仲間
友樹を救う為にネオ安土城に侵入した行也達だが。
天守閣に誘き寄せられ、完全に包囲されてしまった。
自分の不甲斐なさを感じつつも、黒田は前を向いて策を練る。
信長は軍配で行也達を指す。
「一斉射撃!」
「細川ミラードーム!」
細川は天井に小さな鏡が連なったドームを投げた。それはぶわっと広がり。行也達をすっぽり覆う。
パチンコ玉を鉄板にぶちまけたようにカンカンと音が鳴るドームの中で。
黒田は携帯端末のマイク機能を使って訴えた。
「こちらの否は認める!
政府の悪事の証拠も賠償金も渡す!
ワシらが信用出来ないのはわかっている。だから北海合衆国に和平の仲立ちも……」
「もう遅い! お前達の政府には賠償金支払い請求とキラン垂れ流しを止める要求を書簡で送ったがなしの礫だった。そもそもお前達にそんな権力も莫大な賠償金の支払い能力もあるのか? 兆単位もの大金を払えるのか!? 我等のご先祖様の苦しみも悲しみも苦労も知らないお前達が偉そうな口を利くな!」
全ての音を掻き消して。信長は一気に思いを吐き出し。刀を床に激しく打ち付けた。
「激おこっす……とりつくしまがないっす……」
輝元は腰を抜かしつつも弾丸を型に入れて作り始めた。
「き、教会も神社も寺も行くから神様仏様佐々岡様助けて欲しいっす!」
「殿は節操が無さすぎだゼ! それから佐々岡は春彦の心の神だけど人間だゼ!」
「確かに信長とは話が通じない状態じゃな……。」
黒田は直ぐに細川に尋ねた。
「ドームは何分持つんじゃ?」
「十五分程です。ですが、ダメージによってはもっと速まる可能性があります。」
「そうか。敵の弾切れはないじゃろうな。」
黒田は平静な表情を保っていたが。自分の選択を後悔していた。
友樹の安全がわかった時点でさっさと北海合衆国に行き、和平の仲立ちを頼むべきだった……と。
友樹が過激派団体に狙われており、行也達の説得は無理だと判断した為にこの道を選んだのであるが。
軍師を名乗るならもっと現実的に考えるべきではなかったか。
結局自分も友樹を早く助け出してやりたいという情にとらわれてしまったのではないか。
そう自問自答し、所詮は偽物か……と一瞬自虐的になる彼だったが。
黒田家家紋の携帯端末のストラップを見て、目に光が戻った。
いつも自分を信じてついてきてくれる栗山、母里の顔が目に浮かんだのである。
そして。辺りを見回せばこの状況を必死になんとかしようとする仲間がいる。
黒田はいつも通りの自信過剰で生き生きとした自分に戻った。
幸い、外からの電波をシャットアウトするアンテナ(博士作)を城の周辺に数本建てたので直ぐには援軍は来ない、と予測した彼は。
とりあえずこの状況を何とかしようと考えた。
「ドームがあるうちに何とかしたいのぅ!
……あれ? なんだか寒いな。」
「先生、ポンチョがあります。」 少し身震いした黒田は、行也にモモンガサイズのポンチョを渡されて羽織る。他の戦国武将達もぶるっと震えて首にマフラーを巻いた。
「大友、大丈夫か?」
神崎はヨッシーを宗子が編んだマフラーでくるんでリュックに押し込み。
天井を見上げた。
「……それにしてもゲリラ豪雨みたいに五月蝿いな。」
外の喧騒から遮るドームの中で黙り混む皆。
「何か策は……。」
唸る小早川は何となくドームを押した。
「動くんですね。……それなら。」
小早川は艶やかに微笑み。策を述べる。
「なるほど! それなら……」
黒田は笑顔でその策にさらに策を重ねた。
……三分後。
「戦国一〇八計・中国大返し・同盟!」
八方から角が突き出した天道虫のような銀のドームは。弾丸を放ちながら高速で上杉軍方向へ突進しはじめた。
「一旦下がれ!」
謙信の命令で走る足軽達。銃弾を受けてよろめきながら必死に走る。
それを追う銀の天道虫は。最後尾の謙信がバルコニー近くまで下がった所でピタリと止まり。
的を絞らせないようにくねくね左右に動く。
黒田はドームの覗き穴から外を見た。
よろめきながらも銃を構える足軽達がいる。
「足軽全員に距離を取られたか……とにかく出来るだけ頭数を減らすんじゃ!」
「だが黒田殿。この銃は火力が低いと明智は思う。」
「その分広範囲じゃろ! 頼むぞ銃撃戦のエース!」 明智はちょっと緩んだ口を引き締めて言った。
「お任せあれ。」
その後も細川が開けた穴から銃口だけ出してドーム内から足軽達へ乱射し続ける行也達。謙信は龍の巻き付いた軍配を翳した。
「負傷者は退却せよ! 防御体制を取れ!」
「と、殿!」
雪龍を駈り最前列に降り立った謙信。
彼女は右手の軍配で銃弾を防ぎ。左手に持った刀の柄で雪龍の背の鱗を撫でた。「戦国一〇八計・越後の雪壁!」
大きな雪の結晶が空中を飛び。上杉軍最前列の足軽の前にヒラヒラ積もって透明な壁となる。
高さは二m弱で、鉄砲の銃口を出す小窓が十二箇所開いている。
とりあえず銃を放ち続ける行也達だが。壁に銃弾が当たる度に雪の結晶の手裏剣が飛ぶので断念した。
「仕方ないから適当にお茶や飴玉でも流してカムフラージュじゃ!」
近付かれたら困るので、取り敢えず上杉軍方向に向いていた穴から適当に色々落としてみる神崎達。
謙信は首を傾げた。
「銃弾が止んだ?」
「待って下さい!
