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戦国DNA  作者: 花屋青
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裏日本を走れ

北海合衆国の貿易潜水艦に乗り、日本の過去の悪行の謝罪をするため裏日本へと向かう行也達。

一方、敵地に未成年は連れていけないと判断されて置いて行かれた行人達。

彼らの運命は如何に。

まだ午前中なのに夜空色の深海を、北海合衆国の貿易潜水艦は泳いでいく。

その潜水艦の一室で。モモンガの鍋島は脂汗を垂らして寝込んでいた。

船に弱い彼は搭乗時〜潜水時に起きた大波により、船酔いしたのある。

「鍋島さん……そうだ、気分転換にテレビを見ますか?」

ベッドの傍らに座っているハの字眉の行也の問いに、鍋島は目で頷く。

「かしこまりました。そういえば先程からずっと水分を取られていないので、白湯を持ってきますね。」

 行也は部屋のテレビをつけ、厨房に向かった。

 部屋の片隅の四角い枠の中の映像は黒から函館ラーメン、そして笑顔の愛らしい若い女性二人組に切り替わる。

「今週のアイドル猫を探せ! は、札幌都佐藤さん宅のメロンちゃんとハスカップちゃんです!」

「メロンちゃんもハスカップちゃんも、ネコジャンプ大会の入賞常連猫なんですよね。

今日はその華麗なジャンプを披露してくださるそうです! 楽しみですね!」

 鍋島は目を潤ませ、顔を悲しげな福笑いのように崩した。

彼は化け猫騒動の記憶が植えつけられているので猫が大の苦手なのである。

「ふぁ…け…ね…こ……。アアァー!」

 数分後。鍋島のために胃薬と白湯を持ってきた行也の目に飛び込んだのは。

リモコンの前で力尽きた鍋島であった。


――その頃。黒田達は潜水艦の中の会議室で揉めていた。

「俺は絶対『さくらい』の二食付プランがいいです。  

一流品に育まれた俺の体も心も粗末な布団や飯を受け付けません。」

「何を言ってるんじゃ!! 賠償金を払わないといけないんじゃぞ! 高級旅館なんかに泊まる金はない!! 

るるべやじゃららんで安いビジネスホテルをネット予約して、少しでも金を節約すべきじゃ! 

本当はゲストハウスや民宿雑魚寝の方が安いのに譲歩しているんじゃぞ! 

それに夕食と朝食は近くのコンビニで弁当やお握りでも買えばよい!!」

「あれは食べ物ではありませんッ! エサですッ! 奉公構えされた食材達の墓場ですッ!」 

「そんなに不味くはないし、そもそも食えればいいんじゃよ! 食えれば! まったく細川殿は贅沢じゃ!」

 テープルをバンバン叩きながらにらみ合う細川と黒田。

まぁまぁ……と二人の間に入って宥める島津達。

 そんな中、ヨッシーは頬を膨らませてぷいっと横を向いた。

「ヨッシーもー! ビジネスホテルなんでヤダー! 

折角裏日本に来たんだからーオシャレなホテルがいいー! 

