機械神の英断⑤
第二章 正義のヒーローなんてこの社会に必要なのだろうか?
ラーフブラック視点
「僕の名前は天津雅樹――お前を倒すスーパーヒーローだ!」
………………………………………………………………………………。
一瞬、時間がとまったかのような感覚を感じてしまうほど静かだった。俺は仮面の下であんぐりと口を開けたまま、口が塞がらない状態になった。幸いにも仮面をしている状態だったのだが、仮面をしているため、そんな間抜けな顔は見られなかった。
「…………………………なんだって?」
スーパーヒーロー? 俺を倒す? こいつはバカなのか?
俺は困惑してしまい、首をかしげながら聞き返すことしかできなかった。
「お前が九十九を利用して、銀行強盗をやったんだろ」
なんだこいつ、俺と佐竹を間違えているのか? もちろん俺が瀬浪に化けて銀行強盗に参加したから、間違いとはいいきれないがすぐそばに佐竹の死体があるし、素直に教えてやろう。
「いいや。残念だが古きよき犯罪である銀行強盗をやろうとしたアホなら暴走した九十九のロボットに殺されたよ」
俺は先ほどまで生きていた佐竹の死体を指した。
「そんなっ⁉」
天津は佐竹の死体を見て一瞬驚いた。そして
「……お前が殺したのか?」
ものすごい形相で俺を睨んだ。
「はぁ?」
せっかく説明してやったのに、そんなことを言われたものだから、俺はイラッときた。
「悪人のいうことなんて信じられるわけがないだろう。大方あの銀行強盗をやった二人はおまえの手下だろうが」
「おいおい、ちょっといいかげん聞いてくれよ」
見事なまでに勘違いを始めた彼はとまらない。
「お前は悪党だ。銀行で勤務していた警備員のおじさんを殺した。許せないっ‼」
表情は真剣なもので瞳の中に怒りを超えて憎しみに染まっているようだ。
「……めんどくさいなおまえ……だったらどうするんだ?」
俺のからかうような口ぶりにも天津雅樹の激情は収まらない。
「ヒーローがやっつける。――うおぉぉぉぉぉっ!」
天津雅騎はいきなり大声で叫び、身体がいきなりひかりだした。
「おいおい…………いったいお前はなにものなんだよ……」
俺の質問に天津が光り輝きながらまっすぐこちらをとらえて言い放った。
「僕はヒーローだ」
答えになっていない。
「……なんだそりゃ? 意味がわかんねぇよ」
しかしそんな俺にかまわず天津雅騎は声を張り上げた。
「問答無用っ。いくぞっ‼」
天津雅騎は一気に詰め寄ってくる。
彼は金色に輝く腕を俺の腹部目掛けて突き上げる。空手の正拳突きだ。
「おいおい。そんなもので俺がやられるとでも――」
避ける必要はない。そう思った。
この俺の格好は一見何も変哲もない修道士のような服に見えるが、微粒子レベルで超高密度に編み込まれた特殊金属で出来ており、防刃、防弾機能がなにげに備わっているのだ。
だから素手で殴られてもどうにもならない。熟練された格闘家であっても、金属に打撃を行っても、うずくまるだけで終わるだけだ。
「うぎぁぁあっ‼」
だが、そうはならなかった。声をあげたのは俺のほうだった。
俺の腹部に天津の拳が突き刺ささった瞬間、ものすごい激痛が俺の全身に駆け巡った。
「ぐぇっ‼」
そして俺の身体は衝撃でふきとばされ、壁に叩きつけられる。下腹部から内蔵を押しつぶされたような痛みが押し寄せてくる。
「……なっ? ……ど、どうなっているんだ?」
こいつはいったいなんなんだ? あの身にまとっている光はいったいなんなんだ? tsぅか、俺のスーツがまったく役に立たないなんて……。
頭の中に色々な推測が思い浮かんだが、一旦その考えを打ち消して痛む体を立たせた。
「……げほっ、げほっ……。なんだかわからないが……」
俺はすぐさま腰にあるギミックを抜いて長剣の形に変える。
「……とにかく本気でやるしかないようだな……」
俺は自分が知る剣術の構えの中で、相手の攻撃をまともに受けないようにするため、二本の剣を十字に構えをとった。
「まだ抵抗する気か? 降参しろ」
そんないかにも正義のヒーローが勝ち誇ったようなことを言いながら、天津雅騎はすたすたと近づいてくる。
「……もう勝利が決まった……勝ち組が言うようなセリフだな」
なんとか肩で息をしながら俺は天津に皮肉で返した。
