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戦国DNA  作者: 花屋青
14/90

戦国ティーチャーズ

――翌週。

 友樹が車で迎えに来て、合宿へ向かう。その車内。

 友樹は少し目が赤く、顔に影が掛かっていた。

 心配する兄弟達に、友樹はぎこちなく微笑む。

「僕は大丈夫。それより細川さんが……。今日はこれないって。家に来てからずっとおかしいんだよ。

 表情が暗くて、引き込もってプラモデルやジオラマを作ったかと思えば、急に怒りだすんだ。」

 友樹は心配そうに続ける。

「食欲はあるし、体で具合が悪いところもないって言うし、熱もなかったけど……。」

「怒りっぽいのは元からですが、表情が暗いのと引き込もるのは心配ですね。

 ラーシャ君と会えなくなって寂しかったのでしょうか……。気分転換に、細川さんにはうちに来てもらいましょう。

 黒田先生や島津師匠がいれば話相手になるし。俺も非番の日には……。」

 友樹は首を激しく横に振った。

「うちのご飯でもたまーに厳しいこと言うんだよ! 行也君達じゃ難しいよ!」

「本当にめんどくせー!

 寂しくて友樹さんに八つ当たりしたんだろうな。

 まぁとりあえず合宿頑張ろうぜ!!」

「ああ!」

「うん! ……そういえば、この地図を見て思ったんだけど、これ大沢グループの敷地内じゃないかな……。」

「マジで? ところで昨日言ってたスペシャル教師って誰?」

「べっき……」

 眠っていたヨッシーが飛び起きた。

「べっきあきつらー!?」

「あ、アッキーとTさんって言う、教師ユニットじゃ!」

「ヨッシーはー! 黒田殿が嘘ついてると思うー!」

「誤魔化してるけど嘘じゃないぞ!」

 しばらくして合宿場だという城に着く。城はよく日本史の資料集で見かける和風の城であった。

 門をくぐり城内に入ると、高そうな紫色のジャージを着た二人の男が現れた。

 一人は三十台前半くらいのストイックで質実剛健な雰囲気の長身の男、もう一人は五十代前半くらいの中肉中背の男。

 二人とも知的で意志が強そうな目をしていた。

「キェェえああひぃー!」 友樹は男達を見た途端、声をあげて兄弟の腕を掴み、背を向けて走りだそうとする。

 その瞬間。五十代の男が笛を吹いた。

 三十代の男は友樹のベルトに長いひもつきフックを投げて引っ掛け、ずるずる自分側へ手繰り寄せる。

 友樹は高速ベルトコンベアーに載せられたが如く男の方向へ向かって行く。

「ぎゃあぁひぃぇぁー!」

「友樹さん!」

 兄弟は友樹の元に駆け寄ると手を持って引っ張った。しかしフックをかけた男は、必死に友樹をたぐりよせようとし、もう一人の男も加わった。

「みんな! もうやめろ!」

 黒田と島津は叫び声は皆に聞こえない。兄弟は怪力であった。三十代の男は踏ん張っていたが、五十代の男は引き摺られる。

 男達は仲間を呼んだ。

「伏兵さんいらっしゃーい!」

 兄弟対三人の男性の綱引き(友樹引き)となる。

「友ちゃん大丈夫ー? じゃないよねー。」

 ヨッシーはフックを外そうとするが、なかなか上手くいかない。

 両方から引っ張られて白眼を剥いて虫の息の友樹を見た行也は、苦しげに言った。

「昔々、育ての親と産みの親が、子どもを引っ張って取り合ったことがあった。」

「こんな時に何で昔話をー!」

「この状況に似ているからだ。痛がる子どもを見た育ての親は、可哀想に思って手を離した。大岡越前は、育ての親の、子どもを思う気持ちを感じて、育ての親を真の親とした。」

