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戦国DNA  作者: 花屋青
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雷神と戦神(後編)

 白眼を剥いて気絶する敵が散らばる雪上。

 そこから少し離れた場所で。行也達を無事に逃がした高橋は。懐から出した風呂敷を取りだし、気高く一途に光る兜を丁寧に置く。 そして心を込めて手を合わせた。

「戸次殿。貴方のような立派な武人を敵の手になど触れさせませぬ。」

 彼は兜と化した戸次をそっと風呂敷にくるみ。荒い息を吐きながら何とか立ち上がった。

「宗茂……。」

――戸次と高橋が居なくなったロープウェイの中で。行也と細川は拳を握りしめて震えていた。そんな彼らに黒田は激を飛ばす。

「もうすぐ降りるぞ! 梯子を用意するんじゃ。」

「もう明智が用意した。」

 明智は梯子を行也に渡すと、ヨッシーの入ったかごを担いで窓から外を覗いた。

「敵が居ない今のうちに行くぞ。」

「そうじゃ! お二方の意志を無駄にするでない!」

「……かしこまりました。細川さん! 行きましょう!」

「……わかった。」

 ロープウェイから何とか降りた行也達。彼らは黒田の指示に従い、博士が折り畳み式に改造してくれた光る電動竹馬を組み立てて股がった。

「そこを右! もう少しで車道じゃ!」

 血清を射たなくてはいけない制限時間まであと二十八分。

 車道に出たシャリシャリとした白いミゾレの道を三人は駆ける。

「何か車の音がしませんか?」

 振り返る三人。そこにはメタリックイエローで小さな蒲鉾型のものが見える。 そしてそれは少しづつ大きくなっていった。

「恐らく敵じゃろう。追い付かれるのは時間の問題じゃな。……行也。すまん。」

 黒田は早口で密集した三人に作戦を述べながら、明智が背負うことになった行也のリュックを漁りだす。

「そんなこと出来ませんッ!」

「それ以外に方法はないんじゃ。細川殿には他に考えがあるか?」

「………。」

 雨が降りだしそうな顔の細川、上空のように暗く固い顔の明智に、行也は霧雨の中で穏やかに微笑む。

「大丈夫です。俺を信じて下さい。」

 少しして。行也を先頭にやや遅れて走る細川と明智。

 後ろから追いかけてきた蒲鉾型のものは完全にその正体を表す。それは流線型の細長い車であった。鷹のようにビュウッと駆けてきたその車。あっという間に行也達の前に回り込んで横付けで止まった。

 そしてその車窓から稲穂が連なった甲冑を纏った男と足軽二人が行也達に銃口を向ける。さらに後ろからも車の音が。

「止ま……」

「黒田スペシャル!」

 行也の背中から飛び出た黒田は超強力ライトを男達に向ける。男達が目を擦っているうちに行也は減速して前傾姿勢になった。

「死んだら一生許してやらないからなッ!」

「絶対に大友殿は病院に連れていく!」

 横から見ると斜めの線になった行也を踏み台にして竹馬で飛び上がる細川と明智。明智はさらに振り向き様に銃を撃った。弾ける空気。鈍色の弾丸がチャコールグレーのタイヤに埋まり。気がぬける音がする。 

「タイヤが……!」

 少しして視界が戻った足軽達は前方に誰もいなくなったことに気がつき、振り返る。

「追い抜きやがった!」

「お、おい待て! 殿は慎重にしろと言ってただろ!」

 飛び出した足軽に続いてもう一人の足軽も車から出て走り、小さくなっていく明智と細川の背中に何発も発砲する。だが明智と細川はそれを風でしなる竹のように避けた。

 一方。宇喜多は車の脇をすり抜けた行也をカタバミを縒った太く丈夫な注連縄で絡めて引き寄せ。竹馬から落っこちた行也に軽やかだが毒々しい声で言った。

「仲間の場所を吐いてください。」

 行也は両腕と胴体を注連縄にぎゅうぎゅう締め上げられ。首も筋肉がバランスよく付いた宇喜多の腕に強く強くヘッドロックされた。おまけにこめかみには銃。直ぐに呼吸すら苦しくなり、目の前が白くなってきた行也だったが……。気を失いそうになった彼の脳裏に戸次と高橋の姿が浮かんだ。

