武田四天王
裏日本に拐われた友樹を救うため、安土城へ乗り込んだ行也達。 しかし彼らは城内の大部屋に閉じ込められ、透明な虎に襲われる。 彼らは友樹を救い、無事に脱出出来るのか。
暗闇を走る透明な獣。猛々しい叫び、風音が密封空間に響き。
敷き詰められた水晶の丸石も悲鳴をあげて割れていき。足形の模様が広がった。
そして天井に生える尖った水晶は。シャンデリアのように揺れている。
「実季! 花嵐じゃ! 皆は下がれ!」
「花嵐!」
黒田の声を聞き、幽斎の兜を被った実季は兜からちぎった桜の花に息を吹きかける。
淡いピンクメタリックの花が実季の前方に広がり。
透明な獣は鋭利な花びらの衣を纏って苦しげに呻く。さらに。行人は前に走り出て刀を一閃する。
「島津十文字斬・連打!」 十文字の衝撃波が直撃し。バリン、と音を立てて割れる獣。
断面が艶やかに白く光る。 行人が撃ち漏らした桜色の虎も何とか切断した行也達。彼らが息を整え始めた時。
小早川は間髪入れず静かに言った。
「柵を投げてください。」
細川達はリュックから出した透明な折り畳み柵を思いっきり前方に投げる。
細川達は黒田達と別行動の間に博士のメモを見ながら柵を作っていたのである。 行人は首を傾げた。
「十文字斬の方が早くね?柵はぶっ壊されたり、飛び越えられちまう!」
黒田は早口で答える。
「十文字斬の振動で尖った水晶が落ちてくるから駄目じゃ。
それに柵には刺が映えているから何匹かは足止めできる。
一気に襲われずに済むから各個撃破しやすいんじゃよ。」
「なるほど!」
投げられた柵は立ち上がり、三m程の高さになる。神崎達が行也達の元へ走り戻ったと同時に。
襖が再び開け放たれた。
後詰めの透明な獣が風を強く爪弾きながら飛び出してくる。神経を研ぎ澄ましていた高木は叫ぶ。
「……七十匹程!」
水晶の丸石をザクザク粉砕しながら疾走する見えない獣。柵に激突し悲鳴をあげる。高木は柵へ走りながら叫んだ。
「仕留めたのは八匹!
残りは三十匹づつ柵の左右を迂回!」
走る高木はふと柵の上を見上げた。
「………!」
彼は柵上部が揺れたと同時に飛び上がり。刀を突き上げた。
「オリャー!」
下から突き上げられて砕け散る虎。ダイヤモンドダストのように欠片がキラキラと舞う。
「高木さん後ろ!」
追いかけてきた行人は高木の背後に立ち。威圧的な塊に刀を振り下ろす。スパッ! と切断された獣は真っ二つになって転がった。
一方。行也達は左右に別れて獣を迎え撃つ。苦しそうに呻きながら針鼠や銃弾の水玉模様になっていく獣。光紀も走ってくる一匹に銃弾を命中させるが。
「……弾丸切れか!」
一瞬硬直した光紀。その隙にひび割れた獣は光紀に飛びかかって来た。
「……っ!」
避けようとして横に体を傾けた光紀。勢いあまってそのまま左に倒れ。右肩を押さえた。
彼の肩甲の鉄板は裂け。白い肌が露になる。
「みっちゃんは下がって!」
刀を振り下ろし行也は着地した獣を仕留めた。
「すまない!」
後方に走る光紀。
その直後。光紀を見ていた行也は気配を感じて体を捻るが。
火の玉がかすったかのような痛みを感じて肩を見る。甲冑の肩甲が裂け。赤い線が三本走っていた。
「この爪痕は虎かな?」
再び虎を撃退し長い息を吐く行也達だったが。