「だから何だよ!」

「友樹さんが苦しそうだから手を離そう。」

「その一言でいいじゃねぇか!」

 兄弟は手を離し、友樹はフック男達に回収された。 五十代の男は、友樹に鋭利な扇を突きつける。

「まだ近づくな。彼の命が惜しければ三十分後に追いかけてくるがよい!」

 男達は友樹を担いで奥へ消えた。黒田は腕を突き上げて叫ぶ。

「予定と違うが……まぁいいか。友樹を助けるのじゃ!」

「ちぇすとー!」

「でも三十分待たないと行けないんだよな! ヒマだ。」

「トイレに行って、それから準備運動をしておくでござる。」

 兄弟は入り口脇のトイレに行った。

――兄弟がトイレに行っている頃。友樹は大広間に連れて行かれた。

「私達は戦国ティーチャーズ。お前を今からテストする!」

 紫色の甲冑を着た五十代と三十代の二人組の男は、不思議なポーズを取る。

 友樹は二人を知っていたので話しかけたくなったが。二人が真面目な顔でキメポーズをしているので、空気を読み気付かない振りをして指示に従った。

 三十代の男は奥へ消え、五十代の男がテスト監督に。

 テストは射撃。友樹は標準装備の刀の他に、鳥の模様のライフル銃を持っていた。

「何で僕は銃を前回使わなかったんだろう!」

「……友ちゃんは前回パニクってたからー。ちなみに友ちゃんの銃は人を殺せる程の威力はないよー。」

 テスト内容はべルトコンベアー上の的を打ち落とすというもの。的は全部で五つ。それぞれ得点が違う。カステラ十点、 コンペイ糖二十点、 地球儀三十点、 火縄銃四十点、 戸次道雪マイナス百点。

「今回は撃っちゃいけないのがあるから、狙い撃ちに適したコンペイ銃にしよー!」

「コンペイ銃?」

「うん。コンペイ糖を飛ばす銃だよー。手順はねー。 まず兜をこすって、ひきちぎるー。そしてそれをこんぺい糖のよう丸めて、ここの『銃弾入れ』に入れるー。」

 友樹は、じゃらじゃらと銃弾入れにコンペイ糖の弾をいれた。

「ここの温度計みたいなメモリに(四十発)て出てるでしょー。四十発まで打てるよー。」「前持って作っとくことって出来る?」

「ムリ。一度作っても、変身を解除すると、余った弾は自動的に兜に戻っちゃうのー。」

 ヨッシーは続けて言った。

「それから兜は無限にひきちぎって使えないよー。

 自己修復出来るけど、あまりゴソッと削ると自己修復のスピードが間に合わなくなって修復出来なくなっちゃうー。」

 しばらくしてティーチャーはテスト開始を告げた。

「青いゾーン内から撃て。二分で百点分が合格だ! スタート!」

 高らかな笛の音が、天井の高い大広間に響く。それと同時に日田下駄模様のベルトコンベアーがぐるぐる回りだした。

 ティーチャーはボタンを押す。

 友樹の周囲の青いゾーンが横長で帯状のトランポリンになり、ベルトコンベアとは逆方向にゆっくり動く。思わず友樹はよろめいた。ぐにゃぐにゃへこむ柔らかい床ではしっかり踏ん張って撃つことが出来ない。

「歩き辛いしどうしよう! ……そうだ。」

 友樹はリズミカルにピョンピョン跳ねながら銃を撃つ。コンペイ弾はほんのりときらめきながら、的に辿り着く。何発かは外したが、何とか目標点には達した。「やるじゃないか! 次は食料ゲット射撃! ぼ……お前達の昼飯だ!」