『殿を頼む。さらば!』

『殿をどうか宜しくお願い致します』

 行也は目をカッと見開いた。拳を血が滲みそうなほど握りしめた彼は朱の差した顔で天に叫んだ。

「ここで死んで……たまるかアアァー! 」

 行也は身体中に血管を浮かべて歯を食い縛り丸太のような注連縄を内側から引きちぎった。

「な……!」

 驚いて目を見開いた宇喜多。黒いウエストポーチに入っていた黒田はその瞬間を見逃さなかった。

 宇喜多の死界から飛びだした彼は注射器を銃を持った手の甲に思いっきり突き刺し。

さらに素早く行也の背中に隠れる。

黒田は真っ黒なので黒い甲冑や黒いウエストポーチの背景では目立たないのである。

「ぐぁああ!」

 宇喜多は顔を歪めて銃をポロリと落とす。

 その隙に行也はヘッドロックを解いて後ろへ下がった。

 しかし宇喜多は直ぐに懐から出したナイフで行也に斬りかかる。行也はその素早く流れるような動きの刀を手刀で跳ね上げた。ナイフが吸い込まれていく空に行也の雄叫びが響く。

「ちぇすとー!」

 彼は熱を帯びた激しい拳を宇喜多の鳩尾に叩き込む。

「ガハッ……。」

 宇喜多は白眼を剥いて俯せに倒れた。行也は直ぐ様宇喜多の兜に思いっきり刀を振り下ろす。銃も回収。さらに。

「殿ーー!」

 行也は背中の槍に持ち変える。戻ってきた足軽二人の振り下ろした刀を槍を横に傾けて薙ぎ。ふっ飛ばす。続けて素早く手首を返して槍の柄で一人の鳩尾を突いた。

「とと殿達の仇ぃ!」

 倒れた宇喜多と隣の足軽を見て、腰から抜いた刀で斬りかかってくるもう一人の足軽。行也はそれを軽くふっ飛ばした。どすん、と地面に落ちて尻をさする足軽に行也は遠慮がちに言う。

「失礼ですがあなたはまだ俺の敵ではないです。下がって下さい。」

 宇喜多に視線を移す行也。しかし足軽は起き上がるとへなへなと立ち上がり、刀を拾ってまた走ってくる。それを行也はまた軽くぶっ飛ばす。それが数回続き。行也は戸惑いつつも今度は強めに吹っ飛ばした。「宇喜多……。」

 行也は宇喜多に向き直り、刀を持ったままロボットのように冷たい影を背負って近寄っていく。

(小早川殿の話も神崎の話も大袈裟ではなかったんじゃな……。)

 行也の肩の黒田は、行也の横顔が暗いのを見て息を呑む。そしてグレーが黒になったと確信した。

 丹羽長秀の兜を封印した時は刃身を横に倒し、刃の広い面を使って兜を殴打した行也が。宇喜多には躊躇せず包丁で野菜を切るように刀を降り下ろしたからだ。

「宇喜多をどうする気じゃ?」

「人質にします。」

「兜も眠りにつかせたし、決着はついたぞ。宇喜多は放って置いて……」

「人質になることがどんなに恐ろしいことか、身をもってわからせます。」

「お前はそれで後悔しないのか? 宇喜多を捕らえて人質にすることが、今必要な行動じゃと思っているのか?」

「………。」

 諭すような目で問いかける黒田から目を反らし。行也は足を止めて俯いた。

そんな彼の耳に、小さな声に反比例する強い思いが聞こえてきた。

「……人質なら……俺が……。」

 先に気絶したほうの足軽は咳き込みながら行也の足元にそっと這いよってくる。変身が解け、裏日本軍の薄手のジャージ姿の足軽。柔らかい氷水を衣に含みながらゆっくりゆっくりと亀のように腹這いで進む。

