説明会
細川は、ラーシャの部屋の扉をノックすると、そっとドアを開けた。
「具合はどうだ?」
「もう大丈夫デス。母サンが心配するので寝ているだけデス。」
「そうか。」
彼はラーシャのベッド脇のテーブルにそっと茶碗を置き、蓋を取った。エメラルドの様に高貴で、森林のように清々しい風がラーシャの周りを駆け抜ける。ラーシャは目を瞑り、その薫りの風を辿ると、口角を上げた。
「本当は淹れたてがよいのだが……お前は猫舌だから、注いでから持ってきた。廊下を歩いている間にちょうどいい温度になった筈だ。」
「……美味しいデス。」
「当たり前だ。」
「あの、忠興サン。」
ラーシャは何か言いたげな目で細川を見る。
「何だ。」
ラーシャは何か言いたげな目で細川を見る。
「何だ。」
「落ち込むのは当然デス……。僕ニ愚痴を溢したリ、八つ当たりしたい時ハ、多少ハ引き受けマス……。でも自棄にはならないでくだサイ。後悔するのは忠興サンデス。」
細川は黙って自分の膝を見つめる。その膝の上では拳が震えていた。そっとそんな細川の肩を叩いたラーシャだったが、今度は彼の小さな情報端末機が震えた。つるりとした表面を、見覚えのある数列が滑る。
「忠興サン失礼シマス。……! ……わかりましタ。」
ラーシャは情報端末機を細川にそっと渡す。
「貴族サンからデス。」
「なんだと! ……もしもしニセ貴族! 何の用だ!」
荒々しく端末機を受け取った細川。小さな冷たい長方形を強く握り、幽斎へと憎しみの電波を飛ばす。電話口の幽斎は、そんな彼に柔らかく告げた。
「私が故郷へ帰る前に、貴方と話がしたいのです。説明会より先……午後の三時頃お伺いしたいのですが、宜しいですか?」
「断……ラーシャ!」
「わかりましタ。お待ちしてマス。」
ラーシャは細川から端末機を奪うと、勝手に幽斎と会う約束を取り付けた。
説明会の数時間前。ニセ貴族こと幽斎は、ドラム缶ニつを担いでラーシャ宅へやって来た。メイドに客間へ案内された彼は、白鳥のようにふわりと優雅に腰を下ろす。
「帰る前に貴方の顔が見たかったので、本日はお時間をいただきました。まぁ説明会で暴れられたら困るのもあるのですが。」
部屋には幽斎と細川とラーシャのみ。地面の底を大蛇が這うような形相で、細川は幽斎を静かに睨み付ける。
「……俺はキサマと話すことなどない。」
「私はあります。体のことはラーシャ君が話してくれましたが……貴方が一番知りたいけれど怖いことがもう一つあるのです。
それは私が貴方に話さなくてはなりません。貴方の父親の兜・細川幽斎の所有者として。」
「父の名を出すなッ! 語るな! 父はあのような奇妙な服装をしない! そして何よりあのように知性や風情のない歌も口にしない! お前は童を唆し、父を……細川の名を汚した! 故郷ではなく冥土に送ってやるゥアア!」
ラーシャを振り払い幽斎の胸ぐらを掴む細川。顔と手には血管が浮かび、目には赤い大蛇の舌が走る。幽斎は細川の目を見て、いつもの艶やかな声で話しかけた。
「……私は、細川幽斎殿の兜の所有者であることに喜びと誇りがあります。そして所有者となった日から、退屈で無粋な日々を過ごした日は一日もありません。」
「嘘を吐くなァあー! その言葉を発してよいのは俺だけだァア!」
「もう止めてクダサイ! 」
ラーシャは細川の腕を思いっきりつねった。細川は首だけ動かして、溶岩を突っ込んだような目を無言でラーシャに向ける。その隙に幽斎は細川の足の甲を思いっきり踏んだ。細川は矢が刺さった大蛇のように呻いて座り込む。
そんな彼を見下ろし、幽斎は溜め息を吐いた。
「貴方の心の大部分を占めるのは……細川家や己の生き様への誇りなのですね。なら、真実がどうであれ、そうやって生きていけばよいと思います。では……。」
「……真実とは何だ。」 背を向けたまま黙る幽斎。
「真実とは何だと聞いている!」
幽斎は振りかえった。その青い目は、憐憫に染まる。
「貴方の戦国時代についての記憶は……あらゆる知識は植え付けられても、本質はモモンガだった貴方に後付けされた記憶です。」
立ち上がろうとした細川だったが、がくりと膝をつく。
「全部嘘なのか……! 俺の体に染み付いた記憶じゃなくて……俺のオリジナルだけが体験した記憶で俺のこの記憶も思いも作り物と言うのか!?」
無言で頷く幽斎。
「チクショォアアー!」
細川は床を手から血が出るまでガシガシ叩く。大理石の床に罅が入り、血がそこへ入り込む。彼は自分を止めるラーシャと幽斎をぶっ飛ばし、ずっと冷たい石を叩き続ける。
「……失礼します。」
幽斎はそっと細川に近付き、スプレーを吹き掛けた。閉じた瞼から光るものを溢して眠る細川を見下ろし、虹色の大きなカバンから消毒薬を取り出す。