 距離は同じだが的が凄く小さくなる。

 的は皿立てに立掛けられたハート型の皿。食材名が書いてあり、それが何十枚もベルトコンベアーにのっている。

 友樹の足下の地面は砂場に変化した。足を砂に取られる、走りにくい地形だ。

「皿に書いてある食材は、銃で撃ち落とすと入手出来る。三分で十品目以上を手にいれろ! スタート!」

「ヨッシー、他に弾丸ってないかな?」

「あるよー。同じ銃で切り替えて使うのー。」

ヨッシーは続ける。

「銃を構えると、一番手前に小さなマウスピースがあるでしょー。トランペットのやつ見たいなー。そこに息を吹きこんで! 吹き込んだ量で連発出来る回数が違うよー。」

 友樹は思いっきり息を吹き込んだ。

「こ……れで……いい?」

「うん。二十発かー。友ちゃん肺活量がないねー。」

「あと一分ー!」

「え! まだ一品もゲット出来てないよ!」

 友樹は慌てて銃を構える。

「なんだろうこのダイヤル。『弾丸の幅』?」

 とりあえず友樹は、空気銃の銃弾の幅MAXより一段階下で一発撃った。彼の肺活量ではこれが限界。

 巨大な風の銃弾(というか強風)がベルトコンベアー上の皿を床に叩き落とす。

「……やった! 数十枚一気に落ちた! だけどもう弾切れかな。」

「やったねー!」

 ハイタッチをするヨッシーと友樹。しかしティーチャーは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「これでは吹き飛ばしただげではないか!」

 友樹は熱した釜に触れたかの如くビクッと体を引っ込めつつも、しどろもどろに言った。

「ぼ、僕はっ! この空気銃の最大幅より一段階下の銃弾で、皿を一気に撃ち落としたのです! じ、銃弾が大きすぎてただの風に見えただけですっ!」

 ティーチャーはため息を吐いた。

「全く坊っちゃんは情けない! ちょっと相談してくるから待ってて下さい!」 ティーチャーは奥の部屋へ入っていった。

 数分後。ティーチャーはため息をつきながら帰ってきた。結局、友樹は合格と言うことに。一枚づつ落とせとは言ってなかったからである。

 ティーチャーは友樹に告げた。

「皿は四十八枚。後で四十八品目で料理を作れ。それまで大友殿の身柄はお預かりする。」

 ティーチャーはそう言うと、ヨッシーをそっとつまみ上げた。

――友樹のテスト終了後。兄弟は黒田の指示で城内を進む。

 暫く歩くと『演習場』の札があった。ノックをして襖をあけると先ほどの二人の男がいる。

 彼らは兄弟達の鎧の色違い(紫)を着ている。

 その兜には『先生』という漢字が掘られた飾りが正面についていた。男達はそれぞれ名乗りをあげる。まずは五十代の男。

「雷さえも切り裂いて! 戸次道雪、道を説く!」

 続いて三十代の男。

「苦しい時こそ忠義を貫く! 高橋紹運、道理を実践!」

「二人は! 戦国ティーチャーズ!」

 兄弟も変身した。

「友樹さんを返せ!」

「忘れてました。ちょっと待っていなさい。」

 高橋ティーチャーは奥の部屋から友樹を連れてくる。アッサリと友樹は返却されたが、ヨッシーがいない。友樹は弱々しい声で言った。

「ヨッシーを返して貰えないんだ……。」

「なんだってー!」

 戸次ティーチャーは手を上げて叫ぶ。

「返して欲しくば私達と戦え!」

 黒田と島津は行也達をぐるりと見回して言った。

「ワシらは今回はアドバイスしないぞ。自分で考えて戦うのじゃ。行也は一〇八計、友樹は銃をそれぞれ使用禁止とする。」

 三人は戸惑った。

「え?」

「まじかよ!」

「ど、どうやって戦えと……。」

 刀! と全員に突っ込まれた友樹は隅っこでテニスのような素振りを始めた。 一方、島津は行人を見上げて言った。

「行人殿、技を授ける。

『島津弾丸斬』だ。空から弾丸を切り抜いて、押しだすイメージで刀を動かすでござる! 十文字斬より効果範囲は狭い分攻撃力がある。

 ただ、体力の消耗が十文字斬りより多いでござるよ。」

 兄弟は高橋、友樹は戸次に刀を構えて走る。 

 しかし。

「戸次! 矢文の雨!」

 手紙のついた大きな透明の矢が兄弟達の斜め上に一本放たれ、それが分裂し全員に向かって横殴り雨のようにザアザアと降る。

「あひぃー!」

 友樹は目に雨を浮かべ頭を抱えて兄弟の方へ逃げ戻った。

「島津十文字斬!」

 行人は十文字斬の風圧で矢を落とし、兄弟は高橋ティーチャーと白兵戦可能な範囲に近づく。

 一方友樹は震える手で刀を握りしめ、内股でキョロキョロウロウロ。

「こっちだ!」

 戸次ティーチャーに叱られた友樹は。体をムーンウォークさせてそーっと立ち向かう。

「こっちから行くぞ!」

 戸次ティーチャーは刀を友樹目掛けて降り下ろす。やや重い一振りをなんとか受け止めたものの、友樹の手は炭酸水をかけられたようにシュワシュワしびれ、下方向への力を思いっきりくらう。