「その剣、どうして大きくなったんだ?」
天津が不思議そうに、俺の構えている剣のことをきいてきたが、その言い方に思わず苛立ってしまう。
「うるせぇよ。体からだしてるわけのわからない光に包まれているやつにどうこう言われても仕方がないんだよ」
「まだそんなことを言う余裕があるなんて、おまえは普通の人間じゃあないな」
身体がまだズキズキしている。ナノマシンで肉体の修復は行っているはずだけど……。
もうすこし休みたい。なんとか無駄話をして時間稼ぎしてやるか。
「……ああそうだよ。俺は普通の人間じゃあない。改造人間だ」
「改造人間?」
「ああ。みずからに改造を施した人間の進化系だ。俺はこの『ギミック』とよばれるものを色々なものに変化させることができる。見てな」
俺は天津に右手に持っている剣を掲げて、剣から斧、槍へと変化させる。
「ま、まるで手品みたいだ……」
まんまと驚きの声をあげてくれる天津の反応を楽しみながら俺は説明を足す。
「そう。手品の仕掛けを業界用語でギミックって呼ぶんだ。だから俺もこのスティック状のものをギミックと名付けることにしたんだ」
そんな自分の創作エピソードを聞かせているうちに、徐々に体の痛みもひいていく。
「……さっきも言ったけどさ。佐竹を殺したのは九十九なんだよ」
「そんなこどもみたいな嘘を信じる僕じゃないし、その言い訳なら、警察署でしてくれ」
「……あいにく非公式で研究業をやってるもんでね。そう簡単に身分を明かすわけにはいかないんだよ」
「なら、力づくでその仮面を剥ぎ取ってやるだけだ」
「……けっきょく、力づくで相手をねじ伏せるんだったら、正義も悪もねぇよ」
「ぐっ。そんなことはない。僕は力を正しく使っている」
天津はまたもや光を纏ったまま、俺に殴りかかってくる。
だが、俺もそう何度も何度もやられるようなアホじゃない。
「おいおい単純な奴だな。そんな簡単に突っ込んできたら――」
相手の動きに合わせて動きを変えられるよう片足を引いてしっかりと構えた。
「――いけないよっと」
軽い言葉とともに、突っ込んでくる天津に対してラーフは剣をバックステップで避ける。天津の拳がラーフの身体を擦る。
「な、なにっ!」
自分の動きによほど自信があったのだろう。天津は自分の攻撃をかわされて驚いていた。
「お返しだっ!」
そして動きを合わせながら、グリッドで作った剣を天津に斬り込んだ。
しかしあの九十九の作業ロボットを易々と切り刻んだ剣を、なんと天津は両腕で腕でガードした。腕どころか身体を切り裂く剣は簡単にはじき返されてしまった。
「……おいおいマジかよ。なんで剣で斬られて無傷なんだよ」
まるでなにか別のものに遮られているかのように天津雅樹の腕はかすり傷一つついていない。
「僕はこの光――気力を高めることによって銃弾でさえ跳ね返すことができる」
「なんじゃそりゃ。気力ってなんだよ。俺は科学者だから、もうすこしくわしく、具体的に言ってくれよ」
俺は剣を構えたまま、そう文句を言う。
「……わからない。…………この能力がなんなのかは……僕にもわからない……」
「わからないんかいっ⁉」
ようやくツッコめた。
でもとうの本人は俺の指摘など気にせず続ける。
「……わからないけど……僕はこの能力を使って、たくさんの人を救わなければいけない。もう誰も死なせるわけにはいけないんだ」
と拳を前に突き出して熱く語ってきた。
「俺に言っているのか? それともまるで自分に言い聞かせているのかは知らないし、べつにおまえの決意なんて聞きたくないけど……」
俺も仮面越しに天津の目を一瞬睨み返したと、今度は俺のほうからしかける。
「俺には俺のやるべきことがあるんだ。ここでおまえに捕まるわけにはいかねぇよ」
前進する足の歩幅を長く、そして素早く距離を縮めていく。
「――くっ」
天津が腕をクロスさせて防御態勢にはいるが、
「あまいぜっ‼」
俺は天津の脇をすり抜け――背後をとった。
「しまったっ‼」
正面からくると予測していた天津は焦るが、がっちりとガードしていたから振り向けない。
「あらよっと……まじかよ」
しかし、攻撃はさきほどとおなじようにはじき返されてしまう。まるで物理的に何か見えないものに邪魔をされているようだ。
