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戦国DNA  作者: 花屋青
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幽斎の決断

 友樹を救出するために、学校のトンネルから裏日本に侵入した行人、ラーシャ、海、輝、実季、霧沢、博士、高木、天、文太。

 彼らは森家に不法侵入してトイレを借りたり、真面目に働く森家の警備兵に暴力を振るいつつも行也達との合流を目指す。

 しかし。裏日本対応の携帯端末を持っていない行人達は、行也達と連絡が取れない。

 そこで、裏日本の科学者・幽斎と顔見知りの博士は、彼の行き付けの和食レストランで待ち伏せし、協力を仰ごうとする。

出会えた幽斎は話を聞いてくれると言うが。天、文太、博士だけと話したいと言いだす。

 護衛として高木も連れていくということで幽斎の条件を呑んだ行人達だったが……。

――博士、天、文太は幽斎に連れられて、和食レストランの庭を歩く。

 雪がまだ残る庭。そこに立つ大きな木も寒そうに葉を揺らす。

 天と文太は、庭の一部を指差した。

「あっちは、雪がはげた所も白いです!」

「石がしきつめてあるみたい。

 何のためにしきつめるのかな?それも白い石だけ。

 白だけじゃつまらないよ。水色とかピンクとか色々混ぜたほうがきれいだよ。」

 文太の疑問に、幽斎はにこやかに答えた。

「敷き詰めた石を好きなように整えて、お絵かきを楽しむためですよ。

砂場の砂みたいなものです。

例えば水の波紋……池に雨が落ちた時に、わっかが広がるでしょう。

ああいう水の動きを表現したりするのです。

 私も何故白だけなのかは解りません。

 貴方の言う通り、水色やピンクを入れるのも綺麗だと思います。

 ただ何色も入っていると、色そのものだけにとらわれやすいでしょう?

形も一緒に考えたほうが、色々思い付く種類が増えて楽しいと思いませんか?

 真っ白なら、見ている人が見た形を自分の心で染めやすいのですよ。

染めないでそのままの色で見るのも良いですし。

 私も一時期、欲張った服装をしていましたが、シンプルなのも良いと思うようになりました。」

「そうなんですか。えっと……白い石なら見た人それぞれの心の中で完成するぬり絵になることですか?」

 幽斎は自分を見上げる天に、優しく頷いた。香の薫りがふわっと広がる。

「私はそう思います。」

 天と文太は目を細めた。

「先生、よい匂いですね。」

「仏だんに住んでそう!」

「私はそんなに優しくないし、偉い人間ではないですよ。」

 二人はからかうようにほほえんだ。

「失礼ですが、ちょっとせこいですよね。」

「だよね!」

「酷いですね! そうですけど。」

 仲良く手を繋いで前を歩く三人を見て、博士はしみじみ呟いた。

「あいつは子供好きなんだ。あ、変な意味じゃなくてな。自分には無い発想が面白いんだと。」

「朗らかなお人柄なので、好かれるでしょうね。……。」

 言葉を呑み込んだ高木に博士は小さな声で続きを促した。

「一筋縄では行かない方かと存じます。

一見鷹楊で優雅ですが、身のこなしに隙がない。

 博士はこくっと頷いた。

「正解だ。」 

 少しして茶室に着くと。四人は引き戸を潜って部屋に入った。

中は、幽斎の言う通り狭い。壁も至って地味な色。

だが丸い障子や茶色く艶のある柱、

細かな彫刻の彫られた筋違いの棚、

美しい木目のテーブル、

体にフィットするラインの一点ものらしき座椅子など、

派手さはないが気品のある内装であった。

「ここは茶室です。刀はこの荷物入れに入れて下さい。」

 素直に言う通りにする高木。

「先生、お手伝いします!」

 一方、天と文太と幽斎は、巻物を棚から取り出してテーブルに置いた。

「ありがとう。皆さん、お腹は空きませんか? 