 ティーチャー達は力強く熟練した刀捌き。特に高橋ティーチャーは今までの敵よりも隙がない。刀を線でなく面と錯覚する程。

 演習場は鍛冶屋のように金属音が響き渡り、メタリックの軌道が何本も空間を引っ掻く。

 あまり武力プラス効果のない黒田の兜の行也は、高橋ティーチャーが片手だと言うのにやや苦戦。危ないところを行人に救われる。

「俺と友樹さんが高橋担当! 兄貴がアッキー担当な!」

「すまない!」

 行人は、転がり落ちる岩の群れのように激しくも堅固な太刀筋の高橋ティーチャーを引き受けた。

 一方行也は友樹と戸次ティーチャーに割って入り、友樹は高橋ティーチャーの方へ。

 行也は戸次ティーチャーの兜を狙うが。

「白耳壁!」

 白く美しい一つの貝が無数の貝に増え、戸次ティーチャーを覆い、刀を受ける。貝は戸次の身体全体をドームのように包んでいた。隙間もほんのわずか。刀を差し入れるのは無理。

 呼吸を整えた戸次ティーチャーは貝を解いて斬りかかる。二人は何合か振り子と振り子がぶつかり合うように刃を交える。

 しかし、つばぜり合いになったり行也が優勢になると白耳壁を使って呼吸を整えられてしまうのでラチがあかない。

 行也は思い切って戸次に背を向けて軽く走った。

「逃げるな!」

 戸次ティーチャーが貝を解いて背を向けた行也の兜を狙う。銀色の尖光が行也の頭上にのし掛かる直前。

 行也は戸次の刀を横っ飛びで避けた。上から下へ高速で走る刀は固い床に衝突。戸次ティーチャーの手には質量とスピードを併せた衝撃が波のように駆け抜けた。

 彼の手がそれに耐えきれず刀を取り落としたと同時に。

 逆に自身の頭上へ刀が勢いよく振り下ろされた。

「チェスト!」

 行也は横っ飛びした後すぐに体を捻り戸次ティーチャーの兜を上から叩いたのである。

「……お見事。」

 よろけつつ戸次ティーチャーは拍手をするが。兜は『合格』と文字が浮き出る以外、何も変わらない。

「透明にならない……。」

「この兜は戦国ティーチャーズ用だから、頭部を叩かれても眠りにつかないし、相手の兜も眠らせることが出来ない。

 ところで先程は背を向けていたのに、何故こっちの動きが分かった?」

「刀をバックミラーがわりにしました」

「そうか。黒田殿の兜の刀は『圧切長谷部』と言って、信長公から授けられた、抜群の切れ味で有名な刀だ。刀身も美しい。それを生かしたのだな。」

 行也は戸次ティーチャーの話はうわの空で、苦戦中の行人と友樹を見ていた。

 行人と高橋ティーチャーの刀は、雄叫びを挙げているかのような音を奏でながら空間を飛び交う。

 一方、友樹は刀を握りしめて震えていた。

「行人!」

 戸次ティーチャーは行也の腕を掴んだ。

「助けてはならぬ! これは修行だ。微妙に手加減は頼んであるから、酷くても肋骨二本骨折くらいで済む。」

 行也は無言で行人達の元に走った。だが、行人は高橋から間をとりながら叫ぶ。

「兄貴は手だしすんな! これは俺達の戦だ!」

 行也は彼の力強い眼差しを見て深く頷いた。

「分かった! 戸次ティーチャーが何かあったら肋骨二本骨折くらいとおっしゃったから心配だったが……お前の決意がそこまで堅いなら止めない。がんばれ!」

「えっ……。」

 一瞬顔がひきつった行人に、高橋ティーチャーは穏やかに微笑んだ。