きっと危険な薬品に違いありません!
……おお佐藤! 元気を出してくれ! 傷は浅い! 本当に浅い! 普通に浅い!!」
直江は大げさに騒ぎながら、景勝とともに負傷者の手当てを始める。
気が付いたら自分の前に立っている慶次の髪飾りを視界に入れつつ。謙信は呟いた。
「……ただのお茶に見えるのだけど。今は隊列を整える方が大切か。」
直江の政治能力は素晴らしいし、忠誠心もある。
しかし戦闘では……とため息を吐いた彼女は。
テキパキと負傷者を退却させ、隊列を整えた。
一方家康はドームが通過した後の穴を発見。
「下に逃げたか! 足軽隊二十人は奴らを追え!」
足軽は穴にフック付きロープを引っかけて、スルスルと降りていく。
そんな中。黒田は除き穴から再び外を見た。
「こっち側は足軽は後二十人程か。
小早川殿、そっちは?」
「足軽四十五人程が追ってきています。信長達は動いていません。
……いや、ストライプ甲冑の男と赤い甲冑の男がいません。」「……囲まれるじゃろうな。ワシらも島津殿も。」
腕組みをして小さく唸った黒田は。遠巻きに撃たれる銃弾によりボコボコしてきたドームの天井、織田軍と徳川軍に銃を打つ細川、続けて、銃を霧沢に渡す海、目が潤む輝を見た。
「海、輝。どれくらい持ちそうかわかるか?」
海は天井を見上げた。
「鏡と鏡の間に切れ目が走る速度を考えると……あと三分くらいかな? 勘だけど。」
「……悲鳴を少しあげてます。僕も三分くらいだと思います…。」
「そうか。」
時計を見た黒田は、パン! と手を叩いた。
「行人。島津殿と同じように弾丸斬で床に穴を開けてくれ。
そこから下へ降りてから手榴弾を爆発させるんじゃ。
光紀。金柑手榴弾を明智殿に渡してくれ。」
「爆殺する気ですか。」
静かに詰め寄る光紀に黒田は首を振り早口で言った。
「それほどの威力はない。それに奴らの兜の庇には透明な顔カバーも付いているから破片が飛んでも平気じゃ。速く!」
「畏まりました。」
行人も頷くと刀を構えた。
「島津弾丸斬!」
腕をぷらぷらさせつつ眉間に皺を寄せる行人。
大きな窪みが床に出来るが、貫通はしていない。
高木は野太い声を上げ。刀を思いっきり床にぶっ差し。鋸の様に動かした。
一番太っている龍造寺も余裕で通れるサイズの穴があく。
「神崎! 露払いを頼むぞ!」
銃を口にくわえた神崎は。穴にフック突きロープを引っかけてするすると降りる。
「誰もいない。」
「じゃあ次は腕力のある行也、その次が高木じゃ。降りたら神崎と陣羽織を拡げろ。速く!」
「でも……。」
「……時間がないのだ! 神崎! 拾え!」
イライラした龍造寺は行也、続けて高木を抱えて穴下へ投げた。
その後。行人達は三人の拡げた陣羽織の上にポンポン降りて行く。だが。
「動かないし射撃も三丁以外止まった! 奴らを取り囲め!」
赤い宝石に縁取られた軍配を翳す信長。
盾を構えて距離を取っていた織田軍と徳川軍の足軽達は徐々にドームに近づき。再び銃弾を放つ。
そしてついに。一ヶ所穴が空いた。
「わしが殿をしますけぇ! 明智さんと龍造寺さんは逃げるんじゃ!」
「……五月蝿い!」 龍造寺は春彦を銃口からひっぺがして穴下へ投げ。自分も飛び降りた。
「お前ら観念し」
「爆弾だ!」
頭上から覗いた足軽に金柑時限爆弾を明智は見せつける。
「しゅしゅしゅしゅりゅうだんだー!」
足軽達が素早く遠ざかった時。
明智は素早く金柑弾の仕切りをはずして空いた穴からドームの外へ放り投げた。「飛び降りて下さい!」
行也達は落ちてきた明智を陣羽織で受け止め。白眼を剥いて仰向けになっている彼を乗せたまま走る。