弓矢や弾丸の残数を確認して青ざめた。
「体力だけじゃなく飛び道具も使い切らせる作戦なんじゃな。
細川殿、ラーシャ、光紀、輝、涼太は後方で弾丸等を作ってくれ!」
「私も手伝う!」
飛び跳ねたヨッシーを受け取り、自分も戦うと煩い細川を引きずって走り出す四人。
黒田は続いて高木を見た。
「高木殿! 虎サーチを……」
「皆さんは武芸センスがよいですから、そろそろ虎の気配を感じられるはずです。
……走ってくる異物は、竜巻のようなもの。空気の流れを乱しながら道を切り開き、進んで来ます。
その乱れた箇所を肌で感じとるんです。
それに先程までの虎の動きのデータを頭の中で重ねれば、自ずと虎の動きがわかります。
因みに、耳が良い方は音の響きで位置がわかるはずです。」
高木の説明に黒田は耳を疑った。
「そんなん無茶じゃろ!」
「私と黒田殿と大友殿は無理でしょうが、それ以外の皆さんは大丈夫でしょう。
取り敢えず虎は止まった人を集中して狙う傾向があることはわかりましたが、私の力では微妙ですね。
すみませんが私は後方に下がらせていただきます。」
黒田を自分の肩に乗せる小早川。黒田は彼を見上げて首を捻った。
「へ? 小早川殿と大友殿以外はわかるんかのぅ?」
「皆さんは高木殿の仰る通り、立派な武人ですから出来ますよね。」
明るく微笑んで皆を見回す小早川。行人、島津、春彦、吉川は元気に返事した。
「俺も何となくわかる!」
「拙者も!」
「わしも出来そうじゃ! 蒲生戦の後、練習したんじゃった!」
「俺も何となくわかるゼ!」
「……来た。」
長宗我部の声で皆は目を閉じ。
車が飛び交う高速道路を目を閉じて突き進むかのように。極限まで意識を集中した。
彼らは空気の流れを肌で感じ。あるものは乱れた一点を次々と突き刺し。あるものは刀を振り下ろした。
カラン、と冷たい音を立てて生ける竜巻は真っ二つ。
一歩下がってひび割れた虎を仕留めていた小早川は、目を見開いた。
「……細川殿! そちらに一匹行きました!」
ひび割れた虎は武器を作っていた五人の右へ走る。利休の土をこねていた手を止め、細川は立ち上がり。槍を構えて走った。
「トリャァーッ!」
串刺しになった虎。しかし細川は槍を引き抜くと慌てて後ろに走る。
「菊池ー!」
ジャリジャリ伸びていく足形のスタンプ。透明な一匹の虎は行也達をすり抜けて走る。
それは、救急道具を持ったまま棒立ちしていた光紀へ向かっていた。
「みっちゃん!」
虎をまだ倒しきれていない行也達は身動きが取れず。走り出した細川も小早川も間に合わない距離。
輝や涼太の放った弓矢とラーシャのカルタも空を切り。虎は障害のない道をひた走る。
背負っていた銃を震える手で構えた光紀だが。カシャンと音を立てて銃は落ちた。
小早川は叫んだ。
「輝殿! 音符がそっちへ飛びました!」
「……音……。」
彼は耳から入った絵の具で光紀の前の空間に音の塊を高速で描き。
それを貫くように弓矢を放った。
音符のように線が突き立ち。動きが止まる虎。 何とか虎から抜け出た明智は追いついてきた細川と小早川を制し。
のろのろと動き出した虎に銃弾を一発撃ってから叫んだ。
「菊池殿これは想定内だ! いや想定外なこともあるのが想定内だろ科学もそうだ!」
早口で必死に叫ぶ明智。はっとした光紀は銃を構えて引き金に指をかける。
