。

 早速、先立って社務所へ向かって歩き出し、途中で戻ってきて、きいちゃんの前で目立つように尻尾を振る。


『きいたん、みいちのしっぽ、もってもいいよ。

 あんない、したげる。』


 子獅子に限らず、尻尾を持たれるのが獅子達は好きではない。それなのに巳壱はきいちゃんの手を擽って興味をもたせ、手をつなぐ代わりに尻尾を持たせて歩き始めた。

 あの献身は何なのか。

 幼いながらに小さい人の歩みに足取りを併せ、胸を張って進む巳壱に、陸奥が不可解そうに首を傾げながらも続く。



『何だろうね、あれ。』


 不思議だと当社筆頭獅子の五十嵐(いがらし)がブルブルと鬣を揺らす。


『巳壱って、あんなにきいちゃんのこと、好きだったっけ?』


 そうでもないと首を横に振る。


「むしろ、おっかなびっくり付き合っている感じだったんだけどな。」


 きいちゃんは動物が好きで幼い子獅子たちの事も触りたがるが、幼児だけに手加減がないし、目や耳など触ってはいけない場所が分かっていない。

 ある程度大きくなっていれば、多少痛くても我慢も出来、弱いところを触られないよう上手に避けることも可能だが、巳壱たち幼い子獅子にはそれも難しい。それこそ、うっかり尻尾を思い切り引っ張られなどしては堪らない。いざとなったら逃げ出す心構えで、一定の距離を保ちつつ用心深く付き合うのが、彼らの流儀であったはずだ。

 事実、巳壱と同い年の燦馳(さんじ)豊一(とよいち)はきいちゃんを避けており、それより少し成長の早い天祥(てんしょう)もお愛想程度の相手しかしない。


 きいちゃんが嫌いなわけではない。むしろ興味は有るのだが、普通に危ないのだ。

 唯一、末っ子で肝の座った無比刀(むひと)が膝に座り、撫でてもらおうとするが、それだって、大人の監督が有るのが前提。巳壱に無比刀の様な度胸はないはずなのに、最近、ああやって積極的に関わろうする。



『一体、どうしたんだろうね?』


 社務所に向かう幼い弟と小さい人を眺め、五十嵐が心配そうに耳を横に寝かせる。


『ここの所、ずっと、きいちゃんが来るのを待ってるし。

 来たのが分かったら、すっ飛んでいくし。』


 遊びに来ると言っても、毎日ではない。それこそ、数週間に一度の割合でくる郵便屋が気紛れを起こしたときだけ連れてくる子だ。何時までも心待ちにしていたら、疲れてしまう。

 なにか悪いことが起きなければよいがと筆頭獅子は落ち着きなく尻尾を揺らした。


『ムツ兄もきいちゃん来るの待ってるけど、彼処まで一生懸命じゃないよ。』

「わからんけど、小さい子の相手をするのはいいことだ。」


 原因は不明だが、特段止めさせる理由もなく、事故の無いように見張っておけばよいだろう。

 なんにしろ、子供を預けてさっさと別の配達先に行ってしまった父親が戻ってくるまでだ。その間は見張りをしつつ、机仕事を片付けよう。

 五十嵐に後を任せ、自分も巳壱たちの後を追った。



『きいたん、ほら、ぼーる、あるよ。』


 社務所に戻ると何時も通り、陸奥と縁側に座ったきいちゃんに、巳壱があれこれ運んでいた。

 まるで犬のようだ。


『あとね、かりかり、たべる?