ここの支払いは私が持ちます。

どうぞ遠慮なくご注文下さい。この巻物はメニューです。」

 財布の中の国際銀貨を取り出す博士と高木に、幽斎は微笑んだ。

「私はこう見えても高給取りですよ。給料も入ったばかりなのでご遠慮なく。メニューは紫がランチメニュー。青い巻物が主食……お粥や釜飯、寿司など。

赤が天ぷら、刺身、煮物など主菜、緑が飲み物とデザートです。」

「先生、ありがとうごさいます。緑をはいけんさせていただきます!」

 天と文太は飲み物とデザートの巻物を取る。なににしよう、と笑顔で一つの巻物を眺めていた二人だが。写真の下の数字を見て、見開いた目を合わせた。

「ぼくはさっきおにぎりを食べたのであまりお腹が空かないです。なので水を下さい。」

「ぼくも水でお願いします。」

 巻物をくるくる巻いてテーブルに置く二人。

幽斎はため息を吐いた。

「気を使うのは貴方達の良い所です。

でも貴方達が遠慮をすることで、他の人まで好きなように出来なくなることがあるのですよ。

素直に甘えるのも子供の役目です。」

「わかりました!」

 二人は手を上げて元気よく返事をするとメニューをまた開く。兄の天はすぐに注文する物を決めた。

「ぼくは、宇治まっ茶ババロア入り大納言パフェをお願いします。」

「お兄ちゃんはいつもしぶいな。ぼくはフルーツゆうえんち!」

「一番高いよそれ! フルーツパフェにしなよ!」

 面白そうだから注文しましょう、と幽斎は笑顔で言うが。デザートに千ヨーロ(双子達の日本で三千円相当)もかけることに天は納得がいかない。

「いくら先生がいいと言ったからって高すぎ! おやつなんだよ!」

「みんなで食べるからいいんだ! 観覧車にはフルーツプリンが八個乗ってるし! これなかったゆ……。」

 天は咄嗟に文太の口を抑え、さっき霧沢に貸したメモ帳に殴り書きした。

『名前出しちゃだめ。』 

 文太は無言で頷く。天はさらに文字を連ねた。

『行人さんはくいしんぼだし、みんなに何か持ってかえりたい気持ちはわかる。』

 メモを見た幽斎は顔を少しだけ曇らせる。それを見た天は文太に言った。

「こういう高い店って残したものを持ち帰りできないんじゃない?

でもぼくもみんなに何かもって帰りたいな。

……先生。ぼく達がフルーツパフェを注文して半分こにするので、みんなにクッキーとかおみやげを一つ買っていただくことは出来ますか?」

 文太は幽斎より先に即答した。

「持ち帰れるよ。ここに書いてある。」

「ほんと!? よかった。先生、ドギーバックを頼んで持ち帰ってもいいですか? みんなにも食べてもらいたいです。」

「みんなよろこびます!」

 笑顔で見上げる天と文太から少し目を反らし。幽斎は珍しく何かが絡まったような声で答えた。

「……わかりました。」

 なんとなく幽斎の様子がおかしいと思った天と文太は。持ち帰るのをやめると言いだしたが。幽斎は慌てて手を振った。

「いえいえ。ちょっと仕事で困ったことがあったのを思い出していただけです。」

「え……先生、大丈夫ですか? まさかブラックきぎょう? ですか?」

「怖い社長がいるんですか?」

 気遣うように見上げる双子に幽斎は大丈夫、と微笑み。メニューの巻き物を開いた。

 博士は幽斎をチラリと見る。いつも明るい彼の顔が、わずかに虚ろで暗い。

メニューを見る振りをしながら何かを考え込んでいるように博士は思えた。


――結局、博士も高木も注文したのは飲み物だけ。

ドギーバック(持ち帰り用ケース)にフルーツプリンを詰める二人をどこか複雑な顔で見る幽斎に、

博士はなんとなく嫌な予感を感じた。

彼はため息を吐きつつもメモ帳に字を記し、

双子から見えないように幽斎へこっそり渡した。

『やっぱり、裏日本と日本の仲介をしてくれっていうのはお前の立場じゃ無理か。』

 半分諦めが伝わる博士の字。

幽斎は儚げで苦しそうな字で返事をする。

『無理です。今の私には四天王家の信用がありません。貴方達側だと疑われ、盗聴機で監視をされているのです。今は松ちゃんのお陰で大分緩くはなりましたが。』

『そうか。大変だな。

しつこくなるが、どうしても和平を説得するのは難しいか?