そんな光紀の頭上へ大口開けて飛びかかる虎。
……光紀が一瞬速かった。虎の口内で光紀の放った金柑弾爆発し。虎の頭は木端微塵。
氷を砕いたような破片が辺りに飛んでいく。
「光紀! よくやった!」 思わず拍手した黒田だが。敵は待っていてくれなかった。
再び勢いよく開いた襖。金色の線が走った虎と透き通った紫色の計数百匹の虎に続き。
出てきたのは五人。
真っ赤な和風の甲冑の小柄な男。
遠目からも華やかな雰囲気を放つ黄桜のが所々に咲く甲冑の金髪の美男子。
火の玉が描かれた甲冑を纏い、『戦のしおり』とかかれた巻物をマフラーのように巻いた男。
同じく至って普通な五月人形のような甲冑に、魚の鱗模様の陣羽織の男。
そして最後に。獅子のような毛が兜から生えた兜を被り、桜色の糸で小さな赤銅色の鉄板を綴った甲冑を纏った男。
獅子兜の男は咳き込みながら、赤いマントを翻して水晶の大きな虎に乗る。
「戦国陣略・盾無の陣。」
金色の北斗七星が刻まれた桜水晶を吹く獅子兜の男。法螺貝から噴き出した金色の霧が五人を包み。
虹色の武田菱が甲冑の上にコーティングされた。
尚、盾無とは。武田家に伝わる、盾が要らない程堅牢な鎧のことである。
「殿!」
獅子兜の男は心配そうに駆け寄る四人から離れ、北斗七星の軍配で行也達を指す。
そして法螺貝を吹き続けながら襖の奥に引っ込んだ。獅子兜の男に四人は一礼し、虎に跨る。
真っ赤な甲冑の男は金色の線が走った透明の虎、残りの三人は透き通った紫色の大きな虎を駆り。
ところどころ割れた水晶の小石をアイスピックで突くように粉々にしながら駆けてくる。
「我らは武田四名臣!
殿にはお前たちの吐きだす汚れた空気は吸わせない!」
四人は炭酸水のようにバチバチ跳ねる小石の上で雄叫びを上げた。
「真っ赤な奴が山県昌景、菊人形みたいな奴が高坂弾正、巻物をマフラーにした男が内藤、魚の鱗模様みたいな甲冑が馬場信春じゃな。」
「何故わかるのですか? そういえば黒田さんはご自身の事を最弱とおっしゃっていましたね。
そのようなことは全ての甲冑の性能を把握なさっていなければ言えない筈です。
もしかして……黒田さん! 大丈夫ですか!? また私は人の心の地雷を踏みましたか!?
申し訳ない……。」 弾丸を作成しながら尋ねる光紀の問いに、光紀の背中に飛び移っていた黒田は頭を抱えて目をつぶり。低い声で苦しそうに呻いた。
「黒田さん!」
「黒田先生!」
「……いや、大丈夫じゃ。光紀は悪くない。二人とも自分の仕事に集中しなさい。」
黒田は金色の瞳を悲し気に伏せる。行也はそれが気になりつつも柵が切れた部分から弓矢を放ち。
光紀は弾丸作成を続ける。
一方ひび割れた格子状の柵の内側で弾丸を補充した神崎、春彦、明智、霧沢は。格子状の柵の隙間から銃口だけを出して男達を狙っていた。
「あの甲冑は弾丸を弾いとる! 甲冑の上にさらにバリアがあるように見えるけん!」
春彦はもう数発放ったが結果は同じ。彼はとりあえず正面の虎にターゲットを切り替えた。
男達の乗る虎を狙うにも、正面の柵にガンガン体当たりする他の虎と高さが同じで狙いが定められないからである。 望遠鏡で様子を見ていた小早川は、弾丸を作成しながら小声で言った。
「法螺貝とその音色が関係しているのでは?