十メートル程走った所で爆裂音が鳴り響き。城内がグラッと揺れた。
行也達が降りたのは、三階の通路。
「構造上、島津殿達はエレベーターのあった部屋にいるはずじゃ。」
行也と高木を先頭に、慎重に歩く行人達。
穴から飛び降りた足軽達を次々に倒し。エレベーターのあった部屋へ行く。
「元春さん、元親さん、島津さん……どうかどうか無事でいらっしゃるとよいんじゃが……。」
殿の春彦は祈るような気持ちで呟いたが。ふと気配を感じて振り返った。
「……蒲生!」
――時間は遡り。行也達がが天守閣に居た頃。
ドームの中で島津は床に穴を開け、下を覗き込んだ。
「輝殿のいう通りでござるよ!
下の階にはエレベーター以外にもう一枚床がある!」 フックつきロープをいそいそと準備する彼と吉川へ。
黒田は信頼とほんの少しの心配を込めた眼差しで声をかけた。
「島津殿。吉川殿。どうか頼む。」
「しかと承ったでござるよ!」
穴の縁へフックつきロープを引っ掛けて慎重に降りていく島津と吉川。
無言で続こうとする行人と海の袖を、長宗我部は引っ張った。
「……俺が行く。三人で何とかしてするから、心配しないでくれ。」
静かな表情でそういうと。海から御守りを貰った彼はあっという間に下の階へ消えていった。
……最初に穴の下へ降りて行った島津は。目を丸くした。
まさか自分を嫌っている長宗我部が来るとは思わなかったのである。
「…二人だけ行かせるのは嫌な予感がしたんだ。」
「助かるゼ。」
「かたじけない!」
三人が武器を構えて直ぐ。
具足が擦れるカシャカシャっとした音が聞こえ。それと同時に扉が蹴破られた。足軽達は島津達へ銃口を向ける。
「観念しろ!」
「厳島の杓文字・超特大!」
横殴りのあられのように流れ込む小さな鉄の玉。
それを吉川は杓文字で爆風を起こして跳ね返す。
床にバラバラと弾丸は落ち。
呼吸を整えた吉川は顔をしかめて肩を見た。
二筋の朱線が走っている。
流れ弾がかすったのだ。
「大丈夫でござるか?」
吉川の肩を二人が心配しているうちに。弾切れになった足軽達は素早く後列と交替した。
「後列と後退しろ!」
「杓文字をお借りする!」
再び部屋へ飛ぶ弾丸。それを今度は長宗我部が仰ぎ返す。
ザラザラバラバラ床に落ちた小さな鉄塊は。
秋山に広がる団栗の様に床を埋める。
弾丸が途絶えて三人が長い息を吐いた時。今度は黒い塊が飛んできた。
「ちぇすとぉおおーーー!」
島津は刀をバットの様に構えて思いっきりスイング。黒い塊は高速で来た道を戻り。暴走族のバイク音のような爆音を発して爆裂。その振動で壁が一枚外れた。
「突入だ!」
弾丸が切れた足軽達は刀を構え。一斉に部屋へ雪崩れ込む。
「距離を取るでござるよ!拙者に策がある!」 足軽達が殆ど部屋に入ったのを見計らい。島津は刀を閃かす。
「島津十文字斬!」
散らばった弾丸は×型の真空波により巻き上がり。蜂のように飛んで行く。
そしてそれは部屋に突入した足軽達に突き刺さった。
「ぎゃぁああーー!!」
足軽達の甲冑には弾丸がバチバチと刺さり。殆どの足軽達は変身が解けて退却した。
「あと五人でござる!」
「島津殿危ない!」
「戦国一〇八計・光の孔雀!」
綺麗な声で叫ぶ赤い甲冑の美青年。彼は天高く陣羽織を放り上げ。下から刀で突き刺した。
陣羽織はみるみる三匹の孔雀となり。
緑の光を放ちながら飛ぶ。島津は咄嗟にしゃがんで事なきを得た。
「危なかったでござる!」
その後は三人の頭上をくるくる回る三匹の孔雀。 孔雀達は光の羽を撒き散らしながら部屋を飛び続け。時に急降下して三人を襲う。