「う……。」

 先程前のめりで倒れたのもあるのか、顔を苦しそうに歪める彼。それを見た行也は目が泳ぎだした。

その間に足軽はやっと行也の足元に辿り着く。

彼は行也の足首をそっと掴んで哀願するように見上げ、頭を下げた。

「ど……うか……殿達の…命だ……け……ケホッ!」

「だだだ大丈夫ですか?」

 再び咳き込む足軽。思わず近寄って彼の顔を近くで見た行也ははっとした。

血の気がない彼の顔はどう見てもまだ行人と同じくらいか、それより年下だったのだ。

……続いて見たもう一人の倒れている少年も。

「宇喜多はそこらへんを歩いているような普通の人を人質に取る酷い人だよ。それでもかばうの?」

 足軽の少年はもう一人の足軽の少年を見ながら行也に答えた。

「確かに……評判は悪いけど……悪どいけど……俺と……あいつに取っては兄み……たいな…人です…両親が…居ない…俺達を……雇ってくれて……どきどき……勉強も教えてくれる……。」

 そう言うと宇喜多を少年は心配そうに見つめた。

「どうか……殿と……あいつの命だけは……。」

 行也は必死に命乞いをする少年を見て、自分も市役所で城井にすがりついて黒田の命乞いをしたことを思い出していた。

「……俺も師範に………」 

 行也は空を見上げた。城井の怒り哀しみの染み込んだ顔、熱心に弓矢を教えてくれた姿が映る。

 そして気が付いた。今の自分の思いと比べることすら失礼なほどの怨み哀しみを圧し殺し、平和な世を託すために自分に弓を教えてくれたことを。

「……こんなことをしてる場合じゃない……。」

 少しずつ心が晴れていく行也を見上げ、黒田は優しく微笑んだ。

「そうじゃ! 加藤殿が仰っていた『計略』もこういうことじゃないぞ。

 少しでも状況を良くするために何をしたらよいのかを考えることから始まるんじゃ!」

 行也は頷いて、頬を伝う涙を拭う。続けて彼はしゃがんで少年に約束した。

「わかった。宇喜多もきみもきみの兄弟も連れていかない。……でも次に戦場で遭う時は敵だよ。」

 少年は嬉しそうな顔でほっと長い息を吐くと。腰に着けたポーチから注射器を出して、行也に差し出した。

「こんなに……道を急いでいた……のは………急病人……いや…急病動物が……いるからですよね……恐らく……ここまで焦るのは……星木病……これは血清です……どうか……お使いください。」

「ありがとう!」

 行也は少年に頭を下げると、竹馬に跨がった。



――ヨッシーの命の制限時間はあと十分。

何とか病院に着いた明智だったが。近くの工場で大事故、さらに食中毒が起こったため、病院は半分混乱中。なかなかヨッシーの順番は回って来ない。

黒田の入れた予約も担当者は伝えもれをした上に早退したので無効になっていた。


 デパートのトイレで着替えて明智と合流した細川はカリカリした表情で辺りをくるくる回りだす。

「あと十分しかないッ!」

 明智は人間になったヨッシーを見る。横になってぐったりした彼女はもう血の気が無い。虫の息で目も閉じたまま。頭を抱えた彼だったが、顔を挙げるととヨッシーを担いで走り出す。

「もう形振り構っていられるか!」

「おい、待てッ!」

 明智は院内を走り『心療内科』の診療室へ駆け込んだ。

「失礼します今すぐ星木病の血清を射って下さい! あと五分で死んでしまいます!」

「えっ!」

 部屋の中は診療中だった。しかし患者のお爺さんはぐったりしたヨッシーを見て、どうぞ、と部屋を出てくれた。

「申し訳ありません!」

 明智は老人に頭を下げると、光紀のような口調で医者に詰め寄った。

「医者なら心療内科でも注射は射てますよね血清はある部屋はどこですか早く電話して下さい!」

 急いで電話する医者。しかしなかなか繋がらない。

「行也も中々来ない……メールに気がつかなかったのか?