金色の何かが彼らを包むのを見ましたし、今も音が聞こえます。
獅子兜の男が笛を吹きながら襖の奥に引っ込みましたが、襖をぶち破って彼を引きずりだすか、
彼が酸欠になるまで待つか……。普通に考えれば酸欠になるのを待つ方がよい気もしますが、」
酸欠になった後の手段も考えているでしょうし難しい所です。」
「そうじゃな。……それにしてもさっきの虎よりも頑丈じゃのぉ」
柵に体当たりし続ける虎の群れ。中々数が減らない。
その隙に男たちは左右に分かれて走り出した。
柵の左側に山県・馬場、右に高坂・内藤が走る。
「回り込まれる! 拙者も盾になるから援護を頼む!」
「俺も行くゼ! 春彦は銃を撃ってろ!」
「俺も行きます!」
「俺も!」
「ラーシャ、弾丸作成は任せたッ!」
元から刀を振るっていた高木に続き。島津、吉川、行也、行人、細川は槍や刀を構えて柵の切れ目に立つ。
そして反対側の切れ目には。
ため息を吐いた龍造寺、気合いの入った鍋島、田中、長宗我部、海、実季、栗山、母里が立った。
立花も立とうとしたのだが。
「ムネリンはリーチが短すぎるから弓矢を打ってくれたほうが戦力になる。」
と田中に止められ。気持ちを切り替えて再び弓矢を構えた。
そんな中。黒田は時計を見て、パン! と手を叩いた。
「よしみんな! 日付が変わる前に一〇八計をばんばん使え!」
「戦国一〇八計・中国大返し!」
手を突き上げて叫ぶ行也。皆の兜に張り付いた小さな赤いお椀が光りだす。
「おっ、手も凄く早く動く! ……だがまだ敵が出るかもしれないのに大丈夫なのか!?」
弾丸を放ちながら神崎は問う。
小早川は春彦に弾丸を渡しながら解説した。
「あと二十五分で明日です。一〇八計は一日一回使えるので二十五分後に効果が切れていればまた使えます。」
武田菱の彫られた小さな法螺貝を吹いて、虎を指揮する四人の男。
行也達は素早く動きまわって氷のように固い虎をどんどん割っていく。
そんな中。正面の柵はぐらぐら揺れ始めた。
「柵が倒れます! 下がって刀を構えてください。実季殿! 百人一首です!」
小早川の言葉通り柵は数十秒後に倒れた。その間に実季は春彦達の前に立って叫ぶ。
「戦国一〇八計・百人一首!」
実季は縦三列に並べたカルタを刀の柄でコツンとつつく。
なだれ込んだ数十匹の虎に巨大化したカルタはドミノ倒しになってのしかかり、石畳の道を作る。
押し潰された虎は苦し気に呻いていたが、少しして声はパタリと止んだ。
「……兄上達も長宗我部殿達もあの調子なら虎を倒せそうです。酸欠を待つことにし」
柵の左右の戦況を見た小早川が言い終わる前に。カルタが倒れる音に振り向いた龍造寺は倒れたカルタを踏んづけて走り出した。
「……雪崩れ込むぞ! 神崎!」
「おう!!」
「…義兄上。危ないです。」
「そうじゃ! わしも行く!」
「待ってください! もう少し人数を集めてから……あ、実季殿。貴方は残ってください!」
走り出す龍造寺、神崎、それを追う霧沢、小早川。さらに栗山と母里も黒田の指示で彼らを追う。
小早川はふと後ろを振り返る。
彼は四天王が背中に少し変わった形状のフック付きロープを背負っていることに気が付いた。
おでこに人差し指をあて、天井を隈なく見つめた彼は目を見開く。
「もしかして……。」
小早川は走りながら黒田にメールを打った。
「待て!」
マフラーにしていた巻物をほどく内藤。彼はそれを天井に投げた。天井に張り付く巻物マフラー。
さらに彼は刀を突き上げて叫ぶ。
「戦国一〇八計・万全の備え・風!」
その言葉の直後。巻物が大きなプロペラのようにぐるぐる回り部屋中に風が吹き荒れる。