 黒田さんは賠償金も、一九九九年の事件を世連に訴える証拠も差し出すと言っていた。』

『行也くんがやんちゃをして、心象が悪くなりました。極めて難しいでしょう。』

 思わず声をあげそうになる博士と、彼に手招きされてメモを見ていた高木。幽斎は深刻な顔で続ける。

『私も耳を疑いましたよ。でも被害を受けた蒲生殿は正直な方です。真実でしょう。種ちゃん。外国に居る貴方達家族には私達は手を出せません。安心して下さい。天と文太は今日から私の家に連れて帰ります。岩子さんも弟子に迎えに行かせます。ですが行』

 幽斎は万年筆をピタッと止めた。双子の視線を感じた彼は、ぎこちなく笑う。

「どうしましたか?」

 幽斎と博士は英文でやり取りをしていたので、天と文太は見てもわからない筈である。

それなのに幽斎はなぜか先の言葉が書けなくなった。

 幽斎、メモを見た二人は、目を合わせ。天は一筆箋に丁寧に文章を書く。

「お兄ちゃん……。」

 文太も天からペンを受け取ると、次のページに言葉を綴った。

その間に、天は鞄から白く薄いウレタンに包まれた長方形を取りだす。

文太はそれを見て、文章を付け足した。 二人は無言で本とメモを幽斎に差し出すと、正座して頭を下げた。

『先生、今までありがとうございました。

もう会えないですが、先生のご恩は忘れません。』

『ぼくもお母さんもお世話になりました。先生のおかげで、ごちゃごちゃしててめんどくさかった漢字も、ちょっと好きになりました。これは先生がすごく楽しみにしていた展覧会の図ろくです。お兄ちゃんと一緒に買いました。さようなら。』

 畳に涙が落ち、それを頭を下げたままハンカチで拭く二人。

 幽斎は本を持つ手を震わせ。珍しく目を潤ませた。

 展覧会の図録は小学生が買うには高い。裕福ではない家庭の二人なら尚更で、彼らはおこずかいを貯めてやっと購入出来たのである。

日本にいた時に図録を時々買っていた幽斎にはそれがわかった。

 白い包みを解いた彼は、春の日差しを浴びた花のように微笑んだ。

「ありがとう。」

 幽斎は本をまた丁寧に包むと。瞳を閉じた。

「……やってみますか……。」

 春から冬に表情を変え、低く呟く幽斎。双子を見つめていた高木は気配を感じて箸を手に取り立ち上がるが。ごくごく僅かに遅かった。

 手の中の箸が幽斎の額まで後一cmという所で。高木はパタッと倒れた。

幽斎がそれより先に彼の顔へ催眠スプレーを噴射したのだ。

「高木さん!」

 眠りこける高木。思いがけない出来事に頭の情報処理が追い付かない三人に、幽斎は銃を向けた。

「危なかった。常人なら反応すら出来ない筈なのに。

 貴方達には、極悪非道な旧日本の山田達を誘き寄せる為の人質になっていただきます。

 私の四天王家、そして裏日本への忠誠を示すためにね。」


――その頃。行人、ラーシャ、海、光、実季、霧沢は、時計を見た。十五時半。

「ここのカレーもうまかったけどよ。あのレストラン入って見たかったぜ。

それにしても博士達はおせぇな……。まさかとは思うけど……。」

「幽斎博士とはあまりお話しをしたことは無いけど、気さくで温厚な方だとは思う。

 でも、噂話とかを総合すると逃げ足が速くて自己保身に走るタイプにも思えるな。僕達の味方になるとは思えない。良くて中立くらいかな。」

「サネスエクン、ダメダヨ! 

ウワサバナシニマドワサレズニ、キャッカンテキニカンガエナクチャ! 