光る凶器の孔雀の羽。
それは島津達の甲冑の一部を溶かし。夏の太陽の様に皮膚を刺す。
さらに島津達が孔雀に気を取られている間に。
仕留め損ねた足軽五人、赤い甲冑の男、ストライプの甲冑の男は島津達を取り囲んだ。
三人はお互いの背を合わせて三角形を作り。刀を構える。
「吉川殿!」
吉川は珍しく息が荒い。普段なら少しの傷では心身共に揺らがない彼だが。顔まで蒼白くなっていく。
「まさか毒入り弾丸でござるか!」
「そうですよ。予防薬を飲んでいない貴殿方なら、一発で致死量の毒が血管に入る弾丸です。
貴殿方のような強敵には手段を選んでいられませんから。
……私の名前は井伊直政。地獄へお行きになりましたら、母に私の活躍を語って下さいね。」
赤い甲冑の青年は薬剤師が薬の説明をする如く淡々と言う。
その隣のストライプ甲冑の男は、目を見開いて井伊を見つめていたが。
直ぐに島津達に向き直って刀を突き出した。
爽やかな顔を渋い色に染め。彼は足軽達を指揮する。
「……私の名は榊原康政。
地獄へ貴殿方をお送りします! 皆のもの、掛かれ!」
「戦国一〇八計・虹の蝙蝠!」
長宗我部は兜をごっそり削って掴み。それに貝ボタンを載せて息を吹き掛けた。
「戦国ひゃ……」
榊原が一〇八計を唱えるのを中断する程の勢いで。。
虹色の貝で出来た蝙蝠十数匹は前方の井伊達に群がり。甲冑を啄み始める。
島津達の背後左右に居た足軽達は彼らを救うべく走った。
「お前達は退却しろ!」
「嫌です! 死ぬまで戦います!」
「命令だ!」
「聞こえません!」
自分の甲冑を食する蝙蝠を無視し。
榊原と井伊の甲冑に群がる蝙蝠をひっぺがす足軽達。 島津はその集団に十文字斬を放った。
咄嗟に井伊と榊原を庇った足軽達は×型の真空波をまともに受け。変身が解けて倒れた。
床には虹色の蝙蝠の欠片が散らばる。
「お前達!」
「島津十文字斬!」
部下に気を取られた井伊と榊原に島津は再び十文字斬を放った。
×型の風の刃は二人に止めを刺すべく疾る。
倒れた部下の前に立った二人は島津の前に走りながら刀を一閃した。
彼らの身体に纏わりついていた蝙蝠はパリンと弾け。虹の欠片が床に落ちる。
少しぐらついた彼らの腕からは血が垂れ。息も乱れていたのだが。
不思議なことに少し笑っているように見える。
二人の半透明な甲冑を見て島津ははっとした。
「しまった! 第二波は要らなかった! 戦況を不利にしてしまったでござる! 申し訳ない!」
「気にするな。大丈夫だゼ……」
「吉川殿?」
振り返った島津の目に入ったのは。
倒れた吉川、そんな彼を襲う最後の一匹をバサリと切断した長宗我部であった。
長宗我部は荒い息を吐きつつ、身体が痙攣し始めた吉川をそっと横たえた。
「…島津殿。吉川殿の様子を……」
「いざ尋常に勝負!」
長宗我部の声を押し潰すような大きな声を発し。
榊原は島津、井伊は長宗我部に向かって刀を構えて走る。
島津は少し身体の力が抜けてしまい、長宗我部は孔雀退治で少し疲れ始めていたが。
力強い榊原と井伊の太刀を何とか頭上で止めた。
鍔迫り合いをする二組。刀はキシキシと苦しげな声を立てる。
「毒入弾丸なんて卑怯でござる!」
「卑怯なことを避けて負けるよりましですよ。」
井伊は淡々と答えると刀を握る手に力を込めた。
少しバランスを崩しそうになりつつも踏ん張る長宗我部。
一方。島津は榊原の刀を数ミリづつ押し返しながら疑問を感じた。
榊原は強い。だが、普段ならもう少し楽な相手のはずだ。
何故いつもより力が出ないのか。
寒いのが苦手な自分に、この部屋の隙間が堪えるのか?