内藤・山県・馬場・高坂の槍や刀は水晶のように透明になり、ドリルのように回転し始めた。
さらにつるんとした虎の体から水晶の槍が分離。虎達は立ち上がり、それを掴んで二足歩行して走り出す。
内藤と高坂は残った数十匹の虎の槍兵を引き連れて神崎達の方向へ風のように走り。
山県と馬場も残った虎達を引き連れて神崎達を追う行也達を邪魔するように立つ。
馬場は残った虎の槍兵四十匹を首から下げた小さな法螺貝で指揮し。
山県は虎の手綱を噛むと。後ろ向きに跨って行也達に突っ込んだ。
囲まれた彼は後ろ向きで虎を運転しつつ。弓矢を放つ。
そしてそんな彼の背中を守るように、虎は口から金色の槍を吐き出した。
「何か毛が生えた!」
海の指摘通り。虎のつるんとした体にガラス繊維のような毛が生え、透明な針を体の側面から放つ。
正面からはボウガンのように金の槍が飛び、側面からは透明な針を飛ばすという、
武器倉庫のような虎を駆る山県。
「内藤の一〇八計で、こいつらはいちいち刀を突き上げなくて叫ばなくても一〇八計が使えるようになった! というかもう使ってる!」
「先生はなんでわかるんだよ!」
「後で話す!」
行人の質問を遮った黒田は小早川からのメールを見てはっとした。
彼は実季の背中に飛び乗ってごにょごにょ話し。
さらに弓矢を打っていた涼太に海の背中へ投げてもらうと、今度は海に小声で言った。
「……わかった!」
虎を叩き斬りつつ頷く海。近くに居た長宗我部も虎を叩き斬ると眉をひそめた。
「…駄目だ! あの技は危なすぎるから俺は教えなかったんだ!!!」
珍しく頬を紅潮させて怒鳴る長宗我部。海は大丈夫だと宥めるが、彼は怒りの矛先を海に向けた。
「いっつもいっつも海殿は結局忠告を無視して突っ走る!!」
「長さんごめん……。」
「…もう知らん!」
長宗我部はそっぽを向くと海の背中に立ち、黒田に頼まれ高木の背中へと彼をぶん投げる。
一方。光紀は。
虎達から離れて金柑弾を放っていた。邪魔な虎を一匹仕留め。山県の前が開く。
「戦国一〇八計・真紅の桔梗!」
種は見事に山県の馬の額に命中。透明な馬の額から咲いた火の花が広がっていく。
山県は虎から飛び降りると弓を槍に持ち替えた。
「虎太郎の仇!」
ドリルのように回転する金のストライプ模様の水晶の槍を構え。凄い速さで追いかけてくる山県。
「想定内だ!」
冷静に逃げ出す光紀。明智は山県の脇腹目がけて銃を放つが。
やはり銃弾は甲冑にすら掠らずにポロリと落ちる。
しかし。山県が明智を見た一瞬に光紀は無事に難を逃れ。明智は額の汗を腕で拭う。
光紀はその後も、チクチク他の虎を撃ったのだった。
一方、光紀を取り逃がした山県は。横から吉川の突きだした槍を受け止めた。
「俺が相手だゼ!」
吉川は山県と槍を重ねる。だが、ずっと虎と戦い続けていた彼は息が荒い。
他の者も疲労が見え始めたのだが、吉川は輝元に目を配りつつ戦っていたのでさらに疲労の色が濃かった。
彼は十数合目からだんだんと山県に押され。防戦一方になってくる。
弱った金魚のように虚ろな目に一瞬なりつつも踏ん張る吉川で。しかしついに槍を吹っ飛ばされた。
「叔父上これを使うっす!」
輝元は自分の持っていた槍を吉川に投げた。
吉川は山県の攻撃を避けつつそれを受け止め。歯を食いしばって山県に立ち向かう。
「殿は下がるんだゼ!」
山県を視界の端に入れつつ吉川は輝元を見た。
虎に追い掛け回された輝元が鍋島に助けられたのを見てほっとすると。
彼は再び山県に槍を振り回す。
「隙があったのに、俺に情けをかけたのか?」