 トリアエズ、デンワヲカケテミヨウヨ!」

 テーブル下に隠した人形と小声で会話する実季。

 初見の霧沢は、それを興味深げに見ながら淡々と口を開いた。

「…中々頭と面構えの良い友人だな。確かにそろそろ電話を……博士か。」

 博士は十人の間だけなら連絡が取り合える、メール機能着き小型トランシーバーを皆に渡していた。

霧沢はトランシーバーの画面を見た。

「……。」

 霧沢の目付きを見て、ただ事ではないと感じた五人は固唾を呑む。

「読んでも絶対に騒ぐな。」

と霧沢は皆に告げてからトランシーバーの画面を皆に回し読みさせる。

 最後に回ってきた行人は画面を見て、顔が赤く鋭くなった。

「ふざけんな!」

 テーブルを叩いて怒号を挙げる行人。周りの客は思わず彼を見る。海は慌てて行人の口を押さえて座らせた。

 一方、霧沢はリュックから本を出し。適当に開いたページを指しながら何事も無かったように言う。

「…佐藤。

このシーンは怒鳴っては駄目だ。

『バカな友人に、呆れた表情で言う。

と台本にト書きがある。普段のお前ではなく、

演じる役が言いそうな口調と表情で言え。」

 ああ、と頷いたラーシャは。行人がこぼしたジュースを紙おしぼりで拭きながら言う。

「……加藤先生のおっしゃる通りデス。佐藤サンは冷静沈着な火星人の役デス。」

「ぇ……? あ、そうそう。火星は大きな声で怒鳴ると、その音波で崩れちゃう星だから静かに。」

 輝もテーブルを拭きながら頷く。

 一方。実季はメモ帳に字を書き。海に羽交い締めされている行人に見せる。

『周りに怪しまれないために、僕達は劇団員という設定になった』

「……わかりましたであります。やり直すぜ。」

 海はそっと手を離し、行人は霧沢から受け取った本にとりあえず目を通す。

『宇宙人会議』と書かれたその小説は、行人の目をちかちかさせた。

(これ、漢字かよ! 細か過ぎるし全く読めねぇ!)