「貴方はよい心がけだ。さすが島津殿の兜の所有者。……岩屋城ボンバー!」

 高橋が刀で、一つの岩を真上に投げて下から刀で突き上げる。

 その岩が巨大化し、四方向に分裂。巨大な岩が行人と友樹を襲う。

「ぎゃぁぃびぃぉー!」

 友樹は背中に岩をくらい、前のめりにこけた。そして顔がウサギのように真っ白になって立てなくなる。 一方、行人は刀を振るう。

「島津十文字斬!」

 岩は砕けたが、破片は蜂のように彼の体をバチバチ刺す。

「ぐぁっ!」

 行人が破片に気をとられている間に高橋ティーチャーは距離を詰めていた。

 頭部に力強い気配を感じた行人は、何とか高橋ティーチャーの刀を防ぐ。

 その後も二人は何合も斬り合った。

 冷たく甲高い音が静まり帰った演習場に響く。

 行也、黒田、島津はその様子を固唾を飲み込んで見詰めていた。

 一方、戸次ティーチャーは。手を叩きながら叫んだ。

「やれば出来る! 出来る! 出来る! 出来る!」

「静かにしてくれないかのぅ!」

 黒田に注意されて戸次ティーチャーは黙った。

 そんな中、友樹はやっと背中の痛みが収まってきた。

 だが足が震えて、立つだけで精いっぱい。彼は行人がピンチになるたび、苦しそうに目を反らす。

 そして暫くして。行人も高橋も疲労が濃くなってきた。刀も弱々しい音。

 高橋は逆の手に持ちかえ、また斬り合う。

「十二時か。そろそろ行人は限界かな……。」

 時計を見た行也の予想は的中した。

「お腹がすいて、力が出ない……。」

 行人が膝をつく。その時だった。

「きぇぇぃー!」 

 友樹は目をうっすら開けて高橋ティーチャーに斬りかかる。

 しかし彼は薄力粉のようにアッサリふんわり吹っ飛ばされた。ヒキガエルのようにひっくり返った友樹に高橋ティーチャーは渇を入れた。

「その意気です! さあもう一回!」

 友樹はまた立ち上がると、刀をテニスラケットのように振りながら、ヨロヨロと斬りかかった。

 しかしまた簡単に吹き飛ばされる。

「立ちなさい!」

「と、とぉりゃー!」

 その後も何度か斬りかかるがその度吹っ飛ばされて、友樹は立てなくなった。

「これで終りですか!」

「友ちゃーん! あと一回! あと一回! あと一回!」

 荒い息で這いつくばる友樹の耳に入ったのは。遠くからヨッシーの声と手拍子。友樹は声の糸を手繰り寄せ、見上げた。

 そこには疲れた表情のヨッシーがいた。ふらつきながらも一生懸命手を叩いている。

「ヨッシー……。一か八か、やってみるよ。」

 友樹は日記を思い出した。最後の力を振り絞って高橋ティーチャーに向かって走る。距離が詰まる。スライディングだ!

「たあぁあああー!」

 しかしアッサリよけられ。そのまま友樹は明後日の方向へ。

「あぁれぅぇー?」

 高橋ティーチャーが通り過ぎて行く友樹を目で追い掛けて首を傾げている所に、行人は背後から斬りかかった。

「隙あり!」 

 行人は高橋ティーチャーの兜を思いっきり叩いた。兜に合格という文字が浮かびあがる。

「そこまでだ!」

 うぐいす色の知的で頑固そうなモモンガが終了を告げた。クリーム色の誠実そうなモモンガも出てくる。 ヨッシーはモモンガ生に疲れたようだ。入ってきた二匹を見ながらため息をつく。