 みいち、きいたんが、たべるかとおもって、とってあんの。』


 嬉しそうに子供部屋を行ったり来たりしながら、自分が好きなものを渡しているようだ。子獅子と人の幼児では喜ぶものが違うのに、霊獣用のおやつを持ってこようとするので、陸奥が静かに首を横に振る。


『巳壱、きいたんはカリカリ食べたらお腹壊すよ。』

『そうなの? あ、あとね、これもあげる。

 せみのぬけがら。みいちが、みつけたんだよ。』


 今度は大事な宝物を咥えてきて、珍しいでしょときいちゃんの膝に落とす。

 きいちゃんはよく分かっていないようで、背中を陸奥に預けたまま、運ばれてくるものをキョトンと見ていた。


『巳壱、きいちゃんはセミの抜け殻じゃあ喜ばないよ。

 潰しちゃう前に片付けな。』


 諦め顔で陸奥が幼い子獅子にグルグル鳴いて言いつける。


『そっかあ。ちいさいもん。しかたがないね。』


 自分だって小さいのにそんなことを言って、巳壱は宝物を拾い、自分の部屋に持って帰った。

 その間にきいちゃんは転がったボールに手を伸ばし、「ん。」と陸奥の顔に押しつける。



 大きな獅子は黙って口を開け、ボールが押し込まれるのを待って、きいちゃんが手を引っ込めてからガジガジ噛んで、小さい人の膝の上に戻した。

 子獅子たちの手によって、既にボロボロになっているボールをもう一度手にとって、きいちゃんは自分の口へ持っていこうとし、慌てて陸奥が止める。


『きいちゃん、ばっちいから。』


 前足を乗せるようにして手を抑えられたきいちゃんは、ボールを捨てて陸奥の手を撫で回し始める。興味が移ったのに安心し、陸奥は転がったボールを眺めて、グルウと鳴いた。


『巳壱、ボールも片付けなさい。』


 子供部屋から戻って直ぐに、別の片付けを言いつけられた巳壱は、口を開けて不満げに鳴いた。


『えー じゃあ、きいたん、なにであそぶの?』


 転がったボールを拾い、きいちゃんのところにもっていくも、受け取ろうともされず、耳を横に垂らして寂しそうだ。


『きいたんは、なにが、すきなのかなあ?

 あっ、ぷろれす。

 きいたん、みいちと、ぷろれすしようか?』


 ボールを捨て、前足と頭を低く、おしりを高くし、尻尾を揺らして巳壱は誘うが、きいちゃんはやっぱり動かない。

 小さい人がちっとも乗ってこないので、幼い子獅子は困り果てた様子でみゃうと鳴いた。



『むつにいちゃん、きいたん、あそばないねえ。

 きいたんは、なにが、すきなのかなあ?』

『巳壱、きいちゃんにプロレスは出来ないよ。』


 陸奥にも却下されて、巳壱は困惑気味に尻尾を振り回す。


『じゃあ、なにができるの? きいたんは、なにがすきなの?』

『まだ、なにも。少なくとも巳壱と同じ遊びはできないよ。

 だって、小さいもの。』

『むー……』


 人は霊獣と違い、ゆっくり成長する。一人で食事を取れるようになるのも、転ばずに歩いたり、走ったり出来るようになるにも時間がかかる。

 その証拠に、きいちゃんはまだ言葉も上手く話せない。巳壱が望むような遊びが出来るようになるには、何年も掛かる。

 噛んで含めるように陸奥に教えられ、巳壱はしょんぼりと俯いた。


『そしたら、きいたんのおせわ、どうやったら、できんの?

 あそぶのだめなら、どうしたら、いいの?