 何かあったのか?

 ……仕方ない俺が取りに行く! 場所はどこだッ!」

 細川が立ち上がったと同時に。待ち人が来た。

「血清です! お待たせしました!」

 息を切らせた行也はさっき足軽少年から貰った注射器を差し出した。医者は注射器を確認する。

「これは軍の支給品か。コード番号も確かに星木病の血清ですね。」

 医者はちょっとだけおぼつかない手つきでヨッシーに注射器を刺した。


――一時間半後。ヨッシーは目を覚ました。

 幸い工場での大事故も食中毒も医者達の手際が良かったのか大事に至った患者はおらず。病院の中は落ち着き始め、ヨッシーは専門医による診断を仰ぐことが出来た。

「優秀なのか馬鹿なのかわからない病院だッ!」

 ブツブツ言う細川。医者は頭を下げると、ヨッシーの容態を説明した。

「こちらの不手際で申し訳ありませんでした。

星木病は血清さえうてば後遺症はありません。目を覚ましたら大丈夫です。

 すみませんが今日は立て込んでいるので、お帰り願えますか?」

「……ヨッシーはいいけど。戸次と高橋は診てもらいたいの。……あれ、二人は?」

 頭を下げた後、不安そうにキョロキョロ辺りを見るヨッシー。

 目を合わせずに黙り混む三人の様子を見て顔が白くなって行く彼女に、人間になっていた黒田は苦し気な顔で口を開いた。

「病院を出て、喫茶店か何か落ち着ける場所で話す。」

「え……。」

 その後。ヨッシーは明智と細川が交互に背負い、五人は病院を出ると近くのファミレスで一息ついた。

「迷惑をかけてごめんなさい。……戸次と高橋はどこにいるの? さっきから何度も聞いているんだけど! いつになったら教えてくれるの!」

 黒田は、ヨッシーがジュースとゼリーを平らげたのを見てから、淡々と言った。

「ワシらを逃がすために殿になっていただいた。……最悪の事態も覚悟して頂きたい。」

「嘘……」

 ヨッシーの目は生気を失う。口も小さく開けたまま。彼女はテーブルに置いた手をダラリと落とす。彼女は暫く虚ろな目でテーブルを見ていたが、自分の顔を軽く叩くと立ち上がった。

