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戦国DNA  作者: 花屋青
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悪魔の道具

 奄美大島に来てから三日目。行也達は賑やかな空港で、田中を待っていた。

 まだ状況が落ち着いていないので、行也達は遠慮したのだが。田中はどうしても見送りに来ると言う。 

 空を写し青いステンドグラスのように輝くガラス窓を見上げ、行人は口が波線になり、目と眉を古民家の屋根のように下げて力無く呟いた。

「あーあ……結局、グルメツアーどころじゃなかったぜ。

 おまけに動物研究会へのお土産が手に入らなかったのはな……。まぁ田中さんが奄美大島の動物の本くれるって言ったから、それを渡せばいいか。

 それに人助けも出来たからよしとすっかな……。」「そうじゃよ! 島民の皆様の手助けが出来たのは今回の収穫じゃ。

 まぁこれからが大変なんじゃがな……。」

 島津は黒田の言葉に頷くと、高橋と戸次に目線を移した。

「立花殿と、高橋殿、戸次殿は募る話もあったはず……。

 おまけに命に別状はないらしいとはいえ、立花殿は寝込んでいる。お二方はせめて少しの間でも残らなくてよいのでござるか?」

 気遣うような島津の眼差しに、高橋と戸次は首を縦に振って微笑んだ。

「まだまだ未熟で頼りないですが、あの子……宗茂が必死に頑張っているのはよくわかりました。

 田中殿にも、島の皆様にも親切にしていただいているし、私達が残らなくても……いや、残らない方がきっと逞しくなってくれます。」

「高橋殿の仰る通り。……それに……。」

 珍しく戸次は唇を噛んだ。

「我々は人間ではない。力仕事が出来ぬ。正直、戦場のような今の島では足手纏いだ……。」

 俯く戸次。黙り混むモモンガ達。そんな中、待ち人が来た。

「皆さん。お待たせしました。」

 作業着姿で現れた田中は、手に紙袋と大きなプラスチックケースを持っていた。彼の目の下の隈を心配する皆に大丈夫、と微笑むと、田中は持参品の解説を始める。

「プラスチックケースは、空気穴が開いています。これなら閉所恐怖症の黒田さんも大丈夫だと思います。 紙袋には、奄美大島の動物写真集と専門書、島バナナパイ、それから……。」

「やったー!」

 田中を見る行人の眼差しは、餌を持って帰った親鳥を見る雛鳥のよう。

 彼は紙袋を受け取るとバナナパイを取りだし、パッケージを見て唾を飲む。

 しかし数秒後。彼はバナナパイから目線を反らし、田中に突き返した。

「……俺は家に帰れば直ぐにおやつ食べられるし……。避難所でみんなにあげた方がいいよな……。」

「避難所の皆さんには行き渡らない中途半端な量だから持ってきたんだよ。大丈夫だって!」

 固辞する皆へ必死にバナナパイを押し付けようとする田中だったが。お腹が鳴って、頬を赤らめた。

 その音を聞いた行人はバナナパイのパッケージを割くと、個包装のパイを取り出す。そしてその封を開けて田中の口に突っ込んだ。

「田中さんもちゃんと食えよ!」

「けほっ!」 

 バナナパイが喉に閊えた田中が落ち着くと。彼らは田中に頭を下げて飛行機に乗り込んだ。


――飛行機は満員であった。動物客室で島津達は普通の檻、黒田は田中に貰った大きなプラスチックケースに入る。

 一方、ビジネスクラスの座席についた行也は。声のボリュームを落としつつも厳しい目付きで行人に注意した。

「田中さんを心配したのはわかるが、いきなりパイを口の中に突っ込むな。 

 お年寄りだったら死んでたかも知れないんだぞ。」

「確かに悪かったよ……。家に着いたら田中さんに電話して謝る……。」

 彼はちいさな声でそう言うと、自分の膝を見て、悲しげにお腹をさする。

 それを見た行也は優しい声で言った。

「……お前もお前なりに気は使ったんだよな……。」

「……行人君、空港着いたら昼御飯食べよう! なんでも好きなの奢るから。」

「マジで! ありがたい!」

 前の座席からの友樹の声に満面の笑みで答えると、行人は鼻歌を歌いながら窓の外を見る。

 一方、光紀は貧乏ゆすりをしながらホワイトボードに文字を記した。

『取り扱い説明動物とは何なのでしょうね?