「ヨッシーはー……もう……かえりたい……。」

 ウグイス色のモモンガがヨッシーに怒鳴る。すごく怖い。

「何が『ヨッシーは〜』です! もっとしっかりして下され!」

「戸次怖いよー。あっちいってー!」

 クリーム色のモモンガもヨッシーに声を荒げる。こっちも怖い。

「戸次殿はヨッ……殿様を思って諌言なさっているのです!」

「高橋も怖いー! もーヨッシーはー! 帰るー!」

 飛び出したヨッシーを友樹は捕まえて、カゴに入れた。戸次モモンガは話を続ける。

「今からお昼だ。友樹殿、料理の時間だ。行ってくるがよい。」

「はい……。」

「助手は一人まで連れて行ってよい。このあみだくじで決めろ。」

「待ってください! 二人ともフラフラです。俺が行きます!」

 行人は行也を制すると、立ち上がって力強く言った。

「いや、ぜひ行かせてくれ! こういう時こそ立ち上がるのが戦士と言うものだぜ! な! 友樹さん!」

「う、うん。」

 島津も心配したが、水分補給させたあと、脈、体温などをチェックし、大丈夫そうという結論になった。 戸次モモンガは暖かい表情でミュージカルのように大袈裟に両手を高くかかげて言う。

「何と勇ましい若者よ!

 さぁ! 調理場という戦場に行くがよい!」

 高橋モモンガも。

「その苦難に挑む心がけ! 私達はしかと見届ける!」

「そーんなピュアな奴じゃないぞ! アハハフヒヒ!」

 黒田は笑いだして皆の顰蹙を買った。


――友樹と行人は奥の調理室へ行く。調理室に到着した二人は、色とりどりの食材を確認。四十八種類の食材を使いきって料理を作らないといけないのだ。

 ちなみに山田兄弟達の時代は海の汚染により、魚やワカメなどはすべて室内で人口養殖。漁師はいない。 きのこも土の重金属をすいあげやすいので、特殊な工場で生産されている。


「そういえば友樹さん、ティーチャーズって知り合いなのか?」

 友樹は窓の外の緑の木々を見つめながら言った。

昔、キャンプに連れて行ってもらった、あの場所を思い出す。

「うん。……戸次ティーチャ―は花立さんて言うんだ。千代姉……花立先生のお父さんだよ。

 僕のおじいちゃんに恩があると言って、子供の頃は、キャンプに連れてってくれたり、色々目を掛けてくれた。男の子がいないから 、息子みたいなものだと言ってくれる。

 怒りっぽくて暑苦しいけど、本当は優しい人だよ。」

 彼は懐かしそうに続ける。

「高橋ティーチャー…高木さんは、僕がカツアゲにあった時、助けてくれたんだ。厳しいけど、穏やかで強くて僕もあんな風になりたい。

 でもやっぱり会社だと厳しいから怖くて、見つけると逃げちゃうけどね! ………って聞いてない! バナナ食べてるし!」

「このバナナ、マジうめぇ! ……ってこれが最後の一本か……。」

 行人はバナナを見て言った。

「良いこと思い付いた! 皮を炒めてきんぴらにしよう! 食物繊維たっぷりだぜ!」

「……そんな料理聞いたことないよ。」

「俺達が料理の未来を切り開くんだぜ!」

「そんな未来嫌だよ!」

「でも、品目が足りなくなるぜ。あの二匹は几帳面くせぇんだよな。勘だけど。」

「バレたら考えようよ!」

「そうだな。」

 彼らは料理に取りかかった。

「友樹さん、料理できねぇの? まぁいいか! 教えてやるよ! 

 で、何か食べたいのはあるのか?」

「ありがとう! 果物系とかあっさりしたものがいいな。」

「じゃあフルーツポンチ作るか!」

 行人は笑顔で肉の塊を見つめる。

「……それにしても、すげーうまそうな肉! ステーキにするぜ! あとビーフカレーもいいな!

 だけど材料が大量過ぎて面倒くせぇ。あとはぜんぶピザにしよう。」

 料理がそこそこ出来る行人がテキパキと指示、指導してそこそこ順調にピザを作って行く。しかし。

「チーズがもうないよ。」

「じゃあ残りは鍋だな。」

「……今は夏だよ?」

――焼肉、大量のピザと鍋が完成した二人は、調理室に皆を呼び寄せた。

「ワイルドだけど美味しそうじゃのぅ。夏に鍋って言うのはアレじゃが」

 ピザは、当たり外れが大きかったが、概ね好評。

 ……しかし。戸次モモはドスの聞いた声で言った。

「一品目足りないぞ。」

 彼は几帳面だった。行人の予感的中。高橋モモも。

「バナナですな。あれは王室御用達の伝説の逸品。」

「バナナは全部俺が食べた。美味しかったぜ。悪かったな!」

 行也と島津は絶句した。友樹は行人をフォローする。

「でも行人君がテキパキと指示してくれたり、率先して作業してくれたから料理が完成したのです。それに品目数は足りていますよ。バナナの代わりにあるものが入っています!」