……いや、そんな条件は皆同じ!
「どぉりゃーー!」
島津は手に血管を浮かべ。榊原の刀を粉砕すべく力を込めた。
うっすらと亀裂が走る榊原の刀。島津はさらに力を乗せる。しかし。
「やすけです。たすけにきました。」
背が高くがっしりとした身体に白い甲冑を纏った弥助。彼は背後に数人の足軽達を引き連れていた。
「かせいしま……だいじょうぶか!」
目の前で倒れた足軽達を見て思わずしゃがみこむ弥助達へ。榊原は島津を見据えつつ言った。
「安全な場所で手当てをしてやって下さい。」
……その二組から少し離れた所で。吉川は痙攣し始めた身体を何とか起こした。
「……ゲホッ!」
刀を杖のようにして立ち上がった彼の耳に。緊急警報が届いた。
「吉川殿!」
「おいのちいただきます。」
黒い肌の男は雄叫びを上げ。筋骨隆々の巨体と似合わぬ速さで刀を降り下ろす。
「うおぉぉりゃぁあー!」
気力で立ち上がった吉川は弥助の刀を受け。押し返す。
「俺にはまだまだ支えなきゃいけない殿達がいるんだゼ!」
「のぶながさまのこころをかなしませるお前たちゆるさない!」
弥助の円らな瞳には強い意志が宿り。その意志が吉川の刀を押し返す。
天秤のように拮抗する力。冷や汗をかいてゼーゼー息を吐きながら。
吉川は無心で身体中のありとあらゆるエネルギーを腕に集中させた。
「戦国一〇八計・鬼吉川!」
吉川の髪は逆立ち。刀には小さなピラミッド型の角が立つ。
その刀で吉川は弥助をぶっ飛ばし。
さらに。ドスンと尻餅をついた弥助の兜へ。目にも止まらぬ速さで刀を振り下ろした。
「おぉぁりゃー!」
鬼の棍棒のような刀の一撃で弥助の兜はひび割れ。透明になった。
「う……。」
弥助は白目を剥いて脳震盪で倒れ。吉川もガクッと膝をついた。
「吉川殿!」
「だ…だいじ…ょぶ…だゼ…二人とも目の前の…敵を……」
「……あいわかった!」
島津と長宗我部の意識が少し反れた瞬間。
榊原は押されたふりをして座り。島津の毛を拾う。そしてそれを車輪に埋め込んでそっと島津の死角から投げた。
「戦国一〇八計・榊原源氏車!」
鋭い金属の突起が生えた木の枝が輪になった車輪は。
高速道路の車のような速度で部屋の奥へと静かに走り。
方向転換して島津に背後から近付く。
「……もとは…島津殿!」 長宗我部の声で振り返った島津は車輪を避けるが。車輪は再び方向転換して島津を狙う。
「しつこいでござる!」
スパン! と車輪を切断した島津であったが。
車輪は再生して二つになり。獲物を狙う肉食獣のように再び島津へ掛けてくる。
「どうなっているでござるか!」
「島津殿逃げろ! 貴方が狙われている!」
長宗我部は井伊がガンガン振り下ろす強力な太刀筋を何とか受け止めて叫び。
それを聞いた島津は吉川には近寄らないように部屋をぐるぐる走る。
這いつくばっていた吉川は、何とか上体を起こして手裏剣を数個投げてみた。「かたじけない!」
心なしか速度が弛んだ車輪。だが。相変わらず島津だけを追い回す。
「よし! 拙者も!」
島津も懐から手裏剣を出して投げた。
しかし致命的なダメージは与えられず。再び速度が少し落ちただけ。
井伊と鍔迫り合いしていた長宗我部は。圧されつつも何とか片手で刀を構え。もう片手を目立たないようにそっと懐に入れた。
観察力のある井伊がそれに気を取られた瞬間。
長宗我部は思いっきり井伊の脛を蹴飛ばした。
「ぁあー!」
倒れ悶える井伊。
純粋な剣術レベルは井伊の方が上であったが。
長宗我部の方が長身の分手足のリーチが長かった。
おまけに。長宗我部の具足の先端には凶器が着いていた。海が金属製の飛び魚の飾りを数本、接着剤で張り付けたのである。
「これを使え!」
長宗我部は自分の刀を島津の走行方向の先へ投げ。井伊を助けに走ってきた榊原の刀を何とか避ける。
島津は長宗我部が投げた刀の軌道を一瞬見ると。
再び長宗我部に刀を振り下ろした榊原へ自分の刀をぶん投げた。
「榊原ぁあー!」
島津の野太い声に榊原の目が一瞬反れ。
その瞬間に長宗我部は榊原から距離を取る。
「長宗我部殿!」
そして吉川が足元に投げた刀を拾い。また振り下ろされた榊原の刀をふらつきつつも受け止めた。
一方。島津は長宗我部の刀の着地点に到達。刀を床から引っこ抜く。
背後から来た車輪を振り向き様に切断し。
頭上に駈っとんで来た車輪も蝿叩きを振り下ろすようにバシッと切断。