 みいちは、きいたんのおせわ、してあげたいんだよ。』


 前足で交互に床をひっかきながら、幼い子獅子は悲しそうに鳴く。



「巳壱、お前、きいちゃんのお世話がしたいのか。」


 まだ周りから庇われる、幼い子獅子であるにも関わらず、誰かの面倒を見ようとするとは驚きだ。目を見張れば、巳壱は嬉しそうに胸を張ってびゃうと吠えた。


『だって、みいちは、おにいちゃんだもん。

 きいたんの、おにいちゃんだもん。もう、ちっちゃくないよ!』


 まだ、ちっちゃいのにと、口にしそうであった言葉を飲み込む。

 どうやら自分よりきいちゃんが幼いと認識し、兄として面倒を見ようとしていたようだ。


「どうして、そう思ったんだ?」


 疑問をそのまま口にすれば、巳壱は照れくさそうに尻尾をくねらせ、一生懸命、説明する。


『だってね、きいたん、みいちのこと、にいちゃんっていうよ。

 だから、みいち、きいたんのおにいちゃんだよ。

 もう、ちっちゃか、ないんだよ。』


 巳壱は子獅子たちの中でも小柄で、よく小さい子供扱いされる。本当は年下の無比刀よりも下に見られることも有る。幼いなりにコンプレックスを感じ、兄となることに強い憧れがあったらしい。

 きいちゃんに纏わりつくようになった理由が判明したが、しきりと「もう小さくない」「お兄ちゃん」と繰り返す子獅子に、真実を伝えるべきだろうか。



「巳壱、」


 自然と重々しい口調になってしまい、子獅子は不思議そうに首を傾げた。

 陸奥や自分の雰囲気が変わった理由に全く思い当たっていない巳壱へ、本当のことを伝えるのは辛いが、知った以上は仕方がない。勘違いさせたままにしておいて、何か事故に繋がったら大変だ。

 意を決して出来るだけ、ゆっくりと静かに伝える。


「きいちゃんは、お前の事、お兄ちゃんって言ってないと思うぞ。」

『えっ、』


 何を言われたのか分からない。

 そんな顔で子獅子はぽかんと口を開け、固まった。

 胸が痛むが、ここで止めるわけには行かない。


「きいちゃんは、兄ちゃんじゃなくて、

 ただ、“みいちゃん”が上手に言えてないだけだろう。」

「ふぎゃっ!」


 “み”と“に”では大分違うが、勘違いしそうな音でも有る。

 聞いた途端に巳壱は悲鳴を上げて後ろに飛び退り、危うく縁側から落ちるところだった。

 だが、幼い子獅子にはそれどころではなく、巳壱はきいちゃんに駆け寄り、必死の形相で鳴いた。


『きいたん、みいち、おにいちゃんだよね?

 きいたんの、にいちゃんだよね!?』

「みいちゃ。」



 自分に人差し指を向けて小さい人が呼ぶのを改めて聞き、事実を悟ったらしい。

 巳壱は顔を歪めて、大きな声で泣き出した。ギャオン、ギャオンと叫ぶのに、きいちゃんが吃驚して目を見張る。


「巳壱、落ち着け、巳壱。」

『おもったのに! みいち、にいちゃんと、おもったのに!

 あかちゃんじゃ、ないのに! みいち、おにいちゃんだよう! 

 ちっちゃか、ないよう!』


 大声で泣き出した子獅子を眺め、きいちゃんは不思議そうに目を瞬かせたが、いつものように手を伸ばした。その手に向かって巳壱はフシャッという警戒音でも、ミャウッとの抗議でもなく、力一杯ガウッと吠えて、拒否した。