「主君の為なら致し方ない。一度だけだ。」
そういうと。彼はさらに高速で槍を突き出した。
「吉川さん! ……うわ!」
吉川に視線をやっていた田中は後ろから来た一撃を体をよじって避け。
自分の横を走った槍をつかんだが。勢いよく引き抜かれそうになりぱっと手を放す。
「中々やるな。だがお前に……」
「お前『達』だッ!」
細川と田中は馬場を挟み撃ち。細川の突きだした槍を馬場はかわし。
田中が振りかざした刀の刃先を跳ね上げた。ぐわんぐわんとしなる刃先。痺れる手。
田中は何とか刀を握りしめると馬場と刃先を交えた。近寄らせまいと槍で牽制する馬場、
懐に入ろうとする田中。
武の熟練者達の緊張感は、冬の晴天の如し。
細川は馬場の背後を狙うが数匹の虎に背後から襲われ。
やっと虎を倒したころには田中と馬場は数十m先であった。
さらにそれを通せんぼするように虎が壁になる。
細川は舌打ちすると、槍を振り回した。
その数秒後。
「あ……茂殿!!」
立花は法螺貝が沈黙したタイミングで馬場の背中に矢を放った。
だが銀色に輝く魚鱗模様の陣羽織に跳ね返される。
『不死身之馬場』と陣羽織に刺繍された文字とおり。立花が続けて連射した矢も力無く落ちた。
「かすり傷すら与えられないでありますか……。」
弓矢を構えていた立花だが虎にはばまれ断念。虎をスパスパ斬りつつも、遠ざかっていく田中の背中に唇を噛んだ。
――一方、時間は少し遡り。信玄が入っていった襖へ向かおうとした神崎達は。
後ろから高坂と内藤と彼らが率いる虎数十匹に襲撃された。腕に突き立った矢を引き抜き、顔をしかめる小早川。
「隆景さん大丈夫か! わしの後ろに下がるんじゃ!」
「はい。」
小早川はそれなりに武術の心得はあるが、武田四天王相手は太刀打ちできないと自分でもわかっていた。彼は素直に後ろに下がって弓矢を構える。
龍造寺、神崎、春彦、霧沢、栗山、母里は折り畳み槍を広げて虎と槍を交わす。
何とか虎達が残り十数匹程になるまで倒した彼ら。高坂や内藤と隔てる虎の壁は途切れ途切れになる。
だが、春彦以外は息が上がってきた。特に偵察に行っていた二人の息が荒い。
栗山は息が少し苦しそうな程度であったが、母里はマラソン中のような速いテンポの呼吸をしている。
それを感じた春彦は一歩前に進み出た。
「今度はこっちの番じゃ!!」
春彦が勢いよく突いた槍は高坂の虎を貫いた。虎の体にひびが葉脈のように走る。
それを引き抜いて虎に止めをさそうとした春彦に高坂は虎上から刀を振り下ろし。
春彦は断頭台の刃のような一撃をよろめきながら受け止めた。
高坂はさらに春彦が受け止めた刀にじりじりと力を込めて刀を押し付ける。
それを見ていた霧沢は近くの虎を吹き飛ばして虎の群れから離れ、高坂に銃弾を放った。
ちょうど法螺貝の音の切れ目に飛んだその弾丸。咄嗟に頭を傾けた高坂の兜の縁を掠める。
高坂は虎を駆って距離を取る。
「仲間を置いて行くんか!」
追いかけたい春彦だが。疲れた様子の皆が気になった。
歯ぎしりしつつも高坂を放置し、残りの虎を切り続ける。
高坂は虎を手放しで走らせながら、作業を始めた。彼は自分の兜をちぎって大きな香水瓶に入れ、バーテンダーのように華麗にシェイクする。
嫌な予感がした小早川は法螺貝の音が消えた瞬間に高坂の背中に弓矢を放つ。
しかし矢が辿り着く瞬間に法螺貝は再び鳴り響き。結局、矢は甲冑の表面で弾かれた。
「戦国一〇八計・高坂の秘薬」
戻ってきた高坂は割れた虎に黄色の香水を吹き掛けた。粉々になった虎以外はパズルを組み立てるように復元され。再び襲い掛かる。