尻餅をついて完全に押されている長宗我部の加勢に走る。
「今行くでござる!」
島津は足を引きずりながら自分に襲いかかって来た井伊をぶっ飛ばし。
榊原に横から襲いかかった。
「ちぇすとーーー!」
「三河武士の意地を見せる!」
榊原は島津の強烈な刀を必死に受け止めた。
その後も島津の圧しつける刀に歯を食い縛り耐える彼。意外な粘りに島津の息も段々荒くなる。
だが。決着はあっさりついた。ひっそりと背後に回った長宗我部が榊原の兜をへなへなと叩いたのである。
兜は透明になり。脳震盪を起こして榊原は倒れた。
吉川の貸した刀は一〇八計で力を増していた。なので疲労が溜まっていた長宗我部の緩い太刀筋でも封印するには十分だったのである。
ひっくり返った長宗我部に島津は汗を滴らせながら頭を下げた。
「…長…宗我…部殿…かたじけな……!」
ドサッと音がしてスローモーションで振り返った島津の目に。変身が解けて倒れた井伊が映る。
井伊の倒れた位置、さらにその近くで島津の刀を持って立っている吉川を見て。島津は事態を理解した。
「……仕留め…きれていなかった…でご…ざるか……助か…った…でござるよ」
島津は井伊をぶっ飛ばしたのだが。井伊の変身はその時点ではまだ解けていなかった。
井伊は折れた足を引きずって走り島津の背中を狙ったのだが。
気力を振り絞った吉川の一太刀で気絶し。兜も封印されたのだ。
「だ、だ、大丈夫でござるか……」
虫の息の吉川をそっと横たえる島津。
一方、長宗我部はふらふらしつつも井伊を仰向けにひっくり返し。詰め襟の軍服を剥ぎ取った。
「…解毒剤があれば……」「なるほど!」
必死な顔で軍服のポケットを探す長宗我部と、それを祈るように見つめる島津。だが。長宗我部は首を振る。
項垂れた二人に、絞り出すような声が聞こえた。
「…せ…なか………あおい…ほしがた…くすり……。」
再び目を閉じた榊原。
長宗我部は背面を目を皿にして見る。切れ目を見つけた彼がそこに手を差し入れると、チャックの感触を感じた。
そこから変色した孔雀柄のポーチを取り出し。ポーチのチャックを開ける。
「あった!」
吉川の体を支え、星形の錠剤を飲ませた島津と長宗我部。虫の息だった吉川の息が少しだけ整ってくる。 一瞬微笑みあう島津と長宗我部だったが、長宗我部は気まずそうに目を反らし。手に持っていたポーチをポロっと落とした。
「あっ。」
『なおまさ、おたんじょうびおめでとう』
落としたポーチから出てきたのは。綺麗な字で書かれた小さなカード。
「……。」
そのカードと変色した孔雀のポーチを拾い。長宗我部はその二つをじっと見つめた。
井伊が着ている仕立てが良さそうなシャツ、ポケットに入っていたエメラルドが孔雀を象る万年筆等と比べると、かなりみすぼらしいポーチ。
だが。解毒剤を入れるほどだからとても大切なものなのだろう、と思った長宗我部は。
丁寧にポーチとカードの埃を払い。そっと背中のポケットに戻した。
「さぁ、行くでござるよ!」
「…島津殿。元春殿は俺が背負う。」
どうみても長宗我部の方が疲労が濃いと思った島津は断るが。
長宗我部は静かに首を振った。
「島津殿の方が俺より強いから…俺と吉川殿の背後を皆と合流するまで警護して欲しい。」
島津に素直な信頼をよせて見つめる長宗我部に、島津は顔を崩して胸をドン!と叩いた。
「……お二人には助けられたでござるし! お安いご用でござるよ!」
「…ありがとう。」
長宗我部は吉川を背負うと島津に背中を任せて歩き出した。
暗い部屋で。友樹は座布団の上に体育座りしていた。
「……どうしてこうなってしまうんだろう……。」
友樹は瞳を閉じ。松永達に海底に引き込まれてからの日々を思い起こしていた。
――上杉軍が攻めてきたあの日。夜の錦江湾海上。
敵の蛇に絡め取られ引き寄せられた友樹は。
海底に引きずり込む大渦の上で前のめりに倒れた。 だが自分を呼ぶ声に気が付き。顔を上げた。
「友樹さん! 絶対に助けてやるからな!」
それを聞いた友樹の目からは涙が溢れた。
こんなに自分を思ってくれる友達なんて居なかった……すごくありがたい……。
……そう思った友樹はふらふらしながらも立ち上がり。そっと半身だけで振り返った。
(あれ……。)
友樹は直ぐに違和感を感じた。
行人達が綱引きのような状態で踏ん張っているのに、なぜかこちら側に近付いている気がする。