 まるでICのように、細かいパーツが凝縮された旧字体。それがふんだんにちりばめられているのだ。

 行人は見なかったことにすると。未確認生物をイメージして体をくねくねさせて言った。

「あー……もしもし……は? 何言ってんだよ。 ふざけんな。」

 行人は棒読みでそう言うと。やっと座った。


――幽斎からの『博士達は誘拐しました。田辺搭で待ってます。行き方は……』

というメールを見て。

どうするかを相談した彼らは急いで店を出た。

 竹馬は目立つので、六人は行人・実季・輝の組と、海、ラーシャ、霧沢の組に別れてタクシーに乗り、田辺搭に向かった。


『田辺搭に人質を取って立てこもるなんてゆるせねえ。』

 ホワイトボードにそう書くと、膝の上の拳を強く握りしめる行人。

 実季は首をひねった。

『幽斎博士にしては短絡的犯行だ。悩んだ末なのかな。』

『幽斎さんの立場で考えると、僕達はバッタリ会ったんだもんね。

それにしても天君と文太君をかわいがっていたのに誘拐なんて変だよね。』

 ホワイトボードでやり取りするする実季と輝。

 行人はそれを横目で見てポツリと言った。

「……かわいがってくれてたって……人間なんてわかんねーよ。

そんときは本当にかわいがっていたとしても、状況が変わったらぽいっと捨てられることもあるぜ。」

 行人は窓の外を見ながら、苦い過去を思い出す。

 一緒に遊んでくれた父の友人に自分達親子が借金を押し付けられたことを。

「確かに。」

「……辛い目にあったんですよね……。」

 悲しそうな実季、申し訳なさそうな輝に、行人はきまり悪そうに頭を掻いた。

「ぐちを言ってわりぃな。……でも、俺はあの人がよくわかんないんだよ。」

 行人はホワイトボードに思いを綴る。

『自分の身をぎせいにしてまで人を助けるタイプじゃなさそうだし、

柿ドロボーだし、いい人ってわけじゃねぇ。

でも柿ドロボー以上の悪いことを進んでするタイプにも見えねぇし。

今回だって俺達を不法入国って騒いで警察に通報するって手もあった。

回れ右して逃げる手もあった。

でもそうしなかったんだよな。』

 考え込む三人の目に、大きなデパートが見えてきた。

「すみません。ここで止めてくださいであります。」

 行人達はタクシーを降りてラーシャ達と待ち合わせる。

そしてデパートで田辺搭に行く準備をすると。

バスで田辺搭のニKm近くまで行き、そこから歩くことにした。

 白とくすんだ黄色の斑模様の地を貫く濃いグレーの道を歩く彼ら。しばらくして白い搭が見えてきた。

「あれか!」

 九曜紋が彫られた巻き物型の搭を見上げ。行人は腕を突き上げた。

「よしっ! 突入だ!」

 実季は小さな兜を握りしめる。それは、博士が大内の兜を改造して創った『冷泉隆豊』の兜である。

 兜を見つめ、実季は博士の言葉を思い出した。

『大内と冷泉はとおーーーーーい親戚だ。

 それに元々、大内の兜の中に緊急時アイテムとして“プチ冷泉兜”が内蔵されていた為に改造出来た。

 武力は高い。耐久力もある。

だが俺の力量不足で一時間で変身が解けちまう。

気を付けろよ。』

「……冷泉殿。僕に力を。」


 実季は兜を高々と掲げて一礼し、緒を結んだ。五人もそれに続く。

「中空に 煙となりてとけようと 希望へ続く坂は通さじ 炎の忠誠 冷泉隆豊!」

「過激に輝け! 薩摩隼人! 島津義弘 気合いで参上!」

「気狂いなまでに美しく! 細川忠興 知的に活躍!」

「鳥なき島でも羽ばたいて! 四国の海王・長宗我部!」

「荻焼きの 器に浮かぶは 皆の夢! すべてを継ぐもの 毛利輝元!」

「武士道は 死にもの狂いと言へるなり 鍋島直茂 覚悟を決める。」


「いざ出陣!」


 行人は走りながら愚痴った。

「本当は最上階から窓ガラス割って侵入してぇけど、ズルしないで一階から来いって言われちまったからな!」

「でも誘拐すること自体ズルだとおいらは思う!」

 皆は海の発言に頷く。一方、霧沢は小さく呟いた。

「…奴等は本当に誘拐が趣味だな。もしかしたら、人口は私達が思うより少ないのかも知れない。」


――門をくぐった六人。

行人は率先して一階の自動ドアから入る。

「何にもねぇ……いでーっ!」

 上から落ちてきた金たらいに頭を抱えた行人は。拾ったそれを思いっきり床に叩きつけた。

「バカって書いてあるちくしょー! おい! 霧沢さん笑うんじゃねえよ!」

「アヒヒヒヒ!」

 笑いころげる霧沢。彼はお腹を抱えてのたうち回り。声も絶え絶えに言った。

「…つ…まら…ない…ギャグを……」

 彼は笑いすぎると呼吸困難になる体質なのである。海は真剣な顔で頷くと。大きな声で言った。

「かちょうのがちょう!」

 ゼエゼエとした苦しそうな息になり、冷や汗までかく霧沢。慌てる皆。輝は深呼吸してボソリと言った。

「く、草がくさった……とか……」

 霧沢はピタリと笑うのをやめ。息を整えて立ち上がった。

「…私達はこんな所で油を売っている場合ではない。先を急ぐぞ。」

 お前のせいだろ。と思いつつ。五人は何事も無かったように歩き出す霧沢の背中を優しく見守った。


――手摺に花鳥風月の彫刻が施された螺旋階段から二階に上がった彼ら。

「部屋が真っ暗だ!」

 ヘッドライトの明かりを頼りに進む六人。

 戦闘を行く霧沢は、さらに懐中電灯で足元を照らす。

「一旦止まれ。落とし穴だ。」

 ライトに照らされて、鉄の歯をむき出しにする落とし穴。まるで獰猛な怪物が口を開けて待ち受けているようであった。