「僕ガ……。」
「では右手をお願いします。」
二人に手当てされた細川は、幽斎に担がれて寝室へ移動させられた。
細川が目覚めたのは、説明会の一時間前であった。細川は自分の手に巻かれた包帯を見て、涙目で呟いた。
「夢じゃ……ないのか……。」
そんな彼に、ラーシャはいつもより強く、熱く、思いを吐いた。
「忠興サンの体には、細川家の血が流れてマス。忠興サンは忠興サンデス。色々なものが混ざっていテモ。チョコレートだって、レーズンやナッツやポテトチップスや抹茶が入っていテモ、チョコレートデス。」
「偉そうに意味不明な屁理屈をッ! お前にはわからないッ! 自分の信じてきたもの大事にしてきたものが捏造されたものだなんて屈辱を!」
細川は、白い布団カバーに塩辛い円を幾重にも描く。そんな細川にハンカチを渡しながら、ラーシャは一生懸命語りかけた。
「全然わかりまセン。でも人間は考える葦だとパスカル先生が言っていましタ。そうやって悩み悶えている時点で、考えてる時点で人間だってことデス。只のモモンガならこんなことナイです。
……忠興サンが今自信を持たなきゃいけないのは細川家の血筋じゃありまセン。物心着いた時カラの自分の行動デス。忠興サンは我が儘デ癇癪持ちで長時間一緒に居たくない人デスガ……勝利に貢献してイマス。丹羽親子と戦った時は忠興サンのバネつきシューズ、最上達と戦った時は素早く防災頭巾を作ってくれまシタ。貴方は立派な武将デス。これからも一緒に戦ってクダサイ。お願いしマス!」
「……。」
細川は心の淀みを出しきるまで泣いて泣いて泣いた。
――夜。ラーシャ宅の広間に、忙しい田中、立花以外の戦士、モモンガは全員が集まった。彼らは各々椅子に座る。
「お久しぶりじゃな。フランシスコ殿。」
霧沢は刑事の春彦達と会うので、金髪のウィッグに紺色のスモッグの宣教師ファッションであった。
「お久しぶりでゴザイマス。」
美しい所作で彼が一礼して席につくと、幽斎は口を開いた。
「全員揃ったようなので、説明会を始めます。」
皆は息を飲む。
「ご存知だと思いますが、皆様の体は兜の一部。あまりにこの国の空気が汚いので、兜が自分の体から皆様を切り離してバックアップとしたのです。再び兜に吸収されたら困るから、皆様はご自身の兜を装備して変身出来ないのですよ。
ちなみに子孫の方を戦士として本能的に選ばなかったのは、直系の子孫が装備すると兜と体が融合してしまう恐れがあるからです。」
「う、海殿は!?」
顎をガクガクさせながら見上げる長宗我部に、幽斎は淡々と答えた。
「海殿は大丈夫ですよ。子孫と言っても長宗我部殿から遡ったら先祖が同じ、という間柄ですから。」
幽斎は視界を胸を撫で下ろして座り込む長宗我部から、皆へと切り替えた。
「さて。話を続けますよ。次は兜の耐久力について。耐久力はそれぞれ宿っている武将の寿命や体質に準じます。
例えば……忠興殿、島津殿、鍋島殿、立花殿は長生きで丈夫だったので、耐久力はSクラスですね。戸次殿と輝元殿もそれなりに長生きだったのでAクラスくらい。龍造寺殿はメタボでしたが、戦死ということを考慮してBクラスといった所でしょうか。同じく戦死した高橋殿もね。残りの皆さんは似たり寄ったり。B〜Cクラスくらい。ですが……。」
幽斎はヨッシーを見た。ビクッとして、恐る恐る幽斎を見上げるヨッシー。幽斎はそんなヨッシーを、傷付いて棄てられた猫を見るような目で見ていたが。一呼吸置いて淡々と告げた。
「大友殿は寿命は平均クラスでしたが、病弱だったのでDランクです。無理はしないで下さいね。」
「じ、丈夫になる方法はないのですか! 長生きする方法は!? 教えて下さい!」
椅子から飛び上がって幽斎の肩を揺する友樹。幽斎は一瞬目をパチパチさせたが、静かに答えた。
「普通の人間にも言えることですが、バランスのよい食事を取り、規則正しい生活を送ることですかね。
それから大友殿の場合、体を削って兜を補修をするのはよした方が良いでしょう。」
「体を削……。」
言葉を失う皆。幽斎は淡々と続ける。
「おや。これは私が話さなくてもご存知かと思っていたのですが。黒田殿達はお話になられていなかったのですね。
兜は人の細胞よりも自己修復機能が強化されてはいます。しかしあまりにもダメージが大きい場合は様々なビタミン剤や栄養剤を補給してやるか……最悪自分の身体を削って兜にくっつけないと回復しないのですよ。体といってもしっぽを切るだけですし、また生えてきますがねぇ。」
友樹は俯くヨッシーを見て、呟いた。