 爪を出して小さい人を叩きかねない勢いに、陸奥が咄嗟にきいちゃんの前に割り込むように入って庇い、自分は子獅子に飛びついた。

 どれだけショックだったのか、抱き上げても泣き止まず、鳴いて暴れる巳壱をきいちゃんは口を開けたまま見ていたが、怖くなったようだ。大きな声で鳴き出した。


「ああああー! うああああー!」

『きいちゃん、大丈夫だよ、泣かないで。』


 陸奥がくるりと丸くなるようにして小さい人を抱きかかえ、頬を舐めてなだめる。

 ギャオン、ギャオン、うわああ、あああーと、子獅子と赤ん坊が大音量で泣き叫び、大騒ぎに拝殿に居た獅子達も集まってきたが、手が出せず、オロオロするばかり。

 巳壱はまだしも、きいちゃんが泣いているのは見過ごせないと、五十嵐が参道下の広場にいるはずのルーとティーを呼びに走った。



 呼ばれて駆けつけたぬいぐるみたちは、呆れた様子で泣き喚く子獅子を眺め、まず、泣きじゃくる妹分を慰めた。


「大丈夫だよ、きいたん。ルーが来たからね。」

「大丈夫だよ、きいたん。ティーも居るからね。」


 二匹揃って陸奥に抱き抱えられたきいちゃんのほっぺたを舐め回す。

 大好きなぬいぐるみが来たのに気がついた小さい人は、泣きながらもルーをぎゅっと抱きしめ、鼻を啜った。そのまま、妹は弟に任せてティーが此方に寄ってくる。


「巳壱、泣くんじゃないよ。お兄ちゃんだろう!」


 普段、幼いことを理由に、殆ど自分の相手をしてくれないぬいぐるみから強い口調で呼ばれ、巳壱は少し、泣くのを止めた。


「それとも、違うのかい? ちみっさい、赤ちゃんかい?」

『みいち、あかちゃんじゃあ、ないよう!』

「じゃあ、泣くのを止めて、聞きなよ!」


 しゃくり上げながらも言い返す子獅子にウォンと吠えて、兄狼は自分をじろりと睨み、前足で地面を叩いた。抱き上げている巳壱を降ろせと仰せのようだ。

 ハイハイと仰せに従い、膝を折る。

 同じ視線までおりてきた子獅子を眺め、ティーは偉そうにフンと鼻を鳴らした。



「いいかい、きいたんは、ちみっさい。

 だから、上手く喋れないし、お前のこともお兄ちゃんだと思っていないかも知れないよ。

 でも、それがお前がお兄ちゃんじゃないのとは違うよ。」


自分に抱えられたまま、みゃぐみゃぐ鳴く巳壱にティーは尻尾をブンと振ってみせる。


「だって、きいたんは分かってないもん。

 きっと、オレがお兄ちゃんだってことも、分かってないよ。

 でも、オレはきいたんのお兄ちゃんだよ。」


 きいちゃんの兄を自称するぬいぐるみたちが、当人に認められてないと言うのを聞いて、子獅子は目を見張る。


『なんで、おにいちゃんじゃないのに、おにいちゃんなの?』


 弱々しい声でみゃあと聞く子獅子に、ぬいぐるみの器に入った兄狼は重々しく頷く。


「だって、きいたんはちみっさいから、お兄ちゃんが何なのかも分かってないもん。

 お世話してもらっても、守ってもらっても、どういうことか分かってないもん。

 それが、ちみっさいってことなんだよ。

 お兄ちゃんって言うのは、それを分かってあげられることだよ。

 きいたんが分かるようになるまで、待ってあげられることだよ。

 オレはいつも、待ってあげてるよ。」


 きいちゃんに抱えられたまま、弟狼も言う。


「ずっと、大好きだよって伝えて、守ってあげて、待っているうちに、分かるようになるんだよ。

 待てないで、お兄ちゃんをやめちゃったら、お兄ちゃんじゃないよ。

 それにきいたんは、大好きは分かるよ。それが一番、大事なことだよ。」


 ぬいぐるみたちの話を聞いていた陸奥が、黙ってきいちゃんの顔を舐め、頭を擦り寄せた。額をこすりつける大きな獅子の頭に、小さい人は手を伸ばし、ぬいぐるみごとしがみつく。

 潰されて、ルーがグエッと鳴いた。



「そうだぞ、巳壱。

 きいちゃんはお前のこと、お兄ちゃんと思っていないかも知れないけど、大好きだとは思ってるぞ。

 だから、お前が怒ったのが悲しくて泣いたんだろう。」


 腕の中で巳壱の頭を撫でて言い聞かせば、再びジタバタと暴れだした。

 抱えていたのを放してやると、一目散にきいちゃんに走り寄って、みゃうみゃう情けない声で叫ぶ。


『きいたん、みいち、おにいちゃん、やめない!