 ペタン、と座り込んだ輝を海と支えながら、行人は落とし穴をひきつった顔で見つめた。

……行人達はその後も、塩酸の池の落とし穴、蛇が蠢く落とし穴、なれずしの臭いの落とし穴などバラエティー豊かな落とし穴を無事避ける。

 そして、二階から三階へ繋がる階段に辿り着いた。

――二階から三階へ上がる階段は、薄暗い。

階段の真ん中に敷かれた絨毯には、蛍光塗料で織姫と彦星、それを隔てる天の川が描かれていた。

 霧沢は紙を丸めて絨毯に投げる。

ゴゴゴ……と音がなり、天の川……階段の踊り場部分がすっぱ抜けた。

 薄暗い中で白く光る川となったその空間。そこを見た輝は少し裏返った声で尋ねた。

「霧沢さん、何でわかったんですか?」 

「…一段目に英語で『今日は七夕ではない』と書いてあった。これ見よがしな大きな字で。

つまり、天の川を渡れないということだ。」

「わかりました。ありがとうございます。

……それにしても、ここはどうやって渡りますか?」「竹馬を最大限伸ばして連結し、橋を作って渡りまショウ。」

 海は早速リュックから竹馬を出した。

「ラーシャ兄ちゃん頭いいな! でもツルツル滑っちゃうんじゃない?」

「縄をぐるぐる巻けば大丈夫だと思う。」

 実季は皆が出した竹馬にロープをぐるぐる巻き付けた。


――三階へ上がった五人。二階とは違って、明るい光がフロアを包む。

 行人がそっとドアを開けると。上から鋭い光が落ちてきた。

「とりゃ!」

 流石に学習した彼は片手で構えていた刀でそれを防ぐ。カラン、と冷たい音を立てて転がったのは。白銀の鎌だった。

「あぶねーな! 直撃したら死んでたかもしれねーだろ!」

「当たり前です。殺すつもりなのですから。」 

 部屋の奥には、宝石の飾りが着いた白銀の甲冑の幽斎が立っていた。

「戦国一〇八計・百人一首。」

 彼は美しい蒔絵の箱から百枚のカルタを床にばら蒔く。床に刺さったそれは巨大化して厚みも増し、六人の元へ走ってきた。

「四国の蓋!」

 銀の円盤はスパッ! とカルタ数枚を切る。

その中から、白く細長い布を纏った小さな山、逆さまの橋、八重桜の木が姿を表した。

「全部ぶったぎってやる!」

 行人達は刀を強く握りしめた。

羽衣を振り回す山を矢で山崩れを起こさせて破壊し。

枝を手刀のように振り下ろす桜を切断し。

爆発して木材をロケットのように飛ばす橋からは逃げ。

カルタを一枚一枚何とかしようとした彼らだったが、カルタはいつの間にか後ろにも回り込んでいた。

カルタは行人達を完全包囲。ジリジリと輪を狭める。

 円陣を組んだ行人達。行人はイライラしながら手前の一枚を切った。

「鹿?」

 その可愛らしい小鹿はゆっくり行人に近付き。陣羽織を噛んだ。

「これはくいもんじゃねぇ!」

 隣に居た海も鹿をひっぱるが、びくともしない。

「鹿さん、あっち!」

 輝は弓矢を止め。リュックからオヤツの煎餅を遠くへ投げた。鹿は飛びはねながら走りさる。

 その間にもカルタは距離を詰め。行人達を囲む外側から急にパタンパタンと倒れた始めた。しかも、内側になるにつれ速度を増していく。

「ドミノ倒しを食らうぞ! 何とか脱出しねえと!」

 実季は咄嗟に腰にあった巻物をバサッと開いて大きな円を張り巡らせた。

「早く円内へ!」

 皆が入った所で。実季は叫んだ。

「戦国一〇八計・炎の教蔵!」

 巻物から縦に火が吹き出し。赤い円柱に行人達は包まれた。

 行人達にのし掛かろうとしたカルタは赤い衣を纏って次々融けていく。

「すげえ! この調子で全部とかすぞ!!」

 円の中心で小さな巻物を見ていた実季は額に汗を滲ませて行人に首をふった。

「この技はあと二分しか持たない。この句が全て赤い字で書き終わると効果が終了するんだ。」

「…山田。跳べ。」

 霧沢達は行人をトランポリンのように下から持ち上げて上空へ力一杯跳ねあげた。行人は空中で刀を閃かせる。

「島津十文字斬!」

 しかし。その真空波は只の風のように消え失せた。「貴族がいねぇ! あっちの階段から逃げたか!」 カルタの上に乗った行人に霧沢は叫んだ。

「…取り敢えずお前は貴族を追え!」

「でもまだ三十枚くらい残ってるぜ!」

「おいら達は大丈夫だから!」

 皆も口々にそう叫び。

行人は躊躇しつつもカルタの上をぴょんぴょん渡って四階へ上がった。


――四階の階段を慎重に登った行人は。映画館のような分厚い扉をそっと開ける。

部屋の奥には、巨大な白銀の筆を壷の中に突っ込んだ幽斎が居た。

「ぶっ殺してやる!」

「出来るものならやってみなさい。」

 幽斎との距離は二百m程。行人は刀を構えてジリジリと距離を詰める。いつものように走って行かない。合宿の時の黒田の『たまには頭を使え!』

という言葉が、そして塔に入っていきなり罠にひっかかったことが脳裏を掠めたのである。

罠があるかもしれない。

だが色々な技を持っていそうな幽斎と戦うには、近接戦闘の方が有利なのではないか。

行人の考えは後者で纏まる。

「どりゃあああーー!」

「言葉乃銀路」

 幽斎は激流のような草書で空中にいろは歌を記す。

 筆から伸びる銀色の文字列は。液体。

それは空中をあっという間に駆け抜け。

行人の目前で凝固しながら絡み付いた。

 白銀の有刺鉄線のように食い込んで行人を締め付けるその文字列。甲冑はミシッと音を立て始める。

 しかも行人は刀を両手で構えたまま巻き付かれた。自分の刀が自身の鼻筋にジワジワ近付き。押し当てられた。硬く温い感触に行人はヒヤリとした。背でなかったら切れている所である。