「くそっ‼」
驚きに怯んでしまえば、さっき食らった強力な一撃をまともに受けてしまう。
いったいどういう仕掛けなんだ? どうして天津雅樹の体は剣で傷一つなかったのか。こいつそしてどうすれば自分の剣を腕一つで防ぐことができるのかを。
天津雅樹の肉体についての推測、考察するまえに……。
ただ攻撃、反撃の隙を逃さない。
「こうなったら、攻め続けるしかねぇっ‼」
次々と回避とひねりによる剣舞のような動きで天津に斬りこんでいく。
ひとつひとつが、あの凸助が操っていた作業ロボットを斬り裂くほどの切れ味なのに。
「確実に攻撃をあてているはずなのに、なんで攻撃が効かないんだっ?」
なぜ斬れないんだ。
「――しまっ⁉」
とめどない焦りにおもわず力加減を間違えてバランスを崩しそうになる。
「いまだっ!」
その隙を天津は見逃さなかった。
突然天津はガードの構えを変えて、両手を大きくひろげる。
「なんなんだっ⁉」
先ほどの普通の打撃ではなく、まるで水上で水を両手で押し出すような動き。こ
「はあぁぁぁぁっっ!」
天津の気合の声とともに渦巻いた光は両手に集まり、押し出すように突き出される。
「――うわっ。やばっ!」
俺はまるで荒波を回避することができず、その光をまともにくらってしまった。
「うぉおおおおぉぉぉっっっ⁉」
俺の身体が紙切れのように、ものすごい勢いで吹き飛ばされた。
「…………くっ…………」
なんとか吹き飛ばされながらも腰にあるギミックを一つ――抜き取る。
「ぎゃばっ‼」
そして俺は後方への廃工場のシャッターへと勢い良く叩きつけられた。
あたりに金属音がへしゃげる衝撃音と建物が崩れゆくミシミシという音がよく反響する倉庫で響いた。
「……くそっ。無茶苦茶だぜ畜生……ん?」
と毒づく俺は自分の背後、シャッタ―の裏側にいる存在に気づく。
「うわっ……」
そこにいたのは報道陣と警察の人間だった。どうやら外のシャッターまで吹き飛ばされたらしい。
「流石に死んでしまったんじゃあないの?」
緊張しながら見守る報道陣の一人が心配げにそう呟いた。……スーパーヒーローよりは優しいようだ。
「……心配してくれてありがとよ。腰とか肩とかめっちゃ痛いけどだいじょうぶだよ!」
俺は外の人に陽気にそう強がって叫んだが、
「………………………………」
笑いの仮面をつけた男に対してこんどは誰も答えてくれない。
さみしいぜ。独り言に応えただけだったのかよ。
「これは警告だ。ラーフ」
そんな俺に天津はゆっくりと近づいてきながら、こぶしを突き出して宣告した。
「おとなしく今から後ろの警察官の人間に自首しろ」
衝撃のあまりくぼみのできたシャッターがまるで木に吊るしたハンモックのようで気持ちいい。
もうすこしくつろいでいたい。
「たしかにな」
だから降参する振りをしてすこし時間を稼ぐことにした。
「ほんと参っちまうぜ。こりゃ流石に俺も手も足も出ないわ。マジ無理ゲー」
両手をひらひらとさせて降参するような仕草を見せる。
「…………自首するのか? しないのか?」
俺の軽口に天津は自首を促すことで無視することにしたいらしい。
「立てるようになるまでもうすこし待ってくれよ。……ところでさっきのはいったいなんなんだ?」
とりあえず俺は話題を変えてみることにした。
「僕の必殺技だ」
「…………聞くんじゃなかったわ。意味がわからん」
その瞬間、俺のクビがあの黒い髭のおもちゃのように、ポンとはじける。
「なんだっ⁉ 首がとんだっ⁉」
俺に問いただす天津に俺はわざとらしく意地悪に答える。
「違うさ。ただの手品だよ」
まるで雪山の雪崩を目前で見るかのように、ものすごい勢いで天津に煙幕が迫ってきた。
「ぐっ‼」
しかし身構えても衝撃は起きない。視界が白い煙に覆われただけだった。
「……え、煙幕かっ⁉ だけど逃がさないっ⁉」
天津はすぐさま振り返ってシャッターに横たわっている残りの身体を殴りつける。
「な、なんだこれは……?」
ラーフの身体はまるで風船のように、しぼんでいき、そこに残ったのは、古ぼけた旧式の通信機だった。
「じゃあなヒーロー。……もう会うことはないだろうけどな……」
俺は通信機越しに天津に別れを告げ、そのまま通信を切る。