「あるもの?」

「真心です。」

 その真心は通じず。

 結局、彼らは罰として城の回りを一周分走ることになった。

 午後は高橋ティーチャーによる、刀の指導だった。

「高木殿に指導していただけるなんて、幸福の極みであるな。」

 戸次モモンガが言うには。高橋の兜の所有者、高橋ティーチャーこと高木さんは、高校、大学と剣道の全国大会で優勝し、オリンピックでも団体で金メダルを取ったという。

 刀も剣道と平行して学んでいたそうだ。去年引退したが、会社帰りには道場で指導をしているらしい。

 兄弟は感嘆の声をあげた。

「そう言えばテレビで拝見しました!

 オリンピック決勝での一本はお見事でした!」

「俺もどっかで見たなぁって思った!」

 訓練が始まり、集中して素振りをする兄弟に対し友樹は二十分くらいでフラフラ。ヨッシーは一生懸命手を叩く。

「あと一回! あと一回! あと一回!」

 島津は一人、少し離れたところで三人を見守っていた。


――城がオレンジ色に染まると、合宿は終了。

「ありがとうございました!」 ティーチャーズは友樹に臣下の礼っぽいポーズをとった。

「これは殿に。」

 戸次ティーチャーは白い貝を、高橋ティーチャーは黒い岩を、それぞれヨッシーの被っている兜に張り付けた。

「これは何ですか? 花…戸次ティーチャー!」

「戦国大名の戦士は戦いに勝てば部下の技を得ることが出来るのです。微妙に効果が違うらしいですが。」 戸次ティーチャーは苦笑して続ける。

「まぁ二対三でしたし、坊っちゃんはあまり役に立ってなかったですがな。これから頑張りましょう。」

「すみません……。」

 項垂れる友樹に戸次ティーチャーの肩の戸次モモンガは目を細め、優しい眼差しで励ました。

「確かに。だが最後は必死さが伝わった。次に繋がるであろう。精進するがよい。」

「は……はい!」

 やつれていた友樹の表情は少し明るくなる。

 一方、行人は口を尖らせた。

「俺達にもくれよ!」

 戸次ティーチャーは首を振る。

「無理だ。戸次道雪殿と高橋紹雲殿は島津氏にも黒田氏にも仕えていないからな。むしろ島津氏とは宿敵。」

「だから、ヨッシーは師匠が嫌いなのか! 戸次モモと高橋モモはよく我慢したな!