 彼は死に心を切り換えた。

「……おりゃぁあーーー!」

 痛みに歯を食いしばり行人は両手に力を込め。

言葉の鎖をぶち切った。

「今度はこっちからだ!」 行人は走りながら幽斎に斬りつける。幽斎はそれを白銀の巨大な巻物でいなすと。巻物に出来た傷に微笑んだ。

「進歩しましたね。」

「うるせぇ! お前をぶっ殺して博士達を! 四天王から友樹さんを救いだしてやる!」 行人は刀、幽斎は尖った水晶のついた巨大な巻物を振るう。

 熱を帯びて走る力と力。

重なった点には煙が立つ。 互角に刃を交える二人だが、前回行人が吹っ飛ばされた百合目を越えた辺りで息は荒くなってきた。

「貴方は疲れると…逆に動きが洗練されますね。先程の動きより良いですよ。」

「うるせえ! ……!」


 行人は自分の汗で滑ってふらついた。幽斎は彼を吹っ飛ばす。さらに。

「言葉乃衣」

 幽斎が開いた巻物は彼の上下左右を回転しながら覆う。

 立ち上がった行人は後ろに走って距離を取り。技の動作にを入る。その瞬間巻物の壁が解けた。

「島津……ざ…」

「花筏。」 行人より早く。幽斎は花のような息を兜からちぎった白銀の桜に吹き掛ける。

 その途端に桜の嵐がパチパチと巻き起こり。きらきらひらひら尖った花弁が中を舞う。

 花弁は弾丸斬から十文字斬へ切り替えようとしていた行人を撫でるように斬りつけた。

行人の黒い甲冑の切れ目からは血が滲み。額にも横一文字が浮かぶ。

「……っ!」

 行人は頭部を庇うように腕をかざした。しかしそこからも額からも血が目にポトリと落ちた。

ヒリヒリした苦痛。頭がくらくらする匂い。そして赤い視界の中。

膝をついた行人は島津の言葉を思い出し、自分に言い聞かせた。

 これは今川の時と同じ。六感全てで戦場を感じとる。と。


 何とか彼が息を整え。ようやく小さな刃の嵐が収まった時。

 幽斎を乗せた桜の花のいかだが行人へ向けて突っ込んできた。

 正面から強風を浴びる行人。瞬時に彼は目を閉じたまま立ち上がって右へ疾走。直ぐ様後ろに振りむく。さらに。

横を通り過ぎた強風の塊から逆走してきた薫風へ向かい。刀で素早く十字を描いた。

「島津十文字斬!」

 十文字の衝撃波は行人へ走ってきたものを張り倒す。

行人はドサッと音がした方向に走り。

ここだと思う所に刀を振り下ろした。

「ちぇすとー!」

 かざされた刀ごと兜を叩っ切り。彼は薫風のもとに刀を突きつけた。

 やっと目をこじ開けた彼の視界に、透明になった兜と軽く両手を上げる幽斎が映る。

「……みんなの場所を言いやがれ! ……。」

 行人の手から刀が落ち。彼は膝をつき。肩で息をする。

 そんな彼に幽斎は背を向けて階段へ走り出した。

「ま…待……て!」

 五階に辿り着いた二人。幽斎はずっこけて這いずる行人を助け起こし。彼が落とした刀を拾って渡した。 更に。壁のホワイトボードに文を書く。

『参りました。四人を解放し、私も友樹さん救出に少し協力いたしましょう。

 五階以外には監視カメラがあるので一度はせこい方法で逃げました。ごめんなさいね。

 あとお願いがあるのです。私を十回思いっきり殴って下さい。特に顔を。で、服の盗聴器も壊していただけるとありがたいです。』

 行人は事情がイマイチわからなかったが。

あまりにも幽斎が必死な顔をしたので、変身を解いてから幽斎を鼻血がでるまでぶん殴った。さらに。

「死ねクソヤロー!」

 と叫んで盗聴器をぶっ壊した。


――幽斎は四人がいる部屋の鍵を開ける。

 彼は入った途端に部屋の電気をつけ、四人を揺すり起こした。

 そして、階段を上がってきたラーシャ達が部屋に入ると。今までの事情を説明した。

「……というわけで、私は裏日本を裏切る踏ん切りがつかなかったので、皆さんを私が立場を悪くしても救うべき人材か試しました。ごめんなさい。」