ダイヤモンドホテルのスイート…じゃなくてもいいからクリスタルドームホテルのA客室の個室がいいー!」

 顔をしかめる黒田に代わり、小早川はヨッシーに尋ねた。

「そこの宿泊料金は如何ほどですか?」

「一泊五千ヨーロ(行也達の日本で一万五千円相当)で美味しい夕食と朝食付だよー!」

「殿! 高いですぞ!」

「俺も戸次殿に同意だゼ!」

 黒田と戸次と高橋と吉川の非難がましい目線を見返し、ヨッシーは身を乗り出して口を尖らせた。

「これでも妥協してるんだから! ……あ!」

 ヨッシーは自分の髪からポロリと落ちた、十字架が段違いになった髪留めを急いで拾う。そしてそれを大事そうに撫でると首を振った。

「やっぱり……綺麗な所ならビジネスホテルでもいいやー……。でもヨッシーは女の子だから個室ね!!」

「あーそれは構わん。……光紀。どこが一番安いかの。」

 黒田に話を振られ、無言でネット検索をしていた光紀は顔を上げた。

「一番安いのは私達が民宿『やすや』で雑魚寝、大友さんがその近くのビジネスホテルに泊まる

というプランですね。その次は『衛生的な』という条件なら、飛梅ビジネスホテルに三〜四人ずつ泊まるプランになります。

一人当たり千五百ヨーロ(行也達の日本で四千五百円相当)で朝食付きです。

黒田さん達がモモンガになってペット可ホテルに泊まるという案も考えましたが、

結局ビジネスホテルの方が安いですね。」

 隣で画面を覗いていた明智と田中も頷く。

「ネットでの評判も交通の便も良いな。ここで良いと明智は思う。」

「近くにコンビニや洋食屋もあるから便利そうですね。僕もここがいいと思います。」

 ヨッシーも横から画面を覗いて頷く。

「夕飯はないけど、朝御飯はいいかも! フルーツもいっぱい並ぶみたいだし。

朝はあんまり食べられないヨッシーにはいいなー! 

部屋もちっちゃいけどきれいだしー。ヨッシーはー! ここの二千ヨーロのレディースプランならいいよー!」

 腕組みをして唸る細川以外は異論はなく、黒田はパン! と手を叩いた。

「よし! 光紀、そこを予……」

「俺は嫌ですッ! 『さくらい』がいいです! クソ貴族が置いていった織部の土で武器を作るのに、飛梅ホテルの部屋は狭すぎます!!!」

 細川は光紀からPCを奪うと『さくらい』のホームページを検索し、画面を皆に見せた。

「団体割引で一人頭五千ヨーロ! バイキング朝食付! これ以上は妥協できませんッ!」

 ため息を吐く皆を見回し、細川は選挙演説の如く力説した。

「トレーニングルームや、戦史図書館、茶室や陶芸品の展示コーナー、無料のネット可最新型PCも各部屋に備え付け! 大会議室では最新防犯グッズの展示会もやっております! 

充実したお土産売り場では地酒の試飲まで出来るんですよ!

私達に必要な情報収集も可能なさくらいに泊まるしか道はありません! 

ここでお金をケチったら大変なことになりますッ!」

「細川殿がさくらいに泊まりたいだけじゃろ! ネットだけなら飛梅ホテルでも出来るしな。……ホテルに三つしかPCが無いから長時間は使えないがのぅ。」

 呆れてため息を吐く黒田だが。部屋の空気は変わった。トレーニングルームに島津と吉川と立花と春彦、部屋の備え付け最新型PCに栗山と涼太、充実したお土産コーナーにヨッシーと田中、地酒の試飲コーナーに神崎と母里、バイキングに龍造寺、最新防犯グッズに高橋、戦史図書館に小早川、陶芸品の展示コーナーに輝元はそれぞれぴくっと反応する。