 ……ところで、戦士の乗り物を貸してくれると聞いたんだけど、何?」

 戸次ティーチャーは訓練日記にスタンプを押しながら答えた。

「きょうは二ポイントだから……大人気! ライキリシリーズの光る竹馬をプレゼント!」

「いらねー!」

 高木はがっかりして座り込む行人に、竹馬の説明をした。

「只の竹馬ではないぞ。この竹馬は全体がガラスのように透明で、中身が雷のように光る。遠くから見ると、雷の竹馬に乗っているように見えるんだ。」

 竹馬を袋から出す高木。窓から指す夕日を受け、透明な竹馬はキラキラ光る。

「きれーだな!」

「電動モードだと、センサーが働いて二本の棒が勝手にバランスを取ってくれる。エアバックも付いている。

 ただ残念ながら、海風で電池が傷むから海上では使えない。 

 因みに竹馬の色は、赤、黄色、青、白、緑、水色、紫、ピンクの八色だ。」

「じゃー俺は黄色!」

「友樹さんは何色にしますか?」

「僕はいいや。車もバイクもあるし。竹馬は苦手。」

「では俺は赤を下さい。」

 三人は頭を下げると演習室を出た。襖を閉めた直後。

「襖から離れろ!」

島津の叫びの直後。ブスッ! と襖から音がした。全員目を見開いて振り返る。

 襖には槍の穂先だけが生えていた。演習室の中から伸びた槍が、襖を貫いているのだ。しばらくすると槍はするすると動き、文字を刻む。

「オツカレサマ 」

 文字からは、血のようなものがしたたり落ちる。

 行人と友樹は絶叫した。

「ギャアぁ何だこれー!」

「あひぃぁァあぉ!!」

 行也は携帯で動画を取った。

(ラーシャ君は怖い話が好きだって言ってた。きっと喜ぶだろう。

 しかし、ラーシャ両親に二度と関わるなと言われたことを思い出し、メール作成の手を止めた。

(俺達に関わらない方が幸せかもしれない……でもこんな動画はなかなか取れないだろう……。

 そうだ、サンタさんからと言うことにしよう。)

 結局彼はサブタイトルに『サンタからの贈り物』

と言うタイトルをつけ、

本文は無しのメールを送った。

(余計な言葉はいらない。シンプルが一番だよな。ラーシャ君が喜んでくれますように。)

 満足気に微笑む行也。しかしこの不審メールが、話を余計こじらせることになるのだった。

 城の外に出た行也達は、オレンジ色の世界を歩く。

 ちなみに友樹は、無理矢理竹馬を押し付けられた。 夕焼け色の背景と同化した竹馬を見つめ、友樹は口を開く。

「この竹馬って道路交通法に引っかからないんですか? 

 僕のバイクや車を行也君や行人君にあげた方がいいかなと思うんですが。」

「……お気持ちはありがたいのですが、さすがにいただくのは申し訳ないです。それに俺達は免許を持ってなくて。」

 黒田は七法全書(兄弟達の日本では七法)を暗記しているので解説する。

「高速竹馬は、車道を走れば大丈夫じゃ。竹馬は免許がいらないしな。最悪、自分で動かしてる振りをすればよい。

 ただ交通量が多い車道は危ないから、その場合はスピードを落として歩道を走るしかないのう」

 黒田は続ける。

「まぁ、友樹にいちいち来てもらうのは効率が悪いから、当座は竹馬で何とかするしかない。」

「とりあえず竹馬を使うとしても、行也君と行人君も、免許は取っておいた方がいいと思うよ。

 うちの系列で良ければタダで出来るよう手配するから。」

「マジ? ありがたい! やったな兄貴!」

ガッツポーズをする行人に、行也は首を振る。

「タダは駄目だ。お前一人分くらいなら払える。俺は竹馬でいい。子供の頃から竹馬は好きだったし。」

 不満げな行人のために黒田は助け船を出した。

「ワシとしては、ここは友樹の好意に甘えて欲しいのう。やっぱりバイクや車の方が安全で早いしな。竹馬は小回りが効くという利点はあるがの。」

 黒田は行也を諭すように続ける。

「行也、使えるものはコネだろうが何だろうが使うべきじゃ。人生、ある程度厚かましい方が得じゃよ。」

 行也は断ろうと思った。しかし。

「貧民スパイラル」と言うフレーズがちらついた。

「……わかりました。

友樹さん、ではありがたくご好意に甘えさせていただきます。どうぞよろしくお願いします!」

「うん。明日、パンフレット送るから!」

「やったー! 師匠! 免許取ったらどっか連れてってやるからな!」

 島津は珍しくぼーっとしていた。

「……すまない。何でござるか?」

「免許取ったら俺がどっか連れてってやるって話! ……師匠は元気がないな。大丈夫か?」

「大丈夫でござる。」

「ならいいけど」


――帰宅後。

「ちょっと神社に行ってくるでござる。」

「……じゃあ俺も!」

 何となく、行也はついていこうとする行人の腕をつかんだ。そして五円玉を四枚、島津に渡す。

「夕飯が出来るころには帰ってきてください。それから、これお賽銭です。

 ついでに俺達の分を祈って来ていただけるとありがたいです。」

「わかったでござる。お賽銭、しかと預かった。ありがとう。」

 島津は小さく頷いて、ゆっくり歩いていった。

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