そして自分のリュックと行人達が引っ張っているロープが繋がっているのに引っ張られる感覚がない。
彼は思わず体の向きを戻して松永を見た。知的で狡い目が、笑っている。
思わず身の毛がよだつ友樹。段々状況がわかってきた友樹は再び行人達を振り返る。
(黒田さん……。)
涙目で苦しそうな黒田と直ぐに目が合い。友樹は状況を完全に把握した。
自分を助けようとしてくれている皆も、引きずり込まれている。
どうしようこのままじゃみんなをまきこんじゃうでもしにたくないこわいみんなとはなれたくないなんとかたすけてほしいおかあさんにしんぱいかけたくないヨッシーとながさきのきょうかいにいくってやくそくしたのにしにたくないしにたくない!
しにたくない!
……そういう思いがよぎる友樹だったが…彼は無理に微笑んで見せた。
出来れば死にたくなかったけど…もう…十分だ。
「ヨッシー…を…よろしく…お願いします…!」
友樹は素早くリュックを下して、力を振り絞って高く放り上げた。行人達は思いっきり尻餅をつく。
そして。
「兜を……。」
友樹は慌てて羽交い絞めにしてきた松永の腕を噛み。宇喜多と斎藤の手をすり抜けた。
さらに何時の間にか友樹の数メートル近くに泳いできていた行也と島津に向かって大友の兜を最後の力でぶん投げる。
「友樹さん!」
ありがとう。もうみんなといられなくて寂しいな……ぎこちなく微笑んだ彼は腕に何かを刺され。次第に意識が遠退いて行った。
……彼が目覚めたのは病院のベッドだった。
筋骨逞しい軍服の男は、目が覚めた友樹をいきなり殴りつけた。
「キサマが旧日本人かあぁあー!」
胸ぐらを掴まれ。ぐわんぐわんと揺らされ。友樹は白眼を剥いた。
もう一人の軍服の男は友樹の手を取り。冷静沈着そうな顔を憎悪に染めて呟く。
「……この指一本一本をへし折ってやりたい…。」
恐怖に声が出なくなる友樹。しかし。
「これが噂の旧日本人か!」
場違いな明るい声がドアの外から聞こえ、軍人達は手を引っ込める。
その直後に明るい声の男は部下を引き連れて入ってきた。
「ちょっと下がれ。」
「の、信長様!」
友樹と自分を遮るように立っていた部下達を掻き分け。信長は友樹のベッドに近寄り。
無邪気に輝く宝石のような目で友樹を見た。
だが。彼は美しく華やかな顔をすぐに魔王の形相に変化させる。
見つめるだけで相手の心臓を止めそうな信長のおどろおどろしい眼差しに、友樹はがたがた震えたが。
その怒りの矛先は最初に居た軍人に向けられた。
「捕虜には手を出すなと言ったのに……どっちが捕虜を殴って顔に落書きして…………変な帽子まで被せた……それとも二人か…。」
筋肉軍人は正直に手を上げた。
「も、申し訳ありません……! 殴ったりしたのは俺だけです!」
眼鏡軍人もしどろもどろに口を開く。
「わ、私は、手の指を折るとは言いましたが脅しただけです! 後は変な帽子を被せただけです!」
信長は震える軍人二人を正座させると。彼らを思いっきり足蹴にした。
唖然とする友樹の目の前で。筋肉軍人をまず三回、眼鏡軍人に一回。さらに。
「……延長戦だァ!」
「ぎゅあぁひぃー! お許しを!」
「おとーちゃん! おかぁちゃーん!」
信長がやっていることは鬼畜なのに、美男子だからなのか、蹴る姿勢が綺麗だからなのか、ある意味様式美なのか、何故かエレガントに見えてしまう……と思った友樹だったが。
眼鏡軍人の眼鏡が飛んだのを見て思わず口を開いていた。
「あ、あの、捕虜の分際で口を挟んで申し訳ないのですが、僕を尋問しなくていいのですか?」
「そうだな。」
信長は眼鏡を拾って袖で軽くふいてから眼鏡軍人に渡すと。再び友樹にしゃがみこんで近づき、優しい声で言った。
「どうみても弱キャラな風貌なのに、怖い思いをさせてごめんな。所でそれは地毛か?」
「はい。……!」
信長はしゃがむと友樹の帽子からはみ出た髪を引っ張り、手を離した。
「おぉーおカーブが復元した! 蘭丸もやってみろ!」
失礼します、と軽く友樹に頭を下げ。蘭丸と呼ばれた黒い茶筅髷の小柄な美少年も友樹の髪を引っ張った。
「形状記憶髪ですね。」
「俺とお揃いだな! それに赤毛にも色々あるがここまで色がおんなじとはな!」
あははは! と明るく華やかに笑う信長。
良かったですね、と優しく微笑む蘭丸。
(信長さんも違う意味で十分怖いよ! というか部下も何で止めないの? 宗教?)