「わしが囮になるけぇ! その隙に虎をやっつけるんじゃ!」
吉川の一〇八計は、吉川の『百戦不敗』の異名通り百回までなら斬りつけられても甲冑が傷付かない技である。虎に囲まれる仁王立ちの春彦。その間に武器を持ち替えた神崎達。
春彦の姿が見えなくなるほど群がる虎の背中に神崎達は銃弾や弓矢を放つ。やっと周りの虎は全滅。
春彦は腕の傷を一瞬見つめ、銃に持ち替えると部屋の四隅に走る高坂を追いかけた。
栗山と母里もそれに続く。
一方、龍造寺、神崎、霧沢は同じく逃げる内藤を追った。
日付が変わるまであと三分。法螺貝の音色が消える。
出来ればまた一〇八計を使われる前に倒したいと思った小早川だが。
四分で倒すのは無理そうだと判断し、叫んだ。
「四隅に行かせてはいけません!! 彼らは天井に登る気です! とにかく包囲を!」
「兜を…生け捕りにしたかったが…無理か……。」
半透明の兜の山県は吉川と鍔迫り合いしながらありったけの声で叫んだ。
「四隅に走れーー!!」
「行かせるか!」
神崎達は武器を飛び道具に持ち替えて逃げる高坂、内藤へ放つ。
高坂と内藤の甲冑に兜に虎に銃弾や弓矢が突き立ち。彼らの跨る虎はひび割れて動きが鈍くなる。
兜の色も半透明になった。
「ドリャアアアアーーー!」
春彦は高坂へ槍を投げた。高坂の兜には槍が直立に突き刺さる。まるで箸が突き立てられた御飯のように不吉な形状になる兜。高坂の兜はミシッと音を立てて限りなく透明に近くなる。
「高坂殿!」
「大丈夫です! 急いで!」
反対側に逃げた内藤が戻りそうになったのを止め。高坂は再び走る。
先頭を走っていた春彦がすっころんだので高坂は無事に逃げおおせ。
天井の透明な輪にフックをひっかけてするすると登った。内藤も無事に天井へ。
一方。時間は少々遡り。高坂が天井に上った頃。
田中は虎から馬場を引きずりおろしたものの苦戦していた。
只でさえ隙がない馬場をなんとか槍でついても中々甲冑が傷つかないのである。
「茂さん!!」
虎をやっと倒して援護にやってきた行也の背中の黒田は叫んだ。
「兜の緒を切れ!!!」
何時の間にか背後に回っていた立花は馬場の背後から彼の長い陣羽織をひっぱる。
「茂殿! アレ!」
「Fendez-vous!」
一瞬隙が出た馬場の兜の太い緒を田中は的確に突いた。緒はスパッと切れて兜はコロン、と下に転がる。その直後。
「戦国一〇八計・逃げの弾正!」
高坂の槍の穂先は先端に大きな武田菱が付いた鎖に変化。鎖は弾丸のような速さで下へ伸び。
鎖の先端の武田菱と馬場の着物の衿の武田菱がピタリとくっつく。
「あーーーーー!!!」
あっという間にするすると高坂の手元に引き寄せられる鎖と馬場。
高坂に引き寄せられて後ろ向きに空を飛ぶ馬場は地面を差して叫んだ。
「私より兜を!」
襟から武田菱を外そうとする馬場。高坂はそれを一喝した。
「それを外したら殿への反逆罪です!」
彼は馬場を一緒にロープに掴まらせ、内藤、続いて山県を見た。
「山県殿ーー!」
元々吉川と死闘を繰り広げていて疲労していた彼は、虎を倒し終えた行人達に完全包囲されていた。
「殿に規則正しい生活をしろと伝えよ!!」
山県は隠し持っていた赤く小さな法螺貝を吹いた。
黒田はそれと同時に早口で叫ぶ。
「急いで実季の周りに集まれ! 頭を保護しろ! 行人は襖に向かって弾丸斬り!」
その十秒後。威厳に満ち溢れる男の声が部屋にこだました。
「戦国百八計・信玄堤!!」
信玄が引っ込んだはずの部屋の襖は。その奥から流れてきた土砂に吹っ飛ばされた。