「俺もさくらいがいいっす!」

「さくらいも良いかもしれませんね……。」

 元気よく手を挙げる輝元。そして大多数の心を代表した小早川。それに遠慮がちに頷く高橋。

 戸次は顔に血管を浮かべてそんな空気に頭突きした。

「どこの国に高級旅館で寛ぐ降伏の使者がいるというのだ!! 高橋殿までエエエエ!」

「皆贅沢すぎるじゃろ! ……さっきから黙っているが長宗我部殿はどう思う?」

 声を荒げた黒田の問いに、長宗我部は静かに答えた。

「……俺は飛梅ホテルでもいい。だけど多数決で決めたほうが遺恨は残らないと思う。

鍋島殿や山田殿にも相談しないと……。」

「鍋島殿は船酔でそれどころじゃない。行也はどこでも眠れるからいい。

とりあえずこのメンバーで多数決を取るぞ。飛梅ホテルでもいい人!」

 黒田の声に手を上げたのは。黒田本人、栗山、母里、戸次、長宗我部、光紀、田中、明智の八人。

行也と鍋島が仮に飛梅ホテルで良いと言っても、さくらい派が多い。

結局、行也達はさくらいに泊まることにした。


――やっと裏日本に付いたのは、現地時間午後二時。その後様々な荷物検査などをすり抜け、

行也達はあっさり裏日本潜入に成功した。彼らは北海合衆国の潜水艦のクルーに手を振ると、

駅からの直行バスに乗って今夜泊まる宿『さくらい』へ向かった。

 午後から夕暮れに差し掛かる黄色い空の中、バスは走る。

しばらくして緑深い山崖に立つ数寄屋造り(茶室風の建物)が見えてきた。

複数の三階建ての建物が廊下で繋がれた、少し複雑な構造のその建物は。

この世の喧騒を忘れさせる凛とした気品があった。

歓声をあげつつも、行也達は入口前に掛けられた橋を渡る。

「誰が玄関まで最初に辿り着くか競争でござるよ!」

「他のお客さんのご迷惑になるからせめて二列になるべき……おい! なんと行儀の悪い輩だ!」

 島津の掛け声で走り出す皆。周りの客に頭を下げながらそれを追いかける戸次と高橋と行也と光紀と田中。彼らはあっという間に玄関に到着。それを、法被姿の男性従業員達が出迎えた。

 顔色が良くなった鍋島は、皆を代表して彼らに声をかけた。鍋島は裏日本軍に面が割れていないので、

今回は彼が前面に立つことになったのだ。きりっとした顔立ちに落ち着いた雰囲気、おまけにそこそこ機転も効き、目立ち過ぎないという、怪しまれないためにはピッタリの人選である。

「本日予約しました佐藤祐司です。」

「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。二十一名様でご予約の佐藤祐司様御一行でいらっしゃいますね。お部屋までご案内致します。」 

 偽名を名乗った鍋島に従業員達は頭を下げると、荷物を預かろうする。

それを鍋島は打ち合わせ通りに丁重に断った。

「結構です。俺達の鞄には大事な陶器が入っておりますので。お気遣い、ありがとうございます。」

 その後行也達はスリッパに履き替え、男性従業員達に先導されて玄関からロビーへ。

 ロビーは吹き抜けになっている。行也はその高い高い格天井を見上げた。彼の目に小さな額縁が沢山集まったような梁に囲まれた、鶴や鳳凰などの極彩色の彫像が映る。

「美術の教科書みたいに綺麗ですね。」

 素直に関心する行也の言葉を、輝く目の細川は天井を指さし否定した。

「違う! あのレリーフ……いやあの動物たちは教科書に載るような彫刻の基本を踏襲しつつも、

どこか破天荒さと迫力があるぞッ! 本当に動物が天井に張り付いたかのような質感と躍動感も俺は感じる! 絵師は只者ではない筈だ!」

 細川の言葉に、従業員はにこやかに振り帰る。

「お客様のご慧眼、御見逸れ致しました。

この天井の彫刻は人間国宝の古田オリーブ大先生の手から生み出されたものでございます。」

 フフン、と顎をつきだして、得意げに笑みを漏らす細川。天井を見上げてまた歓声を上げる行也達。

一瞬立ち止まった彼らだが、再び部屋へと歩き出す。しかし。細川は目を恍惚に細め、天井を見上げたまま動かない。

「特にあの朱雀が素晴ら……イタタタタタタ! 何をするッ!」

「細川さん。そろそろ行きましょう。」

「後でゆっくり見るでござるよ!」

 細川は天井を見上げたまま、行也と島津に引きずられた。

 その後も粛々と一行は部屋へと歩き、ロビーを抜ける。すると、屋根付き橋のような廊下が見えてきた。その左右には立派な日本庭園。ヨッシーは立花をつついた。

「白い石で水面の波紋を表現しててキレー! 冬休みの宿題はあれの写真か、外にあるシックな茶室の写真でいいんじゃないの? あそこまで本格的な庭の写真は中々撮れないよー!」