「ヨッシーはー! 助けに行く! 別れた場所にまだいるかもしれないもん!」 黒田は彼女の腕を引っ張って無理矢理座らせた。

「駄目じゃ。絶対に追いかけて来るな、と戸次殿と高橋殿は遺書を残して行かれた。それに今現場に戻って捕まったらお二人の意思を無駄にすることになるんじゃぞ!」

 黒田は厳しい声でピシャリと言う。そして敵がくる前の十分間に交換した遺書をテーブルに置いた。

 貪るようにそれを見たヨッシーは急いで戸次と高橋にメールを打った。

 そして、ロザリオのように携帯端末を掲げる。

小さな声で祈る彼女に、黒田と行也は苦い声で言った。

「……ワシらも何度か打ったが、中々来ないんじゃ。」

「ヨッシーさん……申し訳ないです……。」 ヨッシーは首を振った。

「ヨッシーのせいだ………ヨッシーがもっと足元に気をつけていれば……もっと体を鍛えていれば……………あ! 高橋!」

 光が差したような笑顔でメールを開くヨッシー、笑顔で携帯端末を除きこむ行也と細川。

「良かった!」

「早く読んで下さいッ!」

 しかし。メールを一瞥した途端にヨッシーは携帯端末をカラン、と落とし、トイレに走ってしまった。

「よ、ヨッシーさん!」

 慌てて追いかけようとする行也の腕を黒田は掴んだ。

「大友殿は一人で泣きたい性格じゃ。友樹の時もそうじゃったろ?」

「……はい。」 一方、明智は携帯端末を拾うと、強ばる手で読み上げた。

「戸次殿は敵兵を見事に倒し候へども、力尽きて候。私は戸次殿の亡骸を抱え、何としても長篠公園に直ちに参上致す次第にて候。」

「……!」

 天を仰ぐ細川と明智。泣き出す行也を黒田は思わず揺すった。

「お前まで泣いてはだめじゃ! それにしても大友殿は遅いのぅ。」

 時計を見た黒田はため息を吐いて、トイレ方向を見た。


――女子トイレの中で。ヨッシーは体がカラカラになるほど涙を溢し、体を痙攣させていた。

「……べ…っき…。」

 目を瞑った彼女の瞼の中に、在りし日の戸次の姿が映る。怒鳴っている顔、イライラしてため息をつく顔、しっかりしろ! と激励する顔。

「……いつも…おこっ…てて…うるさ……くて……こわい……し……うざ…い…でも………」

 ヨッシーは今までのことを思い起こした。

 友樹が行方不明になって投げやりになった時にボロボロの体で駆けつけてくれたのも。

熱が出た時に我が子のように心配してくれたのも。

体を張って守ってくれたのも。

戸次と高橋だった。

 次から次へと込み上げてくるものに蓋をしようとしても、止まらない。

「やっ…ぱり……ヨッ…シー…は……さ…びしい…よ…」

 項垂れてくたくたになりながらも泣き続ける彼女だったが……彼女の心に口煩くて頑固で鬱陶しくて…でも暖かい中年親父の声が響いた。


『何がヨッシーはー! ですか! しっかりしてくだされ!』


 少しして。ヨッシーは涙を吹いて立ち上がった。

「……そうだね。友ちゃんを連れ帰らないと行けないし。わかったよ。頑固親父!」


――正午の日差しが指す中。長篠公園に向かった行也達。そこには既に小早川達がいた。

「黒田殿から見つかったとメールが来た三十分後にロープウェイに乗って下山しました。丁度ロープウェイを使って降りそうなサラリーマングループ達もいましたし。背が高くて目立つ神崎殿と涼太殿にはその組に相乗りして頂いたのです。」

 裏返った声を上げる行也達に、小早川は冷静に解説した。

「失礼ですが黒田殿達を囮にさせて頂きました。

 黒田殿達が通過した直後なら、向こうも私達がすぐ後から来ると思うかもしれませんが、三十分も経っていた場合は包囲を解くと予想したのです。」

「何故ですか?」

 首をかしげる行也に小早川は丁寧に解説する。

「敵は、黒田殿達が緊急事態に私達へ携帯端末で連絡出来ることを知っています。

 行也殿が電話をかけるのを多数の仲居さんが目撃していますからね。

それにこの山は電波状況が悪くない。ロープウェイの中でメールを打てることは敵にもわかるはず。

 なので敵はこう考える筈です。

『こいつらはロープウェイは危険だと残りの仲間に伝えるはず。だから残りの仲間はロープウェイを使わずに下山するだろう。』

とね。時間が経つほどにその考えは強くなるでしょう。」

「なるほど、そうですね。ですが、『ロープウェイに仲間を助けに向かうかも』と敵は考える可能性は無かったんでしょうか?」

 行也に小早川は温かく微笑んだ。

「よい質問です。でも敵は『防犯カメラに居ない小早川はシビアだから、共倒れは避ける。よって助けに向かうことは無い。』

と考えると思いますよ。

 それに黒田殿達が見つかった時点で、残りの仲間が山にいると考えて敵が包囲網を敷くかもしれません。そうなる前に逃げる必要がありました。」

 吉川は、ああ、と頷いた。

「確かにお前は北条氏戦で冷酷な奴という印象を敵に与えたゼ。」

 小早川は頷くと、話を続ける。

「それに、元々山にはそれ程兵が居ません。増援も来るには時間が多少かかりますし。

黒田殿と私達を一度に捕らえるのはきついはず。どちらかを確実に捕まえて、それを人質に誘き寄せる方が上策です。

「何で元々山にはそんなに兵がいないとわかるっスか?」

 手を挙げた輝元に小早川は答える

「昨日は雪風が強かったので、敵は冬山登山の用意が見えない我々が山へ逃亡するとは考えず、緊急配備を敷かなかったからです。

 私達は交代で見張りをしたり散策しましたが、軍の偵察らしき人はいませんでしたよね?

