X-2 公爵、娘に敗北する
グランディール公爵邸・書斎
視点:バルバロッサ・フォン・グランディール
「エリシア。お前、今なんて言った?」
私はペンを落とした。
いや、落としたというより、手が勝手に逃げた。するっと。
目の前の5歳児が、資料の束を抱えてなんかわかんないけど兵站の再編について語っている。
しかも、語尾が完璧に商業用語。
「こちらは南部水路の活用と、馬車隊の稼働率再計算の一次案です。流通経路を根本から見直すべきと判断しました。教会経由の流通は、政治的リスクが高いので遮断を検討すべきかと」
……誰ですかあんた。
いや、娘だ。間違いなく。
かわいい。かわいいんだけど、昨日まで「お花の精さんはどこですか?」って言ってた子が、 今日は「教会への供給の遮断を検討すべき」とか言ってる。
うん、確かにこの国は教会の力が強い。中には汚職で私腹を肥やしている者もいる。
この子はそこを突いている。
流通の過程で横流し等発覚すれば、我が公爵領にも飛び火がかかると考えている。
私も長年、そのことに頭を悩ませている。
我が公爵領の小麦は、帝国国民の為に存在するのであって、教会のクソじじいどもに中抜きされるものではない。
「……エリシア。何か変なものでも食べたか?」
「焼き菓子です。糖分は思考の燃料ですから」
……正論だが、5歳児が言うセリフじゃあない。
いや確かに頭使うと甘いもの食べたくなるけどね。
私は椅子に沈み込み、娘を見つめた。
その目は、まるで“会議室で数字を叩き出す宰相”のそれだった。
なんだこれは。ちょっと試しに聞いてみようか。
「では聞くが…領地の穀物備蓄を三日で再編するには?」
娘は一拍置いて、さらっと答えた。
「現在流通や備蓄倉庫番に携わっている者の多くは代々その仕事に従事しており、今となっては一から備蓄倉庫、備蓄量を大幅に変更するような再編は実質不可能です。ですが再設計なら可能です。まず現状の倉庫配置を地図で可視化し、搬出ルートの優先順位を再定義。使用人と運搬経路の動線を最短化すれば、実働五日以内に収束可能です」
私はペンを拾うのを諦めた。
この子、天才だ。いや、天才というよりおそらく“前世持ち”だ。
何百万人かに一人、そういう子供が生まれると聞くが…。
しかも冷静で聡明、…ちょっと怖いけど。
でもかわいい。
「……エリシア。お前は、何者だ?」
「父上の娘です。あと、帝国の余剰を最適化する者です」
……なんて?なにその肩書き。
私は思わず笑ってしまった。
この子はどこまで本気なのか。
だが、そんな娘が――たまらなく愛しい。
「よし、わかった。お前はこの家の戦力だ。好きに動け。ただし、ちゃんと食べて、ちゃんと寝るんだぞ。それだけは父として命令する」
「承知しました。父上の命令は、最優先事項です」
「よし、じゃあまずは焼き菓子を食べながら税収の話をしようか。 ……いや待て、この焼き菓子にももしかして一家言あるのか?」
「勿論です。焼き菓子に使用される純度の高い砂糖の製造方法と秘匿方法から――」
「ヤメテー!」
とーちゃんそんなにいきなりには詰め込めねーよ⁈
こうして、公爵バルバロッサは、5歳の娘に敗北した。 甘々な敗北だった。