 加賀君は、安東実季の兜にはそんな動物は居ないと言ったらしいではありませんか。

 栗山さんと母里さんが幽斎さんの居候先を突き止めたのでそこを訪ねればよいのでしょうが。幽斎さんも知らないことがあると自己申告したと言う。

 兜の全ての事をご存知の方がいるのか不安です。気になって夢に出ます。』

 友樹もサラサラと返事を書く。

『そうだね。僕もヨッシー達が一体どういう体質なのか気になるよ。

 こないだ二日連続で出陣することになった時、ヨッシーは兜の補修をしてくれたんだけど、その兜を僕に渡した途端にふらついてた。次の日の昼まで寝てたし。

 元々疲れやすいし、また同じようなことがあったら病院に連れて行こうと思ってる。ヨッシーは嫌がっているけど。』

『兜は自己修復機能があるのでは?』

『限度があるらしいよ。そういう時に取り扱い説明動物が補修するらしいけど、どうやるのかは見せてくれないし、教えてくれないんだ。』

『補修には体の負担がかかるということですか……。』 

『そうみたいなんだけど、細川さんは大丈夫だったみたい。ラーシャ君も補修の様子は見せてもらえなかったと言うけど。』

『戦国武将の魂……というのが個体差に関わっているんでしょうか。細川忠興は健康で長寿でしたが、大友義鎮は平均的な寿命なものの、病弱説もあります。』『え……。』

 顔がこわばる友樹。

 一方、後部座席の行也は田中から貰った紙袋の中からレポート用紙を見つけた。

「これ、城井師範の子孫の方の話だ!」

「マジで!」

 栗山と母里は、城井の子孫が愛媛県の大学の教授、という所までは突き止めた。

 そして田中は知り合いのつてを辿ってその教授のプライベートな近況を聞いたのである。

「栗山さんも母里さんも、田中さんも仕事はえーな!」

 レポートの内容は一言でいうと。

「幸せな家庭です。」

 という話だった。

 兄弟は微笑んで長い息を吐くと、レポートを紙袋にそっとしまった。 皆でお昼を食べ終わると、行也達は帰宅した。その後行也は市役所、行人は学校へ。

 一方、光紀は駅でお土産をみつくろっていた。肩の明智は小さな声で呟く。

「結論から言うとスタンドプレーだ。こういうのは、足並み揃えて皆で行くべきだと明智は思うのだが。

 そもそも連絡も無しに突撃するのはどうなのかと……。」

「明智さんは主君殺しの割には常識的ですね。

 しかし、今回は私が動かないと埒があきません。

 行也と行人は物事をあっさり受け入れすぎて、謎を解明しようとする心に欠ける。

 友樹さんは社会人で忙しい。

 ラーシャ君も学校があるし、幽斎さんの話が家では出来ない。細川さんが暴れるので。

 神崎さんは龍造寺さんのこととバイト探しで頭が一杯。

 栗山さんと母里さんは、今度はまた違う任務があるそうですし、私が動かないと謎が解明されません。」

「まぁそうだが。ところで手土産は何にするのか?  ……先程ググルンマップを見たら、古いアパートのようであった。あまり裕福ではなさそうだ。

 したがって主食系が良いと明智は考える。子供が食べれるような味でな。

 留守の時の事を考えて、駅弁など日持ちのしないものは不可だ。」

 少しして、光紀は可愛い黒豚柄の箱を手に取った。

「ではこの鹿児島黒豚角煮レトルトカレーセットにしましょう。温めないで食べれるタイプですから、子供も自分で食べれますしね。」

 お土産を購入した光紀は、駅でタクシーを拾って幽斎のアパートへ向かった。 タクシーから降りた光紀。彼は小さな子供がすっぽり入るくらいのスーツケースを人力車のように引きずる。

 そして背負った大きな登山用リュックの重さに顔をしかめた。

「地球は独占欲が強い。自分から何もかも手放したくないから、こうやって圧力をかけて私達を縛りつけるのだな。」

 明智は呆れて言った。

「は? 地球の重力が無くなると荷物が重いとかそういうことをほざいていられない事態になるのだぞ。

 それよりその荷物を二階までどうやって持っていく気なのか考えろ。エレベーターは無いぞ。……あ!」

 明智の視界を金糸の束が横切った。

「そこの美しいお兄さん!」

 振り返った男は黒地に金の蒔絵柄のスプリングコートを翻し、絹の様に柔らかで艶っぽく微笑む。

「何のご用ですか?」

「貴殿は細川幽斎殿か? 」

「はい。そうですが。」

 言葉を続けようとした明智より先に。光紀は早口で言葉を連ねる。

「始めまして菊池光紀と申します兜の緒を結んで甲冑を装備することは人体に影響がないのですかそもそもどういう原理で変身出来るのですかそして黒田さん達はどうやって生まれ変わったのですか!」