 私達が通った車道はずーっと歩けば街へ出ますから、そちら側中心に配備したのでしょう。

 まあ捜索側の安全を考えて夜の雪山捜索を諦めたのかもしれませんが。

 それに……根本的に今、裏日本にはそれほど兵士が居ません。ですからあちこちに隈無く配備が出来ないのです。これは黒田殿の仰る通りでした。」

「ええ!?」

 目を丸くする行也達。今度は黒田がしたり顔で解説する。

「部屋にあった新聞を読んだら、興味深い記事があったんじゃ。

『AREの要請で世界数ヶ所の内戦鎮圧に日本軍……ワシらの言う裏日本な。

その軍が駆り出され、軍自費が国家予算を圧迫している。

それにも関わらず年末にはさらに増員を求められ、頭を抱える政府。この国の未来は?』

とな!

 おまけに年末だというのに特別警戒キャンペーンでパトロールする警察官の人数も日本より微妙に少ない!

 まあAREの手下国家と気付いた時点でこうなる気はしてたがな!

内戦はここの所増えとるし。」

 得意げに語る黒田であったが。太陽に雲がかかるように、顔に影が刺した。

「しかし追っ手の人数があれだけとは思わなかった。それなら全員でロープウェイに乗った方がよかった……。そうすれば戸次殿も……。ワシの作戦ミスじゃ。」

「私にも責任があります。申し訳ないです……。」

 自信過剰な黒田も、黒田よりは常識的な範囲で自信家の小早川も、申し訳なさと悔しさと悲しさが混ざった霙のような眼差しで頭を下げた。

結果は裏目に出たが二人のせいじゃない、と言いたい皆だが……。

赤い目のヨッシー、そしてヨッシーから話を聞いてずっと泣きじゃくる立花を見て何も言えなくなった。

 その立花は何とか泣き止むと。頭を下げた二人を気づかった。

「でも……もし全員でロープウェイから降りて戦って、敵を倒すのに手間どったら……殿を病院に連れて行くのが間に合わなかったかも知れないであります……。

 それに言い出しっぺは義父上であります。お二人は悪くありません。

さいぜんを尽くしてくれたことも……立花もわかるであります…顔をおあげください。」

「二人は悪くないよ。そもそもヨッ……私が素直におぶって貰ってれば良かったんだ……そうすれば戸次もこんな目に遭うことはなかったのに……ムネリン。本当に申し訳ないです…」

「殿も悪くないであります!」

「そうです。」

 午後の日差しを浴びて神々しく輝く男が、風呂敷を大事に抱えて行也達の前に現れた。

「高橋殿!」

「父上ーー!」

 立花は誰よりも早く走って高橋に抱きついた。しかし。直ぐに真っ青な顔を上げる。

立花が高橋の背中に回した手には生温い感覚があった。

「……び、病院に!」

 慌てて背中に手拭いを当てて止血しようとする立花。皆も高橋に栄養ドリンクをかけたり、傷を消毒する。さらに病院に電話をかけようとしたが。高橋は固辞した。

「ありがとうございます。ですが、もう私は助かりません。……宗茂。最期に約束した稽古をつけるぞ。」

「最期なんていやであります! 義父上を失ってまた父上を失うなんていやであります! まだ宗茂は……」

「父親としての責任が果たせなくてごめんな。宗茂。」

 高橋は泣き叫ぶ立花の話を遮り、そっと片手で頭を撫でる。それを見てすすり泣く行也達の集団の中の大友は、一歩前に進み出た。 彼女の立ち姿は何時もよりも地に足がつき、輪郭がはっきりとしていた。眼差しも無邪気さの中に、どこか凜とした光がある。