 立花の学校の冬休みの宿題は、自分の気に入った風景の写真撮影。

 微笑むヨッシーに、立花は伏し目がちに答えた。

「……確かにきれいです……でも立花はおばあちゃんと一緒に撮った写真を提出すると約束したのであります……。」

「そっか……約束……。」

 二人は少し肩を落として歩いた。


――部屋は飾り棚や欄間や障子等にも手の込んだ彫りが施された、趣のある和室であった。

柱やテーブルや座椅子は勿論、調度品の壺や掛け軸、茶道具セットも立派なもので、

細川が売ってくれ! と従業員に縋り付いて騒ぐ程。

掃除も行き届いており、対象人数の割には広い。

因みに部屋割りは、黒田、島津、細川、龍造寺、鍋島、明智、栗山、母里が茶筅の間。

春彦、涼太、吉川、小早川、長宗我部が茶碗の間、

行也、光紀、神崎、田中、高橋、戸次、立花が棗の間、

ヨッシーが七哲の間である。


――その後。行也達は部屋に荷物を置き、夕飯まで自由行動をすることに。

行也は小早川、戸次とともに、城から地下通路で繋がった、戦史図書館に向かった。

パンフレットによると、五重塔のような形で、地下を含めて七階建て。

人気がない地下通路を歩きながら、行也は小さな声で言った。

「ARE軍の総司令官の自伝を、黒田先生、戸次さん、栗山さん、神崎さん、みっちゃんに訳して貰いながら読んだのですが……。

不倶戴天としか言いようがないと思ってしまいました。」

 暗い顔で行也は続ける。

「『小さい頃、日本人の詐欺師に騙されたせいで自分も友人も一家離散になったから日本人が嫌い。姿形を見るだけで吐き気がする。』と書いてあって……。余程辛い目にあったのだなって……。

おまけに、『自分は優秀だから、大事なことは人任せに出来ない』

というのも行間から伝わって来ました……。

俺みたいに大した資格もない上に不安定な職業の若輩者がこういうのは大変失礼なんですが……

生き急いでいるし、疲れる生き方なんじゃないかと……。

確かに世界最高峰のARE防衛大学を飛び級で卒業して、

数々の内乱や紛争をあっという間に鎮圧したという華々しい業績の方ですけど……。」

「おまけに美男子で年の割には若々しく、会見では舌もよく回る人ですからね。

必然的にそうなるでしょう。ただ、気の毒ですがそういう性格の人は長生きが出来ないのですよ。

ストレスを溜めたり、無理をしがちですから。」

 小早川の言葉に戸次は頷く。

「そうであるな。それにそういう者が長の組織では後進が育たぬ。

……この者の場合はそうでもないようだが。孤児院から優秀な人物達を預り育てているようだ。

これも自伝に誇らしげに記されていた。」

「それは人道的に素晴らしいことですが……方向性が困りますね。弟らしき大統領共々。」

 驚いて足を止めた二人に、小早川は淡々と答えた。

「二人の公式ホームページや動画を見ていると、どことなく言葉の選び方や会見の時の癖、趣味、思想の方向が似ていたので、ARE留学中の一ノ瀬殿のご子息の友人の方に調べていただきました。」

「なるほど……。そういえば、芳樹さん…友樹さんの弟さんもARE留学中に、

お二人が公園に居るのを一度だけ見たと仰っていました。見間違いかもしれないと仰っていましたが、やっぱりそうだったんですね。」

「我らと裏日本を激突させることで、内紛として鎮圧することと、ゴミの処分場を手に入れることが目的か……。私怨も国益も兼ねているとは。厄介であるな。こちらは裏日本の人々以上に謝罪では済まないであろう。」