 さっき、ちょっと、きらいって、おもったけど、やっぱり、だいすきだから、にいちゃん、やめない!

 ちゃんとまつよ! おにいちゃんだから!』


 頭と身体を何度も何度もこすり付ける子獅子に、小さい人はやはり、よく分かってない様子であったが、手を伸ばしてそっと撫でた。

 伸ばした手をぺろぺろ舐められて、不思議そうな顔で言う。


「みいちゃ。」

『そうだよ! みいち、おにいちゃん!』

「おにちゃ。」



 すっかり双方泣き止んで、お互いを撫でたり舐めたりするのを眺め、場を収めたぬいぐるみたちは偉そうにむふーと唸った。

 その後、くるりと此方に向き直る。


「これぐらい、なんとかして! じいちゃん、宮司でしょ!」

「これぐらい、なんとかしな! 陸奥、お兄ちゃんでしょ!」

「面目ない。」

『すみません、兄さん。』


 小さい子の面倒が見れなくて、何が大人か。ガウガウと叱られて、陸奥と一緒に頭を下げる。


「全く、もう。山口のじいちゃんときたら!

 ボクらは他の子のところに戻るからね!」

「全く、もう。陸奥ときたら!

 五十嵐も、この程度で大騒ぎしない!」

『えー 俺も怒られ対象なの?』


 万事解決と胸を張り、尻尾をピンと旗のように立ててルーとティーは去っていき、きいちゃんを心配したからなのにと、五十嵐がブツブツ言いながら付いていく。他の獅子たちも安心した様子で散っていき、社務所には平穏が戻った。



「やれやれ。」


 縁側に座り直せば、陸奥も隣にごろりと横たわる。早速、きいちゃんが近寄って獅子のお腹にひっつき、巳壱も一緒にくっついて丸くなる。

 騒いで疲れてしまったのだろう。子供たちはすぐに寝てしまった。

 すやすやと寝息を立てる小さい者たちは安心しきっていて、何の心配もしていない。

 守ってやらなければと自然に思う。

 掛け布団をもってきて掛けてやれば、陸奥がグルグルと喉を鳴らした。


『凄い、騒ぎでしたね。』

「ああ、巳壱がこんなに怒るなんて。」

『ミイにもプライドが有るってことですね。

 それだけ、成長しているんです。』

「本当だな。でも、」


 言い掛けて、止める。

 今は小さくても、巳壱だってすぐに大きく、立派な若獅子になるだろう。それこそ瞬くような間に。それが少し寂しい。

 そんなに急いで大きくならなくて良いのに。

 獅子たちの成長を願うべき神職として、良くない考えだと分かってはいるのだが、つい、そんなことを考えてしまい、頭を振って、話題を変える。


「しかし、ティーもルーも良いことを言うな。

 待ってあげるのがお兄ちゃんか。」

『兄さんたちも、伊達に兄さんじゃありませんから。』


 どれだけ可愛らしくても、あれは太古の魔狼。

 流石だと頷き合って、何となく、二人揃って黙ってしまう。



 重たい沈黙が流れた後、口を開いたのは自分が先だった。


「巳壱のこと、もう小さいって言わないように、気をつけないとな。」

『そうですね。彼処まで気にしているとは。』


 大人の獅子とは勿論、一回り上の兄獅子達や同い年の子獅子と比べても、小さくて可愛いので、つい、幼い子供扱いしてしまっていたのだが、巳壱の気持ちを考えていなかった。


「失敗、したなあ。」

『まだ子供と思って、油断してました。』


 肩を落とす自分の隣で、陸奥も耳を伏せてピタリと頭につける。

 どれだけ小さくても、子獅子は獅子の子。

 怒って暴れられれば流石に危ないし、ヒステリーを起こした巳壱はちょっと怖かった。

 怪我人が出なくて本当に良かった。


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