「高橋。戸次も大儀でした。……私は我が儘で、田中殿のように包容力もないから心の支えにはなれないだろうけど……命あるかぎりムネリンには金銭面での苦労だけはさせません。

 戸次の身柄は預かります。後は二人だけで話し合って下さい。」

 高橋から受け取った風呂敷をぎゅっと抱き締めて、背を向けて走りだした大友。皆も親子を二人っきりにしようと公園を出ていく。

「……殿!」

 高橋の声に大友は背を向けたままピタリ、と足を止めた。

「何だかんだ言って優しい所もおありな殿を私も戸次殿も憎めませんでした。

 殿は私と戸次殿にとって大事な主君です。死んでもずっと。宗茂のことをどうか宜しくお願い致します。」

「わかった!」

 涙を見せないように後ろを向いたままヨッシーは頷き、公園の外へ走った。



――公園は、泣いているよう空っ風が吹き荒れる。

 そんな中。周りに人が居ないことを確認した高橋は真っ直ぐに立って刀を構えた。

「かかってきなさい。」

「でも……父上は傷が……。」

「いいからかかってこい!」

 怪我を感じさせない美しい姿勢で刀を構え、立花を待つ高橋。しかし立花は刀を下に向け、俯いていた。まだ地面を覆う真っ白な雪に涙がポツリ、ポツリと落ちる。

「では、私から行く。」

 高橋は刀を立花の肩めがけて振り下ろした。

「わっ!」

 咄嗟に横によける立花。彼がもと居た場所の背後にあった木の太い枝は、ボキッ! と折れて落ちた。

刀は直接当たっていない。振り下ろした際の風圧で折れたのだ。

「父上……。」

 高橋の目を見た宗茂にはわかった。これは稽古じゃない。父からの命懸けの遺言なのだと。

「おりゃあ!」

 続けて刀を繰り出す高橋。空間も何もかも断絶させるような太刀筋が冬空に走る。

 体がぐらりとゆれつつも立花はそれを腹に力を入れて受け止めた。そしてきゅっと眉毛を上げて高橋を見据える。

「立花は負けません!」

「その意気だ!」

 高橋は白い雪に赤い線を描きながら刀を振り回し続ける。立花はそれを受け止め、だんだんと押し返すようになってきた。

 数分後。高橋の息はどんどん荒くなり、描く線も太くなっていく。立花の目も涙で見えなくなっていく。苦しげな高橋がうっすら見えて手を緩めたい、もうやめたいと一瞬思った立花。だが唇を血が出るほど噛み締めて決意した。


父上を倒して安心させる


彼の目の色が変わった。

刀は強い意志で覆われ、その厚みを増す。素直で迷いのない太刀筋が高橋に絶え間なく振りかかる。そして遂に。立花は両手両足に力を込め。刀を地から天へと激走させた。

「どおりゃあぁーー!」

 勢いよく弾かれた高橋の刀。キラキラと輝きながら空高く舞う。

 立花は目に光を湛え。刀を丸腰になった高橋の頭上に突き付けた。

「よくやった。」

 高橋は桜の花が咲き誇るように微笑むと、自分の刀を拾って立花に差し出した。

「備前長光。この刀で道を切り開け! 宗茂。お前は私と戸次殿の誇りだ。そのまま、真っ直ぐに生きてほしい。この太刀筋のように。」

 宗茂が刀を受けとると、高橋は前のめりに倒れ。彼の心のように透明な兜となった。

「父上……立花は立派な武士になって、殿に忠誠を尽くし、田中殿の教えを守り、皆様のご助言を素直に受け止め日々しょうじんし、日本を守るであります! でも……ちょっとだけめめしく泣くことを……ちちうえがいないさびしさをがまんできないことを……ゆるして欲しいであります……。」

 宗茂は兜強く抱き締めて、泣きつかれて眠るまで泣き続けた。

 行也達は友樹の捜索を漸く再開するが。彼の居場所は巨大な城だと判明した。

 一方行人達は学校裏のマンホールから裏日本にたどり着き、懐かしい人と再会する。

 次回「ネオ安土城への道」

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