 唸る三人。行也は珍しく光る刃身のように険しい目で呟いた。

「裏日本の人々か……今まで、俺達は決して裏日本軍の人々を誘拐しませんでした。

でも、相手はそれをやってきた。謝罪を受け入れてもらえない可能性の方が高いでしょう。

こちらがやってきたことがひどかったとしても…相手が正しいとしても…なりふり構わず相手を今までよりもっと傷つけても手を汚しても戦わないといけないのですよね……。

友樹さんを取り戻して日本を守るためには。

俺はいざという時に躊躇してしまうことが多かったです。

上杉戦でも結局霧沢さんに汚いことを押し付けて……もう甘い考えは……捨てます。」

「……行也殿……。あまり思い詰めてはいけませんよ。

自分らしくないことをするのは逆効果なこともあります。」

「小早川殿の仰る通り、気負い過ぎるのも問題だ。冷静さを欠くことになろう。」

「今までの俺では、みなさんの足手まといになるだけです。……行きましょう。」

 二人の言葉に首を振り、速足で歩きだす行也。

小早川と戸次は行也の背中全体に何か黒い影が掛かったのを感じた。

それは地下道が暗いせいだけではないと二人は思った。


――夕食後。一番広い茶筅の間に皆は集まり、テーブルを囲んで話し合いをしていた。

そこへ、少し遅れた島津が頭を下げて部屋に入ってきた。

「遅くなって申し訳ないでござる! 喧嘩の仲裁(というか迷惑な酔っ払い全員をぶん殴って黙らせた)をしていたら遅くなってしまったでござるよ。」

「……あまり目立つ行動はすべきでない……。」

 苦言を呈する龍造寺の言葉に頷きつつも、島津は続ける。

「確かに龍造寺殿の仰る通りでござるが。止めないと怪我人が多発する事態だったでござるよ。

花瓶は割れるは周りの子供たちは泣き出すわ、仲裁に入った従業員をぶん殴るわで、

誰かが止めないとどうしようもない事態で……。」

 それなら仕方ない、という雰囲気になったところで。島津は笑顔で言葉をつづけた。

「今日、たまたま視察に来ていたさくらい総支配人の方がその話を聞いて、

豪華な土産物を持ってお礼に来てくれるそうでござるよ! 

従業員の方のお話によると、まだお若いのに頭が切れる上に従業員思いの立派な方らしい!

会うのが楽しみでござるよ!」

「……島津、でかした……。」

 思わず心から微笑む龍造寺。何かが引っかかって唸る春彦と涼太を尻目に、豪華な料理を笑顔で正座して待つ行也達。

 その三十秒後。ドアをノックして、若い青年が部屋へ入ってきた。彼は三つ指付いて挨拶をはじめる。

「本日は喧嘩の仲裁をしていただき、誠にありがとうございした。総支配人の桜井祐司でございます。

御礼に参らせていただきました。」 

 彼を見た行也達は全員、茶を吹きだした。 

 その抹茶色の髪の毛、その大きく輝く澄んだ目。それは、蒲生氏郷そのもの。

そう、彼は戦士であると同時にこの旅館の総支配人であったのだ。

「これはどうも、わざわざご丁寧にありがとうございます。」

 白目を剥いていた黒田だったが。素早く表情を整えて、にこやかに頭を下げる。皆もそれに続く。

「とんでもございません。お客様の手を煩わせて申し訳ありませ……これは……兜オオオ!」

「しまっああああーー!」 

 ポケットからポロリと落ちた兜を慌ててしまう島津だが。時すでに遅し。

蒲生は立ち上がって腕時計型マイクで叫んだ。

「不審者が茶筅の間に侵入! 数は二十一人! 奴らを捉えたものは特別ボーナス三百万ヨーロを与える!」 

「皆! 兜と貴重品を持って逃げるぞ! 島津殿は金庫をよろしく!」   


――一方その数時間前。日本に置いてけぼりを喰らった行人達は加賀家の一室で輪になって話し合っていた。

「俺は裏日本に殴り込みに行きたい! とりあえず兄貴が残した金を持って北海合衆国に行くぜ!」

「行人君の意見に同感だけど……北海合衆国に着いたとしても、中学生と高校生の僕らを裏日本行きの貿易船に乗せてもらえるのだろうか?

 お金を積んだとしても、家出の子と勘違いされて追い返されるのでは?」

「わたしもそう思う! 向こうも厄介ごとに関わりたくないよねー。」

「さねすえちゃんもそう思うよね。」

 現実的な意見をさねすえちゃん人形を操りながら述べる実季。

その光景になれた三人は特に突っ込まず、北海合衆国に辿り着いた後の方針について議題を定めた。

 手をぐるぐるさせながら海は口を開いた。

「旅行ツアーとかないのかな? 兄弟で旅行っていう設定にしてさ。それなら怪しさは減るんじゃない。」「そんな庶民が旅行できるほど国交は開けてないと思う。兄弟って設定はいいけど……僕達とは海くんも行人お兄ちゃんも似てないから難しいかも。」