 ヘナヘナとへたりこみ、涙ぐむ双子。

 博士は彼らの肩を優しく叩いて言った。

「お前達のことは絶対に守ろうとしていた。それは信じてやれ。」

 一方霧沢は幽斎に問う。

「…お前が本気で俺達を殺す気だったとは思えないが。罠には一々ヒントがあったし、精々未必の故意レベルではないのか?」

 幽斎は頷いた。

「殺す気まではありませんでした。

 落とし穴の金属の槍も、上空から何かが落ちてきたら引っ込むようにしてありましたし、

“塩酸の池”も唯の水です。空気を大量に入れているのでボコボコ鳴っていただけです。

 すっぱ抜け階段も一段目にヒントを書きました。

 ですが、このダンジョンの途中で万が一何かあっても仕方ないと思ったのも事実です。」

 本当に死ぬところだった! と苦情を言う行人達につるし上げになる幽斎だったが。

 天と文太、リンチを見かねた高木も割って入り。

一人一発づつの軽いビンタか軽いボディーブローで無罪放免になった。

「先生……。」

 幽斎の消毒をしようと手を伸ばした天と文太に、幽斎は手を振った。

「大丈夫です。それより行人君の傷を治療しないといけません。」

 てきぱきとケガの消毒をした幽斎は行人の傷口に赤い薬を塗った。

「これくらいの傷なら一時間半くらいで塞げます。」

 幽斎はさらに。部屋の押し入れから細長い装置を出し。行人に入るように促す。

「これは、体力回復装置です。行人君なら十五分で殆ど疲れがとれるでしょう。」

 装置に入って直ぐに寝息を立てる行人。

 幽斎は博士に、透明になった細川幽斎の兜、ペットボトル、折り畳み式バケツ、小さなキーホルダーを渡す。

『バケツにペットボトルの液体を入れて、この兜を浸けて下さい。

 十分くらいで半透明になったら、その瞬間から二十四時間使えますよ。

 但し。一度は眠りについた兜です。もう一度使ったら百年は使えません。

それからこのキーホルダーには、ネオ安土城の地図が入っています。」

「こんなん渡してお前は大丈夫なのか?」

「それは、皆さんが協力して下されば何となります。私はとてもセコくて要領は悪くないですから。」

 幽斎は明るく微笑んだ。

 ……行人が元気よくカプセルを飛び出すと。皆は急いで階段を降りる。

 将軍の一人が盗聴器から場所を逆探知し、援軍にくるという電話が来たと幽斎が言ったからだ。

 四階に降りた途端。霧沢は幽斎を適当に一発殴り。うつ伏せになった彼を軽く踏みつけた。

「…貴様のような外道は生きることすら許されない。死ね!」

 珍しく人を怒鳴りつける霧沢。博士はびっくりして飛び出そうとした双子を抑え。行人達は適当な所で霧沢を引きずって塔を出た。  

――鼻血が出るわ、頬は腫れるは、体が痛いわで散々の幽斎は、駆けつけた蒲生に詰問を受けていた。

「手柄を一人占めしたいからって、連絡を怠るのは軍法違反です!

おまけに兜を奪われるとは…厳罰を覚悟なさって下さい。」

「申し訳…あり…ませ……ゲホッ!」

「細川先生!」

 咳き込む幽斎の背中を蒲生はさする。

 彼はナルシストな幽斎が顔をケガしたのを気の毒に思い、優しく言った。

「私もフォローしますから。お大事に。」

 踵を返した彼の背中を見つめ。幽斎は長い息を吐いた。

 幽斎から借りた兜と城の設計図データを手に、行人達は行也達と合流する。

 一方、幽斎は軍法違反及び兜を盗まれた罪で牢獄にぶちこまれるが、昔の研究仲間・本多博士により切腹や懲役は何とか免れた。

 ほっとしたのも束の間。幽斎は、彼女にとんでもない事実を打ち明けられる。 次回「突入! ネオ安土城!」


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