1-25 枢機卿会議と砂漠の決定
教会本部 枢機卿会議室
視点:ラファエロ・アムネジア(調停派)
「議題は、エリシア・フォン・グランディールの次なる巡礼先について。砂漠地帯の修道院を候補とする案が、教会本部より提出されています」
私は静かに告げた。
円卓には、八人の枢機卿が揃っている。
格式を重んじる保守派、現場を重視する実務派、そして私を含む調停派。
空気は、いつも通り重い。
紅茶が欲しい。
「砂漠など論外だ。あの地は精霊信仰が根強く、教義の統制が困難だ。我々の秩序が通じる場所ではない」
ヴォルフガング・ルードマイヤーが、脳天の光沢を反射させながら声を上げた。
エリシア曰く、"ザビエル風の髪型"が揺れるたび、格式の重みが空気を圧迫する。
「秩序は確かに重要だが、現場の混乱を放置する方が、よほど教会の威信を損なう。水源の利権を巡って、修道院と獣人部族が対立している。放置すれば、信仰そのものが疑われる」
セシリア・アーバインが、眼鏡の奥から冷静に言い放つ。
彼女の言葉には、常に数字の裏付けがある。
援助金の配分を握る彼女に逆らうと、地方教会は干上がる。
「ふむ……精霊信仰との接触は、確かに難しい。だが、エリシア嬢ならば、交渉の余地を見出すかもしれん。あの者は、秩序を壊さずに変革を起こす術を持っているようだからな」
グレゴリウス・アルダムが、長い髪を撫でながら静かに語った。
最年長の枢機卿。
その言葉には、時の重みがある。
保守派の筆頭でありながら、変化の必要性を理解し、柔軟な思考を兼ね備える稀有な人物。
「彼女は、まだ十七歳です。ですが、教会が百年かけて動かせなかったものを、三年で揺らしました。紅茶を淹れる手つきも、もう一人前です」
私は、静かに微笑んだ。
エリシアは、私の茶仲間であり、教会の…いや、もはやこの帝国の未来でもある。
「では、決を取りましょう。エリシア・フォン・グランディールを、砂漠地帯の修道院へ派遣することに賛成の方は」
円卓に、静かに手が上がる。 グレゴリウス、セシリアと実務派、そして私と調停派。 ヴォルフガングは、最後まで眉をひそめていた。保守派筆頭のグレゴリウスが手を挙げたのは、保守派にとってかなり痛いだろう。
「……多数決に従う。だが、このままでは聖女庁も黙ってはいまい。秩序が乱れれば、砂漠地帯から我らが神の信仰そのものが崩れる可能性も考えなければならん。」
「その時は、紅茶でも淹れて落ち着いていただきましょう」
こうして、エリシアの次なる舞台は決定した。
砂漠の修道院。水と信仰と、交渉の地。
紅茶の女王は、静かに茶葉を選びながら、次の一手を見据えていた。