 幽斎は光紀の顔を見て目を見開いた。そして彼を上から下まで観察した。

「……貴方は低体温かつ冷え性で、潔癖症ですか?」

「そうですが。何故わかったのですか?」

「今日は暑いのに、私と同じようにスプリングコートを羽織っているし、ポケットからウエットティッシュが見えました。

 それに……私の知っている方に少し面影が似ています。何代前からこの国にお住みですか?」

 光紀は、探求心の青い結晶の眼差しに少し怯む。彼は自分のした質問を忘れて回答していた。

「私の家は祖父の代から鹿児島生まれ鹿児島育ちです。」

「本当に?」

「はい。」

「……そうですか。お答えいただき、ありがとうございます。」

 幽斎は顎に指をあて、首を傾げたが。光紀と明智に部屋へ来るように促した。「このスーツケースは私が運んで差し上げます。」

 幽斎は片手で軽々とスーツケースを担ぎ、塗料が禿げて赤茶色の鉄錆びが拡がる階段を上がった。

 そして、スーツケースを置くと部屋の扉を開け、

光紀達を招き入れる。

 ボロい建物の割には、清潔感溢れ、明るい部屋であった。

 幽斎は映画のように鮮やかで美しい所作で茶を入れると。二人に告げた。

「取り扱い説明動物の正体は……兜のバックアップですよ。

 この国の空気があまりに汚いので生命の危機を感じた兜は、生命維持本能により、自分の一部を切り離した。

 何故モモンガなのかは不明です。しかし当時流行ったアニメソングを、兜を作った博士が研究室で流していたから、という説が主流ですね。

 そして、戦国武将の魂とは……。

 想定外の話に心も目も頭も揺らぐ光紀。そして思わず身を乗り出して話を聞く明智。

 二人を見据えて幽斎は話を続けた。

「戦国武将のDNAです。血判状、遺された甲冑に付いていた汗などからそれぞれの武将のDNAを抽出し、甲冑に混ぜたのです。」


 光紀は立ち上がり、目を見開いてグルグル部屋を回り出す。

 一方、明智はテーブルに飛び降りて幽斎を見上げた。

「何となく……兜と自分の体が関係していることは理解していた。

 明智は兜の時の記憶がある。森兄弟にスイカ割りのスイカ代わりにされたことを未だに覚えているからな。

 ……でも兜の一部だということは……自分の体が植物や鉱物の混ざりものだということか……。そんなことは知らなかった。おまけに生まれ変わりではなくて……。」

 下を向き、次の言葉を口の中で苦々しげに殺す明智。

 幽斎は茶を白鳥のように啜ると、淡々と補足する。

「……異物混入の劣化クローンですね。

 それから、武将のDNAだけでなく、動物の細胞も入ってますよ。因みにに武将によって配合が違います。ホタルイカとかカメとかの細胞が混ざっている方もいますよ。」

 思わず冷や汗をかいて自分の手を見詰める明智。

「明智殿は至ってオーソドックスな配合ですよ。元々此方側でしたからね。」

 幽斎は、席に戻ってぶつぶつ呟く光紀に視界をシフトした。

「光紀君。兜は人体に悪影響はないと思いますよ。特に貴方にはね。

 どういう仕組みなのか。それは自分で解明しなさい。貴方も科学を志す人間なら……想定外なことも受け入れる視野の広さを身に付けることです。」

 黙ったまま、組んだ両手を握りしめる光紀。

 幽斎は、下を向いた明智と光紀へ交互に青い目を向けた。

「さて。そろそろお引き取り願えますか? 弟子達と待ち合わせしているのですよ。」

「貴方は何とも想わないのですか……。」

 目を鋭いメスの様に光らせ、光紀は立ち上がった。

「こんな人の心……生きとし生けるものを踏みにじる道具を作って……科学者として貴方はおかしい! 

 勝手に複製された人々の心……そして自分の事を戦国武将の生まれ変わりだと誇らしげに語っていた黒田さん達の気持ちはどうなるのです! 私は貴方の仰有る通り科学者としては視野が狭いし発想力も同級生と比べても劣っている。

 しかし貴方みたいに恐ろしいことをしでかす発想力なら要らない!」

 明智を肩に乗せて、幽斎に憤りを語る背中を向ける光紀。

 部屋を出ていった光紀の背中に、幽斎は呟いた。

「その発想力は、貴方のお祖父様のものだと思いましたが……やはり他人の空似のようですね。」

 光紀が幽斎宅に着いた頃。

 市役所の壁の前に、行也と島津は居た。

 行也はレポート用紙を城井から返却されると鞄にしまい、愛媛の大学のHPが表示されたPC画面を見せる。

「この方が、師範のご子孫だそうです。」

 城井はPC画面を掴んで自分の目に焼き付けるように見つめる。そして少しして。穏やかな眼差しで行也と黒田を見た。

「……かたじけない。」

 行也と島津は慌てて手を振る。

「栗山さんと母里さん、田中さんが調べて下さったのです! 俺から師範のお言葉を伝えておきます。

 夏休みには毎年福岡にいらっしゃるそうですから、その時にこちらにも来て下さるよう頼んでみます。ありがたいことに友樹さんが……。」 城井は話を遮り、弓矢を渡した。

「子孫が幸せならそれで良い。それよりさっさと訓練を始めるぞ!」

「……人の気配が無い今のうちに変身するでござる。」

「はい!」

 行也は変身すると、弓矢を構える。

「もう少し、目線は上だ……そう。」

 こないだと同じように、行也の所作一つ一つをしっかり見つめ、指導する城井。

 島津は周囲に気を配りつつつ、ふと城井を見上げた。

「……!」

 彼は目を擦って城井を凝視した。

 島津の目に写った城井は。まるで穏やかな秋空の下の、落ち葉が舞い散る木のようであった。

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