 輝と実季は色が白く女性っぽい顔立ちだということ、体格がとても華奢で小柄という共通点はあるのだが。行人と海は身長がそこそこあり、体格も普通〜微妙に細いくらい。顔も男っぽいとか厳ついわけではないのだが、女性っぽいわけでもない。

「そうだ、従兄弟同士ならいいんじゃないかな。悲壮感がなければまぁ怪しまれないかも……」


「その設定だと、ボクは浮いてしまいマス。普通に友人同士ということにしまショウ。」

 四人が振り返った先には。金髪巻き毛の少年が立っていた。

「ごめんなサイ。友樹サンがラチられたのにボクは……。」

 頭を下げた彼に、四人は歓声を上げて微笑んだ。

「ラーシャ兄ちゃんが来てくれて良かった! なんかいいアイデアない?」

 ニコニコとラーシャの腕を引っ張る海、おやつを差し出す輝と実季だが。

 ラーシャはいつもの上から目線ではなく、どこか居心地の悪そうな顔でなかなか座らない。

「ラザニアさんに殴られて手首足首縛られて、無理やりイタリアに連れていかれたんだろ!

 細川さんから聞いたぜ。仕方ねえじゃん。怪我も治ったみたいでよかったな。それより……。」

「細川サンが……。」 

 行人の言葉にラーシャは唇をきゅっと噛むと、また頭を下げて口を開いた。

「確か二、父には戦士を辞めろと言われましタ。監視されていたのも本当デス。……でも最初に戦士を辞めた時と違っテ、包囲網は緩かったデス。

もっと早く脱出しようと思えばデキマシタ。

ボクは沈んで行く友樹サンと……自分の腕の傷を見て……死ぬことモ……手を怪我して趣味の手芸や絵を書くことが出来なくなるのが怖かったんデス。

だから皆さんから逃げていまシタ。

本当二、ごめんナサイ。」

「……ふざけんなよ! お前はいっつもエラソウだったくせに! 友樹さんが最初に逃げたときお前も怒ってたろ! それなのに一番大事な時に逃げたのかよ!

人のこといえねえじゃねぇか!

挨拶もなかったし!

兄貴達は友樹さんのお母さんに責められながら必死で二週間も捜索してたんだぜ!」

 真っ赤な顔で立ち上がった行人を、海と実季は咄嗟に後ろから取り押さえた。「もう正直に謝ってくれたからいいじゃん!」

「そうだよ。それに早く涼太兄さんと春彦兄さん達を追う方法を考えないと!」 宥める海と実季の言葉に首を振り、行人は尚も手足をバタバタさせる。

「なんだか納得出来ねー!」

 そんな中、輝はガクガクしながらラーシャの前に立った。

「もういいじゃん!

 行人お兄ちゃんみたいに怖いものがない人なんていないんだよ!」

 珍しく大声で叫んだ輝の姿に、行人は友樹の姿が重なって見えた。

鮭弁当の件で皆に批判された行也を、震えつつも一人だけ庇おうとした友樹の姿が。

きっと友樹なら同じことを言う。行人はなんとなくそう思った。

「……ごめん。確かに黙ってりゃわかんないのに、話してくれたのにな。プライドが高いお前が頭を下げてまで話してくれたのにな。ちょっといい過ぎた。……なぁ、お前、深海にある裏日本に行く方法を知らねぇか?」

 やっと座ったラーシャは、いつもよりちょっとだけ弱い声で口を開いた。

「スミマセンでシタ。……とりあえず博士のところへ行くべきだと思いマス。もう彼はボクたちのために必死こいてくれるハズデス。」

 首を傾げる四人に、ラーシャは静かに語った。

「さっき連絡が入ったのデスガ。父さんの友達が外国で拉致されていた彼のご子息を拉致……じゃなくて保護して脅は……説得したカラデス。」

蒲生の追っ手から逃げる行也達。

一方、行人達は鹿児島に行き、博士と対面する。

彼の息子を保護したことで、あっさり全面協力を取り付けた彼らは。今度は博士も連れて霧沢の元へ行くことに。

次回

「正義の利権と悪の利権とどうでもよい利権」

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