「そう言えば……二日連続で出陣した時は、ヨッシーは具合が悪かったよね……。気が付かなくてごめん……。」
首を振るヨッシーの頭にそっと手を置く友樹。
一方、幽斎は時計を見た。
「二十一時……。すみませんが時間がないのであと三つだけ。貴殿方の兜は私達の兜と違って弱点があります。変身時間が二時間を越えたら、弱くなるように設定されています。」
「何でだよ? それじゃ勝てないじゃねぇか!」
口を尖らせる行人に、幽斎は冷たくいい放つ。
「それはそうですよ。勝たれたら困りますし。」
「では、どうして兜は俺達の日本にもあるのですか? 俺達の日本を滅ぼしたいなら、兜は無い方がいいんじゃないでしょうか?」
行也の問いに、幽斎は頭の中の教科書を朗読した。
幽斎は遠い目をして語り始めた。
「東歴一九九九年七月七日。あの日に東北〜関西地方に隕石が落ちて、東北〜関西地方は焼け野原になり、多くの死者と行方不明者が出た。
……と言うことになっていますが、本当は違います。」
驚きの声をあげる行也達。幽斎はそんな彼らに淡々と続ける。
「確かに亡くなられた方もおられますが、大抵の方は助かりました。『ある場所』に避難したからです。焼け野原になるまでに少し時間の猶予がありましたからね。」
黒田は首を傾げた。
「隕石が落ちて焼け野原になったのに、どうして避難する時間の猶予があったんじゃ? 普通は落ちたと同時に被害があるはずじゃろ?」
小早川はあっ、と手を叩いた。
「隕石自体は小規模で、落ちた場所が問題だったということですか?」
幽斎は悪戯っ子のように微笑んだ。
「正解です。時間がないので先程の話を続けますよ。
殆どの方はその『ある場所』を終の住家と決めました。しかし一部の方は親戚等を頼って、中国地方、四国地方、九州地方に移住したのです。その時に持ち出されたのが、貴殿方の兜なのですよ。
『ある場所』の我らと、旧日本が戦争になった時のことを考えて、その移住者の方には護身用〜ちょっとした警備用クラスの試作品をお渡ししました。だからデザインが似ていたり、二時間以上装備すると弱体化するのです。安全面は大丈夫だと思いますよ。元々は子供の玩具でしたからね。博士もしょっちゅう装備していましたが、死ぬまで影響はありませんでした。」 淡々と語り続ける幽斎。彼はまた時計を見る。
「……兜は、装備している時に気絶したりすると変身が解けてしまいます。気をつけて下さいね。
……ではあとは、戦国博士にお聞き下さい。私は天と文太と三人で話がしたいのです。」
幽斎が双子を連れて部屋を出て少しして。ドアが荒々しく開いた。
「遅くなって悪かったな!」
少しワイルドなその風貌男を見て、行也と行人は目を見開いた。
「時高君のお父様!」
――一方、幽斎は双子の天・文太と別室で話をしていた。
「本当に一緒に来る気はないのですか? 母上様も是非留学して欲しいと仰有っていましたよ。」
「……お母さんはぼくたちに留学して欲しいんじゃなくて、ひなんして欲しいんだよね。」
双子の兄・天の言葉に幽斎は目を見開いた。弟の文太も口を開く。
「やっぱり。そうだったんだ。」
幽斎は苦笑した。
「私が見込んだだけのことはありますね。そうです。あなた達を連れていくように岩子さんに頼まれました。でもこれは私の願いでもありますよ。天と文太と岩子さんと歌を歌ったり、料理したり、一緒に勉強するのが楽しかったし、これからも一緒にいたいと思ったのです。
……私は家族が居なかったから、とても新鮮で、幸せでした。一緒に来てくれませんか?」
天と文太は同時に口を開く。
「お母さんは……。」
幽斎はため息を吐く。
「断られちゃいました。」
天と文太は目を合わせてから、幽斎を真っ直ぐに見上げた。
「僕たちも楽しかったよ。ありがとうございます。先生、大好きです。でもごめんなさい。お母さんのそばで力になりたい。」
「ごめんなさい。僕たちもいっしょにいたいけどお母さんを一人にできない。」 幽斎は目を瞑ると、深いため息を吐いた。
「わかりました。では一つ、受け取って欲しいものがあります。」
彼は九曜紋の風呂敷を開き、虹色の箱を取り出した。箱一面に煉瓦畳の如く虹色の貝殻が嵌め込まれ、その上には金属の貝殻が散らばる、美しく豪華な箱だ。「本当に困った時に開けなさい。それまでは開けてはいけませんし、くれぐれも誰かにわたさないように。 それから……覚えていて欲しいことがあります。それは、誰の言葉も簡単に鵜呑みにしてはいけないということです。たとえ偉い人でもね。自分の頭で何が正しいのかきちんと考えられる人間になってください……今までありがとう。」
幽斎は、満月のように柔らかく微笑むと、天と文太を抱きしめた。