友樹はひきつった笑みでふと天井を見上げたが。あっ、と目を見開いた。
「危ない!」
「きさ……おい! 大丈夫か!」
信長の上に覆い被さった友樹の頭に。天井から落ちてきた照明器具がぶつかり。割れた。
鈍い痛みを感じつつ遠のく意識の中で。
友樹の脳裏には信長のように無邪気に輝くヨッシーの笑顔が浮かんだ。
……元々「味方のために自分を犠牲にした」ということと、
「信長と同じで地毛が赤く天然パーマ」ということで信長の心象は悪くなかった友樹は。
信長を庇ったこの一件であっさり信頼を勝ち取った。 気に入ったものは思いっきり甘やかす信長に庇護され。
彼は捕虜でありながら安土城にそこそこの広さの部屋と豪華な衣食を与えられる、という破格の扱いを受けることになった。
牢獄で拷問されるよりは遥かにましではある。
しかし信長からポケットマネーで豪華な着物・服・小物等を貰い、
骨董品管理の給料を渡される度に友樹は困惑した。
小心者の彼は捕虜らしく大人しく慎ましく暮らしたかったし、
豪華な生活をしていたら、自分を心配してくれる行也達にも、
間接的に自分の生活費を出すことになる裏日本人のみなさんにも顔向けができない……と感じたからである。
そこで友樹は給料も最低限の金額だけもらい、豪華なプレゼントも必死で断り、断りきれなかった分は福祉バザーや福祉施設に寄付をすることにした。
さらに。それを謙虚さや遠慮と感じた信長に友樹は本音をぶちまけることにした。
「小心者の自分には捕虜の分際で豪華な暮らしをするのは世間体が怖いし仲間に軽蔑されたら悲しいので耐えられません!」
友樹が泣きながら訴えた次の日から。生活水準は「大富豪の御曹司」から「そこそこの家の人」レベルにまで下がった。
だがそれでもそこそこ裕福なのにはかわりなく。日本人を恨む過激派には税金で豪華な暮らしをしていると目をつけられ。
襲われる原因になったのだ。
友樹の立場からするととばっちりである。
しかし自分を殴った軍人も、こっそり嫌がらせをしてくる裏日本人も、友樹は嫌だと思いつつも憎めきれなかった。
日本人から被害を受けている裏日本人に同情と少し責任を感じていたし、
自分の助命嘆願書を丹羽達が出してくれていたことを、信長から聞いたからである。
そして信長のことも悪魔のようなキチガイと思いつつも、弟のように可愛がってくれる彼を兄のように慕う気持ちもあった。
それに彼のおかげで、弟・芳樹のことを考え直すこともできたので、友樹は信長に感謝していた。
「芳樹も信長様みたいに凄いプレッシャーと戦ってる……。
小さな頃は科学者に成りたいと言ってたのに……。
僕が不甲斐ないから……会社を継ぐことになって……そんな僕のことも兄として立ててくれる……もっと大事にすればよかった……。」
彼はハンカチをポケットから出す。
『血が出ている! 大丈夫か!』
自分を妬む同僚の嫌がらせでケガをした友樹の腕に、信長が巻いてくれた織田家家紋の金糸刺繍のハンカチ。
友樹はそれを大事そうに見つめると、ポケットにしまって呟いた。
「ヨッシーの言う通り、本当に僕の性格は優柔不断でめんどくさいよ……。
僕がいざとなったら守るのも助けるのも行也君達だけど……信長様にも丹羽さんにも最上さんにも蒲生さんにも真田さんにも刃を向けたくない……。」
彼の目からは光が一筋走った。




